イリアス・フォルトナー雑貨店の営業日誌

にのまえあゆむ

第12話 暗闇の階層

まったく、冒険者ギルドのギルド長は何もわかっちゃいないわね!

なんの話かって、そりゃもちろん魔導ランタンの話よ。

結論から言えば、売り込みは成功したわよ。とりあえず百個、その後、壊れたり紛失した際にも追加発注する約束を取り付けることはできた。
結果だけを見れば、こちらの要求が満額通った形の大成功と言えるでしょう。

けどね、あたしとしてはその時のギルド長の態度が気にくわない!
だってあの人、魔導ランタンの凄さとか便利さとかまったく気づいてない感じだったんだもん。ハーキュリーの救助を請け負ったことへのお礼として、「わかったわかった、仕方ねぇなぁ」って感じでしぶしぶ買い取った感じなのよ?

そりゃあ、あたしの方も、なんかハーキュリーの救助の報酬みたいな流れで話を振ったのが悪いっちゃ悪いんだけど、でもなんか、それって……なんていうか……そう! 作り手に対する敬意とか、商品の良さに驚くとか、そういう感動がないの!

実際にハーキュリー救助の報酬として、うちの店が卸す魔導ランタンの買い取り契約を結んでくれたのだとしても、商品自体の良さもちゃんと理解して欲しいんだけどなぁ!

「……はぁ」

とまぁ、そんな叫びは心の中に仕舞い込んで、依頼されたハーキュリーの救助に向かわなくちゃいけない。

あたしの場合、ヴィーリアの所みたいに大所帯でもないし、ダンジョン探索中に必要な食料や飲料の準備もそれほど必要ない。というのも、ほとんどをマスタースライムに保管してもらってるからだ。
だから、ダンジョンに行く準備といえば……自分の店もあるし、一緒に働いてるルティに一言伝えておくことかしら。

「……あれ?」

あたしが店に戻ると、いつもはひっきりなしに人の出入りがあるはずの入口が、ぴちっと閉められていた。雑貨店の方はともかく、ルティの飲食店は、今だとすっかり地域の人気店になってるから……これはちょっとおかしい。

「ルティ?」

裏口に回って鍵を開け、中に入っても、シーンと静まりかえって誰の気配も感じない。

「おっかしいな……おや?」

不思議に思っていると、テーブルの上に一枚の手紙がおいてあった。
えー……なになに?

『少々気になることができたので、しばらく外出します。一週間ほどで戻れると思いますが、帰りが遅くなっても心配しなくて大丈夫ですよ。ルティーヤー』

「えぇ……?」

ルティが外出? 珍しいこともあるもんだわ。
でもまぁ、そういうことなら仕方ないか。店の方は、あたしかルティが戻るまで休店にしとくしかないわね。
ルティが出かけているなら、こっちも書き置きを残しておきましょう。

あと、出発前にやらなきゃいけないことは……特にないかな?

じゃ、早速ダンジョンに向かいますか!

■□■

今回目指すのは、前回と違って地下階層。とはいえ、それでダンジョンの入口が変わるわけでもなく、上に行くにも下に行くにも第一階層から行くことになる。
ダンジョンの第一階層は、一見するとのどかで平穏な空気が漂う草原だ。上の階層に向かう《門》は入口から北方向だけど、地下へ潜る《門》は北東方向にある。

そして今回の相棒も、フェンリルたん。
なんせ目的は人捜しだからね。フェンリルの〝鼻〟があれば、そこまで迷うことなくハーキュリーのところに行けるだろう──と、考えての選択だ。

ティターニアでもいいんだけど、あの子の場合、案内してくれるまでの間に〝遊び〟が入って大変なんだもん。

「それじゃフェンリル、今回もよろしくね」

背中に乗ってるあたしが首元を撫でながら声をかければ、フェンリルは『承知』と応えて駆け出した。

■□■

地上階層より難易度が高いと言われている地下階層だけど、出現する魔物は地上階層のものとそれほど大差はない。
すなわち、黒い靄のようなものや、ダンジョン外に存在する聖獣を模したもの、命を落とした冒険者の亡骸に憑依するものであり、強さの序列も変わらない。

であれば、なにゆえ地下階層は地上階層より難易度が高いのか?
それは、ダンジョンそのものも冒険者に襲いかかってくるからなのよ。

例えば地下第一階層。ここでは、武器の切れ味が悪くなる。
第二階層では、魔法の発動に消費する魔力の量が他より多くなるって話を聞いた。
他の階層でも、空気が薄い、熱が徐々に奪われる、何もしてないのに体が重い等々、地上の常識では考えられないような現象で、冒険者は苦しめられる。
そして、ハーキュリーが行方不明となっている地下三十一階層は、別名〝暗闇の階層〟と呼ばれている。

そう──ここは光の力が弱められる階層なのだ。

まったく光で照らせないってわけじゃないの。ただ、光の効果が他よりもグッと弱められてしまう階層なのよね。
どのくらい弱められるかというと、なんの光源もなければ手を伸ばした先が見えるか見えないか程度。松明とかランタンとかで照らせば、なんとか一〇メートル先くらいは見えるかな? って感じ。

