呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
呪術という力
太陽は天頂にあった。
ヒルデリク王国軍は廃都メギナ・ディートリンデが座する盆地の入り口に布陣し、戦支度を進めていた。
盆地の出口はそこしかなく、通常の思考であれば脱出路は塞がれたと判断できる。だからこそゆっくりと、真綿で締めるように圧迫感を与えるために準備に時間をかけているのだ。
だが、それも長くはかからないだろう。
夜になれば戦をするには不向き。城壁のない廃都であればすぐに市街戦となり、光源のない戦いは事故の元である。
かといって日を跨げばせっかくの圧力が減じる。攻めるとすれば陽光がある今日のうちというわけだ。
「コルネリア、質問がある」
「はっ、なんでしょうか」
アルバートは眼下の軍勢を睥睨しながら問うた。
「呪術についてどれほど知っている?」
「偉大なる呪術王様が開発した秘術にして、栄光ある力……呪術王様が姿をお隠しになられた後、行使できる者のいない魔法とは異なる力と理解しております」
コルネリアの答えは、アルバートの予想と概ね一致していた。
アルバートが冒険者として生きていた時代、呪術王が行使した呪術と呼ばれる力は再現不可能な技術とされ、魔法とは別体系の呪術王のスキルと推測されていたのだ。
だが、アルバートは否定する。
「呪術は魔法とは異なる。その認識は違うな」
「はっ、といいますと……」
教えを乞う生徒が四人、ならば教師役が一人必要だ。
呪術王の書庫でため込んだ知識を披露するのはアルバートにしても望む所で、むしろ嬉々として臨んだ。
「呪術は魔法の一体系に過ぎない。特殊すぎるゆえ、行使できる者が限られるということと……あとは、目撃した者のほとんどが理解できぬゆえだ」
「な、なるほど……理解できぬほど高度な魔法ということですか……」
アルバートはちらりとコルネリアを一瞥し、両手を軽く広げた。
「魔法の授業だ、生徒諸君。一度しか説明せぬから居眠りをせぬよう心せよ」
「はっ」
アルバートが短い詠唱を連続して唱えると、現れたのは六つの光の球。
恐ろしいほどの高次元な魔力が込められたその光の珠は、各々六色の光を放ちながらアルバートの周囲をゆっくりと回遊する。
「魔法には六つの属性がある。火、水、風、土、闇、光だ。それらを組み合わせることで別の属性とすることも可能となる。例えば、水と風で氷というように。しかし、混ざり合わぬ相反する属性というものがある。さて、生徒ウベルト。その属性が何か分かるかね」
「はっ、闇と光かと……」
「その通り! 闇と光は相反する属性、決して交わらぬ。だがね、あるところに闇と光以外のすべての属性を混じ合わせることに成功した男がいる。その男は、新たなその属性に”死”と名付けた。男は狂喜し、人生をかけて研究に没頭したよ。その過程で、決して混じりあわぬとされた闇と光が、死を介在することで生まれながらの親友のように手を取り合うことを発見したのだ」
アルバートの両の掌に月白色と至極色の光球が飛来すると、その中間に七つ目の灰色の光球が現れた。
三つの珠は混じり合い、生き物のように内部から蠢きながらその色味を変化させていく。
黒、と表現するのは憚られた。
色がないと言うべきだ。
周囲のあらゆる光、色を吸収した結果、そこに黒だけが残った。黒よりもなお暗き濃密な闇を思わせる漆黒。
「闇、光、死。これらを混ぜ合わせることで、呪術の元となる”呪”が完成する。呪術とは、全ての属性を一定の順番で混ぜ合わせることで生まれる複合魔法というわけだ」
「それは……確かに、発見できないでしょうね」
ウベルトの言葉に、全員が頷いた。
魔法の複合、簡単にアルバートは口にしたが、容易い技術ではない。二つの属性の複合であれば、一流の魔導士であればなんとか達成するだろう。
だが、それ以上となれば話は変わり、三つの合成はそれこそ聖人級、王級の世界の話だ。
それを、四つ!
平然と言ってのけたその難易度たるや!
さらに生まれた新たな属性に、闇と光という暴れ馬を合成してのける!
計七つの属性の複合という偉業。
恐ろしきはそれを達成してなお魔法の一体系に過ぎないと言ってのける男の異常さだろう。
「一体、どれほどのお力をお持ちであるのか……!」
「至高の我が王……!」
感嘆の声をあげる一同の反応も致し方ないが、アルバートは説明した技術にさほどの特別さを感じていなかった。
なにせ、時間さえかければ魔法のスキルがない自分でも習得できたのだ。
難しいのは属性の合一ではなく、新たに生まれた呪の属性を操作するために呪力を使用しなければならないことだった。魔力では呪を維持できず、呪力を自由に操れるようになって初めて呪術の完成を見る。
とはいえ、真に魔法の才に恵まれた者であれば、習得できていてもおかしくはない。むしろ、それ以上の力を発見している可能性もある。
それこそ、王級と呼ばれる存在の中でも、かつての呪術王のように魔導に特化したものであれば。
可能性は否定する根拠は示せぬ。
ゆえに、まずは己の力が通ずるかを検証する必要があった。
情報は足りず、世界の在り様は激変している。
世界に己に対抗する勇は存在するのか。
呪術を打ち破る技術が開発されていないか。
アルバートが習得した技術は、遥か昔に存在した呪術王の到達点。言ってみれば古臭い時代遅れの遺物だ。
今に通じるか、否か?
