イリアス・フォルトナー雑貨店の営業日誌

にのまえあゆむ

第3話 安くて軽くて固くて柔らかいもの

汚臭部屋への立ち入りは、幸いながら回避された!

どうやらスイレン自身も、防護服を着てない状態だと研究室内の臭いはかなりキツかったらしく、ドアを開けた瞬間に閉じた。
それでもあたしに見せたかったものは室内に置いてあったようで、意を決して飛び込む姿は、階層主の部屋に飛び込む冒険者のようだった。

てか、そんな決死の覚悟がいる時点で、再生魔法研究室はすでにヤバイ部屋になってんじゃないの?
ここ、医療施設なんだよね……衛生面で見て大丈夫?

そんなあたしの心配を他所に、部屋の中に飛び込んだスイレンが命からがら持ち帰って来たのは、人の腕を模した実寸サイズの模型だった。

「何これ?」

再生魔法研究室の隣にある控室で、そんな腕の模型を見せられたあたしは素直に首を捻った。
腕の模型──とは言うけれど、そこまで精巧なものじゃない。なんとな~く腕と同じくらいの太さがあって、五本の指っぽいものが付いており、それをなんかの動物か魔物の革で覆っているだけの代物。

お世辞にも、美術的価値があるとは言えないわね。

「これは義肢というものなのですよ」
「義肢?」
「簡単に言えば、失った手足の代わりとするもの……ですかね。腕ならば義手、足ならば義足と言うのですよ。こういう道具の開発も、我の再生魔法研究室で行っているのです」

スイレンが言うには、義手や義足などの義肢は、病気や怪我など、なんらかの理由で手足を失った人のために、外見や機能を補う目的で作られた人工の手足なのだそうな。
そのため、見た目は可能な限り本来の手足の姿に近づけ、〝掴む〟〝持つ〟〝歩く〟等の行動も、できる限り再現できる義肢の製作にも取り組んでいるとのこと。

「イリアス殿も医療ギルドの受付で見かけたやもしれませんが、ここを訪れる患者──特に入院するほどの重傷者は、部位欠損を負った者がほとんどなのですよ。それ以外の患者は、昨今の治癒魔法の進歩のお陰か、即日退院できますからな」
「まぁ、確かに病人よりも怪我人が多くいたわね。手足を失ってる人も……けっこういたわ」
「我が再生魔法の研究に取り掛かったのも、そういう重症患者を一人でも救いたいと思ったからなのです」

動機が如何にもスイレンらしいな。

「しかし……再生魔法の完成は今もって目処が立っておりませぬ。一方で、この街がダンジョンに挑む冒険者たちの活躍によって成り立つ以上、手足を失うほどの大怪我を負う方は毎日のように出てしまう」
「再生魔法の完成まで待ってられない──そういうことね?」
「然り」

あたしの言葉に、スイレンは大きく頷いた。

「我の研究室では、再生魔法と並列で義肢の開発にも取り掛かっておるのです」

確かに……失った手足を義肢で補うのは、広義の意味でも再生魔法なのかもしれないわね。

「ですが、こっちはこっちで難問がありましてなぁ」

スイレンの言う問題とは、ズバリ材質のことだった。
義肢は失われた手足の代わりになるもの。そこには手足の代わりとしての機能も求められるが、何より着用者は四六時中身につけることになる。

となると、あまりに重すぎてはダメだ。
かと言って、軽くしようにも今度は耐久性が落ちてしまう。

軽くて耐久性のあるものとなると、衝撃を受けた際に逃がすことができなくなる。となれば、衝撃を吸収できる柔らかいものがいい。
けど、柔らかいだけじゃ体重を支えられない。状況に応じて固さも必要になる。

そう考えると、人間の体って便利にできてるわよねぇ……うん、凄い。

そんな凄い材質である人体の代わりになりそうな素材といえば、ミスリル辺りがちょうど良さそう。

でもねぇ……ミスリルはむっちゃ高いわけですよ。
金に糸目をつけないほどの金持ちなら話は別だけど、手足を失うほどの大怪我を負う人が、全員金持ちなわけがない。そもそも、医療ギルドの治療は基本無料が原則だ。
ミスリルなんて使おうものなら、再生魔法研究室の予算──いや、医療ギルド全体の予算がいくらあっても足りなくなるからだ。

