呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)

タロジロウ

世界は彼を知り、彼は世界を睥睨する

「理解できたかね」

 顔面を蒼白にした枢機卿達を前に、ジョシュアは血に濡れた短剣を布で拭いながら言った。

 彼の前には発狂と静寂を繰り返しながら、少しずつ己が体験した事を語ってくれたラーベルクの頭がある。永遠の死の代わりにあらゆる情報を提供してくれた礼はすでに終わり、その頭部には短剣による深い裂傷が残されていた。

 死は恐怖からの助けとなりて、彼の者を安寧へと導きたもう。
 罪悪感よりも、救ってやれるという気持ちが強い殺人など初めてのことだった。

「理解、した。いや、させられたと言うべきかな……」

「それは良かった。これを見てまだ事実を疑う頭のおかしい者がいなくて安心したよ」

 やさぐれた心から放たれる鋭い棘は、しかし衝撃ゆえに誰の心にも刺さらなかった。

呪術王カース・ロードが復活したのだね……しかし、なぜラーベルク殿の首がこんなところに? 呪術王カース・ロードがロゼリアに送ってきたのかい?」

「いいや、違う。最初に届いたのはヒルデリク王国だ。そこから十以上の国を転々として、我が国に到着したのはつい今朝方……ここが最後だそうだ」

「どういうことだい?」

 意味が分からず問いかけるベレルアークに、ジョシュアは吐き気を噛み殺す。

「”回覧板かいらんばん”、だそうだ。意味は分からんがね。呪術王カース・ロードからの伝言役として、指定された国を全て回るまで殺してはいけないとの厳命付きだったよ。もしも途中でラーベルクの命を絶った場合、その国を一番最初に滅ぼすそうだ」

「最悪な悪ふざけだね」

「同感だが……その悪ふざけをする子供に力があり過ぎるのが困りどころだな」

 台座の宝石に魔力を通し、しばらくるすると青い文字が空中に踊った。

 ラーベルクは伝言役だが、彼が伝えるのは恐怖と体験でしかない。
 呪術王カース・ロードからの伝言は、この魔法で投影された文字にこそ記されている。

 そこに記載された内容は簡潔極まりなく、あまりにも傲岸不遜な代物だった。



「吾輩は平和を強制する。
 許可なく殺すなかれ。
 許可なく争うなかれ。
 許可なく騙すなかれ。
 従わぬ者には死よりも恐ろしき制裁を与える。
 
               呪術王カース・ロード



 馬鹿馬鹿しいと思うだろうか。
 確かにそうかもしれないが、これほどに効果的な手法もないだろう。人の頭を体から切り離してなお生存させ続けるという高度な魔術の技、そしてそれを実行し、あまつさえ装飾まで施す異常な精神性。尋常の人間であれば、これを見て怯まぬはずがない。

 回覧板という方法を各国の重鎮たちが素直に守り、次の国へと粛々と送り出しているのが良い証拠だ。

 表面では強気で笑い飛ばしたとしても、国を亡ぼすという言葉を否定することができずに従っている。それしか方法がないと思わされているのだ。

 街道には野盗や山賊の類が出ることもあり、国から国への輸送品などは真っ先に狙われる。

 仮にそこでラーベルクの首が失われた場合、その責を負わされることはないのか。結果がわからず、その裁定は人外の世界の敵が行うとなれば、委ねるという選択肢は論外。

 だからこそ、必死に輸送を成功させんとする。
 事実、ロゼリアに首を届けた隣国の小さな国は、王城を守る兵以外の全て――それこそ、国境を守るべき兵すらも輸送隊の護衛として全兵力の八割超を送り込んできた。

 兵力不足に陥った国境の街が二つばかり野盗達に蹂躙されたが、それすら必要経費と割り切らせるほどの恐怖を植え付けたということだ。

 ジョシュアは神経質に机を指先で叩き、短剣を拭い血の染みで斑になった布きれを摘まんで視界の端に追いやった。

「諸君を呼んだのは許可を取るためだ」

「許可とは?」

 この一大事に求める許可だ、生易しいものではあるまいと枢機卿達が身構える。

「聖女を使いたい」

「聖女というと、千見聖女ローグ・アミルタかの。彼女なら君の管理下にあるはずじゃ。特に儂らの許可などいらんじゃろう?」

 年老いた枢機卿の言葉に、答えるのも面倒と顔をしかめたジョシュアに変わり、ベレルアークが答えた。

千見聖女ローグ・アミルタは聖人級……そもそも、遠視と癒しの力しかない。呪術王カース・ロードに対抗するには不十分だろうね。教皇猊下が求めているのは、もう一人の聖女だと思うよ」

「ま、まさか、蹂躙聖女ドグラ・アミルタを!?」

 ジョシュアの眉が跳ね上がった。

「ロゼリア教の使徒に失礼だぞ。<聖神祈王フィラー・ロード>とお呼びしろ」

「は、ははっ」

 そう言うジョシュアも、その名の持ち主に敬意を抱いていないのは明白だ。二つ名を口にするだけでも嫌そうで、毛嫌いしているのが丸わかりである。

 だが、それも致し方なし。
 彼女は最強にして最凶、誇りにして恥部。
 ロゼリアが遥かな昔から抱える禁忌なのだ。

「彼女を解放する……世界が崩壊しかねませんぞ?」

「分かっている。だが、化け物を誅するには化け物を当てるしかあるまい。遥かな神代の時代から、現在まで生き残っている王は彼女くらいのものだ」

「それは、そうですが……」

「渋るなら、代案を出したまえ。現状を打破するに最善な策を提示した私に対し、ただ不満だけを弄する愚鈍な輩に成り下がりたくなければな」

 辛辣な言い方ではあるが、それは紛れもない真理だ。
 ただ不満や危険性だけを口にする、代案なき意見は邪魔者でしかない。論議を停滞させ、堂々巡りのうちに組織を硬直化させる悪魔の手先だ。

 代案がなければ黙れ、暴論ではあるが、それはどの時代、どの場所においても最も痛烈で、最も正しい言葉の一つだった。

 しばらく待っても代案がでないことを確認し、ジョシュアは小さく息を一つ。

 是非もなしと決意を固める。

「論議は決着を見たと判断する。聖神祈王フィラー・ロード様と謁見するぞ。ベレルアーク、共を頼む」

「ははっ、喜んで」

 二人はいまだに納得できない表情の枢機卿達を置いて部屋を出ると、そのまま目的の場所へと歩き出した。

 ロゼリアの恥部……<傾国>と呼ばれた女がいる場所へ。

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