【書籍化】王宮を追放された聖女ですが、実は本物の悪女は妹だと気づいてももう遅い 私は価値を認めてくれる公爵と幸せになります【コミカライズ】

ノベルバユーザー565157

第二章 ~『舞踏会での想定外』~


 王国で最も美しい街を問われれば、百人が百人同じ答えを返す。それは間違いなく王都であると。

 柿色の屋根瓦と煉瓦造りの住居が並ぶ。整備された居住区にはゴミ一つ落ちていない。王都の法律でゴミを落とせば、罰金刑が課されるからだ。

「やはり王都は綺麗ですねぇ」
「私の領地も王都に負けない立派な街にしないとな」

 荷馬車から街の光景を眺める。王宮から追放された日は美しい光景を楽しむ余裕などなかった。だが今は違う。美麗な街並みに心からの感動を覚えた。

「王宮に到着したようですね」

 馬の嘶きと、荷馬車の揺れで目的地に到着したと知る。荷馬車から降りると、目の前に白亜の王宮が聳え立っていた。

「私の役目はここまでです。聖女様、公爵様。ご武運を」
「ありがとな」
「ありがとうございます」

 グランに礼を伝えると、王宮への階段を登る。憲兵が向かってくるアルトたちに警戒心を示すが、彼の身なりから貴族だと気づき、背筋をピンと伸ばして敬礼する。

「失礼ですが、どなたのご紹介でしょうか?」
「王子からの招待だ」
「王子の……ということは舞踏会へのご参加で?」
「ああ。これが招待状だ」

 招待状はハラルド王子の直筆だ。教育を受けている憲兵が見間違えるはずもなく、それが本物だと確信できる。だが憲兵の顔色は晴れない。

「どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません……」

 アルト公爵を舞踏会へと招くと招待状には記されている。しかし風の噂で聞いた容貌は、この世のものとは思えないほどに醜いという話だ。

 しかし目の前にいる彼は、男でも見惚れるほどの美丈夫だ。噂と現実の違いに疑念が湧くが、さすがに公爵相手に「あなたはもっとブサイクですよね?」とは質問できない。

 招待状があるのだから、きっと本人なのだろうと、憲兵は疑いを心の内に引っ込める。王宮へ足を踏みいれることを許可するように扉を開いた。

「舞踏会の会場は廊下の突き当りの大広間です」

 赤絨毯の廊下を進んだ先、にぎやかな声が聞こえてくる空間へと向かう。

「アルト様、いよいよですね」
「覚悟はできているか?」
「もちろんです。なにせ隣にアルト様がいるのですから」

 大広間へと足を踏み入れた二人に視線が突き刺さる。着飾った男女たちは海千山千を乗り越えてきた貴族たちだ。舞踏会を楽しみながらも、新たな参加者の値踏みを忘れない。

「綺麗な男性ね。あんなに美しい人は見たことがないわ」
「寄り添っている女性も彼に劣らず美しいね」
「きっと名家の生まれに違いないわ」
「いったいどこの誰だろうね?」

 大広間に突如として現れた美男美女にざわめきが広がり始める。ヒソヒソと囁く声が認識できるほどに大きくなった頃、本日の主役であるハラルド王子が顔を出した。

「皆の衆、笑うのはそこまでだ。弟は隣にいるのも恥ずかしくなるほどの不細工だが、顔の醜さは罪ではないからな!」

 クラリスにアルトの隣にいるのは恥ずかしいと思わせるために、あえて大声で宣言する。だが侮蔑の笑みを浮かべている者はいない。いったいどういうことだと、弟に視線を合わせる。

