水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

アポカリプティックサウンドはカプレカ数の如く

カプレカ4年8月24日

久しぶりに、紙に文字を書いている。アナログの日記を書くのは初めてだ。

記録を残さなければと思い、衝動的に書き始めている。

1ヶ月後には、地球と同じ大きさの隕石が落ちてくるそうだ。最初のニュース速報は、手の込んだ映画の広告かと思った。

今日で最初のニュースの着弾から1週間経った。妙に落ち着いていた最初の2日間。でも、3日目から何もかもが混乱し始めた。

今では、食料や水の奪い合いが各地で起きている。インフラも不安定だ。電子機器に文字を残しても消える可能性が高いので、アナログの記録手法に頼った。

不安が数珠のように繋がる。今日はもう寝る。


カプレカ4年8月25日

カプレカ4年8月26日

カプレカ4年8月27日

カプレカ4年8月28日

カプレカ4年8月29日

毎日、紙に文字を書くのは意外と労力と時間が要ると知った。最後の一瞬まで、何かを新しく知るのかもしれない。ここ数日間でも、人生で初の出来事に遭遇し、巻き込まれ、様々な学びを得た。

今まで、安心できると思っていたもの全てが、瞬く間に瓦解していく。瓦礫からは、歪んだ教義が溢れだしてくる。奇妙な理屈やルールが地球全体に浸透していって、何が、誰が、正気で真実で、異常で嘘なのか分からなくなってくる。

私は最後まで私を疑わないと決めた。一歩でも、疑いの道に足を踏み入れれば、混乱の螺旋の檻から出られなくなってしまうだろうから。

疲れた。


カプレカ4年8月30日

カプレカ4年8月31日

カプレカ4年9月1日

朝、太鼓の音で目が覚めた。

何のために、誰が。気になるが、確かめる気になれない。

お昼にシチューの缶詰を食べていた時に、また砲弾のようなニュースが流れた。

隕石の到着が早まったらしい。残された時間はあと5日。

最後はどんな風にしようか、まだ決めていない。


カプレカ4年9月2日

今日気付いた。この日記も消えてしまう。

気付いた瞬間にまた太鼓の音が聞こえてきて、久々に声を出して笑った。

水を補給するために外に出た時、隣人たちは正気に戻っていた。憑き物が落ちたような雰囲気だった。もしくは、何かに完全に憑かれてしまったのか。


カプレカ4年9月3日

今日は朝に雨が降った。少し寒い。

午後は外に出て、近所の野良猫と戯れた。どの子も毛艶が良く元気そうで、安心した。


カプレカ4年9月4日

ついに全ての電子機器から、音声が聞こえなくなった。

温かい陽が差し込んでくる床の上で寝ころんで過ごした。

耳の奥で、ずっとあの太鼓の音が鳴っている。


カプレカ4年9月5日

太鼓の音が、一日中鳴り響いている。

一体誰が鳴らしているのか、結局分からないまま。ドドン、ドンというリズムは全くぶれない。

真夜中の今も聞こえてくる。除夜の鐘のようだ。隕石が届く明日の夕方まで、打ち鳴らし続けるのだろうか。私はもう、この部屋で寝ころんだまま、迎えるつもりだ。

繰り返される凛々しい太鼓の音。

巻き添えをくらうだろうに、地球の傍で未だ平然と佇む月。

夜風に当たりながら、意味の無い日記を書き続ける私。

明日の午後5時に、隕石と衝突して消える地球。

どれも疑わしく、事実らしい。本当で嘘なのだ。終わりも始まりも、本当か嘘か分からない。

やっぱり、自分を信じるしかない。

終盤の学びとして、ここに書き記す。


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