呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
冒険者チーム、紅蓮 1
用意されていた服に着替えて外に出ると、森の中に一台の馬車が停まっていて、その周りで数人の男女が話しながら作業をしていた。
彼らがウベルトが契約したという冒険者だろう。
男三人、女一人のチームだったが、見たところチーム仲は良好のようだ。アルバートが冒険者だった頃の常識に照らせば、男女混合のチームは色恋が原因で破綻しやすい。色恋を穏便に乗り切っても、女性は急な妊娠でチームを抜ける。
そうでなくとも金や目的の違いなどで破綻しやすい冒険者の場合、女をチームに入れることを毛嫌いする者が多い。女性が悪というわけではなく、混ざることが問題ということだ。
そういった負の気配を感じさせないというだけで、冒険者のチームとしては充分に信用ができそうだった。
装備もぱっと見には汚れているが、質のいい皮鎧や胸当てを長く使い込んでいることがわかる。つまるところ、総合的に考えて「できる」冒険者チームというわけだ。
「やあ、君達が”紅蓮”かい?」
アルバートが声をかけると、さりげなく武器に手を伸ばしながら顔を上げる姿に好感を持つ。
どんな時でも警戒を怠らない。
当然ではあるが、それが実践できる者は少ない。
彼らはアルバートの姿を認めると、すぐに誤魔化すように武器から手を放し、その中の一人が笑顔で返答した。
「はい、冒険者チームの紅蓮です。俺は紅蓮のリーダーで、クイールといいます。ええと……アルさんですか?」
「ええ。ムスラバまで護衛して頂けるということで、ありがとうございます」
少しくすんだ金髪を短く刈り込んだクイールは、屈託なく右手を差し出した。笑うとくしゃりと顔が崩れ、いかにも人懐っこい容姿をしている。
冒険者である以上、裏表がないというわけでもないだろう。それでも、少なくとも薄暗い道を好んで歩くタイプではいと分かる。
しかし、身のこなしはモーロックに遥かに及ばないなと考えながら握手をし返すと、クイールはアルバートの考えを知ってから知らずか、早速仲間を紹介してくれた。
「彼はオズマです。基本的には斥候で、戦いは弓で援護してくれます。接近戦もそれなりにこなしますので、野盗が出た際は、アルさんのそばで射手兼護衛として動きます」
オズマと紹介された耳の長い男は、シャターン人だった。
シャターン人は尖った耳にひょろりとした長身の見た目もそうだが、森に好んで暮らし、弓を得意とするところまで、ファンタジー映画に出て来るエルフに似ている。雑食で酒好き、人と同じくらいの寿命という違いもあるが、見た目にはエルフと呼びたくなる。
あまり見かけない種族であるだけに、アルバートは思わずまじと見つめてしまった。
それに気づき、オズマは口を開くことなく頭を下げた。
「よろしく、オズマさん」
慌てて挨拶を返すが、オズマは特に返事をすることはなかった。
挨拶なし?
それは人として礼儀知らずではないか、一瞬そう思うが、慌ててクイールがフォローを入れた。
「すいません、彼は色々事情がありまして、喋れないんですよ」
「喋れない?」
質問を返すと、オズマが口を開き、舌を突きだすようにして、ああなるほどと理解できた。
彼の舌はほぼ根本から切断されていた。
切断されて随分経っているのだろう、切り口は丸まっていて、古傷であることが分かる。
それだけで、大体の事情は察せられた。
シャターン人は数十人単位で集まって一族を作り、それぞれで異なる文化を形成する。源流を辿れば同じ一族であるから、根本的な部分は似ているのだが、枝葉は随分と異なり、それが元で部族間で抗争になることも多い。
舌を切断するのは、部族間の戦争で勝った際、敵部族の舌をシャターンの信じる戦神へ奉じるためだ。
つまり、彼は戦争に負けた部族の人間、というわけだ。
愚かしいことではあるが、社会性を持つ生き物が複数集まれば、嫌でも争うということなのだろう。
まったくもって度し難く、平和の重要性を再認識させられる始末だ。
「まあ、あまり深く気にしなくて大丈夫ですよ。ええと、それで、こちらの二人はガロラントと、メイリンです。ガロラントは双剣使いで、メイリンは魔導士ですね。ほとんどは初級魔法ですが、中級の攻撃魔法も二つ使えます」
