魔王様は美味しいご飯を食べて暮らしたい

にのまえあゆむ

初めての手料理……ぽいもの 3

そして三十分後。

「ふぅ……」

無事にオークを部位ごとに切り分けて、作業終了。
疲れたけど、無茶苦茶早く終わったわ。近代的な屠殺場でも、こんなに早く終わらないでしょう。そもそも、血を抜くだけでも数時間かかるわけだし。
それがこうも早く解体作業が終了したのは、アルさんのデタラメ能力による協力があってこそだった。血を抜くのも皮を剥ぐのも、一瞬で終わるんですもの。
悪い夢でも見てる気分だったわ……。

「アルさんの世界創造デミウルゴスって能力、ホントにふざけてますよね……」
「え、何が?」

うわぁ、自覚ないんだこの人……。
私が世界図鑑アカシックレコードで得た知識によると、アルさんの世界創造は一定領域内の完全支配と書いてあった。

完全支配。

もの凄く抽象的かもしれないけれど、これは文字通りの意味として捉えてもらいたい。
すなわち、一定領域内において、アルさんはなんでもできる──らしい。
無から有を生み出し、生と死を逆転させ、物質の要素を根本から作り替える。
例えば、オークを解体するのに使ったナイフ。
あのナイフはアルさんから渡されたものだけど、たぶん、そこいらの木の棒を変換して、金属製の鋭利なナイフにしたんだと思う。
それと血抜き。アルさんが「ほいっ」とか軽く声を上げただけで、切口から流れてた血が消えちゃったの。

ね? ふざけてるでしょ?

はっきり言って、そんなものは神様の力だ。森羅万象を作り出した創造神と同じことが、アルさんは一定領域内とはいえできるみたい。
まぁ、実際にどこからどこまでできるのかはアルさんにしかわからないことだけど、少なくとも勇者一行でさえ傷一つ負わせることができなかった能力ってことよね。

マジでバケモノよ……いやホントに。

「へいへーい、カンナさーん! 解体が終わったなら、さっそく料理してくれよぅ!」

そんなバケモノさんが、ノリノリな態度で私にご飯を作れと言ってくる。
異世界、マジでパない。

「料理って言いますけど、他の材料や調味料もないじゃないですか。焼くくらいしかできませんよ」

それは調理であって料理ではないと、私は力強く断言したい。
実際にいるのよ。味付けは壊滅的なクセに、食材を切ったり鍋の返しが上手だったりする人が。
ちなみにその人は、世間だと〝勇者〟って呼ばれてるんですけどね。
……あ、今気がづいた。
勇者が作ったご飯をアルさんに食べさせれば、一発で倒せたんじゃないかな? 魔族の食事が基本激マズでも、それを嫌がってたアルさんにはかなりの効果がありそう。

「せめて塩か胡椒くらいあれば……」
「ほう? 塩か胡椒があればいいんだな?」

ぽつりとこぼした私の呟きに、アルさんは過敏に反応して……左右それぞれの手の平に、こんもりと盛られた塩と胡椒を取り出した。

「これでいいか?」
「……ちなみに、この塩と胡椒、どっから持ってきたんですか?」
「どっからもなにも、地面の土をちょこっと変換しただけなんだが」
「………………」

お分かりいただけただろうか、このデタラメっぷりを。
なんかねー、もうねー、言えばなんでも出てきそうな気がするわ。
でもダメ。
それはたぶん、やっちゃいけないことなのよ。
負けるな、私!
なんでもかんでも自由自在に生み出せるからって、あれもこれも欲望の赴くままに出してもらってたら堕落していく一方なんだから!

「アルさんがその気になったら、地面の土を丸ごと黄金に作り替えることもできそうですよね……」
「黄金? あんな柔らかい金属に変えて、なんの意味があるんだ?」

ははーん、なるほどなるほど。
魔族にとって、金は価値のない金属なのね。
そりゃそうか。
欲しいものは奪ってナンボの魔族なら、金の希少価値なんて意味ないわよね。貨幣経済が成り立ってるわけでもなさそうだし。
それどころか、柔らかくて武器にも使えないゴミ金属って認識なわけですか。

……ふっ。

最初に交流が持てた人族が私みたいな善良な小市民でよかったわ!
欲に目が眩んで、金だミスリルだオリハルコンだと大量に作ろうものなら、市場経済が大混乱に陥ってたわ!

「アルさん。これから人族の中で生活していくつもりなら、世界創造であまり物質変換しないようにした方がいいと思いますよ」
「え、ダメなの?」
「人族の社会でポンポン使うと厄介なことになります。それはもう確実に」
「むぅ、そうなのか……。あまり面倒なことに巻き込まれるのは嫌だし、そういうことならなるべく使わないようにしておくか」

やっぱりアルさん、話せばわかってくれる人らしい。
うーん……こうなると、いくら相手が魔族の王だったとはいえ、問答無用で倒そうとしたのは、人族にとって悪手だったんじゃないかしら?

「まぁ、完全に禁止とは言いませんよ。やむにやまれず使わざるを得ない状況とかあるでしょうしね」

そう言いつつ、私は木の枝をナイフで削って作った串にオークの肉を刺し、塩と胡椒を適量まぶしてから焚き火で炙った。

「オークの肉は脂身がほんのり甘くて美味しいんですけど、食べ過ぎるとお腹を下すんですよね」

私見では、オークの肉はやっぱり豚肉に近いような気がする。
豚肉は〝中までしっかり火を通すように〟って言われるけど、その理由が嚢虫のうちゅうっていう寄生虫が肉の中まで入り込んでいるからなのよ。

ただ、こっちの世界の場合、オークに嚢虫は寄生しないのよね。それはオークが怪獣で寄生虫が寄りつかないからっぽい。
だからオーク肉の場合、味は豚肉でも性質的には牛肉みたいなもんで、表面をしっかり焼いて細菌を殺せば、中が生でも十中八、九、大丈夫ってわけ。
もちろん、食べ物に絶対の安心なんてないから万が一ってことはあるけど……それで病気になるのはなり低い確率よね。
そんなオークの串焼きだけど、アルさんは食べる前、少しがっかりしてた。
言葉にこそ出さなかったけど、人族の世界に来て最初に口にするのが肉を焼いただけの料理ってことにヘコんだみたい。どんだけメンタル弱いのよ。

でも、一口食べて顔色が変わった。

「美味いな!」

予想以上の絶賛だった。

「塩胡椒で味付けしただけですけど?」
「いや、魔大陸で食ってた肉より臭みが全然少なくて食べやすい。処理の仕方だけで、こうも変わるのか……」
「それはよかったです」

試しに私も食べてみた。
……まぁ、自分で言ってたように、単に焼いただけの肉よね。
これで美味しいってことは、魔族の世界はどんだけ食文化が低いのかしら……?
なんであれこの串焼きは、とても料理とは──少なくとも私には──胸を張って言える出来じゃない……けど、アルさんが「美味しい」って言ってくれたし、まぁいっか。

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