そんな中に四六時中身を置くってのは心身共に疲弊するので、ここはさっさとハーキュリーを見つけて地上に戻りたいところよね。

「フェンリル、ハーキュリーの匂いは感じる?」
『かすかにだが感じることはできる。だが、それとは別に妙な臭いも漂っておるな』
「妙な臭い?」
『異形の臭いだ』

異形……異形、ねぇ。
ダンジョンを徘徊する魔物も、異形な存在と言えばそうだけど……フェンリルがわざわざ魔物を指して『異形』と言うとは思えない。
となると──。

「なぁんか、嫌な予感がするなぁ……」

願わくば、この嫌な予感がハズレますように。

「少し急ぎましょっか。これ以上、面倒なことになるのは避けたいし」
『承知』

フェンリルの背に乗って、暗闇の階層を進む。
道中、一定の速度で移動するフェンリルが急に激しく動くこともあったけど、その時はたぶん、現れた魔物を倒してくれてたんだと思う。

……いや、だって見えないし。

ホントにそのくらい、この階層は光の力が弱められるのよ。
先人たちは、よくこんな階層を踏破したもんよねぇ。

ただ、踏破と言っても全容を明らかにしたわけじゃないの。わかっているのは、上の三〇階層と下の三十二階層に続く《門》の場所と、その二点を繋ぐ道中二日ほど掛かるルートだけ。それ以外のエリアは、正規ルートが判明する前に判明した脇道のみ。

確か、ハーキュリーは他の冒険者と即席パーティを組んで、エリキュールの花を採集するためにこの階層に来たんだったわね。
それなら、向かった場所は三十階層の《門》から半日ほどの距離にある、正規ルートから外れた脇道になるんだけど……。

「……ねぇ、フェンリル。これって、さらに奥へ進んでない?」

エリキュールの群生地までたどり着いたようだけど、フェンリルはさらに奥へと向かっている。ここから先はルートも判然としてない未知の領域だ。

『件の輩の匂いは、確かに奥から漂っている。それに、異形の臭いと……血の臭いも濃くなっているな』
「えっ?」

それって……一刻の猶予もない感じじゃない?

「急ぎましょう」

あたしが促すと、フェンリルは一気に駆け出した。

それは、一分か二分か──そんな長い疾走じゃなかった。
けど、フェンリルの足は馬の数十倍。人の駆け足に比べたら天と地ほどの差がある。移動した距離も、相当なものになっていたかもしれない。
剣戟と怒号が聞こえてきたのは、それくらいの移動を果たした時だった。

「フェンリル!」

あたしからの指示は、その一言で十分。
一瞬スピードを落としたところであたしが飛び降りると、フェンリルは全力の速度で暗闇の中に飛び込んだ。

「なんだ、新手か!?」

聞こえてくる混乱の声。そりゃいきなりフェンリルが間に割って入ったら、驚くどころの話じゃないけどさ。
けど、すぐに「いや、待て!」と他の仲間を制止する男の声が響く。混乱した状況の中でも、瞬時に敵味方の区別が付く冷静さを持ってる人がいるのは有り難いわ。

「こっちよ! 早く!」

あたしが声を上げれば、闇の向こうから近づいてくる気配を感じる。魔導ランタンで照らしてるのに、手を伸ばす範囲くらいしか明るくならないなんて、ホントもどかしいったらありゃしない。

「……え?」

そんな闇の中から飛び出して来たのは。
闇の中から飛び出して来たのは──人じゃなかった。

いや。

生き物ってカテゴリーの話じゃない。
あたしが知る既存の生物とは、一線を画すようなバケモノだ。
例えるならば棘。薔薇の花についているような棘が人の背丈よりも大きくなって長くなったような、そんな形をしていた。

そんな棘にあちこちに目があって、先端部分がぱっくり割れて牙が生えていて、その牙も本体の棘のように目があって口がある。

もう何がなんだかわからない。
なんだこれ!?

「危ない!」

その異様な見た目に呆気にとられているあたしと棘の間に、全身を隠せるほどの大盾を構えて男が飛び込んで来た。
バギギィン! と、金属が力任せに割られた音が響く。棘の突進が、いとも容易く盾を貫いた音だった。

とはいえ、しかし。

あたしを守ってくれた人も地下三十一階層までやってくるだけあって、盾もろとも串刺しになるようなヘマはしなかった。絶妙なタイミングで棘が突進する軌道を逸らし、致命傷を免れている。

「──ッ! フェンリル!」
「グルァァアアアアアアッ!」

あたしの呼びかけに、咆吼をあげるフェンリルが闇の中から飛び出した。
棘のバケモノに食らい付き、闇の奥へ放り投げる。チャンス!

「フェンリル、退くよ!」
『承知!』

盾でかばってくれた人をひっつかんでフェンリルの背中に飛び乗り、フェンリルはフェンリルで男性冒険者を一人口でくわえ、あたしたちはその場から全速力で逃げ出した。

「クッ……クックック……」

そんな中、声が聞こえた。
全速力で走るフェンリルの背中に乗っているというのに、あたしには確かに〝声〟が聞こえていた。

「面白い……。貴様が……バハムート様、の……贄に……相応しいカどうか……試してクれようゾ……!」

なんだこの声? 誰の声なの?
それに、バハムート……?
いったい何を……。

「──ッ!」

ちらりと後ろを振り返ったとき、棘のバケモノが闇の中で嗤っているように見えた。
そんな気がした。

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