スイレンもその辺りは承知しているようで、「あまり高くなりすぎるのは困りますな」と言っている。

「ですので、理想は〝安くて軽くて固くて柔らかいもの〟なのですが……そういう素材に、何か心当たりはないですかな?」
「むちゃくちゃ言うわね、あんた……」

けど、スイレンの言うこともわかる。
義肢が失った手足の代わりになるものなら、本来の手足と同等──とまではいかなくとも、それに近い使い心地でなければ患者の負担になってしまう。
負担を強いる治療というのは、治癒術士にとって許容し難いものがあるんだろうなぁとは思う。
思うけど、スイレンの要望がむちゃくちゃ言ってるのも否定できない。

「〝安さ〟って条件を外せば、ミスリルが一番条件に合致してると思うけど……ちなみに、義肢って一部位でどのくらいの重さが許容範囲なの?」
「そうですな……腕は一本三キログラム、足なら九キログラムと言ったところが平均的な重さですかな。無論、男女の差や種族の差によって変わってきますぞ」
「腕一本で三キロか……」

それだと、ミスリルでもかなりスカスカの骨抜きにしないと厳しいわね。

「うーん、ちょっとすぐには思い浮かばないわね」
「左様ですか……」

スイレンが目に見えてがっくりしている。
そんな顔をされると、ここは商売人として、顧客の要望に是が非でも応じたくなるのよね。

「んー……わかった、しばらく時間を頂戴。いろいろツテを頼って、条件に合致しそうな素材を探してくるわ」
「なんと! 引き受けてくださるのですかな!?」
「あー、いちおう今はまだ、あんたの言う条件に合う素材があるかどうかを調べるだけだから。あたしが見つけてきた素材であんたが満足するなら、その時に改めて商談させて」
「おお、心得ましたぞ。お待ちしておりますからな!」

うーん、スイレンがむっちゃ期待した目でこっちを見てる……。
仕方ないなぁ。あたしも友達として、その期待に応えられるように頑張りますか。

■□■

なんか困ったことがあったら冒険者ギルドに向かってるなーって思うけど、雑貨店を開業する前は冒険者だったんだから、困ったら冒険者ギルドに向かうのは癖みたいなものだと思ってもらいたい。
そんな訳で、あたしはスイレンの要望に応えられる素材のヒントを求めて、冒険者ギルドにやってきた。
相変わらず賑わってるなぁ~……どこかの雑貨店とは大違いだね! あっはっは!

……切ない。

あまりにも切なくて気分がヤサグレそうだったので、さっさと担当官のミュールに話を……って思ったけど見当たらないわね?

「ちょっといいかしら?」
「はい……あら、イリアスさん?」

ちょうど空いてた受付の猫人女性に話しかけたら、意外にも名前を知られていて、ちょっと面食らってしまった。

「あれ? あたしのこと知ってるんだ」

冒険者ギルドの担当管は、顔は知ってても自分の担当冒険者以外の名前は知らないものなんだけどね。

「ええ、まぁ……イリアスさんは有名ですから」
「有名?」
「ミュール先輩がよく話題に出されるもので……あはは」

んん~? 何かな、その愛想笑いは。

「ええっと……ロア・ナルルさん? ちなみに、ミュールはあたしのことをなんて言ってるのかしら?」
「えっ? あ、えーっと……」

慌てて名札を手で隠しても、もう遅い。名前は覚えたわよ。

「ほらほら、正直に言ってごらんなさい? おねぇさん、ちょっとやそっとのことで怒ったりしないから。ん?」
「いやー……そのー……」

あたしが満面の笑みを浮かべて詰め寄れば、ロアは冷や汗をダラダラと流して白状した。
曰く、イリアス・フォルトナーは冒険者ギルドの陰の支配者である。
ギルドマスターですら場合によっては頭が上がらず、気分屋で自由人。人の言うことなんてちっとも聞きゃしない。その場のノリと思いつきでアレやコレやとやらかして、なまじ実力もあるもんだから、無茶を通して道理を引っ込ませる暴走猪みたいな危険人物。触るな危険。

「──と、ミュール先輩が言ってたもので……」

それでロアは、あたしの名前と顔を覚えていた上に要注意人物というタグを貼り付け、脳内人物一覧の名簿に書き込んでいたらしい。だから、少し警戒感をにじませた愛想笑いを浮かべてしまったようだ。

「はっはーん、なるほどねぇ。ミュールがねぇ~……」

あンのロリババアエルフめ……!