真っ向から打ち破れぬまでも、搦め手で阻害されればどうか?
その見極めは非常に重要で、失敗すれば虚を突かれて世界平和を成しえないかもしれない。
懸念は尽きず、アルバートの思考は慎重にも慎重を重ねることを求めていた。
何より、彼は呪術王の呪術を理解することに努め、深淵を知るべしとあの書庫で一人研鑽を積んではいるが、生粋の魔導士として戦場で戦った経験はない。
冒険者として培った技術は接近戦によるもので、それも素人に毛が生えた程度の補助要員だったのだ。
魔法を覚えた、呪術を覚えた、では戦いに生かす術は?
問われて、自信があるわけではない。
だからこそ、試金石が必要だった。
賭けるべき時は、大きく賭けなければならない。
それも、できる限り勝利の目が大きいときを狙ってだ。
そのためにちょうど良さそうな存在が近くに来てくれているのだ。利用しない手はないと、彼は自身でも気づかぬうちに笑みを浮かべていた。
「窃視する邪悪な瞳」
第一梯呪術。
呪術としては最も低位のそれは、驚くべきことにこの世に新たな生命を生み出す。
ヘドロのように地面から滲み出た紫色の液体がふわりと宙に浮かび、拳大の眼球を作り出したのである。羽と先の尖った爬虫類のような尻尾を持つそれは、歪ではあれ、確かな意思をもってアルバートの望むままに空を切り、瞬く間に敵陣の最奥へと至った。
「欺き動く鏡」
同じく第一梯呪術。
しかし二つ目の呪文の行使は難易度を第二梯と同等に跳ね上げる。
それでもアルバートはわずかも術式を乱すことはなく、空中に巨大な鏡を生み出した。
「見えたな」
「あ、あれは……?」
鏡に映し出されたのは多くの鎧姿の人間と、その中心で厳めしく仁王立ちする巨漢。
先ほどの異形の瞳が見た光景が映し出されている、そう察するのに時間はかからなかった。
ヒルデリク王国軍は廃都メギナ・ディートリンデが座する盆地の入り口に布陣し、戦支度を進めていた。
盆地の出口はそこしかなく、通常の思考であれば脱出路は塞がれたと判断できる。だからこそゆっくりと、真綿で締めるように圧迫感を与えるために準備に時間をかけているのだ。
だが、それも長くはかからないだろう。
夜になれば戦をするには不向き。城壁のない廃都であればすぐに市街戦となり、光源のない戦いは事故の元である。
かといって日を跨げばせっかくの圧力が減じる。攻めるとすれば陽光がある今日のうちというわけだ。
「コルネリア、質問がある」
「はっ、なんでしょうか」
アルバートは眼下の軍勢を睥睨しながら問うた。
「呪術についてどれほど知っている?」
「偉大なる呪術王様が開発した秘術にして、栄光ある力……呪術王様が姿をお隠しになられた後、行使できる者のいない魔法とは異なる力と理解しております」
コルネリアの答えは、アルバートの予想と概ね一致していた。
アルバートが冒険者として生きていた時代、呪術王が行使した呪術と呼ばれる力は再現不可能な技術とされ、魔法とは別体系の呪術王のスキルと推測されていたのだ。
だが、アルバートは否定する。
「呪術は魔法とは異なる。その認識は違うな」
「はっ、といいますと……」
教えを乞う生徒が四人、ならば教師役が一人必要だ。
呪術王の書庫でため込んだ知識を披露するのはアルバートにしても望む所で、むしろ嬉々として臨んだ。
「呪術は魔法の一体系に過ぎない。特殊すぎるゆえ、行使できる者が限られるということと……あとは、目撃した者のほとんどが理解できぬゆえだ」
「な、なるほど……理解できぬほど高度な魔法ということですか……」
アルバートはちらりとコルネリアを一瞥し、両手を軽く広げた。
「魔法の授業だ、生徒諸君。一度しか説明せぬから居眠りをせぬよう心せよ」
「はっ」
アルバートが短い詠唱を連続して唱えると、現れたのは六つの光の球。
恐ろしいほどの高次元な魔力が込められたその光の珠は、各々六色の光を放ちながらアルバートの周囲をゆっくりと回遊する。
「魔法には六つの属性がある。火、水、風、土、闇、光だ。それらを組み合わせることで別の属性とすることも可能となる。例えば、水と風で氷というように。しかし、混ざり合わぬ相反する属性というものがある。さて、生徒ウベルト。その属性が何か分かるかね」
「はっ、闇と光かと……」
「その通り! 闇と光は相反する属性、決して交わらぬ。だがね、あるところに闇と光以外のすべての属性を混じ合わせることに成功した男がいる。その男は、新たなその属性に”死”と名付けた。男は狂喜し、人生をかけて研究に没頭したよ。その過程で、決して混じりあわぬとされた闇と光が、死を介在することで生まれながらの親友のように手を取り合うことを発見したのだ」
