呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
原初の異常者
種は全部で三つあった。
それぞれ色味が異なるが、その内に内包する禍々しいまでの呪力はどれも遜色ない。
全てが異様。
全てが異常だ。
アルバートはその内の一つを摘まみ上げて差し出した。
それはイグナーツにとってさながら踏み絵のようにも感じられたが、拒否という選択肢はとうの昔に消えている。震える手を気力で抑え、捧げ持つように受け取るしかない。
「それぞれの種から絞り出した呪力の結晶を薄めたもの、それがお前たちの一族に配布された薬だ。一つの種を一つの種族へ。これを飲み込むことで、種はお前の中で根付き、一族との間で魂根の繋がりを持つこととなる」
「繋がり……?」
「そうだ。お前が父となり、一族がお前の子となる。お前の存在は彼らの魂根と繋がることで強化され、擬似的な合一を果たす。それはつまり、古の呪族に回帰するということだ」
例えるならば魂根のネットワークだ。
一つでは弱く脆い存在であろうとも、重なりあえばかつてのそれに近づくことができる。
怯えと不安をにじませていたイグナーツの表情がわずかに決意を帯びたものに変化した。
父となり、子となる。
一族を愛するイグナーツにとってその言葉が思いの外刺さったわけだが、アルバートはそれを理解することはないにしろ、少なくとも好意的に受け取った。
覚悟が決まったのであれば、それは素晴らしいことだ。
飲み込めと促せば、太い指に摘ままれた種がするりと喉の奥に消えた。
「これで、どうなるのですか。特に変わりは――」
ないようですが、と言いかけたのだろうが、それ以上口にすることはできなかった。電池の切れた絡繰り人形のごとく、彼は体から力を失い、どう、と倒れた。
「か、呪術王様!?」
「案ずるな」
驚きの声を上げるコルネリアを片手で制し、倒れたイグナーツの様子を確かめる。
呼吸は荒く、体温が激しく上昇している。
体中から汗が吹き出し、あえぐように口を大きく開ける様は異常としか言いようがない。
だが、呪力の流れを読み解けば、イグナーツの中の呪力が種に吸い込まれていくのがはっきりと見えていた。
「成功だ。これでイグナーツは死に、真なる呪族として蘇る。変異には相応の時間がかかるだろうな。一か月か、半年か……一年はかからぬだろうが。全てはイグナーツ次第だ」
「わ、私達も、その……真なる呪族になれるんですの?」
「なれる? おかしなことを言う」
リーゼロッテの言葉に、アルバートはくつりと嗤う。
その横顔には確かな自信が宿り、同時に研究対象を前に己の自論を披露するが如き愉悦が見えた。
「なれるのではなく、そうするのだよ。安心するがよい。この呪法はかつて呪族を生み出した古の呪法。それを吾輩が手づからに改変し、進化させたものだ。古の呪法もまた素晴らしいものではあるが……これはなお素晴らしいぞ。呪種の保有者と子となる者達の魂根の連環によって得られた力は、呪種に刻まれた百を超える魔法陣によって増幅強化される。お前達の魂根を並列につなぐよりも遥かに強い力を生み出し、それを使ってまた魂根の進化を促すのだ。崩壊から生み出される新たなる生命はかつての真なる呪族に近づける‥‥‥いやはや、我ながら素晴らしい呪法を生み出したものだよ」
謡うように、囀るように、早口にまくしたてるアルバートに狂気を感じる者は誰もいない。
むしろ、声高に自信をみなぎらせる主君に、コルネリアもリーゼロッテも感極まり、体を震わせていた。
残る二人、ウベルトとモーロックはただ黙ってその様子を眺めるだけだが、彼らもまた主君の態度を受容する。
「ふむ。少しばかり語り過ぎたか。では、残りを飲み込め」
我に返ったアルバートが誤魔化すように咳払いをして促せば、コルネリアとリーゼロッテは積極的に彼の手から受け取った種を飲み込み、意識を失った。
その様子を見下ろし、アルバートは残ったウベルトに視線を送る。
ウベルトはやや怪訝な様子で、首を傾げた。
「わ、私のの分はないのでしょうかか?」
