捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~

天野ハザマ

王都にて

 人間の国であるサバラン王国の王都、ラーシュテルン。
 初日に雄太が追い出されたその町の一角では今、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
 具体的にはその一角の、とある伯爵の屋敷の応接室。

「何故だ! 何故これ以上金は出せんなどと!」

 叫んだのは、眼鏡をかけた痩せぎすの男。
 頭の後ろで軽く縛った茶色の長髪が尻尾のようで印象的だが、身に纏う緑と白を基調としたカッチリとした服は研究を主とする魔法士の証でもあった。
 所謂「理論魔法士」と呼ばれる者だが、胸元にかかった金のペンダントはその養成機関である魔法学校を優秀な成績で卒業した証でもある。

「何故だと……?」

 対する伯爵は、頭がツルリと輝く中肉中背。
 これといって特徴はないのだが、逆にそれが特徴とも言えるだろうか。
 中央貴族と呼ばれる城勤めの貴族でもあり、王都の祭祀関連を取り扱う儀典局の所属でもある。

 そんな伯爵は机を叩くと、理論魔法士の男を睨みつける。

「貴様を雇って三年! どれだけ成果を出したか言ってみろ!」
「出しただろう! 衛兵の為の夜道で光る布地を生み出したのは誰だと思っている!」
「ああ、そうだな! アレはアレで使い道がないではないが、肝心の衛兵には不審者から丸見えだと大不評だったわ!」

 そう、理論魔法士の男が生み出した夜道で光る布。
 暗い場所で光の魔法が無い時にも役立つようにとの発明だったが、一度魔力を流すと光りっぱなしなので衛兵が何処にいるか不審者に丸分かりで巡回ルートを計算されてしまうと不評だったのだ。

 ……まあ、夜道を歩く一般市民や暗い所で働く作業員用として再利用も考えられたのだが「高い」という最重要な欠点があり王城の一部で使用されるに留まっている。

「それだけじゃない! スターライトジュエルだって僕の発明だろう!」
「……確かにな。あれは王妃様や姫様達にも好評であった。噂では、勇者の一人もアレに興味津々であったと聞く」

 スターライトジュエル。要は魔力を籠めると美しく輝く宝石である。
 独自のカットと魔法式により、宝石が「より美しく」なるようにした傑作……なのだが。
 その方式も今では広く知れ渡り、もっと美しく輝くものも出てきている。

「しかし、だ。私が貴様に依頼したのは……本当にソレだったか?」
「というと……ああ、毛生え薬か!」

 理論魔法士の男がようやく思い出したというように声をあげると、伯爵の頭に青筋が浮かぶ。

「……そうだ。出来ると豪語した貴様を支援して、もう三年だ。その間に出来たものは光るものばかり。おかげで私が何と言われてると思う?」
「さあ? 興味がない」

 本当に興味がないといった様子で肩をすくめる理論魔法士の男に、伯爵は憤怒の表情で叫ぶ。

「煌き公だぞ、煌き公! ついにあいつはハゲ頭を光らせる方向で流行を作るらしいとか言われてるんだ! アーガイル侯爵に「ちょっとそれはどうかと思う」と真剣な顔で忠告された時は死にたくなったわ!」
「ハハハ、面白いじゃないか! そういう方向でカツラを作るのはどうだ? 輝く金髪のカツラ! これはムーブメントの予感がしないか!?」
「考えておこうじゃないか。それで? 毛生え薬のほうはどうなんだ?」

 今にも爆発しそうな伯爵に、理論魔法士の男は「ふむ」と頷いてみせる。

「実はな、毛を伸ばす魔法薬なら出来ているんだ」
「おお、それで!?」

 身を乗り出す伯爵に、理論魔法士の男は肩をすくめる。

「しかしだ。エリクサーの域まで効果を高めたところで、かのヴァルヘイムの如く不毛な伯爵の頭には効果がないということが分かった。となると、これはいよいよ毛らしきものを伯爵の頭に生成するしかないという結論に至ったのだが」
「ハハハ、そうかそうか」
「うむ、うむ。僕のおススメとしてはだな、黒毛狼の毛なんか良い感じだと思うんだが」
「出ていけ」
「ん?」
「衛兵、この馬鹿を表に放り出せ!」
「んなっ! 取り消せ! 僕は馬鹿じゃ、こら! 離せ!」

 抵抗する理論魔法士の男は、しかし抵抗空しく伯爵の屋敷の外へと放り投げられる。

「くそっ、この不毛公め! 永遠に頭を煌かせてろ!」
「いいからさっさと行け! 不敬罪でしょっ引かれたいか!」

 衛兵に槍で脅され這う這うの体で逃げていくと、軽く一杯引っかけてから自分の家へと帰り着く。
 ……が、そこにはすでに何人かの兵士らしき者達と彼等を指示する役人らしき男が居た。
 彼等は理論魔法士の男の家から物を片っ端から運び出しており、驚きに理論魔法士の男は口を開ける。

「な、何をしてる!?」
「アレルド伯爵からの訴えだ。口先ばっかりで上手く金を騙し取った理論魔法士がいる、とな。よって家財を差し押さえる。これはすでに裁判局の決定によるもので変更はない」
「ば、バカな! 裁判局による審理はそんなすぐに終わるものではないはずだ!」
「変更はない。この家もすでに裁判局の管理下にある。妨害の罪で捕まりたくなかったら、余所に行くんだな」
「ぐ、う……!」

 これは本当に捕まる。
 そう感じた理論魔法士の男は、その場を走り去る。
 拙い。これはいよいよ拙い。
 伯爵の頭に毛生え薬が効果が無いという事を証明してしまったばかりに、とんだ危機だ。
 もはや王都にも居られまい。
 しかしどうしたものか。

「オグマ! オーグマアアアアアアア!」

 冒険者ギルドへと駆け込んだ理論魔法士の男は、そこに居た大男にゴツンと頭を殴られる。

「人の名前を叫ぶんじゃねえよ、ったく……どうしたってんだ」
「おお、オグマ! 今すぐ僕を連れて、かの男の頭の輝きが届かぬ場所まで連れて行ってくれ!」

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