水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

でいだらぼっちのラストノート

地響きが、頭の中に立ちこめていた霞を一気に取り去った。窓から外を見ると、大勢の人が懐中電灯やランタンを持って集まっていた。異様に、暗い。時計は午前11時を示している。



晴天続きの夏の明るい季節は、一気に重苦しい季節になった。どのニュースも、日本列島に蓋をするようにかかった、分厚い雲を取り上げている。さらに3日前、近所の道路に突然大きな穴が2つできた。誰も、その穴が開いた瞬間を見ていないらしい。

懐中電灯を持って、外に出てみる。まだ太陽が出ているはずの時間帯だ。真夜中のような雰囲気に、心が躍る。

停電にはなっていないので、大通り沿いの道は比較的明るかった。しかし、狭い道に戻ると、真っ暗闇だ。非常食が入った袋を下げて家路についていると、懐中電灯が数回点滅し、消えた。

しまった。電池切れだ。スマホを取り出してライトをつけようとした時、突風が吹いた。ゴウゴウゴウという唸り声のような音。手に何かが当たり、スマホが手から滑り落ちる。風に倒されそうになり、しゃがみ込んだ。



前方に誰かが立っている気配。風が弱まってきた時、目を薄く開ける。長身の女性が立っていた。両手に色とりどりの花を抱えている。水色の着物。地面につくほどの長い髪。絢爛豪華な髪飾り。

笑顔の女性は、私に花を一輪投げてきた。思わずキャッチし、花と女性を交互に見る。

「私は豊穣を司るでいだらぼっち。また約束を結びに降り立ちました。お騒がせして、すみませんね。では、約束の豊穣を」

良く通る高い声。女性が高らかに宣言すると、頭上から一筋の日の光が降り注いだ。見上げれば、厚い雲に空いた白い穴が急速に広がっていく。いつのまにか女性は消え、手に残った白いスイセンを呆然と見つめた。微かに、甘い香りがする。

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