呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
力無き者の悲しみは死に捧げ
アルバートはバルコニーで夜風に当たりながら、酒の熱を冷ましていた。
ヒルデリク王国軍を撃退した勝利の宴で、いささか飲み過ぎたのである。
元々アルバートは酒に強いわけではない。ワインを一本も空ければ床について翌朝まで目覚めることがない。もう一杯も飲めばそうなるのは目に見えているが、心地よい昂りに魔法で酒精を散らすような無粋をする気にはなれなかった。
とはいえ、まだ酒宴は続いている。
イグナーツなどは三日三晩飲み明かすと豪語しているし、リーゼロッテも応戦の構え。無礼講の宴の盛り上がりはこれからというところで、いよいよ酒量の限界を感じて塔の最上階まで避難してきたのだ。
ここならば人はおらず、夜風が気持ち良かろうと思ったが、なるほど良い考えだった。
仮面をはずすと、火照った頬に通り過ぎる風がひんやりとしてなんとも心地よい。
「お疲れですね、呪術王様」
「……コルネリアか。驚かせるな」
仮面をはずしていたこともあって驚いたが、悪戯が成功した少女のような表情を見れば怒る気も失せ、ほっと息をついた。
「お酒に酔ったら冷たい水が一番です。どうぞ」
「頂こう。お前もかなり顔が赤いが、大事ないのか?」
「ええ、ご心配ありがとうございます。だいぶ酔っておりますが……むしろ、今日くらいは思う様、酔いに身を任せたいと思っております。なにせ、呪族の滅亡を免れた日ですからね」
横に並び、欄干に手を置いて夜風を浴びるコルネリアは気持ちよさそうに目を細める。
風になびく炎のような赤い髪が漆黒の闇の中にそよぐ。その様は美しく、白磁の横顔は儚くも妖艶だ。
目を奪われていると、一瞬コルネリアの言葉を聞き逃していた。
「聞いていなかった。もう一度言ってくれるか」
「はい。私達は役に立てませんでしょうか?」
「どういう意味だ」
首を傾げるアルバートに、コルネリアは悲し気に微笑んだ。
「私達は弱い。戦闘向きではない私だけではなく、武闘派のイグナーツやリーゼロッテですら、呪術王様の前では塵芥も同然の弱者でしょう。呪族は長い時の流れの中で、頂いたお力の大半を失っています」
「そうだな。確かにお前達は弱い」
「はい。悔しい限りですが、紛れもない事実です。呪術王様が創られたモーロック様……あの方より、呪術王様のほうが当然お強いですよね?」
アルバートは当然だと頷く。
「私達は、モーロック様に一蹴されたラーベルクにすら勝てません。我ら君主四人が束になって、手傷を負わせられるかどうかと言ったところでしょう」
コルネリアが語る言葉は事実なだけに、アルバートは否定のしようがなかった。
そもそも、コルネリアが言い出さずともアルバートから言うつもりだったのだ。せめて祝いの酒宴の場を避け、落ち着いてからと思っていただけだ。
呪術王が眷属を生み出した時、彼らは確かに強かったのだろう。
図書館で閲覧した歴史書を見る限り、限りなく王級に近い聖人級の力を持っていたらしい。時と場所、様々な要素が味方をすれば力の弱い王級であれば殺すこともできるかもしれない。
だが、眷属達は定命の存在だ。
いずれは死に、朽ち果てる。
子を成し、連綿と一族を繋げていったとしても、原初の眷属の力がそのまま受け継がれるわけではない。
子へ、孫へと紡がれる中で、血に刻まれた呪力は薄まり、力は弱まっていく。
むしろ、彼ら一族の君主達四人が英雄級の力を有していることにアルバートは驚きを禁じ得ないほどだった。
「世界を手にしようとされる呪術王様にとって、いまの私達は恐らく邪魔でしかない。それが悲しく、苦しいのです」
顔を伏せたコルネリアは、アルバートよりも背が低いせいか、彼の胸に頭が触れそうになっている。頭を預けて甘える女ではないから、無意識のことだろう。
アルバートも特に指摘はせず、一つだけ質問を口にした。
「ならば、どうする?」
泣き言を言いに来たわけではないと思った。
