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水月のショートショート詰め合わせ

水月

ボールライトニングの小宇宙

細いポールの先にある,、大小の金属製の球体。球体の鏡面に、私の顔が歪んで映り込む。

静電気発生装置だ。一般的な独り暮らしの老婦人の家には、めったに置かれないものだろう。この家には確かに、研究者が住んでいたのだ。



家主は、アカデミックな世界からの魅力的な誘いを何度も断り、独りで宇宙を研究していた人。平原に小さい家とラボを建て、数十年間、独りで宇宙の深淵を覗き込んでいた女性。

木目が綺麗な木製の壁には、四季折々の平原の写真が飾られている。宇宙だけでなく、写真や平原の植物にも、並々ならない情熱を注いでいた。

平原の写真集の出版や平原の植物に関する執筆活動で、諸々の費用を賄っていたのだから、すごい人だ。本当は宇宙に関する執筆でお金が稼げるようになりたいのだけどと、よく小さく笑いながら言っていた。

平原をこよなく愛する、静かな女性。時々街で会って、一緒にお昼を食べたりお茶をしたりしながら、テンポよく冗談を言い合える年上の友達。私にとって、あの人はそんな人だ。あの人は数ヶ月前に突然、宇宙に渡ってしまった。

訃報の知らせを聞いて、冗談であってほしいと祈った。お葬式の翌日、この家とラボを託したいという、本人直筆の手紙が送られてきた時も。インクの文字はしっかりと書き記されていて、人知れず重い病に苦しんでいたとは思えなかった。

なぜ私なんかに。手続きを進めている間、ずっと頭を駆け巡っていた疑問。なんの知識も技術も無い私じゃ、宇宙の研究は引き継げない。台無しにしてしまう。なんで。どうしたら。

荒れ狂うような気持ちのまま、あの人の抜け殻のような家に入ると、不思議と一気に落ち着いた。



家を出て、数歩進んだ場所にあるラボに入る。

部屋中に、メタリックな研究器具が整列している。何に使うのか、さっぱり分からない。奥には、「注意」と書かれたプレートが張られたドアがあった。ドアの小窓から、中を覗く。

暗い小さな部屋には、中心に大きな柱があるだけだった。その柱から、時々、光が放たれている。その光源は、縦横無尽に動いていた。魚でも、いるのだろうか?円柱型の水槽?

「注意」の文字をじっと見る。大きく深呼吸してから、ドアを開けた。



湾曲したガラスの向こうで、ふわふわと優雅に舞いながら緩く点滅する、数個の白く光る球体。時々、小さい雷のようなものを放つ。球体同士が横に並ぶと、横向きの雷を同時に発生させる。握手しているようだ。

”心霊現象の火の玉は、大気中の成分にプラズマが反応して発光する球電という現象なの”

頭の中で、あの人の言葉が、あの人の声で再生される。

”空気は、目に見えない小さい粒の塊。その粒の近くには、さらに小さい電子という粒が常にいるの。空気を熱していくと、塊がバラバラになる。さらに熱すれば、電子も離れていく。その状態が、プラズマ。とても、エネルギッシュな状態。オーロラとか雷とか、太陽も。皆、プラズマと縁があるのよ”

”宇宙にはプラズマが満たされているっていう考え方もある。私は、その考え方を支持してる。実は、プラズマで満たされた小さい宇宙を、ラボで作ってるの”

”火の玉。死者から離れた魂。球電を起こすプラズマにも、原子核から離れた電子が漂ってる。興味深い共通点ね”

「これが、プラズマの、小さい宇宙……」

2つの白い光の球の間に一瞬だけ架かる、閃光の橋。この球体は、きっと球電だ。あの人の魂が、漂っているかもしれないプラズマの、煌めく球体。

完成したら、必ず見せると言っていた。未完成のまま残された、小さい宇宙。しかし、美しい。

「あなたの宇宙は、やっぱり綺麗。完成しない宇宙っていうのも、あなたらしい」

球電を、ガラス越しに手で突く。私の指と球電の間に、儚い雷の橋が架かった。


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