種を受け取ろうと手を伸ばしたウベルトだったが、アルバートの手には種が残っていなかったのだ。
「お前の分はない、ウベルト」
「それはは、なぜ?」
困惑するウベルトだが、アルバートは当然だと告げた。
「これは古の呪族に戻るための呪術だ。お前には必要なかろう。なあ、原初の者よ」
原初の者。
その単語を耳にした瞬間、ウベルトの口元が大きな弧を描いた。
「い、いつからお気づきでで……?」
ウベルトは否定しない。
アルバートはやはりなと頷き、自分の考えを披露ひた。
「確信を得たのはモーロックに話を聞いてからだ。だが、初めてお前を目にした時から、おかしいとは思っていた。お前の中に渦巻く大量の呪力……決して一族に魂根を分割して残るものではない」
アルバートの目は、小さな器に大海の水が押し込められているかのような荒々しくも激しい呪力の奔流を幻視していた。
それはアルバートの呪力量には及ばないものの、他の君主達を圧倒して余りあるほどのそれだ。
ゆえに、確信する。
これは古の呪族そのものであると。
「お前はかつての呪術王が創った真なる呪族だな。ここまで生き延びているとは、驚くべきことだ」
「ふふ、ふ。そうでも、ありませんん。私の一族……いいえ、私はは、よほどのことがない限り死なぬ体質なもので……」
カルロの図書館で読んだ眷属達の特徴を記した本を思い出した、アルバートは納得の頷きを返す。
「だろうな。それで、ウベルト。幾つか聞かせてくれ」
「な、なんでしょう?」
アルバートは面白がるような口調で言う。
「その話し方だが……モーロックい聞いたぞ。以前はそんな話し方ではなかったそうではないか。わざとか?」
「い、いえ。少々、か、体が古くなななりすぎていまして。おお聞き苦しいようでしたら、変えええておきますす」
アルバートはそうしろと頷き、それで、と続けた。
「吾輩が本当の呪術王でないと知りながら、なぜ黙っている?」
返答次第ではすぐに対処できるように、幾つかの呪術を発動状態で待機させた上での質問だった。
本当の呪術王が創った真なる呪族であるウベルトは、アルバートが呪術王ではないと初見で見分けることができるはずなのだ。
だというのに、彼は唯々諾々と服従を誓い、その態度に偽りなく仕事をこなしてくれている。
使えるならば使うまでと無視していたが、気にならぬわけではない。叛意があるならばここで根を絶つ必要があった。
だが、返って来た答えに不覚にも意表をつかれた。
「ひ、一目惚れですねね」
「一目惚れ?」
予想外の答えだが、ウベルトは本気のようだった。
「く、くひ、ひ。面白い、それこそが私にとって重要なのです。す。あ、あなた様はその点において類を見ないほどに素晴らしいい……その断固たる意思と、己が欲望への忠実さ、その全てが歪み、しかしだからこそ整っていると言える……かつての呪術王様でさえ持ちちちえなかった、歪みはまさに王の器でしょう。わかりますか、お、面白いのですす。命一つ差し出しても良いほどに、お、面白いのですよ‥‥‥!」
「面白い、か……吾輩が王の器と?」
「王が不敬とあらばば、神でも構いません。私にとってはは、唯一絶対であるという点において同じでありますかららら」
「ふむ?」
なるほど、これもまた一種の狂信者の類かと理解するのに要した時間は一瞬。
ならば、これもまた都合が良いではないか。
気持ちが悪く、好ましくはなくとも、使用には耐える。
アルバートはそう納得し、ここで根を断つ必要がなかったことに安堵した。
戦いの行方が不安だったわけではなく、その後の仕事の幾分かをウベルトに押し付けることができると知ったからだ。
「彼らの一族は眠りにはつかぬが、長が帰らぬとなれば不安を覚える者もいるだろう。あれらが目覚めるまで、お前とモーロックで民を抑え、外敵の侵入を防げ」
「か、かかしこまりました。し、して、敬愛する我が王は何を……?」
「吾輩は戦いの準備をする。戦力の増強は不可欠であるからな。それに、吾輩の呪力はまだ完全ではない」
