呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
反発する意思
「戦争を仕掛ける。死力を尽くせ」
アルバートの言葉に、一堂の顔つきが変わった。
一瞬にして緊張感をはらみ、特にイグナーツとリーゼロッテは獰猛な笑みを浮かべて喜悦している。
それは紛れもない、獣の笑みだった。
意気軒高、ならば良し。
アルバートは四人の君主が目覚めた時にすぐに行動に移せるように、やるべきことをすでに決めていた。準備のほとんどはウベルトに一任する形となってらいたが、ほぼ実行に移すだけという段階まで来ていたのだ。
アルバートは片腕を振り上げ、命令を下した。
「リーゼロッテ、イグナーツを軍長として、それぞれ二軍を編成する。数は一軍につき二万。軍容はモーロックに一任しているが、お前達の種族がそれぞれの軍団の中核となる。攻略目標は海上都市のムスラバ……冬になる前に制圧しろ」
「ははっ」
二人が同時に声を上げた。
ムスラバなどという場所は知らないが、そんなものはどうでもいい。王からの勅命である以上、それは達成せねばならぬのだ。必要な情報はあとでいくらでも集めればよい。
それよりも、二人の興味はどちらが二軍の統率を任されるのか、という点に絞られていた。
リーゼロッテとイグナーツの種族は犬猿の仲を言っていい。美麗な騎士然としたリーゼロッテと、蛮族と呼ぶのが相応しいイグナーツでは、種族としての文化も、思考も、戦いに臨む信念までも、まったく異なるのだ。
どちらも武に秀で、呪族の中でも図抜けた力を持つだけに、戦場で肩を並べることも多い。それゆえに、一層鼻につくというのが偽らざる本心だった。
だからこそ、続くアルバートの言葉に二人は揃って驚愕の声を漏らしていた。
「二つの軍はそれぞれの軍長の統率下に置くが、その上には誰もおかん。それぞれ、何をなすべきかを考えて行動せよ」
「そ、それはどういう……私に指揮権を与えてくださるのではないんですの?」
「いや、指揮権は俺にでしょう」
二人の異論はアルバートの視線に潰された。
物理的な力を伴っていると感じさせるほどの呪力の奔流。それは明確な圧力となり、二人に言葉を呑み込ませるに充分だ。
「指揮権は己の軍にのみだ。二つの軍はそれぞれ別個の頭脳を持ち、それぞれの思考を持って進軍せよ」
二匹の獣が一匹の獲物を狙う。
考えるまでも無く、成り立つはずがない。
不可能、その言葉が二人の脳裏をよぎったが、とても口に出せる状況ではなかった。なにせ、その瞬間に消し炭にされる未来が幻視されてしまうのだ。
実際にはそのようなことはないかもしれない、だが、現実にそれを可能とする力を持つ存在が目の前にいる。その事実が、二人を萎縮させていた。
「吾輩がお前達に何を望んでいるか、よく考えるがいい。考えに考え抜き、そして選択せよ。吾輩がお前達に与える目的はただ一つ……完全なる勝利だ。徹底的に、圧倒的に、一方的に蹂躙せよ」
二人を真向から貫くアルバートの視線は紛れもなく本気だった。
それ以外の選択肢など、口にすることすら許可しない断固たる意思。
二人は一族の意地になど、些末なことに拘っていた自分を恥じ、同時に一族の終焉の瀬戸際にいることを悟る。
二人は揃って頭を垂れ、恭順を示した。
だがそれは、そうせよと考えたわけではない。あまりの畏怖ゆえに咄嗟に目を逸らし、それを誤魔化すために取った行動だった。それが二人同時に被っていたことは悪い冗談のようだった。
アルバートはそんな二人の愚鈍さを侮蔑混じりに眺め、しかし、それでも替えはいないのだと言い聞かせ、ため息をつく。
「言い忘れていたが、屍狼賊……裏切り者のダナの一族から復権の機会が欲しいと歎願があった。捨て置くこともできるが、戦力はあるに越したことはない。お前たちを補助する遊軍としてつける。好きに使え……話は以上だ。二人は下がっていい」
「はっ、必ずや成果をお約束しますわ、至高の我が王」
「勝利を、至高の我が王」
それぞれ異なる言葉ながら、同様に勝利を約束して部屋を後にする二人が消えた。その扉を見つめ、モーロックは呆れたように首をすくめた。
「さて、どうなることか。足の引っ張り合いにならねばよいですが……嫌な予感しかしませんな」
「それならばそれで、それだけの者達だったということだ」
「怖い考えですな。使えなければ、切り捨てるということですか」
アルバートは無表情に、しかし苛立ちの気配を漂わせながら横に首を振った。
