呪われ呪術師は世界の平和を強要する(ダークファンタジー)
内なるモノ
気づけば、カルロの居室への扉は閉ざされ、開かなくなっていた。
カルロは俗世への未練を断ち切るためだと言った後、君には必要なさそうだねと再び笑った。
「それじゃあ、早速魔導の深淵に誘おう……と言いたいところなんだが、君は少しばかり、その……」
「なんですか?」
「才能がない。とんでもなく」
口ごもったカルロは、長い息を吐いて困ったように言った。
「見ただけでわかるんですか?」
「そうだね。まあなんと言えばいいのか、魔力が少なすぎるんだよ。それじゃあ魔法の一つも使えないだろうね」
そう言われて、アルバートはなるほどと頷いた。
アルバートの魔力量の少なさは自他共に認めるところで、幼少の頃には魔導士の才なしと判断されていたのである。
魔力がなければ魔法は行使できない。
それは大前提であり、努力でどうにかなる問題ではないのだ。
有名な魔導士の門を叩いたこともあるが、いまのカルロと同じように困ったような笑みを浮かべ、魔法だけでは全てではないなどと誤魔化すように口にするのが常だった。
ならば、ここでもまたそうなのか?
努力で克服できるならばそうしようが、物理的に不可能な壁ならば立ち向かう時間すら惜しい。それ以外の道を模索すべきだろうと思案、アルバートはため息をついた。
「では、魔法を覚えることはできないんですね」
「いいや、まったく問題ないがね?」
返ってきた予想外の答えに、目を瞬く。
カルロは適当に本を積み上げてその上に腰かけると、同じように座れと促した。
「大切なのはまず自分を知ることだよ。もちろん君に魔法の才能があるならそれに越したことはないがね。現状としてまず君には魔力が少なすぎる。だから、それを増やさねばならないわけだ」
「その術があるってことですか。俺が門戸を叩いた魔導士達は魔力を満たす器は生まれた瞬間からその大きさが変わることはないと言っていましたが……」
「おやおや。君はそこらの魔導士と、伝説の呪術王とどちらの言葉を信じるのかね? あえて言わせてもらうが、吾輩は魔導の王を自認しているのだがね」
アルバートは随分な自信に思わず苦笑しかけたが、笑顔の向こうに真剣な気配を感じて口をつぐんだ。紛れもなく、本気で言っているのだ。
カルロが指先をくるりと回転させると、光の玉がふわりと浮き上がった。
「それでは、授業開始と行こうか」
魔法は覚えられる。
それだけ理解できれば、アルバートに否やはない。
姿勢を正し、頭を下げた。
「お願いします」
◆◇
「さて、まず君に理解してもらいたいのは、いま君が持っている魔力という存在は器の中身ではない、ということだ」
「どういうことですか?」
再びカルロがくるりと指を回すと、光の玉が形を替え、盃とそこから滴り落ちる雫を作り出した。
「さきほどの魔導士の説明を例にするならば、この盃から零れ落ちたこの雫。これが魔力だ。この滴り落ちる量は基本的には一定だからね、その意味で言えば魔力の器の大きさは生まれつきというのは間違っていない。器の大きさは確かに変わらないからね」
ただし、とカルロは続ける。
「この器に細工をしたらどうだろうか。例えば、このように」
カルロが盃の側面を指で軽く突くと、抵抗を感じさせずに指先が埋まり、引き抜くと穴が開いた。当然、大穴が開いた盃からは先ほどの雫とは比べものにならない量の中身が流れ出していた。
「ほら、これで流れ出る魔力の量は増えたわけだね」
「こともなげに言いますが……無理やりですね」
「事実だからね。とはいえ穴を開けるにも技術がいるし、下手をすれば器が割れてしまうからね。そんなことを考えるのは狂人と言っていいだろうよ」
「本人が言いますか、それ」
「言うとも。狂人と天才は紙一重だろう。吾輩が天才であることは周知の事実であるからして。とまれ、魔力を増やすことはできるというわけだ。さて、ではこの器から漏れ出す雫を魔力と呼称するならば、器の中にある物はなんだろうね?」
「魔力ではないんでしょうか?」
水が入った器から零れたとしても、それが水であることには変わらないだろうという俺に、カルロは否と首を振った。
