イリアス・フォルトナー雑貨店の営業日誌

にのまえあゆむ

第16話 王との茶会

王都の御神木である巨大なアールヴの樹に降りようとしたけど、何故かガルーダは難色を示した。
どうしたんだろう、と思っても、ガルーダは人の言葉が喋れない。細かな意思疎通が出来ないのが残念で仕方がない。

仕方ないので、ガルーダには可能な限りアールヴの樹の枝に近づいてもらい、残りの距離はミュールの飛翔魔法で移動した。

お姫様抱っこでね。

よもや、乙女の憧れ〝お姫様抱っこ〟をしてくれる人生初の相手が、ミュールになるとは……あたしの初めて、ミュールに奪われちゃった。くすん。

「おお、姫様! フレイムバードと競い合う怪鳥の背に何者かの姿があると気づき、様子を窺っておりましたが、よもや姫様のご助力であらせられたとは!」

右膝を付いて跪拝したそのエルフは、快活な態度と言葉はなかなかに豪快で、礼節よりも武芸で馳せた根っからの武人であることを伺わせる。

「ご苦労でした、マルティア。皆のものも騎士の名に恥じぬ働き、見事です」

ミュールの言葉に先頭のマルティアさんを含め、その後ろに控える騎士たちも皆深く頭を垂れた。
そして頭を上げると、自然とあたしに視線が集まってくる。
うん、気持ちはわかる。「姫様と一緒にいるおまえは誰だ?」って言うんでしょ。
立場が逆なら、あたしだってそう思うわ。

「マルティア、こちらはイリアス・フォルトナー。ヒューマンではありますが、私が外の世界で見初めたヤドリギです」

あたしが自ら名乗ろうかと口を開くより先に、ミュールに紹介されてしまった。
ええっと、貴族や高貴なお方々の習いにそこまで詳しくないけど、姫様御自ら紹介するのはよっぽどのことじゃない? 違ったっけ? あたしの名前を呼び捨てにした点を踏まえても、今のミュールはミュルリアナ姫として立ち振る舞っていると思うんだけど。

案の定というか、マルティアさんは両目がまんまるになるほど見開いて驚き、背後の騎士たちも姫様の御前であらせられるのにザワザワしちゃっている。

「なんと、姫様がヤドリギを既にお定めにあらせられたとは! しかもそれがヒューマンの、しかも女性……ううむ。イリアス殿と仰せられたか。某はエルフ森林王国蒼碧騎士団筆頭マルティア・ゴライアスである。過ぎ行く時の流れは違えども、幾久しくお願い申し上げる」

そう言って、マルティアさんはあたしにまで跪拝を示した。
マルティアさんだけじゃない。後ろに並ぶ騎士たちも、膝をついてあたしに頭を垂れている。

ちょっと待って。
なんで騎士団の人たちみんなであたしに跪拝してるの? 騎士が仕える主君以外に容儀を示すなんて聞いたこともない。
それもこれも、あたしがミュールの〝ヤドリギ〟って立場だから?

ヤドリギって、いったいなんなの……?

詳しく聞く機会がなくて今まで流してたけど、騎士たちの態度を見て、なんか怖くなってきたわよ、あたしは。

「ちょっと、ミュー……」
「私は陛下の下へ向かいます。護衛は不要です。私のゴーレムを連れて行きます。引き続き御神木警護の任を全うなさい。皆の働きに期待します」
「ははっ!」

そんな言葉を残してミュールが歩き出したものだから、あたしも余計なことは言えず、その後をついていく他なくなってしまった。
そんなあたしとミュールの後を、さらにもう一人──いや、もう一体って言った方が良いのかしら? 身の丈四メートルはあろうかという木人が、音もなく滑るようについてきた。

これがゴーレム──それも、ミュールのゴーレムなのかぁ。

使われている素材は、パッと見たところ木材っぽい。人形劇で使われるマリオネットを、そのまま大きくしたみたいだ。顔はのっぺりとして目鼻や口は彫られていない。ただ、王家のゴーレムということもあって格式を保つ意味でもあるのか、騎士が身につける鎧と勝るとも劣らない上物を着込ませている。

「ねぇ、ミュール。これってどうやって動かしてるの?」

あまりに気になって、あたしは歩くミュールに思わず聞いていた。

「ゴーレムは所有者の魔力波形と同期しています。頭の中で考えればそのとおりに動きますし、長く使っていれば所持者の思考の先読みをして動いたりもします」
「フレイムバードを攻撃してた光線は? もしかして魔法も使えたりするの?」
「あれは王家が従える戦闘用ゴーレムが持つ遠距離攻撃です。仕組みこそ解明されていませんが、青白い熱線を両腕の手の平から放つことができるんです。魔導粒子砲? とか言う名称が伝わっています。直撃すれば大岩を溶解し、貫通するほどの威力になります」

とんでもないわね、王家のゴーレム。道理で自然との調和を保つことを至上とするエルフ森林王国が、近隣諸国から正式な国家と認められ、国土を維持し続けていられるのかわかったわ。
あんなゴーレムが……今は三体? そんだけでも、他国に対して十分な抑止力になるわよね。

