呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
死の果てに生まれ落ちる狂気の名は
塔に残されたコルネリア達は、鏡を食い入るように見つめていた。
黒い波紋は彼らの体をも撫でて行ったが、鏡の中の人間達とは異なり、弾け飛ぶことはない。
恐らくは呪族とラーベルクのみ対象外とした大規模儀式呪術だと思われた。
呪術自体が歴史の狭間に消えて久しい。呪族は魔法も呪術も種族的に使えないがゆえに、これほどの規模の呪術などそれこそ伝説に謳われる代物になってしまっている。
まさに規格外の規模だった。
それが自分達が暮らす足元に仕込まれていたという事実と、それを操る呪術王の威容を目撃した四人の反応はまったく同じだった。
すなわち、失意。
「俺達はないのか? 王に戦場に伴うほどの価値もないと……?」
「それはその通りだよよ。あれを見れば一目瞭然だろおおう?」
「そんなことは分かっている! 力の差があることなど! だが、それでも! 望んでしまうのはいかんのか!!」
怒りを吐き出すイグナーツに、ウベルトは肩を竦める。
「分かっているる。お役に立てぬのは、私も辛いのだだ」
「それほどに、私達との王との間には差があるということですわ。お独りで充分と判断された‥…歯がゆいですわね。でも、あれほどの呪力を纏って平然とされている方ですもの。それも無理からぬことと思えますわ」
彼らにとって、神たる呪術王との間に隔絶した力の差があることは、謁見した瞬間から分かっていた。
それでも、もしかしたら、そう思っていたのだ。
だが、圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられた。
王の横に並ぶなどそもそもが笑い話でしかない。
そう思ってしまうほど、鏡の向こうでは目を疑う事態が進行していた。
◆◇
骨が舞っていた。
そうとしか表現できぬ事態に、ラーベルクは頬を引くつかせる。
自分が見ている物が信じられないが、現実は現実だ。認めざるをえぬ。
精鋭たる部下達が弾けて消えたと思ったら、その骨が次々と飛来してくるのだ。
十万人分の骨が、竜巻となってアルバートとラーベルクを包んでいる。
骨はその密度ゆえにぶつかり合い、砕け、ぐるりぐるりと風を巻いて回り続けた。
やがて全てが粉と砕けた頃、ふいに混ざり合うように空に昇ったかと思うと、それは落ちてきた。
巨大な質量の塊。
骨の巨人。
「なんだ、これは……?」
牛の頭に、人の体。
瞳のない眼孔に青い炎が灯る。
それは人間臭い動作で首を回し、軽く指を鳴らすと漆黒の外套がその体を覆った。
アルバートはそれに向かって、懐かしそうに声をかけた。
「久しぶりだな、牛鬼」
見紛うはずもない。
それこそは鏖殺墓地の守護者。
幾万の死の果てに師と仰いだ異形。
牛鬼だった。
十万人の骨という対価で生み出された魔物は振り返ると、アルバートの前に膝を突いた。
「また会えるとは思わなかったな。さて、我を生み出したる主人よ。何と呼べばよいか?」
「呪術王と呼べ。お前は……牛鬼では少しばかり味気ないな。そう……モーロックと呼ぼうか。吾輩の故郷の伝承にある、母親の涙と子供達の血に塗れた魔王の名だ」
気に入ったとでも言うように、牛鬼……いや、モーロックの眼窩で青が燃え盛った。
「承った。ふふ、しかし愉快。我を仕留めた勇士が我が主人と成る。ずいぶんと雰囲気が変わったようだがな」
「そう言うお前は流暢に喋るようになったな?」
「骨が良いのだ。以前生み出された時とは比較にならぬ質と量だ。礼を言わせてもらうぞ」
かかと笑い体を揺らすモーロックに、アルバートはなるほどと頷いた。
呪術王の書庫で学んだ巨大な設置型魔法陣と禁呪を使った魔法は、攻め寄った軍勢を贄として新たな魔物を作り出す呪術だ。
かつての眷属達の中でも、六人の側近はこの儀式呪術で生み出されている。
