呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
精励せし王
呪族を構成する一族は数多いが、その中でも中核を成す五つの部族がある。
朱眼族、妖剣族、黒蟲賊、死鬼賊、屍狼賊。
それぞれの一族には君主と呼ばれる絶対者が存在し、彼らはその能力ゆえに一族を率いていた。
だが、王たる呪術王が現れたその時から、屍狼族の君主は裏切り者として粛清され、残る四人の君主も深い眠りについている。
彼ら五人の君主は、その他の種族達の動向を監視し、導く役割もある。彼らの眠りは、呪族に大きな波紋を投げかけるかと思われた。
だが、アルバートの予想とは裏腹に、一年の時を経ても呪族の中で大きな問題は発生していなかった。それもこれも、予想外の手腕を発揮したモーロックの政治手腕ゆえのことだと認識すれば、つい礼の一つも口をつく。
「随分と助けられているな、モーロック」
主君に声をかけられたモーロックは、おぞましい骨の容姿からは想像できぬことながら、実に優雅に一礼した。
「お褒めに頂き光栄ですな」
「お前がおらねば相当に苦労しただろう。なにせ、呪族を束ねていた連中が、ある日突然いなくなるわけだ。不安を抱かぬほうがおかしい。不安は容易に不満に変わり、集団心理により増幅されたその矛先は分かりやすい敵を作り出す……つまるところ、吾輩だな」
アルバートは楽しそうに嗤い、手袋の裾を引っ張り、軽く拳を握って感触を確かめた。
いまの彼の服装は動きやすく仕立てられた、いかにも体を動かす用の服と分かるが、冒険者時代のそれとは雲泥の差だ。素材は厳選された高級品であり、一流の仕立て屋の手によって、体の動きを阻害せぬよう計算された逸品だった。
「まだ着慣れませんか?」
「……ふむ。着の身着のまま、二千年近く過ごしていたわけだからな。一年やそこらでは、この違和感は拭えんよ。とはいえ、上に立つ者として相応の威厳が必要というのは充分に理解しているがね」
「服で示す威厳になど、どれほどの意味がありましょうか。そもそも、そのようなものに頼らずとも、至高の我が王から滲み出る威厳はすでに王の風格ですぞ」
「……相変わらず、お前の冗談は面白くないな」
舌があれば出しているように肩をすくめたモーロックに、アルバートは怒る気力もおきない。
アルバートの過去を知り、呪術王として体裁を取り繕う必要のないモーロックとは、自然、気安い付き合いができる数少ない人物となる。
もちろん二人の時だけではあるが、彼との会話は、アルバートにとって多少なりと心の平穏を保つ効果があった。
「冗談はおいておくとしましても、私の力添えなどなくとも問題はないと思いますぞ。なにせ、呪族とはそういうものですからな」
「なぜだ?」
「弱者になったとはいえ、彼らもまた呪術王様が作りたもうた、原初の呪族から分かたれた者ですからな。元となる魂根は同じです。彼らの中には、呪術王様と、呪族に対する絶対的な忠誠心が刻まれています」
「吾輩は本物の呪術王ではないが?」
「それは確かに。しかし、呪族への忠誠ゆえに、呪族を守る最大の剣である至高の我が王へ好意を抱く。それは容易に忠誠心と誤認するでしょう……あれらは、そういう生き物ですから」
「都合がいいが、何とも物悲しい生き物だな」
「そうあれ、と作られているのです。致し方ありませんな……それより、もう準備はよろしいので?」
まだ手袋の具合を確かめているアルバートは、露骨な催促に苦笑し、問題ないと頷いた。
二人はメギナ・ディートリンデ内にある練兵場で向かい合っていた。
自身の戦力の増強を目的としているアルバートにとっては、モーロックは手頃な手合わせの相手だ。
