【書籍化】王宮を追放された聖女ですが、実は本物の悪女は妹だと気づいてももう遅い 私は価値を認めてくれる公爵と幸せになります【コミカライズ】

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第四章 ~『バーレン男爵との交渉』~


 王国の辺境にあるバーレン男爵領を馬車が走る。畑や森すらない灰色の荒野が続く景色を通り過ぎていく。

「ここがバーレン男爵領か。以前のアルト領よりも酷い有様だな」
「男爵領ですからね。仕方ありません」

 爵位は王族を筆頭に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く。

 公爵は王族の血筋を引く遠縁の者たちだ。魔法の中でも最強である自然魔法を扱える。与えられる領地も広大で、領主となる公爵は王国でも七人しかいない。

 次に爵位が高いのは侯爵で、自然魔法ほど強力ではないが、戦争に投入されれば、単騎で大隊を相手にすることさえ可能である。続く伯爵、子爵も中隊規模なら難なく相手ができ、領地も普通に経営していれば贅沢できるほどに広い。

 だが男爵家だけは貴族でありながら、他の爵位とは特別扱いされていた。その最たる理由は魔法にある。

 男爵家の扱う魔法には攻撃性がないのだ。

 もちろん平民と比べれば、魔力で身体能力が強化されているため後れを取ることはない。だが戦争で大きな戦果を残せるほどの力もないため、戦力として期待されることはない。

 武力による領地支配もできないため、任される領土も狭く、税収も減る。負の連鎖が男爵家の不遇を生むのだ。

 回復魔法しか扱えないクラリスの一族が、重宝される力を持ちながら、苦しい立場に置かれているのも、このような背景が原因だった。

「見えてきました。あれが我が家です」
「ここがクラリスの生まれ育った場所か」

 馬の嘶きと共に馬車が止まる。降り立った屋敷はお世辞にも立派とは呼べない。平民たちの住む住居と比べれば広いが、貴族としては物足りなく思えた。

「狭くて驚きましたか?」
「まぁな」
「男爵家は使用人を雇うお金もないほどに貧乏ですからね。自分たちで手入れできる広さは、これが限界なんです」

 男爵家と公爵家。同じ貴族でも資金力には大きな隔たりがあるのだと、アルトは肌で実感する。

 瀟洒とは呼べない庭を通り過ぎ、屋敷の扉の前へと移動する。飾りつけのない無骨な扉を前にして、アルトはゴホンと息を吐く。

「いきなりの訪問だ。バーレン男爵も驚くだろうな」
「リーシャが先に帰っているので、事前に伝わっていると思いますが、それでも公爵であるアルト様の訪問ですからね。きっとお父様もビックリしているはずです」
「では行くぞ」
「はいっ」