「それは凄いですね。中級を二つですか」
一般的に、初級魔法は一般人レベル、中級魔法で英雄級、上級魔法で聖人レベルと言われる。
茶色の髪を団子にしたメイリンは、どう見ても二十代前半というところで、その年で中級魔法を習得しているのは冒険者の中でも稀だろう。
「メイリンだよ~! こっちのガロラントはうちの旦那だから、可愛いからってくどいちゃ駄目ですよ!」
「馬鹿、依頼者に向かって何を言ってるんだお前は! す、すいませんアルさん、うちの嫁が……」
後頭部を掻きながら頭をへこへこと下げるガロラントに、アルは気にしないように声をかけた。
しかし、すでに夫婦というわけかと妙に納得する。
相手が既に定まって所帯を持っているのなら、恋愛沙汰に発展する心配は少ない。とはいえ、妊娠して離脱という可能性は常にあるだろうが‥‥‥それを考えるのは彼ら自身である以上、口を出すことではないと意識を切り替えた。
重要なのは、彼らには揉め事を抱えた冒険者特有の擦れた気配がないということだ。
うまく行っているのならば良し。
それがどのような形であれ、犯罪行為でさえなければ、本人達の自由意志は尊重されて然るべきである。
アルバートはふむと一つ頷き、クイールに早速出発したいことを伝えた。
「あ、大丈夫ですよ。依頼を受けてから馬車に食糧や毛布などは積み込んできましたから、アルさんの荷物を積み込めばすぐに出発できます。ええと、お荷物は……?」
アルは肩掛け鞄を持ち上げて見せた。
「これです。護衛任務ですが、私の護衛だけではなく、この鞄の保護もお願いしますね」
「わかりました。ちなみに、すり替えなどの危険性もあるので、念のため中身を確認させてもらってもいいですか?」
特に異論はなく、鞄を開いて中身を見せると、クイールは怪訝そうな顔をした。
それもまあ当然ではある。
中には古びた本が三冊入っているだけなのだ。
活版印刷などが発明されていないこの世界では、本は全て手書きで、高価ではある。それでも、たった三冊のために冒険者を雇うほどの価値はない。それこそ、数十冊を同時に運ぶ古物商ならともかくだ。
「これは魔導書なんですよ」
「あ、なるほど。それは冒険者の護衛が必要ですね」
「ええ。魔導書は高く売れますからね。この魔導書は特に珍しい内容ではありませんが、なにせ初版本なもので、ここだけの話、かなり値が跳ね上がるんですよ。おかげでムスラバの魔導図書館に買い取ってもらえることになりまして‥‥‥ありがたい話です」
もちろん嘘だ。
魔導書はそこらにある安物で、ウベルトが古書商から二束三文で買い付け、アルバートがそれらしく見えるように呪力を込めて加工したにすぎない。
高価な魔導書を用意できないわけではない。
呪術王として廃都を治めるようになってから、アルバートは魔導書収集に力を入れている。
各地で情報収集にあたっているウベルトに、金に物を言わせて相当に無理をさせているのだ。その成果は、アルバートの自室の本棚を埋め尽くす、大量の魔導書で証明できるだろう。
その中にはクイールに説明したような稀覯本もある。だが、アルバートはそれらを自室から持ち出す気は一切なかった。
それはもう、完全に、絶対に、だ。
賢者の隠れ家での生活を経て、アルバートは魔導の世界にどっぷりと浸っている。魔導書一つ取ってもアルバートにとっては宝同然だ。
そんな強い執着心がゆえに、万が一にも欠損することを畏れ、偽物を用意したのである。
知識のないクイール達はそれでも充分に納得したようで、何度も深く頷いて、アルバートに肌身離さず持っているように念を押した。
「正直に言いまして、中には私達冒険者に紛失や盗難などの責任を押し付けるような方もいらっしゃるので……基本的には、私達は触りません。目の前で奪われたりすることがないよう護衛するに留めます。ですから、貴重な品はご自身で管理をお願いしますね」
「もちろんです。よほどのことがない限り、私が自分で管理しますので、安心してください」
それで納得してもらえたようで、クイールの指示の元、ようやく馬車に乗り込んで出発した。
ムスラバまではざっと一週間ほどの道のりだ。その間は城に戻ることもできないが、アルバートはちょっとした休暇のつもりで、幌の隙間から流れていく景色を楽しんでいた。