「あんにゃろ、どこ行った!」
「おおおお落ち着いてくださいイリアスさん!」

あたしの表情を見て何を思ったのか、ロアは受付のカウンターから身を乗り出してしがみついてきた。

「なりませぬ~、なりませぬ~っ! ここで暴れてはなりませぬーっ! 平に、平にご容赦くださいませぇ~っ!」
「なんでそんな、暗君を戒めようとする忠臣みたいな態度なのかな!?」

そもそも、いくらあたしだって施設内で暴れたりはしないわよ。……よっぽどのことがなければ。

「とっ、ともかくですね、ミュール先輩はイリアスさんのことを、ちょーっと悪く言ってたかもしれませんけど、それと同じくらい高い評価もしてますので! ですから、そのぅ……あまり怒らないであげてください」
「てか、あたしがミュールに怒れば、その情報源はどこだーってことになって、あなたにとばっちりがあるかもだしね」
「あっははは……」

まぁ、別にいいけどさ。

「てか真面目な話、ミュールは? いないの?」
「はい。ミュール先輩は親族に何かあったとかで休暇を取っています」
「親族に?」

確かミュールは、生粋のエルフよね?
エルフって確か、同種族なら皆家族、みたいに結束が強い種族じゃなかったかしら? それが「親族に何かあった」と言うのなら、下手すりゃエルフ全体で何かあったってことになりそうだけど……でも、不穏な話はあたしの耳にまで届いてないんだよね。

大事でなければいいけど、ちょっと心配だわ。

「もしかして、先輩に用事ですか?」

そんなあたしの心配を他所に、ロアはギルドの受付嬢の業務を全うしようと話しかけてきた。

「よろしければ言伝を預かりますけれど……」
「いや、伝言を頼むほどじゃないっていうか、ちょっと相談事があって──」

あたしが冒険者ギルドにやってきた理由──ミスリルより安くて、軽くて、固くて、柔らかい素材について、魔物の素材方面からなんかアテはないかなぁ的な話を振ってみれば、困ったような表情を浮かべられた。

「ええっと、なんだかヒドイ無茶振りをされた気がするのですが……?」
「ですよねー」

やっぱ誰が聞いてもスイレンの要望って無茶振りなのね。

「てかさ、ミスリルと同じような性質を持つ、魔物の素材って実際にある?」
「そうですね……ある一定の脅威となる魔物の骨は、ミスリルと遜色のない性質を兼ね備えております。ですが、価格の面を考慮しますと……さほど変わらない値段になってしまうでしょうね」

やっぱりそうなるわよね。

「そうなると、ダジョンに潜って魔物を狩り尽くすのが一番手っ取り早くて、元手が掛からないってことになるのかしら?」
「あの……ミスリルと同程度の性質を持つ魔物の骨となりますと、だいたいヴォイド・ケルベロスくらいの魔物になってしまいますが……?」
「ヴォイド・ケルベロスか……」

地獄の門番とか言われてる、三つ首の魔犬。地上階層なら、だいたい八〇階層くらいから、地下なら二五階層くらいに出てくる奴よね。

「……楽勝だな……」
「えっ!?」

ポツリとこぼしたあたしの独り言に、どうやら聞こえちゃったらしいロアが、妙な声を上げた。

「ん?」
「いえあの……ヴォイド・ケルベロスですよ? 何人くらいのパーティで討伐する予定なんですか?」
「ん? あたしはいつも一人だよ。単独冒険者だし」
「単独でダンジョンに潜っていらっしゃるのですか!?」

さらに驚かれたぞ?