逆に、フレイムバードに御神木を燃やされたら、それはすなわちアールヴの樹が燃やされるということであり、二度とゴーレムが作れなくなる。そうしたら他国が付け入る隙が生まれてしまう。

なるほどね。
王家の御神木は、二重の意味で国家の柱なわけだ。

「このゴーレムってどのくらい保つの?」
「壊れなければ、いつまででも。私が死んでもゴーレムは残ります。先代たちが使っていたゴーレムも残されてますよ」

それらのゴーレムは所有者がいなくなったため、もはや動かすこともできないただの人形だ。けど、王族が使っていたゴーレムということもあり、粗末な扱いもできない。
なので王城の地下に安置してあるそうだ。

「で、ミュール。さっきは聞きそびれたんだけど、ヤドリギって──」

と、改めて聞こうとしたあたしだったけれど、今度は自分の意思で言葉を引っ込めることになった。
だって、巨大樹の洞を人工的に削って作られたとしか思えないような、立派な門が現れたんですもの。

エルフは自然を尊ぶ。そりゃ多少は生活のために木材を加工したりするけど、使うのは年老いた老木を厳選して使ってると聞いている。
それなのに、王家の御神木の洞に手を加えて門にするなんて、まったくエルフらしからぬ所業だわ。

「違うんです。この門に見える洞は、自然とこういう形になったんです。中もそうなんですよ」

そう言われて中に入ってみれば、これまた驚いた。
まるでどこぞの宮殿のような立派な通路が、巨大樹の中に存在していた。
材質は見るからに木なんだけど、建築様式って言うのかな、それがまるで石材で築かれた宮殿のように設えられている。さすがに窓はないけれど、柔らかい光が通路全体を照らしている。

「ここまで来たらイリアスさんにはすべて教えちゃいますが、王国の中心であるこの巨大なアールヴの樹は、内部が居住可能な城になっているんです。この巨大樹の年齢は五万年とされていますが、少なくとも三万年前から内部に人が住めるようになっていたと伝えられています。エルヴィン王家はそこを居城とし、国を統治してきました」

まるで嘘みたいな話だけど、ミュールの様子を見るに、少なくとも彼女自身はその言い伝えを信じているっぽい。
あたしとしては「またまたご冗談を……」って言いたいけど、中身を人工的にくり抜かれた植物が、少なくともミュールの年齢である一六〇年ちょっとの期間、腐ることも朽ちることもなく生き続けたのは事実だ。信じられないことけど、だからこそ、巨大樹の洞が王城になったって話も頭ごなしに否定できない。

まぁ、人形に樹液を塗るだけでゴーレムにしちゃうアールヴの樹だし、そんな不思議な樹液を生み出す樹木そのものにも、ちょっと常識では測れない不思議な力が宿っていてもおかしくないわよね。

「でも……なんかここ、妙に圧が強くない?」
「圧、ですか?」

あたしの率直な感想に、ミュールは首を傾げた。

「なんて言えばいいのかな……物理的にじゃなくて、精神的に。足元から引っ張られるような感覚っていうか……上手く言えないけど」
「もしかしてイリアスさん、緊張してます? これからお父様とお会いするんですけど、大丈夫ですか?」
「え……もしかして今って、王様のとこ向かってるの?」
「私、騎士たちにそう言ってたじゃないですか。聞いてなかったんですか?」

あー、言った。確かに言ってた。「私は陛下の下へ向かいます」って。
えぇ~……じゃあ、これから王様に会うの?
それって大丈夫? あたし、高貴な方々と謁見するのに相応しい作法なんてさっぱりだよ? 無礼者! とか言われて処されたりしない?

あー、この暗澹とした気分……確かにこの巨大樹の中で感じた圧に近いものがある。てことは、やっぱりあたし、知らずのうちに緊張してたってことかしら?

うへー。

そんなあたしの気落ちを知ってか知らずか、ミュールは巨大樹の内部に広がる通路をどんどん歩いていく。

ほどなくして、一枚の扉の前で足を止めた。
ミュールはその扉をノックし、「ミュルリアナです」と声を上げる。

すぐに扉は開かれた。
扉を開けたのは少し年老いた印象を受ける男性のエルフだった。身なりとこの場にいることから考えて、王家の家令ってとこかしら?

