捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~

天野ハザマ

初めての共同作業(間違ってはいない)

 コロナとバーンシェルの家。
 その建築の為の石を雄太が積んでいくのを見ながら、コロナはぐったりと座り込んでいた。
 食事休憩以外は休まず動く、信じられない程の連続作業。
 朝、昼、そして夜に差し掛かり始めた辺りで、体力自慢のコロナも流石に動けなくなってきていた。
 だというのに、雄太はまだ元気に石を積んでいる。

「い、一体どういう体力をしているのだ……」
「あー……大分鍛えられてきたってこと……なのかな?」

 雄太の背中に括りつけてある筋トレマニアのシャベルは使用者に体力の限界まで動けるという効果を与え、また使用者にその事実を使用中は認識させないという社畜養成シャベルである。
 しかしながら、無理なく……あくまで本人の精神衛生上は無理なく毎日限界まで身体を苛め抜き、フェルフェトゥの聖水にベルフラットの作物といった内面からの魔力的改造まで受け続けている雄太の肉体は、すでに地球に居た頃と比べれば別物どころか別生物の域にまで達しつつある。

「休んでていいぞ? これって俺の仕事でもあるしなあ」
「……そういうわけにはいかん。自分の家に自分が関わらず安穏としていて、村の一員を名乗れるか。私はまだまだやれるぞ」
「あー、まあ……そう言われると俺も止めるわけにはいかなくなるんだよなあ」

 雄太にもコロナの気持ちは充分すぎる程に理解できる。
 バーンシェルの元で鍛冶師見習いとしてやっていく事が決定しているコロナではあるが、こうして今は雄太と家造りに取り組んでいる。
 それは、この村という共同体の一員である為に必要なコロナの誓いであり……あるいは、一緒に住む事になるバーンシェルに捧げる為の儀式であるのかもしれない。

「それに……いつまでもユータ殿の家に居てはお邪魔だろうしな」

 壁の石を積むコロナに、雄太はげんなりとした表情になる。

「え……その誤解、まだ続いてんのか?」
「ユータ殿はそう言うがな。思うところはあるのだろう?」
「んー……」

 コロナの言葉に、雄太は難しい顔になる。
 コロナが言っているのは、ひょっとしなくてもフェルフェトゥとベルフラットのことだ。
 一緒の部屋で寝ている二人に何も思わないかと言われれば「そんなことはない」というのが答えになる。
 なる、のだが。だから手を出すかといえば話は別だ。
 アラサーにもなると私生活でも自然とリスクについて考えるようになるし、男女関係には特に慎重になる。
 色んなものに脅えて生きるサラリーマン生活の経験は伊達ではない。

「なんだろうなあ。今の関係で結構満足してるんだよ。コロナの言う通り思う所が無いわけじゃないけど……自分の生きる基盤も固まらないうちに先に進むのは違う気もするし……怖くもあるかな」
「怖い? それは万が一断られたら……というやつか?」
「それもあるけど、一番怖いのは俺自身の変化かな」

 首を傾げるコロナに、雄太は石を積みながら「んー……」と言葉を探す。

「俺さ、基本的におっさんなんだよ。隙あらば守りに入ろうとするんだ」
「ふむ?」
「だから、なんつーかさあ……そういう関係に進んだ相手が出来た時に、挑戦する心意気が持てるかどうか自信が無いんだよ。色々言い訳して「このくらいでいいじゃないか」ってなりそうな気がする」

 失うものが無ければ、人間は大抵の事に挑める。
 失うものがあっても、そこから後ろが無ければ挑む事は出来るだろう。
 だが、失うものがあって、そこそこ幸せであるならば。
 その先に進める人間は、そう多くはない。

「今が一番幸せだ、って答えをどっかに求めてるんだよ。そこから先に進まなくていい言い訳を、いつでも探してる。でも、俺はまだ止まりたくない」

 嫌いでないなら、好きでいたいなら。それを逃げる為の理由にはしたくない。
 想いが叶う事がゴールであるなんて言いたくはない。

「……なるほど」

 納得したような表情で石を積むコロナをそのままに雄太は新しい石を積むべく石置き場へと向かうが……。

「で、具体的にどちらを好いているのだ?」

 より具体的な内容に進んだ質問に、思わずつんのめる雄太。
 慌てて踏み止まると、何食わぬ顔で石を積んでいるコロナへと向き直る。

「そ、そういう話はしてないだろ!?」
「そういう話しかしていないと思うが……」

 確かにそうかもしれないが、甘酸っぱい恋話を聞くと浄化されそうになるおっさんハートをコロナは理解してくれそうにない。
 こういう場合の返し手としては「お前はどうなんだ」が有名だが、人間関係でゴタついたコロナ相手にそれをやるのは外道でしかない。
 つまり、この場合は雄太が一方的に搾取されるしかないのだ。

「あー……保留で」
「保留……?」
「だからさ。考えはするけど具体的なとこまで考えたことはないんだよ。それに……」
「それに?」

 そう、それに。
 ベルフラットやセージュは好意を分かりやすく向けてくれてはいる。
 けれど、それは雄太の考える「好意」と同じであるかは分からない。
 フェルフェトゥもそうだ。
 自分を拾ってくれた時から、一定の好意は感じている。
 けれど、それは神が人に向けるアガペーに近いものなのか、それとも人間でいうライクやラブに近いものなのか……それとも、単純にビジネスライクなものであるのかも判別がつかない。
 そして、何よりも。

「神様と人間って……成立、するのか?」
「するぞ」
「えっ」
「伝説の時代だがな。そういう話はたくさん残っている」

 そもそも、これほどまでに人と神の距離感が近い場所などコロナは知らない。
 人に崇められない邪神といえど、その姿を現す事は稀なのだ。
 だからこそ、この場所は奇跡に近い……それこそ、伝説の時代の再現と言える程に。

「……そっか」

 頭を掻く雄太を見て、コロナは申し訳なさそうな顔になる。

「いや、すまない……無粋だったな。人様の事情に首を突っ込むものではない。分かっていたはずなんだが」
「別に気にする事じゃないさ。これが他の奴の話だったら、俺だって嬉々として参加するし」

 それに、いつか……今ではないがいつか、答えを見つけなければいけない話ではある。

「ま、なんだ。俺の恋愛経験値は子供の頃で止まってんだよ。無理矢理にでも動かして成長させなきゃいけないのも分かってるさ」
「そうか」
「ああ。それによっちゃ意外とコロナに告白する……なんて展開になったりな」
「フフッ、ユータ殿と私か? 面白い冗談だ」
「ハハッ。さ、続けようぜ。そろそろ夕飯も出来るっぽいし今日のラストスパートだ」

 そう言って作業を再開しながら、雄太はふと思う。
 あれ? 今俺サラッと振られてなかったか、と。
 気のせいだろうと、思考の外に追いやったが……聞き直す度胸もないので、真実は不明である。

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