「いや、あたしってば調教士だから、いつも聖獣が一緒ってだけ。厳密に一人ってわけじゃないわよ」
「それにしたって……なるほど、確かに実力は折り紙付きですね……」

なんだか妙な納得をされてしまったな?
だいたい、ヴォイド・ケルベロスでしょ? ヴォイド・ケルベロスだったら、義姉のヴィーリアだって単独で倒せるじゃん。
ヴィーリアにできることなら、同じ人間に出来ない道理はないでしょ。しかもあたしには聖獣がついてるんだし。

一人で納得してないで、ちゃんとあたしと会話のキャッチボールしようぜ!

「イリアス嬢?」

するとそこへ、別方向から呼びかけられた。

「ん?」

振り返ると、そこにいたのはなんとも懐かしい顔だった。

「あら、ハーキュリーじゃない。ご無沙汰ね」

ほんの二ヶ月……いや、三ヶ月前かな? 冒険者ギルドのギルドマスターからの依頼で、ダンジョン地下三十一階層で行方不明になっていた彼を助け出したことがあった。その際、面倒な化物の相手をすることになったのも、今ではいい思い出……いや、よくないわね。思い出にしたくない思い出だわ。今後、ああいう化物とは関わり合いになりたくないなぁ。

「イリアス嬢もお元気そうで。その説はお世話になりました」

そう言って、ハーキュリーが律儀に頭を下げてくる。堅苦しいなぁ。

「別に気にすることないわよ。ギルマスからの依頼だったわけだしね」
「それでも、あなたに助けられた事実は変わらない。改めて感謝を。それで少し気になったんだが……もしやあなたは、勇者アイン・フォルトナーのご息女なのか?」
「違うわよ」
「そ、そうなのか……?」

ハーキュリーは戸惑ってるけど、実際に違うし誤魔化してるわけでもない。
たまにそういうことを聞かれるけど、あたしはいつもきっぱり否定している。

「実子はヴィーリアの方。Lランク冒険者のヴィーリア・オルデマリー。知ってるでしょ? あたしは養女なの。血の繋がりはないからね」
「そ、そうか……知らなかったとはいえ、不躾な質問だった。申し訳ない」
「別にいいわよ。あんただって勇者になったわけだしね。先代勇者のことは気になるんでしょ?」
「いや……僕は勇者の称号を断ったよ」
「え?」

それはちょっと意外。勇者の称号っていうのは、冒険者にとってかなり名誉ある称号だと思ってた。
実際、その称号を公的に認められていれば──言い方は悪いけど──他の土地の冒険者ギルドでもかなり優遇されるし、チヤホヤされる。

もっとも、それだけもてはやされるわけだから、それに応じた義務や責任ってのも生じるわけだけど。
何より、ハーキュリーは先代の勇者に──まぁ、あたしの養父さんなんだけど──ずいぶんと敬意を抱いていたみたいだ。それこそ、冒険者としての立ち振舞の模範とするほどに。
だから、そんな養父さんと同じ称号なら、喜んで受けると思ってたんだけどな。

「勇者の称号を諦めたわけではないよ。ただ、僕には勇者の称号なんてまだ早いとわかったからさ。それに、僕よりもその称号に相応しい人もいるしね」
「へぇ、そんな人がいるんだ」

あたしとしては、ハーキュリーも十分に勇者の称号を背負える資質があると思ってる。
そんなハーキュリーをもってして、「自分より相応しい」と言わしめる冒険者がいることに感心しただけなんだけど……何故かフッと鼻で笑われた。バカにされたというよりも、呆れたような苦笑に近かった。

「何よ?」
「いや、別に」
「あのぉ~……」

するとそこに、今度はロアが話しかけてきた。

「ん? どうしたの?」
「いえ、そのぉ~……お二人の関係を詮索するつもりはないですが、積もる話があるのなら談話室の方へ移動していただければ幸いなのですが……」

ロアに言われて気がついた。見れば、あたしたちの後ろにちょっとした列が出来ている。
あたしとハーキュリーは「すいません」と頭を下げて、脇にそれた。

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