「捨てはせぬ。だが、それだけの能力しかないと分かれば、重用はできん。劣るならば、劣るなりにできる仕事を任せるだけのことだ。吾輩の言葉の意味が理解できぬなら、その程度の価値しかない」
「それは、最後まで考えること……でしょうか?」
ふいに割り込んだ声の発信源に、モーロックとアルバートの視線が集まった。
それは会話に割り込まれたことが原因ではない。
アルバートが求める答え、その本質を突いた一言だったからだ。
二人の視線に気づいたコルネリアは、はっと顔をひきつらせた。
失言したと思って身を固くしたのだが、アルバートはそんなコルネリアに落ち着くように身振りで示しながら、意図を確認しようと質問した。
「コルネリア。お前にはあの二人へ下した命令の意味がわかるのか?」
「は、はい。恐らくですが……与えられた目標を達成するために考えること、だと思います」
「ふむ。具体的には、どう考えるというのだ?」
コルネリアはしばらく考えをまとめるように黙り、ぽつぽつと話し出した。
「あの二人は、一族としても、個人としても対立しています。考え方、風俗、戦い方、全てが異なるからです。しかし、軍を率いる将として長く、一軍の中での序列には従います。今回はその序列が同格、それぞれが使える軍があり、いかにも競争をするように促しているように見えます」
「ああ、そう見えるな」
「であれば、至高の我が王様の出した命令は簡潔です。完全なる蹂躙。つまるところ、それを成すために最善を尽くせるかどうか、そのために何が必要で、何が不要なのか、何が障害となっているかを考え、それを自分たちの才覚でもって打破できるか……それを見ていらっしゃるのではないでしょうか。あの二人の間にある確執を、勝利のために不要と割り切り、至高の我が王様のために働けるかどうか……そういう意味で、考えることができるのか、ということかと思料いたします」
コルネリアは一息に話しきり、ほっと息をついたが、二人の反応がないことに不安を感じた。そっとアルバートの顔色を伺い、そこに満面の笑みを発見して驚愕する。
それは、コルネリアがアルバートと出会ってからこちら、一度としてみたことがない、心の底からの笑みだったのだ。
「コルネリア、吾輩は少しみくびっていたようだ。確かにその通り、吾輩はあの二人の才覚を、考えるという才能を確認するつもりだ。目的を達成するために必要なのは理性だ。その前にあらゆる感情は不要である。過去の確執など微塵の価値もない。それを理解している者でなければ、どれほどの強者であれ意味がない。個を殺し、全なるを良しとすべし、だ。いやはや、これは、思わぬ収穫だったな……」
「左様でございますな」
アルバートはコルネリアを見つめて微笑んだ。
それは、使えるかどうかも分からない道具箱の中から、最高の一品を見つけたような感覚で、コルネリアという道具を喜んでいるに過ぎない。
だが、コルネリアは認められた、と考えた。
あながち間違った考えではないが、より根本的な部分で大きくずれた二人の思考は、傍目には部下を讃える上司と、忠誠を誓う部下の構図にしか見えなかった。
「あ、あの……それで、私は何をすればよろしいでしょうか?」
アルバートははたと頷いた。
言われてみれば、まだコルネリアには指示を出していなかったことに気づいたのだ。指示を出す直前にコルネリアの芯を得た言葉があり、思わず忘れてしまっていた。
「お前にも試しを与えようと思っていたが……いや、不要だな。お前には別の仕事をしてもらおう。お前は頭が回るが、いささか武力に劣る。それを底上げせねばならぬからな」
「か、かしこまりました」
「とはいえ、しばらくはやることがない。モーロックとともに政務に励んでいろ。その時になれば呼ぶとしよう……では、お前も下がってよい」
「はっ、お待ちしております、至高の我が王」
意気揚々と立ち去るコルネリアの姿は、先ほどの二人とは対照的だ。
アルバートはその様子に可笑しさを覚えたが、すぐに真顔に戻り、玉座を立ち上がった。
「行かれるので?」
「ああ。ウベルトに事前工作はやらせているが、肝心な部分は吾輩の手が必要だからな。一足先にムスラバに入るとしよう。しばらく城を空けるが、問題ないな」
「ないかと言われれば、王が軍を離れて行動する状況がすでに問題だらけではありますな」
モーロックの人を食ったような物言いに、しかし確かな心配の色を感じ、アルバートも強くは反論できない。
しかし、これは必要な賭けだ。
だからこそ、アルバートはモーロックを無視するように転移の呪術を唱えた。
「では、行く。後は頼んだぞ」
「かしこまりました、至高の我が王」
アルバートは空中にぽかりと開いた黒い穴に、ゆっくりと足を踏み入れた。