彼らがウベルトが契約したという冒険者だろう。
男三人、女一人のチームだったが、見たところチーム仲は良好のようだ。アルバートが冒険者だった頃の常識に照らせば、男女混合のチームは色恋が原因で破綻しやすい。色恋を穏便に乗り切っても、女性は急な妊娠でチームを抜ける。
そうでなくとも金や目的の違いなどで破綻しやすい冒険者の場合、女をチームに入れることを毛嫌いする者が多い。女性が悪というわけではなく、混ざることが問題ということだ。
そういった負の気配を感じさせないというだけで、冒険者のチームとしては充分に信用ができそうだった。
装備もぱっと見には汚れているが、質のいい皮鎧や胸当てを長く使い込んでいることがわかる。つまるところ、総合的に考えて「できる」冒険者チームというわけだ。
「やあ、君達が”紅蓮”かい?」
アルバートが声をかけると、さりげなく武器に手を伸ばしながら顔を上げる姿に好感を持つ。
どんな時でも警戒を怠らない。
当然ではあるが、それが実践できる者は少ない。
彼らはアルバートの姿を認めると、すぐに誤魔化すように武器から手を放し、その中の一人が笑顔で返答した。
「はい、冒険者チームの紅蓮です。俺は紅蓮のリーダーで、クイールといいます。ええと……アルさんですか?」
「ええ。ムスラバまで護衛して頂けるということで、ありがとうございます」
少しくすんだ金髪を短く刈り込んだクイールは、屈託なく右手を差し出した。笑うとくしゃりと顔が崩れ、いかにも人懐っこい容姿をしている。
冒険者である以上、裏表がないというわけでもないだろう。それでも、少なくとも薄暗い道を好んで歩くタイプではいと分かる。
しかし、身のこなしはモーロックに遥かに及ばないなと考えながら握手をし返すと、クイールはアルバートの考えを知ってから知らずか、早速仲間を紹介してくれた。
「彼はオズマです。基本的には斥候で、戦いは弓で援護してくれます。接近戦もそれなりにこなしますので、野盗が出た際は、アルさんのそばで射手兼護衛として動きます」
オズマと紹介された耳の長い男は、シャターン人だった。
シャターン人は尖った耳にひょろりとした長身の見た目もそうだが、森に好んで暮らし、弓を得意とするところまで、ファンタジー映画に出て来るエルフに似ている。雑食で酒好き、人と同じくらいの寿命という違いもあるが、見た目にはエルフと呼びたくなる。
あまり見かけない種族であるだけに、アルバートは思わずまじと見つめてしまった。
それに気づき、オズマは口を開くことなく頭を下げた。
「よろしく、オズマさん」
慌てて挨拶を返すが、オズマは特に返事をすることはなかった。
挨拶なし?
それは人として礼儀知らずではないか、一瞬そう思うが、慌ててクイールがフォローを入れた。
「すいません、彼は色々事情がありまして、喋れないんですよ」
「喋れない?」
質問を返すと、オズマが口を開き、舌を突きだすようにして、ああなるほどと理解できた。
彼の舌はほぼ根本から切断されていた。
切断されて随分経っているのだろう、切り口は丸まっていて、古傷であることが分かる。
それだけで、大体の事情は察せられた。
シャターン人は数十人単位で集まって一族を作り、それぞれで異なる文化を形成する。源流を辿れば同じ一族であるから、根本的な部分は似ているのだが、枝葉は随分と異なり、それが元で部族間で抗争になることも多い。
舌を切断するのは、部族間の戦争で勝った際、敵部族の舌をシャターンの信じる戦神へ奉じるためだ。
つまり、彼は戦争に負けた部族の人間、というわけだ。
愚かしいことではあるが、社会性を持つ生き物が複数集まれば、嫌でも争うということなのだろう。
まったくもって度し難く、平和の重要性を再認識させられる始末だ。
「まあ、あまり深く気にしなくて大丈夫ですよ。ええと、それで、こちらの二人はガロラントと、メイリンです。ガロラントは双剣使いで、メイリンは魔導士ですね。ほとんどは初級魔法ですが、中級の攻撃魔法も二つ使えます」
「それは凄いですね。中級を二つですか」
一般的に、初級魔法は一般人レベル、中級魔法で英雄級、上級魔法で聖人レベルと言われる。