モーロックから指摘されていたことだが、かつての呪術王と比較して、アルバートの呪力量は劣っている。
彼の行使した呪術を使えぬわけではないが、恐らく彼のように気軽に連発するということはできないだろう。手数の少なさは戦いにおいて致命傷足りえる。ガス欠の車に何の価値があろうか。
だからこそ、アルバートはさらなる呪力の増強と、新たな呪術の開発にいそしむ必要性があるのだ。
「くひ、く、くひ……お、仰せの通りに」
「待て、もう一つ。お前の力をもってすればラーベルクと十万の兵とも対等に戦えたはずだ。他の君主達を協力すれば、痛手は負うにしろ殲滅できただろう。なぜそうしなかった?」
「いいまの呪族は、かつてののそれとははかけ離れている……ならばば、終わる様を見届けるのも面白いでしょうう?」
答えるウベルトの目は真実を語っていることが一目瞭然だった。真にそう思い、面白がっているのだ。
面白いことこそが彼のもっとも根幹を成す部分なのだろう。常識をもって考えれば迷惑極まりなく、恐ろしくもある。面白いという感情こそが全てに優先され、種族の存亡すら楽しむ思考経路はおよそ受け入れがたい。
便利な駒、されど警戒は必要、より面白いと判断すれば、牙を剥くこともある。信用には値しない、そう判断するには十分だった。
「もう下がってよい。モーロックとともに、あれらを寝所に運べ」
意識を失った君主達が運び出されていくのを横目に、アルバートは一仕事終えて息を吐いた。
彼らはあらかじめ用意されていた寝所に寝かされ、目覚めるまではそこで過ごすことになる。
彼らが目覚めるまで世界が待ってくれるのか。
手は尽くしたと言える。
だが、それは賭けにしか過ぎない。それでも、わずかに分が良い賭けだとアルバートは考えていた。
あとは、己の力がどこまで世界に通用するのか。
それを見極め、少しでも勝利の可能性を高めるだけである。
前途は多難であり、考えることも、やるべきことも無数に存在する。
しかしそれでもだ。日本にいた頃には感じえなかった確かな前進の手ごたえに、彼は漏れ出る嗤いを堪えることができなかった。
それぞれ色味が異なるが、その内に内包する禍々しいまでの呪力はどれも遜色ない。
全てが異様。
全てが異常だ。
アルバートはその内の一つを摘まみ上げて差し出した。
それはイグナーツにとってさながら踏み絵のようにも感じられたが、拒否という選択肢はとうの昔に消えている。震える手を気力で抑え、捧げ持つように受け取るしかない。
「それぞれの種から絞り出した呪力の結晶を薄めたもの、それがお前たちの一族に配布された薬だ。一つの種を一つの種族へ。これを飲み込むことで、種はお前の中で根付き、一族との間で魂根の繋がりを持つこととなる」
「繋がり……?」
「そうだ。お前が父となり、一族がお前の子となる。お前の存在は彼らの魂根と繋がることで強化され、擬似的な合一を果たす。それはつまり、古の呪族に回帰するということだ」
例えるならば魂根のネットワークだ。
一つでは弱く脆い存在であろうとも、重なりあえばかつてのそれに近づくことができる。
怯えと不安をにじませていたイグナーツの表情がわずかに決意を帯びたものに変化した。
父となり、子となる。
一族を愛するイグナーツにとってその言葉が思いの外刺さったわけだが、アルバートはそれを理解することはないにしろ、少なくとも好意的に受け取った。
覚悟が決まったのであれば、それは素晴らしいことだ。
飲み込めと促せば、太い指に摘ままれた種がするりと喉の奥に消えた。
「これで、どうなるのですか。特に変わりは――」
ないようですが、と言いかけたのだろうが、それ以上口にすることはできなかった。電池の切れた絡繰り人形のごとく、彼は体から力を失い、どう、と倒れた。
「か、呪術王様!?」
「案ずるな」
驚きの声を上げるコルネリアを片手で制し、倒れたイグナーツの様子を確かめる。
呼吸は荒く、体温が激しく上昇している。
体中から汗が吹き出し、あえぐように口を大きく開ける様は異常としか言いようがない。
だが、呪力の流れを読み解けば、イグナーツの中の呪力が種に吸い込まれていくのがはっきりと見えていた。
