捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~
エルフの国にて2
そう、歪めた。
いつも雄太に見せる「セージュ」とは全く別の……凶悪な笑みの形に。
欠け月のようなその笑みにアリアスの肘掛けを握る手に力がこもり、シルフィドがアリアスを庇うように前に立つ。
「……そう、ですか。あんなものを送り込んだのは貴方でしたか。もし貴方でなかったら、それこそ虱潰しにしていくしかないと思ったのですが……最初に出会えてよかった」
「世界樹の精霊よ、貴女は何をしにきたのですか……!」
「黙りなさい、シルフィド」
シルフィドの言葉を、セージュは煩そうに切って捨てる。
「私は怒っています。この町にいるエルフくらいなら皆殺しにしてもいいかな、と思う程度には。ですから、何か言うなら言葉を選びなさい?」
「く、狂いましたか! 確かにアリアスのやった事は正しいとは言えません! しかし長い目で見れば……!」
「どうでもいいんですよ、そういうのは」
大きな溜息が、シルフィドを遮る。
呆れたような、疲れたような、本当に心の底からどうでもいいような。
まるで興味のない話を長々と聞かされた後のような表情で、セージュは髪をかき上げる。
「何が正しいとか正しくないとか。未来がどうとか正義がどうとか。どうでもいいんです。いくらでも勝手にやればいい」
「で、では貴女は何が不満だと仰るのですか! まさかあの混ざり者と鎧を送り込んだこと自体が不満であったと!? しかしアレは他には影響を及ぼさぬように細心の注意を払って……!」
「そうですか」
そんなものは、どうでもいい。
セージュが怒っているのは、あんなものを雄太の目に届く場所に連れてきたからだ。
一度絆を結べば、ユータはコロナの事を気にするようになるだろう。
帰ってこなければ、気にして探しに行くとか言い出すかもしれない。
ひょっとすると、呪いの事を知るかもしれない。
そうなると、悲しむかもしれない。
鎧はバーンシェルが壊したが、もしバーンシェルが鎧に興味を持たなければ「そう」なっていたかもしれない。
ユータは優しいから、きっと悲しんだだろう。
何か止める手段は無かったかと苦しんだだろう。
そんなものを、ユータに味わわせかけた。
それが許せない。どうしようもなく許せないのだ。
「確かにアレも貴女を崇めるエルフの一人ではありました。しかしそれ以前に魔族との混ざり者なのです! それを許容するわけにはいかないのです……!」
「そうですか」
邪神達はコロナの事も多少気にかけているようだが、セージュはそちらはどうでもいい。
セージュには、ユータしか見えていない。
ユータが気にするのであれば相応に気にかけるが、その程度でしかない。
だから、そんな事情はどうでもいい。
どうでもいいが……まあ、ユータの友人として多少認めていないわけでもない。
だから少しだけ、コロナの為というのも含まれているだろうか?
「言いたい事を言ったなら、もう満足しましたね?」
「……! させません……!」
セージュを弾き飛ばすべくシルフィドが暴風を巻き起こすが、セージュの髪を少し揺らしただけに終わる。
「……それで?」
「くっ……! アリアス、城を多少吹き飛ばしますが構いませんね!?」
「あ、いや……くう、構わん! やれシルフィド!」
先程よりも遥かに強い風が……いや、もはや風とも呼べない爆発が玉座の間を……吹き飛ばさない。
発動の直後に風は微風へと変わり、セージュは何の障害もなく歩いてくる。
「シルフィド……!?」
「そんな……私の風が……掻き消された!?」
有り得ない。青ざめるシルフィドに、セージュはつまらなそうに答える。
「私の前でそんなものを振るえるわけがないでしょう? 内なる魔力を変換し振るう人間の魔法や、そもそも理の異なる神の権能ならともかく……世界に満ちる魔力を私相手に振るえると、本気で考えていたんですか?」
「そんな……しかし、風は私の領分のはず……!」
「そうですね、シルフィド。世界に満ちる風は貴方の分身であるにも等しいでしょう。およそ風を操る事にかけて、貴女は風の神にも負けはしない」
けれど、とセージュは言う。
「魔力は私の分身に等しい。世界に満ちる魔力を浄化し循環させる世界樹を宿とする私相手に風を振るうというのであれば、己の内で風の魔力を循環させなさい。風を権能として私にぶつければいい。魔力を己のものと変えて戦えばいい」
出来るはずがない。
精霊とは、自然とその魔力と共にあるから精霊なのだ。
身体を持つ生物や神々とは、根本的に異なるのだ。
魔力を己の内で変換させるなど、出来るはずがない。
「出来ないというのなら。貴女はここまでです」
「きゃ、きゃああああああああ!?」
セージュの放った純粋な魔力の塊がシルフィドを粉砕し霧散させる。
勿論、精霊は本当の意味では死なない。
シルフィドが消えても、すぐに別の高位精霊がシルフィドの位階まで昇り役目を果たすだけだ。
「シ、シルフィド!? そんな、シルフィド……!」
「さて」
動揺したように立ち上がりかけたアリアスの顔面を掴み、セージュは無表情で見下ろす。
「ば、化物め……!」
「エルフが私を化物呼ばわりしますか」
「何が正しいかも分からぬ仲間殺しの高位精霊など、化物同然だ!」
「そうですか」
セージュは哂うと、アリアスの中に魔力を流し始める。
「なら、そんな嫌いな私が見えないようにしてあげましょう」
「なっ……」
何をされようとしているのか、その一言でアリアスは気付く。
気づき暴れるが……セージュに完全に抑え込まれ、動けない。
「衛兵! 誰か! 誰か来い! 早く! そうだ、精霊様! こいつを……! 誰でもいいから……!」
「残念ですが、この部屋の風は声を響かせない。故に、貴方の声は何処にも届かない」
この部屋に残った風の精霊は、皆脅えている。
誰もセージュに逆らおうなどとは思わない。
世界の何処かに新しいシルフィドが生まれた事も分かっている。
この場をやり過ごしセージュの怒りが静まれば、それで精霊達にとっては何も問題ない。
アリアスの事など、どうでもいいのだ。
「さあ、無くしなさい。忘れてしまいなさい。今後は普通のホワイトエルフとして生きればいい」
「やめろ……やめろおおおおおおおお!」
叫ぶ声は、何処にも届かない。
そして、アリアスからは全てが奪われた。
精霊の姿は見えない。
精霊の声は聞こえない。
エルフの王たる資質の、その全てを喪失した。
所詮は雄太の真なる資質と違い、多少魔力事情が異なれば狂ってしまう程度の不完全なものでしかない。
だからこんなに差異が出る。だから触れ得る者が出てこない。
だから後天的に見えるようになった者、などという者が出てくる。
そして、アリアスにはもう見えない。もう聞こえない。
ついでに、少々記憶も壊しておいた。まあ、これから生きる分には問題ないだろう。
「さようなら、エルフの王。私の優しさに感謝しなさい?」
そう言い残して、セージュは悠々とその場から去っていく。
もうその頭の中からはシルフィドの事もアリアスの事も消え去り、雄太の事しかない。
……そして、その後。
人間の国々に、アリアスが健康上の理由から退位したという知らせが流れた。
エルフの間では、アリアスが風の大精霊シルフィドに見捨てられ能力を無くしたという話が流れた。
けれど。そうした人の営みから遠く離れた雄太の耳にはそんな話が届くことはない。
届いたところで「ふーん」の一言で終わってしまうような。
その程度の、話である。
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