モーロックは骨をカタカタと鳴らし、それでは、と言って天井すれすれまで巨大化した。門番としてアルバートと対峙した時と同じサイズで、モーロックの変化できる大きさの最大値だ。
体の大きさと速度は比例しないが、質量は比例する。同じ速度であっても、増大した質量が上乗せされたモーロックの一撃は軽く鉄塊をへしゃげさせるのだ。
アルバートとの大きさの比較は、比べること自体が馬鹿馬鹿しいほど。それでも、二人はいつものことと気にする様子もなく向かい合う。
アルバートは腰のベルトに挿した鞘から短剣を二本抜き、両手に構えた。
「そろそろ勝ち星を得たいところだ」
「呪術の制限をやめればいつでも勝てるでしょう」
「それでは意味がない。お前に求めているのは呪術とは異なる戦い方だからな。お前が抵抗できぬような術で圧倒して、何を学ぶ?」
「それもそうですな。では、参りますぞ」
開始の合図を口にしたモーロックは、気負う様子もなく前身した。
ただし、その速度が尋常ではない。
いつの間にか手に握られていた牛刀が銀閃を描き、アルバートの胴を捉え――なかった。
アルバートは寸前で牛刀の進路から身を避けていた。
避ける動作で踏み出した右足は、モーロックへの前進の一歩になっていて、無駄なく距離が縮まる。
が、それを見越したモーロックの前蹴りまでは躱せなかった。
「ぬぐ……っ!?」
両手に携えた短剣を盾替わりに構え、可能な限り後ろへと体重を移動する。
たったそれだけだが、五重に展開していた防御障壁をへし割り、威力を減衰させたモーロックの蹴りを、即死から致命的な威力まで下げる役には立った。
二転、三転、固い地面と水平に吹き飛びながら、時折地面に体を打ち付けて回転する。
各所が骨折し悲鳴を上げ、中には肉を貫いて出てきている物もあったが、アルバートは即座に立ち上がった。痛みを我慢することには慣れている、これしき何ほどのこともない。
が、体勢を整える間も与えず、目前にモーロックが立ち塞がっていた。
「反応が遅いですな」
「くそ――」
モーロックの剛腕に頭蓋を消し飛ばされ、アルバートの声が掻き消された。
だが、モーロックはそれで動きを止めず、再生を始めるアルバートの体に向かって容赦なく連撃を叩き込んだ。頭が生えれば胴体を引き裂き、胴体が繋がれば両足を摺り潰すという具合に、再生する端から次々と攻撃を繰り出し、無力化していく。
アルバートが数十回ほどの死を体験した頃合いで、モーロックはようやく距離を取った。
即座にアルバートの再生が完了し、二人は再び対峙する。
アルバートの服は襤褸切れも同然だが、その目には些かも衰えぬ戦意があった。
「では、行きますぞ」
「ああ、いつでも――」
最後まで言わせずに再び前進するモーロックに、アルバートは今度は自分から行動した。
「呪怨縛鎖!」
第二悌呪術。
第二梯とはいえ、捕縛特化であるからこそ強力な呪術だ。頭蓋骨の鎖が壁の四方から飛び出す。
モーロックは嗤った。
「笑止」
両手、両足を頭蓋骨の鎖に絡め取られるが、モーロックはその巨体と、直前までの速度を慣性に変えて、構わず牛刀を振るった。
とたんにぴんと張り詰めた頭蓋骨の鎖がモーロックの動きを阻害するが、静止できたのはわずか一瞬、引きちぎられた頭蓋骨を纏いながら、牛刀が再び銀閃を描く。
だが、アルバートにとってはそのわずかの遅れこそが狙いだったのだ。
モーロックの牛刀はあらかじめ移動を始めていたアルバートの姿を捉えることはできず、すでに前蹴りを放つ暇もないほど接近していた。
すかさずアルバートの振るった短剣が二度閃き、小指の先ほどの傷をモーロックの肋骨に刻む。
だが、その後のモーロックの追撃を躱すことはできず、再びアルバートは繰り返し振るわれる暴虐の連撃の前に肉片となった。
