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水月のショートショート詰め合わせ

水月

メビウス・マジックショーへようこそ

燕尾服とマジシャンハット、毛先がくるんと丸まった立派な口ひげ。その懐かしい姿が印刷されたパンフレットを眺めながら、ショーの開始を待つ。

クラシカルなマジシャンらしい姿。鮮やかな古典的マジック。私はこのマジシャンが、デビュー当時から好きだ。ほとんどの人から古臭い、地味と酷評されるが、独特の妖しい雰囲気が魅力的なのだ。

彼は数年前、人体消失マジックを披露していた最中に、黒い箱に隠れたまま行方不明になった。そして、数ヶ月前に突然戻ってきた。彼の同業者のマジックショーの最中に。消えた時と同じ黒い箱の中から。消えた時と同じ服装で。

大ニュースになり、オカルトマジシャンとして一気に知名度を上げたが、彼は一切変わらなかった。メディアには姿を晒さず、定期的なマジックショーを行うだけ。おかげで、新しいファンはあまり増えなかったらしい。

けたたましいブザー音が鳴り、照明が消えた。

いよいよショーの開幕だ。

「本日はお越しいただき、ありがたく存じます。ところで紳士淑女の皆さん、メビウスの輪をご存知でしょうか?このように……紙のテープを捩じって輪にしたものです。この輪には、裏も表もございません」

「通常の紙テープの輪では、表面をぐるりと一周すれば表面の出発地点に戻るでしょう。しかし、この紙テープのメビウスの輪は、一周すると気づかぬうちに裏に。さらにもう一周すると、表の出発地点に戻るのでございます。どちらが表か?どちらが裏か?すぐに分からなくなってしまう」

「今回のショーでは、裏も表も無い、タネも仕掛けも無い奇術をご覧にいれます。難しいものではございません。今から30秒後に、私が3回手を打ちます。その瞬間に、皆さまは奇怪なメビウスの世界に入ることができるでしょう。では、さっそく」

マジシャンは目を瞑り、両手を横に広げたまま動かなくなった。一切の物音がしない。心の中で、30秒数える。29秒目で、ステージのマジシャンが3回拍手した。

3回目の拍手の後、すぐに会場中から悲鳴が上がった。

私は声も出ない。会場の通路という通路に、奇妙な服装の人間が出現した。縄文人のような者もいれば、平安時代の貴族のような者もいる。見た目の統一感が一切無い老若男女が、狭い通路にぎっしりと隙間なく並んでいるその様は、満員電車の中のようだ。

驚愕し怯える私たちに、謎の人たちも驚愕している。会場に響き渡る悲鳴の半分は、この人たちが発しているのだろう。

ステージの上も、謎の人々で一杯だ。マジシャンが必死に人を掻き分け、スタンドマイクを掴み、叫んだ。

「皆さま!これが、私の最高のマジックにございます!表の世界と裏の世界、彼岸と此岸の境を消してご覧にいれました!正真正銘の、表裏一体のメビウスの世界にございます!」


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