呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
王の胎動
世界には転換点というものが存在する。
それは良し悪しに関わらず、往々にしてひっそりと、いつの間にか訪れているものだ。
ただし、この世界における転換点がアルバート・フォスターという男の存在であるとするならば、彼の登場はおよそひっそりという言葉には似つかわしくないほど、センセーショナルに世界に轟き渡った。
それほどに呪術王という名前がもたら衝撃は強きに過ぎた。
自国の利益の為なら万の人間を死地に送ることさえ厭わない海千山千の指導者連中が、圧倒的な暴力を前に赤子のように震え、一瞬なりと絶望に全てを捨てかけたのである。
果たして呪術王と名乗る者は真実本物であるのか?
偽物であるならば良い。
しかし本物であるならばどうか。
果たして人類は勝利することが可能か。人間同士で争う暇など微塵もないかもしれない。少なくとも、人が人として連合することこそが生存の可能性を高めることは間違いのない事実だった。
だが、だからこそ知恵ある指導者達は頭を悩ませる。なにせそれこそが最も難しいのだ。
人は二人いれば争う生き物である。
思想の違いとはそれほどに厄介極まりなく、誰しもが己の正しさを信ずるあまり、悪とも善とも二分できぬ戦争が起きる。
世界が一つに連合し、呪術王に対抗する?
為政者連中はその必要性を知りつつも、即座に鼻で笑った。
それができれば、人は争わぬのだ。
必要は当然、されど達成には困難という壁が手を取り合い、朗らかに笑って通せんぼと洒落込んでいる。
確定事項であればともかく、不確定であれば人は信じたいものを信じ、思想の違いに目を瞑って手を取り合うなどあろうはずがない。
ゆえに危機感を抱いた各国指導者の取った第一の行動は、真偽の確認に他ならなかった。
事実と証明できるのであれば、まとまるきっかけも作れるだろう。目をそらして耳を塞ぐ愚か者の目蓋を開いて縫い付け、耳を良く通るようにこじることができる。
それまで世界の破滅が待ってくれるかはともかくとして、人が世界の敵に対して取れる手段はそれだけだ。
それはつぶさにアルバートの知るところとなる。
情報収集のために送り出されたウベルトの能力は高く、国家のかなり深いところまで手を伸ばしてのけていた。
いまもアルバートは帰還したウベルトから報告を受け、想像を遥かに超えて慌てふためく指導者達の協調性のなさに呆れていた。
「会議は踊る、されど会議は進まずか」
聞き覚えのない言葉に居並ぶ呪族の君主達が怪訝な顔をするが、彼は気にするなと手を振り、報告の続きを促す。
とはいえ報告のほとんどは終わっていたらしく、ウベルトはそれ以上付け足すことはないと締めくくる。
「ふむ。多少の時間稼ぎにでもなれば良いと思っていたが、思ったよりもあれの首は効果があったらしい。どうやら説得に苦労しているようだな」
「お、仰る通りですす。積極的に呪族殲滅を叫ぶ国が半数、様子見が半数というところろでしょうか。殲滅の急先鋒はロゼリア神聖王国ですが、各国との意見調整に四苦八苦しているようで……」
心底愚かしいと言わんばかりのウベルト。他の君主達も同じ感想を抱いたようだが、アルバートは呪族も一枚岩ではなかろうと思ったが、あえて口にはしない。
彼らはアルバートという楔があるからこそまとまっているが、それがなければ呪族の団結など砂上の楼閣に過ぎない。あると信ずれば、さらりと崩れて失せる蜃気楼のようだ。
「各国の第一はまず吾輩の存在を確認することだろう。いると証明できれば、吾輩の打倒という旗印を立てることもできようからな。さて、その場合に各国はどのように動くだろうかな?」
あまりこの世界について知らないアルバートは部下達の意見に期待したわけだが、あまり芳しい答えは返ってこなかった。
イグナーツとリーゼロッテは顔を見合わせてお手上げという素振り、ウベルトは主命に従うまでと控える姿勢だ。ならば致し方ないとコルネリアに視線を向けると、彼女もすっと頭を下げた。
