水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

りとるだんど吸血鬼

てんてんてんまり、てんてまり

てんてんてまりの手がそれて

どこからどこまで、跳んでった

垣根をこえて、屋根こえて……



一点の汚れも無い五線ノートの前で唸っていた時、窓から聞き覚えのある歌が聞こえてきた。今は亡き紀州の祖母がよく歌ってくれた手毬歌だ。

蜜柑農家に嫁ぎ、苦労続きだった祖母だが、優しすぎるくらい優しい人だった。幼い私に手毬をよく教えてくれた。私が手毬に飽きると、今度は不思議な話をしてくれるのだ。

一番覚えているのは、吸血鬼の話だ。実は祖母は吸血鬼の末裔で、もう数千年は生きているという話。誰の血を飲んでいるのかと恐る恐る尋ねたら、「特典は長生きだけやさけ、血は飲まんでええの」と返された。



とまり、とまりで日が暮れて

一年経っても戻りゃせぬ

三年経っても戻りゃせぬ……



それから数年後に、祖母は持病が悪化して亡くなった。自称長生きだけできる吸血鬼の祖母は、やっぱり生き返ったりしなかった。

立ち上がって伸びをしてから、着席。五線ノートに音符を記していく。テンポはどうしようか。

椅子の背もたれに上半身を預けて、目を閉じ、微かな手毬歌に耳を澄ませる。祖母は長い長い旅を終えたのだろうか、それとも、新しい旅に出発したのだろうか。

あ、リトルダンドにしよう。



はるばる旅をして

紀州はよい国、日の光

山の蜜柑になったげな

赤い蜜柑になったげな、なったげな




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