アルバートの言葉に、一堂の顔つきが変わった。
一瞬にして緊張感をはらみ、特にイグナーツとリーゼロッテは獰猛な笑みを浮かべて喜悦している。
それは紛れもない、獣の笑みだった。
意気軒高、ならば良し。
アルバートは四人の君主が目覚めた時にすぐに行動に移せるように、やるべきことをすでに決めていた。準備のほとんどはウベルトに一任する形となってらいたが、ほぼ実行に移すだけという段階まで来ていたのだ。
アルバートは片腕を振り上げ、命令を下した。
「リーゼロッテ、イグナーツを軍長として、それぞれ二軍を編成する。数は一軍につき二万。軍容はモーロックに一任しているが、お前達の種族がそれぞれの軍団の中核となる。攻略目標は海上都市のムスラバ……冬になる前に制圧しろ」
「ははっ」
二人が同時に声を上げた。
ムスラバなどという場所は知らないが、そんなものはどうでもいい。王からの勅命である以上、それは達成せねばならぬのだ。必要な情報はあとでいくらでも集めればよい。
それよりも、二人の興味はどちらが二軍の統率を任されるのか、という点に絞られていた。
リーゼロッテとイグナーツの種族は犬猿の仲を言っていい。美麗な騎士然としたリーゼロッテと、蛮族と呼ぶのが相応しいイグナーツでは、種族としての文化も、思考も、戦いに臨む信念までも、まったく異なるのだ。
どちらも武に秀で、呪族の中でも図抜けた力を持つだけに、戦場で肩を並べることも多い。それゆえに、一層鼻につくというのが偽らざる本心だった。
だからこそ、続くアルバートの言葉に二人は揃って驚愕の声を漏らしていた。
「二つの軍はそれぞれの軍長の統率下に置くが、その上には誰もおかん。それぞれ、何をなすべきかを考えて行動せよ」
「そ、それはどういう……私に指揮権を与えてくださるのではないんですの?」
「いや、指揮権は俺にでしょう」
二人の異論はアルバートの視線に潰された。
物理的な力を伴っていると感じさせるほどの呪力の奔流。それは明確な圧力となり、二人に言葉を呑み込ませるに充分だ。
「指揮権は己の軍にのみだ。二つの軍はそれぞれ別個の頭脳を持ち、それぞれの思考を持って進軍せよ」
二匹の獣が一匹の獲物を狙う。
考えるまでも無く、成り立つはずがない。
不可能、その言葉が二人の脳裏をよぎったが、とても口に出せる状況ではなかった。なにせ、その瞬間に消し炭にされる未来が幻視されてしまうのだ。
実際にはそのようなことはないかもしれない、だが、現実にそれを可能とする力を持つ存在が目の前にいる。その事実が、二人を萎縮させていた。
「吾輩がお前達に何を望んでいるか、よく考えるがいい。考えに考え抜き、そして選択せよ。吾輩がお前達に与える目的はただ一つ……完全なる勝利だ。徹底的に、圧倒的に、一方的に蹂躙せよ」
二人を真向から貫くアルバートの視線は紛れもなく本気だった。
それ以外の選択肢など、口にすることすら許可しない断固たる意思。
二人は一族の意地になど、些末なことに拘っていた自分を恥じ、同時に一族の終焉の瀬戸際にいることを悟る。
二人は揃って頭を垂れ、恭順を示した。
だがそれは、そうせよと考えたわけではない。あまりの畏怖ゆえに咄嗟に目を逸らし、それを誤魔化すために取った行動だった。それが二人同時に被っていたことは悪い冗談のようだった。
アルバートはそんな二人の愚鈍さを侮蔑混じりに眺め、しかし、それでも替えはいないのだと言い聞かせ、ため息をつく。
「言い忘れていたが、屍狼賊……裏切り者のダナの一族から復権の機会が欲しいと歎願があった。捨て置くこともできるが、戦力はあるに越したことはない。お前たちを補助する遊軍としてつける。好きに使え……話は以上だ。二人は下がっていい」
「はっ、必ずや成果をお約束しますわ、至高の我が王」
「勝利を、至高の我が王」
それぞれ異なる言葉ながら、同様に勝利を約束して部屋を後にする二人が消えた。その扉を見つめ、モーロックは呆れたように首をすくめた。
「さて、どうなることか。足の引っ張り合いにならねばよいですが……嫌な予感しかしませんな」
「それならばそれで、それだけの者達だったということだ」
「怖い考えですな。使えなければ、切り捨てるということですか」
アルバートは無表情に、しかし苛立ちの気配を漂わせながら横に首を振った。
「捨てはせぬ。だが、それだけの能力しかないと分かれば、重用はできん。劣るならば、劣るなりにできる仕事を任せるだけのことだ。吾輩の言葉の意味が理解できぬなら、その程度の価値しかない」
「それは、最後まで考えること……でしょうか?」