「意見などそのようなこと、恐れ多い。私は呪術王様の僕としてご命令に従うだけです」
きっぱりと言い切るコルネリアに頭が痛む。
つまるところ、考える気はないと言っているわけだ。
盲目なる信仰心は扱いやすいが、自身で考えることなく命令を待つだけの受領機械は無能と同義だ。呪術王が現れるまでは呪族をまとめる指導者だった彼女は、駒として替えが効きづらい。せめて成長を促すしかないが、アルバートの言葉では考えることなく唯々諾々と受け取ることしか望めないようだ。
どうしたものかと思案していると、脇に控えるモーロックが微笑むように頷いてみせた。
彼はアルバートの正体が人間であると知っている。体のサイズをある程度自由に変更できると知ってからは、身の回りの世話を任せていた。
いまはアルバートと同じくらいの身長まで縮んでいるが、人の頭よりも一回り大きい牛の頭蓋骨はかなりインパクトがある。
どうやらモーロックに考えがあるらしいと察して目で許可を出すと、彼は早速コルネリアに声をかけた。
「コルネリア殿、あなたは呪術王様のお役に立ちたい、そうですね?」
「ええ、それはもちろんです。我らが神のために全霊を尽くすつもりですよ」
「そうでしょうとも。ならば、神がご意見を伺っているのですから、全霊を賭して答えるべきではありませんか?」
コルネリアは首を傾げる。
「私ごときの考えなど、あらゆることを知る呪術王様には不要ではないでしょうか?」
「それをお決めになるのは呪術王様ですよ。そもそも、すべてを知ると言いますが、それは間違いです。呪術王様とて知らぬことはありますよ」
「そんなことはあるはずないでしょう。呪術王様を貶めるような発言……許しませんよ?」
目に宿るのは明確な殺意だ。
戦力として考えればモーロックの足元にも及ばぬはずであるのに、本気で殺そうと考えている。
ああ、狂信者とは恐ろしくも愚かしい。
天を仰ぎたい気持ちのアルバートとは裏腹に、モーロックはコルネリアの殺意を柳のように受け流して朗らかに手を叩いた。
「考えても見てください。神が、下賤なる下々の事を知っているわけがないでしょう?」
「それは……なるほど」
なにがなるほどなのか、そう言いたくなる衝動を抑えたアルバートは自分を褒めたい気持ちでいっぱいだった。
少なくとも、ロジックと言うには憚られるようなわけのわからないモーロックの言葉だが、コルネリアには――いや、彼女だけではなく、リーゼロッテも納得の表情を見せていた。
何を考えているか分からない無表情のウベルトはさておき、ため息をついて天を見上げるイグナーツに妙な仲間意識を感じてしまう。
だが、少なくとも二人は考える様子を見せ始め、ぽつりぽつりと意見を述べ始めた。
それは良し悪しに関わらず、往々にしてひっそりと、いつの間にか訪れているものだ。
ただし、この世界における転換点がアルバート・フォスターという男の存在であるとするならば、彼の登場はおよそひっそりという言葉には似つかわしくないほど、センセーショナルに世界に轟き渡った。
それほどに呪術王という名前がもたら衝撃は強きに過ぎた。
自国の利益の為なら万の人間を死地に送ることさえ厭わない海千山千の指導者連中が、圧倒的な暴力を前に赤子のように震え、一瞬なりと絶望に全てを捨てかけたのである。
果たして呪術王と名乗る者は真実本物であるのか?
偽物であるならば良い。
しかし本物であるならばどうか。
果たして人類は勝利することが可能か。人間同士で争う暇など微塵もないかもしれない。少なくとも、人が人として連合することこそが生存の可能性を高めることは間違いのない事実だった。
だが、だからこそ知恵ある指導者達は頭を悩ませる。なにせそれこそが最も難しいのだ。
人は二人いれば争う生き物である。
思想の違いとはそれほどに厄介極まりなく、誰しもが己の正しさを信ずるあまり、悪とも善とも二分できぬ戦争が起きる。
世界が一つに連合し、呪術王に対抗する?
