水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

無敵ねこパンな双子

香ばしい匂いが、焼き上がりの合図。

大きなオーブンの横長の窓から、焼き具合を確認する。良い感じだ。オーブンの扉を開いて、天板を一気に引っ張り出す。

天板の上には、猫の顔の形をしたパンがずらりと並んでいる。理想的な焦げ目と膨らみ具合。満足のいく出来映えだ。うん、と頷いて天板を作業台の上に乗せた。





午後5時の鐘の音が響く。店のドアにかかっているプレートをひっくり返した。「OPEN」から「CLOSED」へ。

外に出していた鉢植えの花を店の中に戻して、ふーっと長い息を吐いた。今日も何とか、朝に焼いたパンが売り切れた。小さいパン屋だが、1人で切り盛りするのは骨が折れる。

最初は閑古鳥が鳴いていたものの、だんだんと近所の常連さんが増え始め、現在では売れ残りのパンが出てしまうことは稀だ。ありがたいことだが、接客とレジで毎回てんてこ舞いになってしまう。

そろそろ、人を雇おうかと考えながら、店の奥に戻る。とりあえず、少し休憩だ。まだ店内の掃除と明日の仕込み、新しいパンの研究開発という任務が残っている。

お気に入りのそば茶を入れて、キッチンのスツールに座り一息ついた時、店の呼び鈴が鳴った。

「こんにち、こんばんはー!」

子供の声だ。そば茶の香ばしい香りに後ろ髪を引かれながら、急いで玄関に向かう。

「はーい」

扉を開けると、黄色い帽子を被り、ランドセルを背負った女の子と男の子が立っていた。

「あの、無敵ねこパン、買いにきました」

緊張した面持ちの女の子が、私を見上げて、たどたどしく用件を伝えてくる。しゃがんで目線を合わせた。

「ああ、ごめんね。今日は売り切れちゃったんだ」

2人は同時に俯いてしまった。まさに、がっくりという感じだ。何とかしなければ。

「明日も、この時間くらいに来れる?君たちの分の無敵ねこパン、取っておくから。それなら、明日必ずパン渡せるよ。来れるかな?」

「うん!」「うん!」

俯いていた顔を一気に上げた2人は、嬉しそうに頷いた。





そわそわしながら、閉店作業を進める。午後5時の鐘が鳴り響いている。あの子たちがそろそろ来る頃だ。店の奥の籠に収まっている、2つの無敵ねこパンを手に取る。水色のリボンでラッピングして、少し豪華な見た目にしておいた。

猫の顔型のシンプルな丸パン。勢いで付けてしまった変てこな名前が噂になり、看板商品になった。

リンリンリンリン

呼び鈴が鳴った。よしっとエプロンを軽くはたいて、玄関に走る。

「こんにち、こん、こんばんは」「無敵ねこパン、買いにきました」

「いらっしゃい。よく来てくれたね。ありがとう。待ってたよ。さぁ、どうぞ」

2人をお店の中に招く。2人はキョロキョロと店内を見回した。商品が陳列されていない店内は広く感じるから、驚いているのだろう。

「ちょっと待っててね」

2人を残して、キッチンに行く。籠を抱えて戻った。

「はい、無敵ねこパン2個ね。これで間違いないかな?」

2人に1つずつパンを渡す。こくこくと頷く2人は顔を見合わせて笑った。2人は顔がよく似ている。双子だろうか?男の子が、小さい拳を私に突き出した。

「ありがとうございます。あの、お金」

小さい拳を両手で包む。

「うん。ありがとう。でも、昨日は追い返してしまったし。今日、2人とも約束通り来てくれたし。今回のお代は結構です。このお金は、お小遣いにしちゃいな」

2人は困った様子で、また顔を見合わせた。混乱する様子も微笑ましい。男の子の手を放して、息を呑む。

男の子の手が、黒い毛に覆われた動物の手になっている。

私が固まっていると、シュルシュルと2人の身体は小さくなっていった。チャリンチャリンと硬貨数枚が落ちる音。すとんと落ちた洋服の中から、もぞもぞと顔を出した黒猫と白猫。

「あの、動揺すると猫に戻ってしまうんです。騙して、驚かせて、ごめんなさい。ありがとう」「ありがとう」

白猫と黒猫がパンをそれぞれ咥え、ドアに走っていく。器用にドアを少し開け、しゅるりと外に出ていった。





午後5時の鐘が鳴る。今日も閉店の時間だ。口笛を吹きながら、プレートをひっくり返す。視線と気配を感じて、横を見た。やっぱり、あの黒猫と白猫だ。

「ふふ、いらっしゃい。いつものでいいかな?」

「ニャー」「ニャー」

2匹の常連さんを店内に案内する。今回の注文も、無敵ねこパン2つ。


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