ふいに割り込んだ声の発信源に、モーロックとアルバートの視線が集まった。
それは会話に割り込まれたことが原因ではない。
アルバートが求める答え、その本質を突いた一言だったからだ。
二人の視線に気づいたコルネリアは、はっと顔をひきつらせた。
失言したと思って身を固くしたのだが、アルバートはそんなコルネリアに落ち着くように身振りで示しながら、意図を確認しようと質問した。
「コルネリア。お前にはあの二人へ下した命令の意味がわかるのか?」
「は、はい。恐らくですが……与えられた目標を達成するために考えること、だと思います」
「ふむ。具体的には、どう考えるというのだ?」
コルネリアはしばらく考えをまとめるように黙り、ぽつぽつと話し出した。
「あの二人は、一族としても、個人としても対立しています。考え方、風俗、戦い方、全てが異なるからです。しかし、軍を率いる将として長く、一軍の中での序列には従います。今回はその序列が同格、それぞれが使える軍があり、いかにも競争をするように促しているように見えます」
「ああ、そう見えるな」
「であれば、至高の我が王様の出した命令は簡潔です。完全なる蹂躙。つまるところ、それを成すために最善を尽くせるかどうか、そのために何が必要で、何が不要なのか、何が障害となっているかを考え、それを自分たちの才覚でもって打破できるか……それを見ていらっしゃるのではないでしょうか。あの二人の間にある確執を、勝利のために不要と割り切り、至高の我が王様のために働けるかどうか……そういう意味で、考えることができるのか、ということかと思料いたします」
コルネリアは一息に話しきり、ほっと息をついたが、二人の反応がないことに不安を感じた。そっとアルバートの顔色を伺い、そこに満面の笑みを発見して驚愕する。
それは、コルネリアがアルバートと出会ってからこちら、一度としてみたことがない、心の底からの笑みだったのだ。
「コルネリア、吾輩は少しみくびっていたようだ。確かにその通り、吾輩はあの二人の才覚を、考えるという才能を確認するつもりだ。目的を達成するために必要なのは理性だ。その前にあらゆる感情は不要である。過去の確執など微塵の価値もない。それを理解している者でなければ、どれほどの強者であれ意味がない。個を殺し、全なるを良しとすべし、だ。いやはや、これは、思わぬ収穫だったな……」
「左様でございますな」
アルバートはコルネリアを見つめて微笑んだ。
それは、使えるかどうかも分からない道具箱の中から、最高の一品を見つけたような感覚で、コルネリアという道具を喜んでいるに過ぎない。
だが、コルネリアは認められた、と考えた。
あながち間違った考えではないが、より根本的な部分で大きくずれた二人の思考は、傍目には部下を讃える上司と、忠誠を誓う部下の構図にしか見えなかった。
「あ、あの……それで、私は何をすればよろしいでしょうか?」
アルバートははたと頷いた。
言われてみれば、まだコルネリアには指示を出していなかったことに気づいたのだ。指示を出す直前にコルネリアの芯を得た言葉があり、思わず忘れてしまっていた。
「お前にも試しを与えようと思っていたが……いや、不要だな。お前には別の仕事をしてもらおう。お前は頭が回るが、いささか武力に劣る。それを底上げせねばならぬからな」
「か、かしこまりました」
「とはいえ、しばらくはやることがない。モーロックとともに政務に励んでいろ。その時になれば呼ぶとしよう……では、お前も下がってよい」
「はっ、お待ちしております、至高の我が王」
意気揚々と立ち去るコルネリアの姿は、先ほどの二人とは対照的だ。
アルバートはその様子に可笑しさを覚えたが、すぐに真顔に戻り、玉座を立ち上がった。
「行かれるので?」
「ああ。ウベルトに事前工作はやらせているが、肝心な部分は吾輩の手が必要だからな。一足先にムスラバに入るとしよう。しばらく城を空けるが、問題ないな」
「ないかと言われれば、王が軍を離れて行動する状況がすでに問題だらけではありますな」
モーロックの人を食ったような物言いに、しかし確かな心配の色を感じ、アルバートも強くは反論できない。
しかし、これは必要な賭けだ。
だからこそ、アルバートはモーロックを無視するように転移の呪術を唱えた。
「では、行く。後は頼んだぞ」
「かしこまりました、至高の我が王」
アルバートは空中にぽかりと開いた黒い穴に、ゆっくりと足を踏み入れた。
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