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水月のショートショート詰め合わせ

水月

サフィレット・ディスクの寂光

4枚重ねたガラス製の円盤を、照明の光に透かす。

厚さ約5mm、直径約20cmほどの円盤。紫がかった、淡いピンク色のガラスで作られている。見る角度によって、鮮やかなブルーやグリーンにも変わる神秘的なガラスだ。

手に持っているだけでも、自然崩壊してしまいそうな儚い雰囲気。テーブルの上に、4枚それぞれを丁寧に置いた。





リクルートスーツ姿で街中を歩き始めた頃から通っている古本屋。仕事に追い詰められていた時も、辞表を出した日も、病院に通っていた時期にも、立ち寄っていた古本屋だ。

店を閉めると知らされた瞬間、思い出が脳裏を駆け巡った。大量の古本と店主の老婦人は、そこに在るだけで、私の不安と孤独と苦痛を和らげていてくれていた。何事も、最後の最後になってから大切さに気付くのは、なぜだろう。

小さい古本屋をずっと1人で守ってきた老婦人は、いつ、いかなる時も穏やかだ。閉店を常連客に伝える時も、ウミガメのような穏やかさを保っている。

「好きな本、持ってって。閉店セールよ。全部タダ。残したら結局、捨てることになっちゃうから」

「駄目ですよ。お代、払います。でも、本当にもう、お店畳んじゃうんですか」

老婦人は、おもむろに被っていたラベンダー色のニット帽を外した。驚きで、声が出そうになる。

いつもの、柔らかい銀糸のような美しい髪が、無い。

「これから、薬の副作用で全部抜けるって言われてね。昨日、思い切って自分でさっぱりさせちゃったわ。人生初の丸坊主。意外と気持ち良くて。店もすっきりさせて、終わらせようと思ったの」

自分で、しょりしょりと坊主頭を撫でる老婦人は、いつもの通りに笑っている。

「あ、そうだそうだ、ちょっと待ってて」

老婦人がニット帽を被り直し、店の奥に消えた。そして、いくつかの箱を抱えて戻って来る。

「貰ってくれないかしら」

老婦人がゆっくり開けた箱の中には、透明な円形の板が入っていた。紫、いや、ピンク色が淡く全体に入っていて、金色に縁取られている。老婦人がその板を手に取った。光にかざすと、グリーンやブラウン、ブルーに色が変わる。

「うわぁ……すごい、綺麗」

「クリスタルディスク。ガラスの板ね。4枚セットなの。お部屋にでも飾ってみて。大昔に外国で手に入れてね。お守りとして大事にしてたんだけど、託せそうな血縁者がいなくて。あなたなら、本と一緒に、大切に持っていてくれる気がして」

「……私なんかが、貰っていいんですか」

「あなただからよ。ぜひ、お願いしたいのだけど」

「……はい。分かりました。ずっと、ずっと大切にします」

「ありがとう。ああ、心配事が1つ減ったわ。良かった。持ち物の整理が大変で。生涯独身の人生は、なかなか面白かったけどね」

老婦人の微笑みは、やっぱり柔らかかった。





もう一度、託されたばかりのガラスの円盤を重ね合わせてみる。さっそく飾りたいが、どう飾ればいいか分からない。落として、割れてしまったら大変だ。やはり、箱の中に収めたまま保管すべきだろうか。

考えている間に、重なったガラスの円盤が、突然私の手から離れた。

ぽーんと飛んで浮かんだ円盤は、空中で静止し、回転し始めた。速度を増していく円盤の周りに、淡いピンクとブルーの光の膜が広がった。部屋の中が、その光に満たされる。

円盤から、微かに声が聞こえてきた。合成音声のような、消え入りそうな声。

「protection……protection、protection…………」

口を開けたまま、1分ほど、美しい超常現象に心を奪われる。声と光が消え、ゆっくりと下降するガラスの円盤は、私の左手に静かに戻った。そして、悟る。

「守っててくれたんだ……」

あの老婦人に似た、優しい光を秘めるガラスの円盤は、きっと、本当に守っていたのだろう。力の限り。小さな古本屋を、店主を、そこに訪れる人々を。丸ごと、優しく覆うように。

ガラスの円盤はもう、静かに輝くばかりだった。


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