「実は、この器の中にある物と、器の外に零れだした雫は似て非なるものなんだ。この器は言ってしまえば一つの世界であって、この器はその世界を守る殻であると言える。そこから溢れた雫は異なる世界の影響を受けて変容し、魔力となるわけだ」
「では、器の中にある物はなんなんですか?」
「吾輩は呪力と名付けたよ。外に漏れ変容した魔力は呪力と比較して著しく劣化する。純粋な燃料として考えれば非効率的極まりない代物だ。この呪力をそのまま利用することができれば……そう考えた結果が、吾輩という天才の誕生につながるわけだね」
アルバートの喉がごくり、と鳴った。
魔導士ではないにしても、冒険者として長く生きてきた経験から魔法についての知識は深いと。そんなアルバートですら聞いたこともない話だった。
恐らくは、魔導士であれば額を地面にこすりつけてでも手に入れたいと思うほどの金言。それがまるで当たり前のように、つらつらと語られているのである。
なるほど、神が言っていた「力を得るための近道となる男に転移させる」という言葉は紛れもなく事実だったと再認識させられた。
「ふふ、驚いているようだね。なんとも気分がいい。それでは、さらに驚くことを教えよう」
カルロの指の動きに合わせ、杯が弾けた。
飛び散る雫に視線を奪われかけたアルバートだったが、砕けた杯の中心に浮かぶ小さな玉があることに気づいた。
それは一見すればガラス玉のようだが、内側に虹色の光があり、玉の表面に向かってプラズマのように様々な光の波を伸ばしている。
不規則に輝くそれは、芸術と呼ぶに相応しい荘厳さだった。
「これが生命の核。呪力でさえ、この核から漏れ出たものであるというわけだね」
カルロは美しく煌めく玉を指先で突つき、にっと笑った。
「私は、これを”魂根”と名付けた」
「魂根ですか。これは……生命の核とのことですが、具体的には何なんですか?」
「さあ?」
適当すぎる答えにカルロを見たが、どうやら本当に分かっていないらしく、肩をすくめていた。
「仕方ないだろう。吾輩とて全知全能というわけではない。むしろ限りある資源をやりくりして生きるしかない、哀れな生き物さ。実際のところ、いま見せている魂根の映像だって吾輩が直接見たものではない。魔法による分析の結果、こういう物が存在するだろう、と推測しているに過ぎないんだ。だが、学問というのはそういう物だろう?」
「それは、確かにそうかもしれません。では、魂根が存在しない可能性もあるということでしょうか」
「いや、それはないだろうね」
予想外にカルロはきっぱりと否定した。
カルロが言うには、魂根の存在がなければ説明がつかない事が多く、魔法による分析結果を鑑みても魂根の存在はほぼ確実とのことだった。
「君にはこの前提を元に、魔法を覚えてもらう。とはいえ最初に伝えた通り、いまの君は魔力が少なすぎて、才能なしと言わざるを得ない。だから、君にはまず器を砕き、魔力を大量に生み出すところから初めてもらう」
「わかりました」
「いい返事だ。それでは、早速始めよう。そこに跪きたまえ」
言われた通りに跪くと、カルロの手が俺の胸に添えられた。
「ああ、言い忘れていたがね」
カルロが顔を上げ、続ける。
「痛いぞ」
次の瞬間、体が引き裂かれた。
カルロは俗世への未練を断ち切るためだと言った後、君には必要なさそうだねと再び笑った。
「それじゃあ、早速魔導の深淵に誘おう……と言いたいところなんだが、君は少しばかり、その……」
「なんですか?」
「才能がない。とんでもなく」
口ごもったカルロは、長い息を吐いて困ったように言った。
「見ただけでわかるんですか?」
「そうだね。まあなんと言えばいいのか、魔力が少なすぎるんだよ。それじゃあ魔法の一つも使えないだろうね」
そう言われて、アルバートはなるほどと頷いた。
アルバートの魔力量の少なさは自他共に認めるところで、幼少の頃には魔導士の才なしと判断されていたのである。
魔力がなければ魔法は行使できない。
それは大前提であり、努力でどうにかなる問題ではないのだ。
有名な魔導士の門を叩いたこともあるが、いまのカルロと同じように困ったような笑みを浮かべ、魔法だけでは全てではないなどと誤魔化すように口にするのが常だった。
ならば、ここでもまたそうなのか?