アルバートはその中で、かつての敵であった牛鬼を作り出すことを選んだのだ。まさか記憶が受け継がれているとは思わなかったが、むしろ都合がいい。
「ここまで良質の生贄を連れてきてくれてありがとう、ラーベルク君。おかげで素晴らしい配下を得ることができたよ」
ラーベルクは息を呑んだ。
あまりの出来事に自分のことは忘れ去り、空気のように無視してくれることを祈っていた。そんなことが許されるはずはないと分かっていたが、やはり現実になると心が竦む。
彼もまた聖人級と認定され、人を遥かに超えた力を持つ勇士。並大抵のことでは恐れもせぬ胆力がある。
それでも、十万もの人間を一息に殺し尽し、平然と礼を言う化け物と相対したことはない。
「俺を殺すのか……?」
「そうだな、それもいいと思うが。ふむ」
噛み合わない歯の根を憎らしく思いながらも、ラーベルクは決意を新たにした。
死ぬならば、せめて勇敢に。
長い戦場の生活で染みついた死を友人とする心が、わずかに勇気を絞り出させてくれた。
「死ぬ前に聞かせろ。呪術王……なぜ、いまこの時に現れたのだ。お前は死んだはずではないのか」
「ふぅむ。吾輩はここにいる。それが答えだろう?」
そう、その通りと頷くしかない。
しかしよりにもよって自分が攻め込んだ時でなくていいはずだ。
我知らず涙が頬を伝った。
悔しかった。
呪族を屠った戦士となり、聖人を飛び越えて王として世界に認められるチャンスだったというのに。
「なぜ、いま! なぜ、俺なのだ! お前の望みはなんだ、呪術王!!」
「なぜと問われてもな。知らぬとしか答えられないが……しかし、望みならば簡単だな」
アルバートは飄々とそれを口にした。
「世界平和さ」
嘘だろ?
性質の悪い冗談だ、そうラーベルクの表情が語っていたが、アルバートは至って本気だった。
言葉を区切りながら、もう一度繰り返してやる親切さである。
「聞こえなかったかね。平和だよ、平和。世界平和だ。私は平和を希求しているのだよ」
目の前の怪人の行動と言葉が結びつかない。
あまりの予想外の返答に、ラーベルクはついに耐えきることができず狂ったように哄笑した。
黒い波紋は彼らの体をも撫でて行ったが、鏡の中の人間達とは異なり、弾け飛ぶことはない。
恐らくは呪族とラーベルクのみ対象外とした大規模儀式呪術だと思われた。
呪術自体が歴史の狭間に消えて久しい。呪族は魔法も呪術も種族的に使えないがゆえに、これほどの規模の呪術などそれこそ伝説に謳われる代物になってしまっている。
まさに規格外の規模だった。
それが自分達が暮らす足元に仕込まれていたという事実と、それを操る呪術王の威容を目撃した四人の反応はまったく同じだった。
すなわち、失意。
「俺達はないのか? 王に戦場に伴うほどの価値もないと……?」
「それはその通りだよよ。あれを見れば一目瞭然だろおおう?」
「そんなことは分かっている! 力の差があることなど! だが、それでも! 望んでしまうのはいかんのか!!」
怒りを吐き出すイグナーツに、ウベルトは肩を竦める。
「分かっているる。お役に立てぬのは、私も辛いのだだ」
「それほどに、私達との王との間には差があるということですわ。お独りで充分と判断された‥…歯がゆいですわね。でも、あれほどの呪力を纏って平然とされている方ですもの。それも無理からぬことと思えますわ」
彼らにとって、神たる呪術王との間に隔絶した力の差があることは、謁見した瞬間から分かっていた。
それでも、もしかしたら、そう思っていたのだ。
だが、圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられた。
王の横に並ぶなどそもそもが笑い話でしかない。
そう思ってしまうほど、鏡の向こうでは目を疑う事態が進行していた。
◆◇
骨が舞っていた。
そうとしか表現できぬ事態に、ラーベルクは頬を引くつかせる。
自分が見ている物が信じられないが、現実は現実だ。認めざるをえぬ。
