話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

水月のショートショート詰め合わせ

水月

晩秋の信号待ち赤トンボ

自転車を降りて、押しボタンを押す。右から左へ、左から右へ、次々と視界を横切る車。

ザァッと強く吹いた風に首筋を撫でられて、寒気が走る。薄手の長袖シャツだけでは、もう夕方は寒い。秋はもう終わりか。いつも短いと感じる。儚い季節なのだろう、秋は。赤い信号を見上げて、真紅の紅葉が恋しくなった。

ハンドルを握る手の上に、軽い何かが触れる感触。信号の赤から目線を下げれば、赤トンボがいた。私の手の甲の上で、じっとしている。

遠縁の親戚に、久しぶりに再会したような感動。もう数年間、見かけていなかった気がする。手に乗ってきた珍客をしげしげと眺める。鮮やかなレッドカラーのボディーと、繊細なスケルトンの羽根。綺麗だ。

「そんなに見つめんといて。恥ずかしゅうて、もっと赤くなってまう」

細かく震えた羽根から、人の声。左右と後ろを確認する。誰もいない。

「勝手に乗ってすんまへんな。ちょっと、休憩させてもろてもよろしいか。寒うて、しんどくてな。赤トンボには堪えますのや。この気温」

羽根から、関西弁が聞こえる。片耳を近づけてみた。

「あ、どうも。お気遣いありがとさん。声、聞こえますやろ。あんさんには届く気がしたんですわ」

幻聴を否定してくる、私の鼓膜をしっかり震わせる関西弁。赤トンボが、話している。少し高めの男性の声だ。明らかに、しゃべっている。トンボが。

「この先にある公園の小川に住む、懐かしい友達を見舞う予定でしてな。西から東に、ひたすら飛んで。飛んでる間に、どんどん寒うなってしまって。えろう、しんどくて」

赤トンボの羽が、少し下に垂れた。本当に疲れている雰囲気だ。目の前では、軽自動車やバスやタクシー、トラックやパトカーが右から左へ、左から右へと走り抜ける。白昼夢なのか現実なのか。

少し考えて、どっちでもいいかと判断する。赤トンボに口を近づけた。

「あの、赤トンボさん?……聞こえます?」

「ああ、よく聞こえてますよ。話してくれはるなんて、感動やわ。なかなか、赤トンボに話しかけてくれはる人はおらへんから」

人間くさい返答が返ってきて驚く。会話、できるのか。赤トンボの羽が、ピンと張った状態に戻った。本当に喜んでくれているのだろう。なんだか、面白い。

「お友達の病気、重いんですか」

「そうなんですわ。私と同じで、長生きしてきたトンボなんやけど、急に具合が悪くなったらしゅうて。今年の冬は超えられないと、風の郵便で伝えてきてな。びっくりしてもうて。できるだけはよ行かなて急いてたら、ゴール寸前でバテてしもうた。情けないですわ」

また羽根が下に沈む。赤信号が、黄色に変わった。ああ、もうすぐ、赤トンボは飛び去ってしまう。もう少し、話していたい。

「あの、この先の、大きな公園ですよね。良かったら、このまま私の手に乗って行ってください。自転車なら、すぐです」

また風が吹く。赤トンボの身体がぐらついた。もう片方の手で、とっさにトンボの身体を風から守る。

「ありがとさん。ほんに優しいヒトですな、あんさんは。よろしいんでっか。トンボ運んでたら、白い目で見られてまう」

「そんなこと、気にしませんよ。きっと気付かれないし。どうぞ、カゴの中のほうに。風で飛ばされちゃうといけませんから」

「ああ……ほんにありがとさん。あんさんは、トンボの神様仏様や。一生、恩に着ます」

よろよろと歩き出した赤トンボが、買い物カゴの中に入るのを見届ける。信号を確認した。黄色が、ちょうど青に変わる。

サドルに跨って、思いっきりペダルを漕いだ。


「水月のショートショート詰め合わせ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く