ならば、この問いに対しての答えを用意しているはずだが、それは正解だったようだ。
目に決意の色を浮かべたコルネリアは、はっきりと口にした。
「強くなりたいのです。この身を捧げたとしても、呪術王様のお役に立ちたいのです。道半ばで朽ちたとしても、道に立てないよりは遥かにいい。恐れ多いことではございますが……我らに魔導の技の一端をご教授頂けないでしょうか」
なるほど、と思った。
力が足りぬなら、補う何かを得ればいい。
モーロックは強いが、剣の技は一流を超えない。
彼の強みは圧倒的な基礎身体能力の高さと、強固な肉体。それが大前提であり、根幹だ。戦闘の技術はそれをより有効に活用する手段でしかない。
教えを乞うのであれば、魔法という後天的な力を持つ呪術王にというのは理に適っている。
だが、アルバートは否と応えた。
「呪族は魔法を使えぬ。それくらい知っているだろう」
「それでも、呪術王様のお力なら……!」
驚愕と悲しみに染まるコルネリアの頬を鷲掴み、その目を覗き込む。
「お前は何者だ」
「コ、コルネリア・ヘルミーナでございます」
「違う。お前は誰のものだと聞いている」
「我が尊き王のものでございます……!」
決意に彩られた言葉が紡がれる。
「ならば力を与える。魔法は呪族には扱えぬが……そんな生ぬるい方法ではなく、その存在ごと別物に変えてくれる。己が己でなくなるとしても、お前はそれに耐えてみせよ」
コルネリアの炎の瞳が大きく広がった。
「それに耐えれば、お力になれましょうか?」
「約束しよう」
その時の彼女の満面の笑みをアルバートは一生涯忘れないだろう。
これほどに人は喜びを表現することができるのか。
これほどに一途な想いを向けることができるのか。
太陽に向かって必死に背を伸ばす健気な向日葵の花のように、少女は大輪の花を咲かせていた。
狂信者極まれり。
アルバートはくつと笑った。
「変えてくださいませ、お好みのままに」
「よかろう。我が覇道にはお前の道も刻まれていると知るがよい」
その言葉に、コルネリアは静かに跪いた。
ヒルデリク王国軍を撃退した勝利の宴で、いささか飲み過ぎたのである。
元々アルバートは酒に強いわけではない。ワインを一本も空ければ床について翌朝まで目覚めることがない。もう一杯も飲めばそうなるのは目に見えているが、心地よい昂りに魔法で酒精を散らすような無粋をする気にはなれなかった。
とはいえ、まだ酒宴は続いている。
イグナーツなどは三日三晩飲み明かすと豪語しているし、リーゼロッテも応戦の構え。無礼講の宴の盛り上がりはこれからというところで、いよいよ酒量の限界を感じて塔の最上階まで避難してきたのだ。
ここならば人はおらず、夜風が気持ち良かろうと思ったが、なるほど良い考えだった。
仮面をはずすと、火照った頬に通り過ぎる風がひんやりとしてなんとも心地よい。
「お疲れですね、呪術王様」
「……コルネリアか。驚かせるな」
仮面をはずしていたこともあって驚いたが、悪戯が成功した少女のような表情を見れば怒る気も失せ、ほっと息をついた。
「お酒に酔ったら冷たい水が一番です。どうぞ」
「頂こう。お前もかなり顔が赤いが、大事ないのか?」
「ええ、ご心配ありがとうございます。だいぶ酔っておりますが……むしろ、今日くらいは思う様、酔いに身を任せたいと思っております。なにせ、呪族の滅亡を免れた日ですからね」
横に並び、欄干に手を置いて夜風を浴びるコルネリアは気持ちよさそうに目を細める。
風になびく炎のような赤い髪が漆黒の闇の中にそよぐ。その様は美しく、白磁の横顔は儚くも妖艶だ。
目を奪われていると、一瞬コルネリアの言葉を聞き逃していた。
「聞いていなかった。もう一度言ってくれるか」
「はい。私達は役に立てませんでしょうか?」
「どういう意味だ」
首を傾げるアルバートに、コルネリアは悲し気に微笑んだ。
「私達は弱い。戦闘向きではない私だけではなく、武闘派のイグナーツやリーゼロッテですら、呪術王様の前では塵芥も同然の弱者でしょう。呪族は長い時の流れの中で、頂いたお力の大半を失っています」