精鋭たる部下達が弾けて消えたと思ったら、その骨が次々と飛来してくるのだ。
十万人分の骨が、竜巻となってアルバートとラーベルクを包んでいる。
骨はその密度ゆえにぶつかり合い、砕け、ぐるりぐるりと風を巻いて回り続けた。
やがて全てが粉と砕けた頃、ふいに混ざり合うように空に昇ったかと思うと、それは落ちてきた。
巨大な質量の塊。
骨の巨人。
「なんだ、これは……?」
牛の頭に、人の体。
瞳のない眼孔に青い炎が灯る。
それは人間臭い動作で首を回し、軽く指を鳴らすと漆黒の外套がその体を覆った。
アルバートはそれに向かって、懐かしそうに声をかけた。
「久しぶりだな、牛鬼」
見紛うはずもない。
それこそは鏖殺墓地の守護者。
幾万の死の果てに師と仰いだ異形。
牛鬼だった。
十万人の骨という対価で生み出された魔物は振り返ると、アルバートの前に膝を突いた。
「また会えるとは思わなかったな。さて、我を生み出したる主人よ。何と呼べばよいか?」
「呪術王と呼べ。お前は……牛鬼では少しばかり味気ないな。そう……モーロックと呼ぼうか。吾輩の故郷の伝承にある、母親の涙と子供達の血に塗れた魔王の名だ」
気に入ったとでも言うように、牛鬼……いや、モーロックの眼窩で青が燃え盛った。
「承った。ふふ、しかし愉快。我を仕留めた勇士が我が主人と成る。ずいぶんと雰囲気が変わったようだがな」
「そう言うお前は流暢に喋るようになったな?」
「骨が良いのだ。以前生み出された時とは比較にならぬ質と量だ。礼を言わせてもらうぞ」
かかと笑い体を揺らすモーロックに、アルバートはなるほどと頷いた。
呪術王の書庫で学んだ巨大な設置型魔法陣と禁呪を使った魔法は、攻め寄った軍勢を贄として新たな魔物を作り出す呪術だ。
かつての眷属達の中でも、六人の側近はこの儀式呪術で生み出されている。
アルバートはその中で、かつての敵であった牛鬼を作り出すことを選んだのだ。まさか記憶が受け継がれているとは思わなかったが、むしろ都合がいい。
「ここまで良質の生贄を連れてきてくれてありがとう、ラーベルク君。おかげで素晴らしい配下を得ることができたよ」
ラーベルクは息を呑んだ。
あまりの出来事に自分のことは忘れ去り、空気のように無視してくれることを祈っていた。そんなことが許されるはずはないと分かっていたが、やはり現実になると心が竦む。
彼もまた聖人級と認定され、人を遥かに超えた力を持つ勇士。並大抵のことでは恐れもせぬ胆力がある。
それでも、十万もの人間を一息に殺し尽し、平然と礼を言う化け物と相対したことはない。
「俺を殺すのか……?」
「そうだな、それもいいと思うが。ふむ」
噛み合わない歯の根を憎らしく思いながらも、ラーベルクは決意を新たにした。
死ぬならば、せめて勇敢に。
長い戦場の生活で染みついた死を友人とする心が、わずかに勇気を絞り出させてくれた。
「死ぬ前に聞かせろ。呪術王……なぜ、いまこの時に現れたのだ。お前は死んだはずではないのか」
「ふぅむ。吾輩はここにいる。それが答えだろう?」
そう、その通りと頷くしかない。
しかしよりにもよって自分が攻め込んだ時でなくていいはずだ。
我知らず涙が頬を伝った。
悔しかった。
呪族を屠った戦士となり、聖人を飛び越えて王として世界に認められるチャンスだったというのに。
「なぜ、いま! なぜ、俺なのだ! お前の望みはなんだ、呪術王!!」
「なぜと問われてもな。知らぬとしか答えられないが……しかし、望みならば簡単だな」
アルバートは飄々とそれを口にした。
「世界平和さ」
嘘だろ?
性質の悪い冗談だ、そうラーベルクの表情が語っていたが、アルバートは至って本気だった。
言葉を区切りながら、もう一度繰り返してやる親切さである。
「聞こえなかったかね。平和だよ、平和。世界平和だ。私は平和を希求しているのだよ」
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