「成功だ。これでイグナーツは死に、真なる呪族として蘇る。変異には相応の時間がかかるだろうな。一か月か、半年か……一年はかからぬだろうが。全てはイグナーツ次第だ」
「わ、私達も、その……真なる呪族になれるんですの?」
「なれる? おかしなことを言う」
リーゼロッテの言葉に、アルバートはくつりと嗤う。
その横顔には確かな自信が宿り、同時に研究対象を前に己の自論を披露するが如き愉悦が見えた。
「なれるのではなく、そうするのだよ。安心するがよい。この呪法はかつて呪族を生み出した古の呪法。それを吾輩が手づからに改変し、進化させたものだ。古の呪法もまた素晴らしいものではあるが……これはなお素晴らしいぞ。呪種の保有者と子となる者達の魂根の連環によって得られた力は、呪種に刻まれた百を超える魔法陣によって増幅強化される。お前達の魂根を並列につなぐよりも遥かに強い力を生み出し、それを使ってまた魂根の進化を促すのだ。崩壊から生み出される新たなる生命はかつての真なる呪族に近づける‥‥‥いやはや、我ながら素晴らしい呪法を生み出したものだよ」
謡うように、囀るように、早口にまくしたてるアルバートに狂気を感じる者は誰もいない。
むしろ、声高に自信をみなぎらせる主君に、コルネリアもリーゼロッテも感極まり、体を震わせていた。
残る二人、ウベルトとモーロックはただ黙ってその様子を眺めるだけだが、彼らもまた主君の態度を受容する。
「ふむ。少しばかり語り過ぎたか。では、残りを飲み込め」
我に返ったアルバートが誤魔化すように咳払いをして促せば、コルネリアとリーゼロッテは積極的に彼の手から受け取った種を飲み込み、意識を失った。
その様子を見下ろし、アルバートは残ったウベルトに視線を送る。
ウベルトはやや怪訝な様子で、首を傾げた。
「わ、私のの分はないのでしょうかか?」
種を受け取ろうと手を伸ばしたウベルトだったが、アルバートの手には種が残っていなかったのだ。
「お前の分はない、ウベルト」
「それはは、なぜ?」
困惑するウベルトだが、アルバートは当然だと告げた。
「これは古の呪族に戻るための呪術だ。お前には必要なかろう。なあ、原初の者よ」
原初の者。
その単語を耳にした瞬間、ウベルトの口元が大きな弧を描いた。
「い、いつからお気づきでで……?」
ウベルトは否定しない。
アルバートはやはりなと頷き、自分の考えを披露ひた。
「確信を得たのはモーロックに話を聞いてからだ。だが、初めてお前を目にした時から、おかしいとは思っていた。お前の中に渦巻く大量の呪力……決して一族に魂根を分割して残るものではない」
アルバートの目は、小さな器に大海の水が押し込められているかのような荒々しくも激しい呪力の奔流を幻視していた。
それはアルバートの呪力量には及ばないものの、他の君主達を圧倒して余りあるほどのそれだ。
ゆえに、確信する。
これは古の呪族そのものであると。
「お前はかつての呪術王が創った真なる呪族だな。ここまで生き延びているとは、驚くべきことだ」
「ふふ、ふ。そうでも、ありませんん。私の一族……いいえ、私はは、よほどのことがない限り死なぬ体質なもので……」
カルロの図書館で読んだ眷属達の特徴を記した本を思い出した、アルバートは納得の頷きを返す。
「だろうな。それで、ウベルト。幾つか聞かせてくれ」
「な、なんでしょう?」
アルバートは面白がるような口調で言う。
「その話し方だが……モーロックい聞いたぞ。以前はそんな話し方ではなかったそうではないか。わざとか?」
「い、いえ。少々、か、体が古くなななりすぎていまして。おお聞き苦しいようでしたら、変えええておきますす」
アルバートはそうしろと頷き、それで、と続けた。
「吾輩が本当の呪術王でないと知りながら、なぜ黙っている?」
返答次第ではすぐに対処できるように、幾つかの呪術を発動状態で待機させた上での質問だった。
本当の呪術王が創った真なる呪族であるウベルトは、アルバートが呪術王ではないと初見で見分けることができるはずなのだ。