為政者連中はその必要性を知りつつも、即座に鼻で笑った。
それができれば、人は争わぬのだ。
必要は当然、されど達成には困難という壁が手を取り合い、朗らかに笑って通せんぼと洒落込んでいる。
確定事項であればともかく、不確定であれば人は信じたいものを信じ、思想の違いに目を瞑って手を取り合うなどあろうはずがない。
ゆえに危機感を抱いた各国指導者の取った第一の行動は、真偽の確認に他ならなかった。
事実と証明できるのであれば、まとまるきっかけも作れるだろう。目をそらして耳を塞ぐ愚か者の目蓋を開いて縫い付け、耳を良く通るようにこじることができる。
それまで世界の破滅が待ってくれるかはともかくとして、人が世界の敵に対して取れる手段はそれだけだ。
それはつぶさにアルバートの知るところとなる。
情報収集のために送り出されたウベルトの能力は高く、国家のかなり深いところまで手を伸ばしてのけていた。
いまもアルバートは帰還したウベルトから報告を受け、想像を遥かに超えて慌てふためく指導者達の協調性のなさに呆れていた。
「会議は踊る、されど会議は進まずか」
聞き覚えのない言葉に居並ぶ呪族の君主達が怪訝な顔をするが、彼は気にするなと手を振り、報告の続きを促す。
とはいえ報告のほとんどは終わっていたらしく、ウベルトはそれ以上付け足すことはないと締めくくる。
「ふむ。多少の時間稼ぎにでもなれば良いと思っていたが、思ったよりもあれの首は効果があったらしい。どうやら説得に苦労しているようだな」
「お、仰る通りですす。積極的に呪族殲滅を叫ぶ国が半数、様子見が半数というところろでしょうか。殲滅の急先鋒はロゼリア神聖王国ですが、各国との意見調整に四苦八苦しているようで……」
心底愚かしいと言わんばかりのウベルト。他の君主達も同じ感想を抱いたようだが、アルバートは呪族も一枚岩ではなかろうと思ったが、あえて口にはしない。
彼らはアルバートという楔があるからこそまとまっているが、それがなければ呪族の団結など砂上の楼閣に過ぎない。あると信ずれば、さらりと崩れて失せる蜃気楼のようだ。
「各国の第一はまず吾輩の存在を確認することだろう。いると証明できれば、吾輩の打倒という旗印を立てることもできようからな。さて、その場合に各国はどのように動くだろうかな?」
あまりこの世界について知らないアルバートは部下達の意見に期待したわけだが、あまり芳しい答えは返ってこなかった。
イグナーツとリーゼロッテは顔を見合わせてお手上げという素振り、ウベルトは主命に従うまでと控える姿勢だ。ならば致し方ないとコルネリアに視線を向けると、彼女もすっと頭を下げた。
「意見などそのようなこと、恐れ多い。私は呪術王様の僕としてご命令に従うだけです」
きっぱりと言い切るコルネリアに頭が痛む。
つまるところ、考える気はないと言っているわけだ。
盲目なる信仰心は扱いやすいが、自身で考えることなく命令を待つだけの受領機械は無能と同義だ。呪術王が現れるまでは呪族をまとめる指導者だった彼女は、駒として替えが効きづらい。せめて成長を促すしかないが、アルバートの言葉では考えることなく唯々諾々と受け取ることしか望めないようだ。
どうしたものかと思案していると、脇に控えるモーロックが微笑むように頷いてみせた。
彼はアルバートの正体が人間であると知っている。体のサイズをある程度自由に変更できると知ってからは、身の回りの世話を任せていた。
いまはアルバートと同じくらいの身長まで縮んでいるが、人の頭よりも一回り大きい牛の頭蓋骨はかなりインパクトがある。
どうやらモーロックに考えがあるらしいと察して目で許可を出すと、彼は早速コルネリアに声をかけた。
「コルネリア殿、あなたは呪術王様のお役に立ちたい、そうですね?」
「ええ、それはもちろんです。我らが神のために全霊を尽くすつもりですよ」
「そうでしょうとも。ならば、神がご意見を伺っているのですから、全霊を賭して答えるべきではありませんか?」
コルネリアは首を傾げる。
「私ごときの考えなど、あらゆることを知る呪術王様には不要ではないでしょうか?」
「それをお決めになるのは呪術王様ですよ。そもそも、すべてを知ると言いますが、それは間違いです。呪術王様とて知らぬことはありますよ」
「そんなことはあるはずないでしょう。呪術王様を貶めるような発言……許しませんよ?」
目に宿るのは明確な殺意だ。
戦力として考えればモーロックの足元にも及ばぬはずであるのに、本気で殺そうと考えている。
ああ、狂信者とは恐ろしくも愚かしい。
天を仰ぎたい気持ちのアルバートとは裏腹に、モーロックはコルネリアの殺意を柳のように受け流して朗らかに手を叩いた。
「考えても見てください。神が、下賤なる下々の事を知っているわけがないでしょう?」
「それは……なるほど」
なにがなるほどなのか、そう言いたくなる衝動を抑えたアルバートは自分を褒めたい気持ちでいっぱいだった。
少なくとも、ロジックと言うには憚られるようなわけのわからないモーロックの言葉だが、コルネリアには――いや、彼女だけではなく、リーゼロッテも納得の表情を見せていた。
何を考えているか分からない無表情のウベルトはさておき、ため息をついて天を見上げるイグナーツに妙な仲間意識を感じてしまう。
だが、少なくとも二人は考える様子を見せ始め、ぽつりぽつりと意見を述べ始めた。
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