そんな老齢エルフを横に、ミュールが室内に足を踏み入れた。
あたしも中に入っていいのかしら? いいのよね?
ミュールは「待ってろ」って言ってないし、入っていいものだと判断して室内に入ろうとしたら、スッと威圧的にならない程度に老齢エルフさんが体を差し込んできた。

「ジョット、その方は私のヤドリギです」

ミュールがそう言うと、老齢エルフのジョットさんは「失礼いたしました」と一言発し、すぐに身を引いた。
だからなんなのよ、ヤドリギって。

「お父様、先ごろまたもフレイムバードが出現しましたが、我がゴーレムと騎士団、そしてここにいる我がヤドリギ、イリアス・フォルトナーの協力により、これを退けることに成功したしました」
「そうか、ご苦労だった」
「それに伴い、至急お耳に入れたい報があり馳せ参じました」
「それは、そこにいるヤドリギのことかね? ミュール」
「フレイムバードの思惑についてです」

執務机で書類にペンを走らせていた王様──すなわちミュールの父親の手が止まる。静かにこちらへ向けた顔立ちは……やっぱりエルフだ、とても若く見える。それでいてミュールに似てるかと言えば──正直、わかんないです。
いや、なんていうか、あたしからすればエルフってみんな美形揃いなのよ。おまけに種族が違うから、みんながみんな、似たような顔に見えちゃうのよね。
それが例え王様でも同じこと。こんな若くて王様なのかーと思う反面、実年齢は幾つなんだろうと、ともすれば不敬なことこの上ない考えが脳裏を過ぎる。

そんな王様は、執務机の椅子から立ち上がるとソファへ座り、対面にあたしたちが座るようにと視線で促した。
ミュールはすぐに座ったけど、あたしはちょっと迷った。
王様と同じ席に付いていいの? なんかダメだったような気がするんだけど?

「イリアスさん」

迷っていると、ミュールに袖を引っ張られた。え、座っていいの?

「ヤドリギのお嬢さん、我が娘は私のことを父と呼び、私は娘のことを愛称で呼んだ。ここは政務の場ではない、家族の場なのだ。かしこまる必要はないよ」
「そ、そうですか」

王様自らそう仰るなら、こっちはもう否応もない。それでも緊張するのは緊張するので、おずおずといった感じでミュールの隣に腰を下ろした。らしくないけど、あたしだって人並みには緊張するのよ。

「お父様、こちらのイリアス・フォルトナーは稀代の調教士です」

家令のジョットさんが如才なくお茶をあたしたちの前に差し出すと、ミュールが早速口を開いた。

「契約している聖獣の数は一〇〇にも及び、ダンジョン中立地帯の冒険者ギルドでは名うてのトレジャーハンターとして活躍する傑物でもあります。今現在、国土を脅かすフレイムバードについても、深い知見を持って、ひと目でその目論見を看破いたしております」
「ほう」
「イリアスさん。聖獣の役割について是非、父にご教授ください」

えぇ~……そこであたしに話を振るの?
断りたい気分だったけど、場の雰囲気がそれを許してくれなさそうだ。

仕方ないので、あたしは聖獣が持つ本来の役割──世界の調和を保つ役目について、できる限りわかりやすく説明した。

「……なんと」

あたしの説明を聞いて、王様は信じられないとばかりに深い溜め息をついた。聖樹が襲い来るのは世界の調和を保つため──となれば、それに対して抵抗する自分たちは世界の調和を乱す者に他ならない。

精霊信仰を拝するエルフにとって、その事実は到底受け入れられない。何しろ、自分たちを守る行為そのものが自らの信仰に反しているんだから。

「ならば我らは、この国を捨てねばならんということか」
「その判断を下されるのは早計かと」

だからあたしは、傷を負ったフレイムバードへの追撃を止めた理由を話すことにした。

「フレイムバードと呼ぶあの聖獣が、自らの意思で襲いかかってきたのは事実です。ですが、彼の聖獣は不利と見るや踵を返し、撤退しました。これはおかしい。もし、フレイムバードの目的が御神木そのものであるのなら、どれほどの障害があろうと、それこそ我が身が朽ちようとも目的を果たそうとするはずです」

それで聖獣が命を落とすことになっても、彼らは世界の調和を保つ存在だ、時間が経てば次代の聖獣が自然と誕生する。世界がその役割を必要とする限り、聖獣とは不滅なのだ。
しかし、フレイムバードはそれをしなかった。

何故か。

「目的が御神木のさらにその先にあるのでは──と、あたしは考えています」
「御神木のその先……とは?」
「それはあたしにもわかりません。なので、あたしは森へ入り、フレイムバードと会って詳しい話を聞こうと思います」
「なに? そのようなことが可能なのか?」

可能かどうかで言えば、もちろんできる。あたしは調教士だからね。
そして、そもそもフレイムバードに会えるのかと言えば……たぶん、会える。

この王都へ来る前、森の中でフェンリルと一緒に見かけた鬼火。今にして思えば、あの揺らめく炎のきらめきこそフレイムバードの姿だったんじゃないかしら?
同じ場所に行けばもう一度会える──とは言わないけど、相手もあたしが来るのを待ってるかもしれない。御神木の前でやりあった調教士のあたしが近づけば、向こうだって無視できないはずだ。

「相分かった。ならばヒューマンの子にして我が娘ミュルリアナのヤドリギたるイリアス・フォルトナーよ。エルフの国父として汝に願おう。どうかフレイムバードの思惑を明かし、その真意を解き明かしてくれ」
「わかりました」

つきましては報酬を──とは、さすがに言えなかった。
あたしだって場の空気を読むんですよ。ええ。

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