呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)

タロジロウ

死から生まれいでる者

 一週間後。

 主君の言葉の意味を知らされぬまま、君主達は再び玉座の間に集められた。その中でイグナーツはまんじりともせずに主君が現れるのを待ち、言い知れぬ不安を覚えていた。

 アルバートから面と向かって死を予告されたことはもちろんだが、それ以外にも彼が落ち着けないのには理由があった。

 それぞれの一族の者達全てに飲ませるようにと事前に配布された謎の液体。害はなく、より強き高みへと上るための薬と言われても、得体の知れぬそれに不安が募る。

 禍々しい緑。
 およそ体にいいとは思えぬそれ。

 ましてや、飲まぬ者は呪族とは認めぬと脅しめいた宣告込みともなれば、否応なく怪しさは増すというものだ。

 盲目的な忠誠を誓う他の君主どもは笑顔で受け入れてのけたそれだが、彼にとってみれば、そんな怪しい物を愛すべき一族の者達に飲ませるのは想像以上の抵抗があった。
 
 しかし、忠誠を誓いし君主として、従わぬという道理はなし。
 従わねば圧倒的な力の前に摺り潰される未来が透けて見えるとなればなおさらである。

 せめてもの誠実さを示すために一族の前で膝をつき、頭を伏して己の不甲斐なさを詫びたが、それとて自己満足でしかない。

 振った賽の目が吉と出るのか凶と出るのか……現れた王の横顔を見つめながら、イグナーツは自分の決断が間違っていないことを願うしかなかったのである。

 アルバートの目にそんなイグナーツの姿が捉えられたのはただの気まぐれでしかない。

 筋肉で包まれた巨漢がアルバートと目があうや、一瞬ためらうように目をそらしたように見え、いささか気を引かれた。

「どうした、顔色が悪いようだが?」

「は、いえ、何でもございません……」

「そうか。ならば良い」

 あっさりと引いたアルバートに虚をつかれた。不安が顔に出ていたかと詰問を覚悟していただけに、イグナーツは反射的に顔を上げる。そして、即座に後悔した。

 鉄格子越しに実験動物を観察しているかのような冷ややかな瞳がイグナーツに向けられていた。

 興味を失ったなどととんでもない。
 心の奥底まで見透かすかのように、静かにイグナーツを観察する探求者の視線を感じ、我知らず青白い肌を冷たい汗が伝う。

「‥‥‥どうした、何でもないようには見えんが?」

「そ、それは」

 イグナーツは二の句を継げず、口ごもる。

 だが、押し寄せる重圧はある一瞬を境に掻き消え、それまでの冷たい視線が嘘のようにアルバートは朗らかな声で笑った。

「聞いているぞ。間者対策に回れない分、戦力増強のために軍事調練に力を入れているそうではないか。お前が率いる第一軍は戦力の要だからな。実に素晴らしいことだ」

「は、はは」

「だが、やりすぎて疲れが顔に出るようでは困る……わかるだろう?」

 口調は心配する慈悲深き主君のそれ。

 だが、仮面の奥に覗く目は声音とは異なり、微塵も温かみがない。路傍の石くれに目を向けた時のほうがよほど感情豊かなのではないかと思うほど、冷たい視線がイグナーツを射すくめた。

 悟らざるを得ない。
 これは、そういうことにしておいてやる、そう言われている。

 内に二心ありとて、役に立つうちはあえてそれを見過ごすと示されているのだ。

 イグナーツはただ冷たい汗が流れる背中から意識を逸らし、黙って頷いて控えるしかなかった。

「さてと、全員集まっているな」

 玉座に座ったアルバートが声をかけると、イグナーツとの会話に耳をそばだてていた君主達が揃って頭を下げた。

「結構。今日お前達を集めた理由だが……まあ、長々と説明するのも面倒だ。端的に言おう。貴様らには一度死んでもらう。いや、より正確に言うならば、貴様らが持つ魂の根源――魂根ルギを崩壊させ、一から作り直す」

魂根ルギ……ですか?」

 聞いたことがないと口にする君主達だが、アルバートは余計な説明は不要と話を進めた。

「長い年月で摩耗し、分配された魂根ルギを作り直し、古の呪族としての力を取り戻してもらう」

 疑問は飲み込め、言外にそう告げる。

 君主達は意味は分からないまでも、より強くなることができるということだけは理解した。

 呪族を魔導学を用いて分析して分かったことだが、彼らは生物としては不完全だ。呪術により生み出された魔法生物であるがゆえに、ごく普通の生物が当たり前に行っていることができない。

 つまり、魂根ルギの複製と、進化である。

 子を成し、魂の連環を連ねることで、神が作りたもうた生き物達は己の魂根ルギを複製する。そして長い連環の中で魂根ルギの変容――即ち進化をも成し遂げるのだ。

 そうして生物としての力を増し、より強固に、より雑多に生命としての多様性を増し、位階を上がっていく。

 それは神が描いた進化の道筋。
 種が高みへと登るための約束された道程である。

 だが、彼ら呪族にはその機能がない。
 呪術王カース・ロードが創造した六体の呪われた生物は、すべからく完璧な形での魂根ルギの複製を達成できなかったのだ。

 それでもいまの時代に彼らの眷属は残っている。
 不完全な魂根ルギの分割という荒業でもって一族を増やし、己が呪力を分かつことで身に宿す呪力を大幅に減少させて、だ。

 アルバートは知る由もないことだが、呪術王カース・ロードが消えたあとの眷属達は、再び主君が現れた時のために是が非でも主君の力となる眷属を残すことを決めたのである。

 それがゆえの力の分与、不完全な複製、己という存在の割譲であったわけだが、長い時間は無慈悲にも彼らをただの役立たずに変えてしまっていたわけだ。

 だが、裏を返せば分割された魂根ルギを一つに戻すことができれば、かつての力を取り戻せるということでもある。

 複数の生命を融合させることはアルバートの知識でも不可能だが、魂根ルギを呪術でもって強制的に連結させることならばどうか。

 魔導の深淵を望む彼は断言する。
 難しくはあれど、可能である。

 アルバートは次の言葉を待つ君主達の前に、その答えを差し出した。

 開かれた手に握られていた物、それは萎びた種だった。

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