努力で克服できるならばそうしようが、物理的に不可能な壁ならば立ち向かう時間すら惜しい。それ以外の道を模索すべきだろうと思案、アルバートはため息をついた。
「では、魔法を覚えることはできないんですね」
「いいや、まったく問題ないがね?」
返ってきた予想外の答えに、目を瞬く。
カルロは適当に本を積み上げてその上に腰かけると、同じように座れと促した。
「大切なのはまず自分を知ることだよ。もちろん君に魔法の才能があるならそれに越したことはないがね。現状としてまず君には魔力が少なすぎる。だから、それを増やさねばならないわけだ」
「その術があるってことですか。俺が門戸を叩いた魔導士達は魔力を満たす器は生まれた瞬間からその大きさが変わることはないと言っていましたが……」
「おやおや。君はそこらの魔導士と、伝説の呪術王とどちらの言葉を信じるのかね? あえて言わせてもらうが、吾輩は魔導の王を自認しているのだがね」
アルバートは随分な自信に思わず苦笑しかけたが、笑顔の向こうに真剣な気配を感じて口をつぐんだ。紛れもなく、本気で言っているのだ。
カルロが指先をくるりと回転させると、光の玉がふわりと浮き上がった。
「それでは、授業開始と行こうか」
魔法は覚えられる。
それだけ理解できれば、アルバートに否やはない。
姿勢を正し、頭を下げた。
「お願いします」
◆◇
「さて、まず君に理解してもらいたいのは、いま君が持っている魔力という存在は器の中身ではない、ということだ」
「どういうことですか?」
再びカルロがくるりと指を回すと、光の玉が形を替え、盃とそこから滴り落ちる雫を作り出した。
「さきほどの魔導士の説明を例にするならば、この盃から零れ落ちたこの雫。これが魔力だ。この滴り落ちる量は基本的には一定だからね、その意味で言えば魔力の器の大きさは生まれつきというのは間違っていない。器の大きさは確かに変わらないからね」
ただし、とカルロは続ける。
「この器に細工をしたらどうだろうか。例えば、このように」
カルロが盃の側面を指で軽く突くと、抵抗を感じさせずに指先が埋まり、引き抜くと穴が開いた。当然、大穴が開いた盃からは先ほどの雫とは比べものにならない量の中身が流れ出していた。
「ほら、これで流れ出る魔力の量は増えたわけだね」
「こともなげに言いますが……無理やりですね」
「事実だからね。とはいえ穴を開けるにも技術がいるし、下手をすれば器が割れてしまうからね。そんなことを考えるのは狂人と言っていいだろうよ」
「本人が言いますか、それ」
「言うとも。狂人と天才は紙一重だろう。吾輩が天才であることは周知の事実であるからして。とまれ、魔力を増やすことはできるというわけだ。さて、ではこの器から漏れ出す雫を魔力と呼称するならば、器の中にある物はなんだろうね?」
「魔力ではないんでしょうか?」
水が入った器から零れたとしても、それが水であることには変わらないだろうという俺に、カルロは否と首を振った。
「実は、この器の中にある物と、器の外に零れだした雫は似て非なるものなんだ。この器は言ってしまえば一つの世界であって、この器はその世界を守る殻であると言える。そこから溢れた雫は異なる世界の影響を受けて変容し、魔力となるわけだ」
「では、器の中にある物はなんなんですか?」
「吾輩は呪力と名付けたよ。外に漏れ変容した魔力は呪力と比較して著しく劣化する。純粋な燃料として考えれば非効率的極まりない代物だ。この呪力をそのまま利用することができれば……そう考えた結果が、吾輩という天才の誕生につながるわけだね」
アルバートの喉がごくり、と鳴った。
魔導士ではないにしても、冒険者として長く生きてきた経験から魔法についての知識は深いと。そんなアルバートですら聞いたこともない話だった。
恐らくは、魔導士であれば額を地面にこすりつけてでも手に入れたいと思うほどの金言。それがまるで当たり前のように、つらつらと語られているのである。
なるほど、神が言っていた「力を得るための近道となる男に転移させる」という言葉は紛れもなく事実だったと再認識させられた。
「ふふ、驚いているようだね。なんとも気分がいい。それでは、さらに驚くことを教えよう」
カルロの指の動きに合わせ、杯が弾けた。
飛び散る雫に視線を奪われかけたアルバートだったが、砕けた杯の中心に浮かぶ小さな玉があることに気づいた。
それは一見すればガラス玉のようだが、内側に虹色の光があり、玉の表面に向かってプラズマのように様々な光の波を伸ばしている。
不規則に輝くそれは、芸術と呼ぶに相応しい荘厳さだった。
「これが生命の核。呪力でさえ、この核から漏れ出たものであるというわけだね」
カルロは美しく煌めく玉を指先で突つき、にっと笑った。
「私は、これを”魂根”と名付けた」
「魂根ですか。これは……生命の核とのことですが、具体的には何なんですか?」
「さあ?」
適当すぎる答えにカルロを見たが、どうやら本当に分かっていないらしく、肩をすくめていた。
「仕方ないだろう。吾輩とて全知全能というわけではない。むしろ限りある資源をやりくりして生きるしかない、哀れな生き物さ。実際のところ、いま見せている魂根の映像だって吾輩が直接見たものではない。魔法による分析の結果、こういう物が存在するだろう、と推測しているに過ぎないんだ。だが、学問というのはそういう物だろう?」
「それは、確かにそうかもしれません。では、魂根が存在しない可能性もあるということでしょうか」
「いや、それはないだろうね」
予想外にカルロはきっぱりと否定した。
カルロが言うには、魂根の存在がなければ説明がつかない事が多く、魔法による分析結果を鑑みても魂根の存在はほぼ確実とのことだった。
「君にはこの前提を元に、魔法を覚えてもらう。とはいえ最初に伝えた通り、いまの君は魔力が少なすぎて、才能なしと言わざるを得ない。だから、君にはまず器を砕き、魔力を大量に生み出すところから初めてもらう」
「わかりました」
「いい返事だ。それでは、早速始めよう。そこに跪きたまえ」
言われた通りに跪くと、カルロの手が俺の胸に添えられた。
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