だというのに、彼は唯々諾々と服従を誓い、その態度に偽りなく仕事をこなしてくれている。
使えるならば使うまでと無視していたが、気にならぬわけではない。叛意があるならばここで根を絶つ必要があった。
だが、返って来た答えに不覚にも意表をつかれた。
「ひ、一目惚れですねね」
「一目惚れ?」
予想外の答えだが、ウベルトは本気のようだった。
「く、くひ、ひ。面白い、それこそが私にとって重要なのです。す。あ、あなた様はその点において類を見ないほどに素晴らしいい……その断固たる意思と、己が欲望への忠実さ、その全てが歪み、しかしだからこそ整っていると言える……かつての呪術王様でさえ持ちちちえなかった、歪みはまさに王の器でしょう。わかりますか、お、面白いのですす。命一つ差し出しても良いほどに、お、面白いのですよ‥‥‥!」
「面白い、か……吾輩が王の器と?」
「王が不敬とあらばば、神でも構いません。私にとってはは、唯一絶対であるという点において同じでありますかららら」
「ふむ?」
なるほど、これもまた一種の狂信者の類かと理解するのに要した時間は一瞬。
ならば、これもまた都合が良いではないか。
気持ちが悪く、好ましくはなくとも、使用には耐える。
アルバートはそう納得し、ここで根を断つ必要がなかったことに安堵した。
戦いの行方が不安だったわけではなく、その後の仕事の幾分かをウベルトに押し付けることができると知ったからだ。
「彼らの一族は眠りにはつかぬが、長が帰らぬとなれば不安を覚える者もいるだろう。あれらが目覚めるまで、お前とモーロックで民を抑え、外敵の侵入を防げ」
「か、かかしこまりました。し、して、敬愛する我が王は何を……?」
「吾輩は戦いの準備をする。戦力の増強は不可欠であるからな。それに、吾輩の呪力はまだ完全ではない」
モーロックから指摘されていたことだが、かつての呪術王と比較して、アルバートの呪力量は劣っている。
彼の行使した呪術を使えぬわけではないが、恐らく彼のように気軽に連発するということはできないだろう。手数の少なさは戦いにおいて致命傷足りえる。ガス欠の車に何の価値があろうか。
だからこそ、アルバートはさらなる呪力の増強と、新たな呪術の開発にいそしむ必要性があるのだ。
「くひ、く、くひ……お、仰せの通りに」
「待て、もう一つ。お前の力をもってすればラーベルクと十万の兵とも対等に戦えたはずだ。他の君主達を協力すれば、痛手は負うにしろ殲滅できただろう。なぜそうしなかった?」
「いいまの呪族は、かつてののそれとははかけ離れている……ならばば、終わる様を見届けるのも面白いでしょうう?」
答えるウベルトの目は真実を語っていることが一目瞭然だった。真にそう思い、面白がっているのだ。
面白いことこそが彼のもっとも根幹を成す部分なのだろう。常識をもって考えれば迷惑極まりなく、恐ろしくもある。面白いという感情こそが全てに優先され、種族の存亡すら楽しむ思考経路はおよそ受け入れがたい。
便利な駒、されど警戒は必要、より面白いと判断すれば、牙を剥くこともある。信用には値しない、そう判断するには十分だった。
「もう下がってよい。モーロックとともに、あれらを寝所に運べ」
意識を失った君主達が運び出されていくのを横目に、アルバートは一仕事終えて息を吐いた。
彼らはあらかじめ用意されていた寝所に寝かされ、目覚めるまではそこで過ごすことになる。
彼らが目覚めるまで世界が待ってくれるのか。
手は尽くしたと言える。
だが、それは賭けにしか過ぎない。それでも、わずかに分が良い賭けだとアルバートは考えていた。
あとは、己の力がどこまで世界に通用するのか。
それを見極め、少しでも勝利の可能性を高めるだけである。
前途は多難であり、考えることも、やるべきことも無数に存在する。
しかしそれでもだ。日本にいた頃には感じえなかった確かな前進の手ごたえに、彼は漏れ出る嗤いを堪えることができなかった。
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