水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

白の言葉は糸電話の残響に

ローテーブルに肘をついて、針金を鉛筆にぐるぐると巻いている弟の周りには、紙コップやハサミ、セロハンテープなどが散らばっている。

一目見て、夢中で何を作っているのか悟った。小さい頃、よくやっていた遊び。糸電話だ。紙コップを手に取って、耳に当ててみる。

「糸電話ってさ、電話じゃないよね」

私が呟くと、弟はこちらを見ずに軽く頷いた。

数ヶ月前に交通事故に遭った弟は、家で療養している今も、発話することができない。書くことも。言葉を聞いて読んで、理解することはできる。

つまり、弟は今、受信できるが発信できない電話のような状態だ。

針金を巻き終わったらしい弟が、今度は紙コップに細工し始めた。鉛筆の先で、紙コップの底に穴を開けようとしている。しかし、滑った紙コップが私の手元に飛んできた。

「ちょい、まち」

近くにあった針金を束にして、先端を少し捩じり、受け取った紙コップの底に突き立てる。小さい穴が簡単に開いた。

手渡すと、弟は紙コップを軽く掲げて、大きく頷いた。

「いいってことよ。あ、片方も貸して」

笑った弟は、事故に遭う前と同じだ。暇な時に、ちょっとした工作をする習性も。でも、変わった所もある。言葉を発さない弟は、前より少し優しくなった。母も父も、姉の私も。

弟と言葉をスムーズにやり取りできなくなって、弟の言いたいことを逐一しっかり理解しようとするというコミュニケーションの工程に慣れ、何かが変わっていった。

迅速な発信よりも正確な受信に意識が向くようになった、からかもしれない。

穴の開いた紙コップを、テーブルに置く。散らばった道具や材料を1ヶ所に集めていた弟は、すぐに新しい穴開き紙コップに気付いて、また頷いた。

通常は、空気の振動で伝わる音声。今の弟の声を伝える媒体は、ジェスチャーや首の動き。媒体が変れば、伝わる音声の印象も変わる。弟の今の声は、空気を介して伝わっていた頃よりも、柔らかい。

弟は、手作りのバネを紙コップの底に固定し始めた。セロハンテープをしっかりつけて。普通の糸電話とは一味違う、エコーがかかるバネ電話の完成。

流れるように渡されたバネ電話の片方のコップを、口に当てる。弟の手にあるもう片方のコップは、弟の耳に。

「あー。あー。エコーかかるやつでしょ。これ。どう?ちゃんと、エコーかかってる?」

弟は悪戯っぽく笑って、人差し指を口に当てた。


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