水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

ニルヴァーナ・エレベーター

海底で見つけた大型潜水艦の中には、しっかりと空気が残っていた。乗組員たちの骨や貴重な資料などを回収する作業は順調で、終わりに近づいている。

潜水艦の中には空気が残っており、レギュレーターやマスクなどの煩わしい装備を外したまま探索できた。ヘッドライトだけに照らされた廊下を進む。

「廊下をまっすぐ行った先は行き止まりだ」

「そうか……ちょっと気になるな。確認してきてもいいか」

「酸素はたんまり残ってるが、あまり時間をかけるなよ」

「了解」

耳にぴったりと嵌った小型イヤフォンからの音声は途切れた。片耳に固定しているマイクの位置を少し調整してから、再び進む。




エレベーターだ。何度も確かめる。

突き当りには、中途半端に扉が開いた大きな箱があった。すぐ横には、上向きの矢印と下向きの矢印のボタン。扉を両側に押すと、完全に開いた。箱の中の手前の壁には、ズラリと小さく丸いボタンが並んでいる。

潜水艦の中にエレベーター?100階まであるとは、どういうことだ?この潜水艦は、いつ超高層ビルになった?

とりあえず報告しようと、マイクのスイッチを入れようとした時、急に辺り一面が明るくなった。眩む目をどうにか開ける。しっかりと閉まっている扉。唸るような轟音。浮遊感。100階のボタンだけが点灯している。

「なんなんだ……おい、応答してくれ」

何度もマイクに呼びかけるが、返事は無い。とうとう、100階に着いてしまった。扉が信じられないほど滑らかに開く。




目の前には、真っ暗な廊下があった。今さっき、通っていた廊下と同じだが、異様に奥行きがある。とりあえず、急いで箱から脱出する。私が下りると、扉はすぐに閉まった。

イヤフォンから酷いノイズ音がする。

「……後悔は成仏しましたか?」

「パパ、パパ、大好き」

酷いノイズの中から、はっきりと聞こえた。見知らぬ人の声と、亡き娘の声。息を呑んだ瞬間に、気を失った。







明るい日の光で目が覚めた。心配そうな顔の同僚が話しかけてくるが、何を言っているのか分からない。隣には、もう亡くなったはずの娘がいた。同僚には、娘の姿は見えていないようだ。

私が目を離したばっかりに、海で溺れて死んだはずの幼い娘が、元気な姿で微笑んでいる。

時々夢に出てくる娘は、いつも苦しそうに助けを求めていた。しかし今、娘は笑っている。大好きだった、薄桃色の貝殻を自慢げに私に見せながら。

頬が緩む。こんな穏やかな気持ちになったのは、久しぶりだ。

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