「お前は……いったい、誰だ?」

 鏡に映る自分に瓜二つの男に、ハラルドは困惑する。黒髪黒目の透明感のある彼は、ナルシストのハラルドだからこそ嫉妬するほどに美しい。

「兄上、久しぶりですね」
「俺にお前のような弟はいない……奴め、恥を掻くのが嫌で代わりを送ってきたな」
「…………」

 口で言っても信じてもらえないと理解し、アルトは手の平に魔力を集めた。魔力は炎に変換され、メラメラと燃える焔火が浮かぶ。

 自然現象を操る魔法は王族にしか扱えない。嘘の吐けない証拠に、目の前の美男子が弟であると信じるしかなかった。

「何があったんだ?」
「私の顔が醜かったのは呪いが原因だったのですよ。それをクラリスに治して頂きました」

 アルトの背中に隠れるように、クラリスは顔を出す。気まずそうに眼が泳いでいる。

「お久しぶりですね、ハラルド様」
「――――ッ」

 クラリスと再会を果たしたハラルドは、生唾をゴクリと飲み込む。内面はともかく外見はリーシャの方が上だと思っていたが、その認識は間違っていたと思い知らされたのだ。

 黄金を溶かしたような金髪に、透明感のある白磁の肌。そしてリーシャと違い、容貌に優しさが満ちていた。

 内面の美しさが顔にまで影響を与えたのだ。一年前とは別人のように美しくなった彼女を前にして、ハラルドは声が震えてしまう。

「お、俺はお前を迎えに行ったのだぞ。どうして断ったのだ?」
「好意は嬉しいのですが、私、好きな人ができたんです」
「好きな人だと……」
「アルト様と生涯を共にするつもりです」

 口元に携えた笑みが、アルトに愛情を向けていることを証明していた。だが諦めきれないと、ハラルドは下唇をギュッと噛み締める。

「もし俺が婚約破棄したことを恨んでいるのなら謝ってやる。だから……」
「私はアルト様と結婚します。王宮へ訪れたのも、婚姻届けを提出するためなのです……認めてくださいますよね?」

 選択を迫られたハラルドは鬼の形相を浮かべる。

 プライドを傷つけられたことが原因ではない。大勢の貴族たちの前で恥を掻かされたことも些末な問題だ。

 怒りを湧き立たせているのは、クラリスに断られても尚、彼女に強い愛情を抱いている自分を許せなかったからだ。

「衛兵。こいつらを捕まえろっ!」
「ハラルド様、いったい何を……」
「俺は王子だ。男爵家の娘なら、本人の意思を無視して婚姻することもできる」
「本気、なのですか?」
「本気だ」
「残念です。私の愛したハラルド様ならこんな乱暴を働いたりしませんでしたよ」
「――――ッ、う、五月蠅い。俺は王子だ。俺は……」

 悲しみで目を伏せるクラリスに、ハラルドは戸惑いを見せる。その隙を突くように、アルトは彼女の手を引いて、大広間から飛び出す。

「アルト様!」
「いまは何もいうな。兄上は話ができる状態じゃない」
「で、ですが……」
「その証拠に前を見てみろ」

 廊下を駆ける二人の前に二人の衛兵が立ちふさがる。腰から剣を抜く彼らは、ハラルドの敵意の証明だ。

「止まってください、公爵様!」
「私の邪魔をするなら容赦しないぞ」
「わ、私たちも仕事なのです。ご覚悟を」

 二人の衛兵は剣を構える。だが口と違い身体は正直だ。公爵相手に剣を向ける度胸はないのか及び腰になっていた。

 そんな彼らの握った剣を風の魔法で吹き飛ばす。頼みの綱の武器を失った衛兵たちは、魔法を扱える貴族に勝てるはずもなく、道を開けるように、その場から退いた。

 王宮を飛び出し、階段を駆け降りる。衛兵が追ってくる気配を背後から感じる。

「公爵様、聖女様! こちらです!」

 階段下に荷馬車が止まっていた。グランが出発の準備を整えてくれていたのだ。

 馬車に乗り込むと、勢いよく馬が走りだす。窓の流れていく光景が、王宮から離れていることを実感させてくれた。

「助かりました、グラン様」
「王子には仕えて長いですから。彼の性格を考慮すると、こうなることも想定の内です」
「ですがそれでは立場が危うくなるのでは?」
「はい。ですので雇ってくれますよね、公爵様?」
「任せておけ。倍の給料を払ってやる」
「そうこないと」

 世渡り上手なグランに感心するように笑みが零れる。その笑みには他にも意味が込められていた。

「アルト様は随分と嬉しそうですね」
「それはそうだろ。なにせ兄上との婚約をはっきりと断り、私と結婚すると大勢の前で宣言してくれたのだからな」
「~~ぅ……思い返すと恥ずかしく思えてきました」
「恥ずかしくないさ。少なくとも私は嬉しかった。ほら、口元の笑みがいつまでたっても消えてくれない」
「ふふふ、本当ですね」

 荷馬車に揺られながら、二人は幸せを実感するように笑い合う。婚姻届けが受理されることはなかったが、心の絆はより強まったのだった。

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