朱眼族、妖剣族、黒蟲賊、死鬼賊、屍狼賊。
それぞれの一族には君主と呼ばれる絶対者が存在し、彼らはその能力ゆえに一族を率いていた。
だが、王たる呪術王が現れたその時から、屍狼族の君主は裏切り者として粛清され、残る四人の君主も深い眠りについている。
彼ら五人の君主は、その他の種族達の動向を監視し、導く役割もある。彼らの眠りは、呪族に大きな波紋を投げかけるかと思われた。
だが、アルバートの予想とは裏腹に、一年の時を経ても呪族の中で大きな問題は発生していなかった。それもこれも、予想外の手腕を発揮したモーロックの政治手腕ゆえのことだと認識すれば、つい礼の一つも口をつく。
「随分と助けられているな、モーロック」
主君に声をかけられたモーロックは、おぞましい骨の容姿からは想像できぬことながら、実に優雅に一礼した。
「お褒めに頂き光栄ですな」
「お前がおらねば相当に苦労しただろう。なにせ、呪族を束ねていた連中が、ある日突然いなくなるわけだ。不安を抱かぬほうがおかしい。不安は容易に不満に変わり、集団心理により増幅されたその矛先は分かりやすい敵を作り出す……つまるところ、吾輩だな」
アルバートは楽しそうに嗤い、手袋の裾を引っ張り、軽く拳を握って感触を確かめた。
いまの彼の服装は動きやすく仕立てられた、いかにも体を動かす用の服と分かるが、冒険者時代のそれとは雲泥の差だ。素材は厳選された高級品であり、一流の仕立て屋の手によって、体の動きを阻害せぬよう計算された逸品だった。
「まだ着慣れませんか?」
「……ふむ。着の身着のまま、二千年近く過ごしていたわけだからな。一年やそこらでは、この違和感は拭えんよ。とはいえ、上に立つ者として相応の威厳が必要というのは充分に理解しているがね」
「服で示す威厳になど、どれほどの意味がありましょうか。そもそも、そのようなものに頼らずとも、至高の我が王から滲み出る威厳はすでに王の風格ですぞ」
「……相変わらず、お前の冗談は面白くないな」
舌があれば出しているように肩をすくめたモーロックに、アルバートは怒る気力もおきない。
アルバートの過去を知り、呪術王として体裁を取り繕う必要のないモーロックとは、自然、気安い付き合いができる数少ない人物となる。
もちろん二人の時だけではあるが、彼との会話は、アルバートにとって多少なりと心の平穏を保つ効果があった。
「冗談はおいておくとしましても、私の力添えなどなくとも問題はないと思いますぞ。なにせ、呪族とはそういうものですからな」
「なぜだ?」
「弱者になったとはいえ、彼らもまた呪術王様が作りたもうた、原初の呪族から分かたれた者ですからな。元となる魂根は同じです。彼らの中には、呪術王様と、呪族に対する絶対的な忠誠心が刻まれています」
「吾輩は本物の呪術王ではないが?」
「それは確かに。しかし、呪族への忠誠ゆえに、呪族を守る最大の剣である至高の我が王へ好意を抱く。それは容易に忠誠心と誤認するでしょう……あれらは、そういう生き物ですから」
「都合がいいが、何とも物悲しい生き物だな」
「そうあれ、と作られているのです。致し方ありませんな……それより、もう準備はよろしいので?」
まだ手袋の具合を確かめているアルバートは、露骨な催促に苦笑し、問題ないと頷いた。
二人はメギナ・ディートリンデ内にある練兵場で向かい合っていた。
自身の戦力の増強を目的としているアルバートにとっては、モーロックは手頃な手合わせの相手だ。
モーロックは骨をカタカタと鳴らし、それでは、と言って天井すれすれまで巨大化した。門番としてアルバートと対峙した時と同じサイズで、モーロックの変化できる大きさの最大値だ。