アルバートの両の掌に月白色と至極色の光球が飛来すると、その中間に七つ目の灰色の光球が現れた。
三つの珠は混じり合い、生き物のように内部から蠢きながらその色味を変化させていく。
黒、と表現するのは憚られた。
色がないと言うべきだ。
周囲のあらゆる光、色を吸収した結果、そこに黒だけが残った。黒よりもなお暗き濃密な闇を思わせる漆黒。
「闇、光、死。これらを混ぜ合わせることで、呪術の元となる”呪”が完成する。呪術とは、全ての属性を一定の順番で混ぜ合わせることで生まれる複合魔法というわけだ」
「それは……確かに、発見できないでしょうね」
ウベルトの言葉に、全員が頷いた。
魔法の複合、簡単にアルバートは口にしたが、容易い技術ではない。二つの属性の複合であれば、一流の魔導士であればなんとか達成するだろう。
だが、それ以上となれば話は変わり、三つの合成はそれこそ聖人級、王級の世界の話だ。
それを、四つ!
平然と言ってのけたその難易度たるや!
さらに生まれた新たな属性に、闇と光という暴れ馬を合成してのける!
計七つの属性の複合という偉業。
恐ろしきはそれを達成してなお魔法の一体系に過ぎないと言ってのける男の異常さだろう。
「一体、どれほどのお力をお持ちであるのか……!」
「至高の我が王……!」
感嘆の声をあげる一同の反応も致し方ないが、アルバートは説明した技術にさほどの特別さを感じていなかった。
なにせ、時間さえかければ魔法のスキルがない自分でも習得できたのだ。
難しいのは属性の合一ではなく、新たに生まれた呪の属性を操作するために呪力を使用しなければならないことだった。魔力では呪を維持できず、呪力を自由に操れるようになって初めて呪術の完成を見る。
とはいえ、真に魔法の才に恵まれた者であれば、習得できていてもおかしくはない。むしろ、それ以上の力を発見している可能性もある。
それこそ、王級と呼ばれる存在の中でも、かつての呪術王のように魔導に特化したものであれば。
可能性は否定する根拠は示せぬ。
ゆえに、まずは己の力が通ずるかを検証する必要があった。
情報は足りず、世界の在り様は激変している。
世界に己に対抗する勇は存在するのか。
呪術を打ち破る技術が開発されていないか。
アルバートが習得した技術は、遥か昔に存在した呪術王の到達点。言ってみれば古臭い時代遅れの遺物だ。
今に通じるか、否か?
真っ向から打ち破れぬまでも、搦め手で阻害されればどうか?
その見極めは非常に重要で、失敗すれば虚を突かれて世界平和を成しえないかもしれない。
懸念は尽きず、アルバートの思考は慎重にも慎重を重ねることを求めていた。
何より、彼は呪術王の呪術を理解することに努め、深淵を知るべしとあの書庫で一人研鑽を積んではいるが、生粋の魔導士として戦場で戦った経験はない。
冒険者として培った技術は接近戦によるもので、それも素人に毛が生えた程度の補助要員だったのだ。
魔法を覚えた、呪術を覚えた、では戦いに生かす術は?
問われて、自信があるわけではない。
だからこそ、試金石が必要だった。
賭けるべき時は、大きく賭けなければならない。
それも、できる限り勝利の目が大きいときを狙ってだ。
そのためにちょうど良さそうな存在が近くに来てくれているのだ。利用しない手はないと、彼は自身でも気づかぬうちに笑みを浮かべていた。
「窃視する邪悪な瞳」
第一梯呪術。
呪術としては最も低位のそれは、驚くべきことにこの世に新たな生命を生み出す。
ヘドロのように地面から滲み出た紫色の液体がふわりと宙に浮かび、拳大の眼球を作り出したのである。羽と先の尖った爬虫類のような尻尾を持つそれは、歪ではあれ、確かな意思をもってアルバートの望むままに空を切り、瞬く間に敵陣の最奥へと至った。
「欺き動く鏡」
同じく第一梯呪術。
しかし二つ目の呪文の行使は難易度を第二梯と同等に跳ね上げる。
それでもアルバートはわずかも術式を乱すことはなく、空中に巨大な鏡を生み出した。
「見えたな」
「あ、あれは……?」
鏡に映し出されたのは多くの鎧姿の人間と、その中心で厳めしく仁王立ちする巨漢。
先ほどの異形の瞳が見た光景が映し出されている、そう察するのに時間はかからなかった。
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