 クラリスたちは屋敷の扉を開け、土埃で汚れた赤絨毯の敷かれた玄関へと足を踏み入れる。誰かいないかと呼びかけるが、反応がない。

「外出中か?」
「もしくは二階の応接室かですね。あそこにいるなら声が届かないはずですから」

 アルトを出迎えるための準備をしているなら応接室の可能性が高い。二人は階段を登り、廊下を進む。ギシギシと軋む音が鳴る中で、クラリスは不意に足を止めた。

「どうかしたのか?」
「実はここが私の自室だったのです」
「……中を見てもいいか?」
「どうぞ。遠慮しないでください」

 クラリスに勧められ、恐る恐る部屋の扉を開ける。開いた先に待っていたのは、壺や絵画などの使われていない骨董品が置かれた物置だった。

 とても貴族の令嬢が暮らす部屋ではない。恥ずかしそうに彼女は頬を掻く。

「この物置が私の育った部屋でした。部屋の隅のここ。丁度丸まれるスペースがあって、寝床にしていたのですよ」

 クラリスが指さしたのは人が眠れるような場所ではない。冬には寒さを耐え忍んでいた光景を想像してしまい、気づくとアルトは彼女を抱きしめていた。

「ア、アルト様!」
「私が必ず幸せにしてやる! 必ずだ!」
「ふふふ、私は今でも十分に幸せですよ♪」

 アルトは窮地を乗り越えるため手段を選ばない覚悟を決める。手を汚しても、クラリスを幸せにしてやりたいと再認識したからだ。

「さぁ、バーレン男爵の元へと行こう」
「はいっ!」

 二人は物置を出ると、応接室へと向かう。廊下の突き当りにある部屋の扉を開くと、リーシャと共に、梨のようにお腹を膨らませた男、バーレンがいた。

「アルト公爵、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらに」

 椅子に座るよう促される。しかし応接室には椅子が三つしかなく、二つはリーシャとバーレンで埋まっている。

「椅子が足りないようだが」
「クラリスには必要ありませんので」
「私を怒らせたいのか?」
「まさか。公爵相手に喧嘩を売るような真似はしません。椅子は用意しましょう」

 バーレンは最初から結果が読めていたのか、部屋の奥から隠していた椅子を運んでくる。その行動の真意を探る。

「まさか私を試したのか?」
「失礼ながら。話には聞いていましたが、随分とクラリスにご執心のようだ」

 愛情ではなく、情欲を満たすためだけに傍に置いているのだとしたら、椅子を用意しろと怒るはずもない。バーレンはアルトの愛情を確かめるために、ワザと椅子を用意しなかったのだ。

「アルト公爵の要求はリーシャから聞いています。クラリスと結婚したいのですよね?」
「ああ」
「ですが駄目ですね。クラリスは王子の婚約者ですから」
「婚約は破棄されたはずだ。それを今更覆すのか?」
「覆しますとも。なにせ私の美学は花より実。男爵家の経済状況は楽ではありませんから。王子からの結納金だけが頼りなのですよ」
「なるほどな。やはりそういうことか」

 バーレン男爵の目的はクラリスを利用して金を引っ張ることだと理解する。そう考えれば、すべての行動に説明がつくからだ。

 愛情を試すような行動はどれだけの金額を絞り取れるかの探りであり、言葉の節々に混ざる王子との比較は競争を煽ることで、より高額な結納金を要求するつもりなのだ。

 思惑が読めたのなら、あとは簡単だ。その流れに乗ってやればいい。

「クラリスが婚約破棄された事実を思い出すことはできないか?」
「さて、どうでしょう。随分と前のことですから」
「なら思い出させてやる」

 アルトは机の上に前のめりになる。鋭い視線に恐怖を感じたのか、バーレンは喉から乾いた声を漏らす。

「この手だけは使いたくなかったが、仕方あるまい」
「ぼ、暴力反対!」
「何を勘違いしている」

 アルトは懐からズッシリと金貨が詰まった革袋を取り出すと、それをバーレンに手渡す。

「できれば金で解決するような汚い手は避けたかったが……大金貨が百枚ある。これだけあれば、婚約破棄の事実も思い出すだろう?」
「え、ええ。思い出しました。婚約は破棄されていましたね」

 バーレンは下卑た笑みを浮かべながら、婚約破棄の事実を認める。だがアルトは抜け目のない男だ。口約束だけでは信用しない。

「覚書を用意した。ここにも一筆頂こうか」
「さすがはアルト公爵。準備も万端だ」

 バーレンは言われるがままに筆を執る。内容を確認し、彼の直筆のサインが記される。クラリスを失う危機を回避できたことに、いつもは冷静なアルトも笑みを抑えることができなかった。

「これで娘の婚約は破棄されました。誰と結婚するのも自由です」
「もちろん私と結婚する」
「それは素晴らしい。アルト公爵となら、娘も幸せになれることでしょう。しかしその前に一つだけお願いがあります」
「お願い?」
「父と娘、二人だけで話す時間が欲しいのです」
「…………」

 バーレンも人の親だ。娘が嫁ぐ前に言葉を交わしたいとする気持ちは理解できなくもない。アルトはその要求を了承する。

「では話している間、客室でお待ちください。リーシャがご案内します」
「公爵様ぁ、こちらですよぉ」
「分かった」

 アルトはリーシャの後を追う。その背中を見つめながら、バーレンは笑った。その笑みが大金を得られたことに対してか、それとも別の思惑があるのか。その心中を知る者は彼本人だけだった。

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