体の大きさと速度は比例しないが、質量は比例する。同じ速度であっても、増大した質量が上乗せされたモーロックの一撃は軽く鉄塊をへしゃげさせるのだ。
アルバートとの大きさの比較は、比べること自体が馬鹿馬鹿しいほど。それでも、二人はいつものことと気にする様子もなく向かい合う。
アルバートは腰のベルトに挿した鞘から短剣を二本抜き、両手に構えた。
「そろそろ勝ち星を得たいところだ」
「呪術の制限をやめればいつでも勝てるでしょう」
「それでは意味がない。お前に求めているのは呪術とは異なる戦い方だからな。お前が抵抗できぬような術で圧倒して、何を学ぶ?」
「それもそうですな。では、参りますぞ」
開始の合図を口にしたモーロックは、気負う様子もなく前身した。
ただし、その速度が尋常ではない。
いつの間にか手に握られていた牛刀が銀閃を描き、アルバートの胴を捉え――なかった。
アルバートは寸前で牛刀の進路から身を避けていた。
避ける動作で踏み出した右足は、モーロックへの前進の一歩になっていて、無駄なく距離が縮まる。
が、それを見越したモーロックの前蹴りまでは躱せなかった。
「ぬぐ……っ!?」
両手に携えた短剣を盾替わりに構え、可能な限り後ろへと体重を移動する。
たったそれだけだが、五重に展開していた防御障壁をへし割り、威力を減衰させたモーロックの蹴りを、即死から致命的な威力まで下げる役には立った。
二転、三転、固い地面と水平に吹き飛びながら、時折地面に体を打ち付けて回転する。
各所が骨折し悲鳴を上げ、中には肉を貫いて出てきている物もあったが、アルバートは即座に立ち上がった。痛みを我慢することには慣れている、これしき何ほどのこともない。
が、体勢を整える間も与えず、目前にモーロックが立ち塞がっていた。
「反応が遅いですな」
「くそ――」
モーロックの剛腕に頭蓋を消し飛ばされ、アルバートの声が掻き消された。
だが、モーロックはそれで動きを止めず、再生を始めるアルバートの体に向かって容赦なく連撃を叩き込んだ。頭が生えれば胴体を引き裂き、胴体が繋がれば両足を摺り潰すという具合に、再生する端から次々と攻撃を繰り出し、無力化していく。
アルバートが数十回ほどの死を体験した頃合いで、モーロックはようやく距離を取った。
即座にアルバートの再生が完了し、二人は再び対峙する。
アルバートの服は襤褸切れも同然だが、その目には些かも衰えぬ戦意があった。
「では、行きますぞ」
「ああ、いつでも――」
最後まで言わせずに再び前進するモーロックに、アルバートは今度は自分から行動した。
「呪怨縛鎖!」
第二悌呪術。
第二梯とはいえ、捕縛特化であるからこそ強力な呪術だ。頭蓋骨の鎖が壁の四方から飛び出す。
モーロックは嗤った。
「笑止」
両手、両足を頭蓋骨の鎖に絡め取られるが、モーロックはその巨体と、直前までの速度を慣性に変えて、構わず牛刀を振るった。
とたんにぴんと張り詰めた頭蓋骨の鎖がモーロックの動きを阻害するが、静止できたのはわずか一瞬、引きちぎられた頭蓋骨を纏いながら、牛刀が再び銀閃を描く。
だが、アルバートにとってはそのわずかの遅れこそが狙いだったのだ。
モーロックの牛刀はあらかじめ移動を始めていたアルバートの姿を捉えることはできず、すでに前蹴りを放つ暇もないほど接近していた。
すかさずアルバートの振るった短剣が二度閃き、小指の先ほどの傷をモーロックの肋骨に刻む。
だが、その後のモーロックの追撃を躱すことはできず、再びアルバートは繰り返し振るわれる暴虐の連撃の前に肉片となった。
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