茶色の髪を団子にしたメイリンは、どう見ても二十代前半というところで、その年で中級魔法を習得しているのは冒険者の中でも稀だろう。
「メイリンだよ~! こっちのガロラントはうちの旦那だから、可愛いからってくどいちゃ駄目ですよ!」
「馬鹿、依頼者に向かって何を言ってるんだお前は! す、すいませんアルさん、うちの嫁が……」
後頭部を掻きながら頭をへこへこと下げるガロラントに、アルは気にしないように声をかけた。
しかし、すでに夫婦というわけかと妙に納得する。
相手が既に定まって所帯を持っているのなら、恋愛沙汰に発展する心配は少ない。とはいえ、妊娠して離脱という可能性は常にあるだろうが‥‥‥それを考えるのは彼ら自身である以上、口を出すことではないと意識を切り替えた。
重要なのは、彼らには揉め事を抱えた冒険者特有の擦れた気配がないということだ。
うまく行っているのならば良し。
それがどのような形であれ、犯罪行為でさえなければ、本人達の自由意志は尊重されて然るべきである。
アルバートはふむと一つ頷き、クイールに早速出発したいことを伝えた。
「あ、大丈夫ですよ。依頼を受けてから馬車に食糧や毛布などは積み込んできましたから、アルさんの荷物を積み込めばすぐに出発できます。ええと、お荷物は……?」
アルは肩掛け鞄を持ち上げて見せた。
「これです。護衛任務ですが、私の護衛だけではなく、この鞄の保護もお願いしますね」
「わかりました。ちなみに、すり替えなどの危険性もあるので、念のため中身を確認させてもらってもいいですか?」
特に異論はなく、鞄を開いて中身を見せると、クイールは怪訝そうな顔をした。
それもまあ当然ではある。
中には古びた本が三冊入っているだけなのだ。
活版印刷などが発明されていないこの世界では、本は全て手書きで、高価ではある。それでも、たった三冊のために冒険者を雇うほどの価値はない。それこそ、数十冊を同時に運ぶ古物商ならともかくだ。
「これは魔導書なんですよ」
「あ、なるほど。それは冒険者の護衛が必要ですね」
「ええ。魔導書は高く売れますからね。この魔導書は特に珍しい内容ではありませんが、なにせ初版本なもので、ここだけの話、かなり値が跳ね上がるんですよ。おかげでムスラバの魔導図書館に買い取ってもらえることになりまして‥‥‥ありがたい話です」
もちろん嘘だ。
魔導書はそこらにある安物で、ウベルトが古書商から二束三文で買い付け、アルバートがそれらしく見えるように呪力を込めて加工したにすぎない。
高価な魔導書を用意できないわけではない。
呪術王として廃都を治めるようになってから、アルバートは魔導書収集に力を入れている。
各地で情報収集にあたっているウベルトに、金に物を言わせて相当に無理をさせているのだ。その成果は、アルバートの自室の本棚を埋め尽くす、大量の魔導書で証明できるだろう。
その中にはクイールに説明したような稀覯本もある。だが、アルバートはそれらを自室から持ち出す気は一切なかった。
それはもう、完全に、絶対に、だ。
賢者の隠れ家での生活を経て、アルバートは魔導の世界にどっぷりと浸っている。魔導書一つ取ってもアルバートにとっては宝同然だ。
そんな強い執着心がゆえに、万が一にも欠損することを畏れ、偽物を用意したのである。
知識のないクイール達はそれでも充分に納得したようで、何度も深く頷いて、アルバートに肌身離さず持っているように念を押した。
「正直に言いまして、中には私達冒険者に紛失や盗難などの責任を押し付けるような方もいらっしゃるので……基本的には、私達は触りません。目の前で奪われたりすることがないよう護衛するに留めます。ですから、貴重な品はご自身で管理をお願いしますね」
「もちろんです。よほどのことがない限り、私が自分で管理しますので、安心してください」
それで納得してもらえたようで、クイールの指示の元、ようやく馬車に乗り込んで出発した。
ムスラバまではざっと一週間ほどの道のりだ。その間は城に戻ることもできないが、アルバートはちょっとした休暇のつもりで、幌の隙間から流れていく景色を楽しんでいた。
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