「そうだな。確かにお前達は弱い」
「はい。悔しい限りですが、紛れもない事実です。呪術王様が創られたモーロック様……あの方より、呪術王様のほうが当然お強いですよね?」
アルバートは当然だと頷く。
「私達は、モーロック様に一蹴されたラーベルクにすら勝てません。我ら君主四人が束になって、手傷を負わせられるかどうかと言ったところでしょう」
コルネリアが語る言葉は事実なだけに、アルバートは否定のしようがなかった。
そもそも、コルネリアが言い出さずともアルバートから言うつもりだったのだ。せめて祝いの酒宴の場を避け、落ち着いてからと思っていただけだ。
呪術王が眷属を生み出した時、彼らは確かに強かったのだろう。
図書館で閲覧した歴史書を見る限り、限りなく王級に近い聖人級の力を持っていたらしい。時と場所、様々な要素が味方をすれば力の弱い王級であれば殺すこともできるかもしれない。
だが、眷属達は定命の存在だ。
いずれは死に、朽ち果てる。
子を成し、連綿と一族を繋げていったとしても、原初の眷属の力がそのまま受け継がれるわけではない。
子へ、孫へと紡がれる中で、血に刻まれた呪力は薄まり、力は弱まっていく。
むしろ、彼ら一族の君主達四人が英雄級の力を有していることにアルバートは驚きを禁じ得ないほどだった。
「世界を手にしようとされる呪術王様にとって、いまの私達は恐らく邪魔でしかない。それが悲しく、苦しいのです」
顔を伏せたコルネリアは、アルバートよりも背が低いせいか、彼の胸に頭が触れそうになっている。頭を預けて甘える女ではないから、無意識のことだろう。
アルバートも特に指摘はせず、一つだけ質問を口にした。
「ならば、どうする?」
泣き言を言いに来たわけではないと思った。
ならば、この問いに対しての答えを用意しているはずだが、それは正解だったようだ。
目に決意の色を浮かべたコルネリアは、はっきりと口にした。
「強くなりたいのです。この身を捧げたとしても、呪術王様のお役に立ちたいのです。道半ばで朽ちたとしても、道に立てないよりは遥かにいい。恐れ多いことではございますが……我らに魔導の技の一端をご教授頂けないでしょうか」
なるほど、と思った。
力が足りぬなら、補う何かを得ればいい。
モーロックは強いが、剣の技は一流を超えない。
彼の強みは圧倒的な基礎身体能力の高さと、強固な肉体。それが大前提であり、根幹だ。戦闘の技術はそれをより有効に活用する手段でしかない。
教えを乞うのであれば、魔法という後天的な力を持つ呪術王にというのは理に適っている。
だが、アルバートは否と応えた。
「呪族は魔法を使えぬ。それくらい知っているだろう」
「それでも、呪術王様のお力なら……!」
驚愕と悲しみに染まるコルネリアの頬を鷲掴み、その目を覗き込む。
「お前は何者だ」
「コ、コルネリア・ヘルミーナでございます」
「違う。お前は誰のものだと聞いている」
「我が尊き王のものでございます……!」
決意に彩られた言葉が紡がれる。
「ならば力を与える。魔法は呪族には扱えぬが……そんな生ぬるい方法ではなく、その存在ごと別物に変えてくれる。己が己でなくなるとしても、お前はそれに耐えてみせよ」
コルネリアの炎の瞳が大きく広がった。
「それに耐えれば、お力になれましょうか?」
「約束しよう」
その時の彼女の満面の笑みをアルバートは一生涯忘れないだろう。
これほどに人は喜びを表現することができるのか。
これほどに一途な想いを向けることができるのか。
太陽に向かって必死に背を伸ばす健気な向日葵の花のように、少女は大輪の花を咲かせていた。
狂信者極まれり。
アルバートはくつと笑った。
「変えてくださいませ、お好みのままに」
「よかろう。我が覇道にはお前の道も刻まれていると知るがよい」
その言葉に、コルネリアは静かに跪いた。
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