捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~

天野ハザマ

初めての訪問者13

 呪われた鎧、リビングアーマー、魔族との混血。
 今までの全てがひっくり返るかのような何かが目の前で展開され、コロナは思わず眩暈を感じる。

 訳が分からない。
 何が、何故。
 グルグルと回る疑問は「全てが何かの間違い……いや、誰かの仕掛けた罠なのではないか」という思考にコロナを導きそうになる。
 
 だが、有り得ない。あんな濃厚な呪い、ほんの少しの時間で仕込めるようなものではない。
 長い時間をかけて仕込み、守護魔法をかけたミスリルで覆う。
 そういう手順を踏まなければ、あんなものは出来ない。
 だからこそ、理解できてしまう。
 あの鎧は本気でコロナを呪う為に用意されたのだということに。

「私の両親はホワイトエルフだ……魔族の親など……」
「聞いた感じ、たぶん父親が魔族だったんだろうなあ。お前がそういう事言ってるってこたあ、なんかゴタゴタした事情はありそうだが」

 シェルの……バーンシェルの知る限りでは、魔族……エルフと子を成せるであろう魔人は、邪神に負けず劣らず自由主義者が多い。
 そんな魔人の中に、エルフと愛を育んだ者が居たとしても別におかしくはない。
 無論、愛だとかそういうのとは無縁であった可能性もあるが……その辺りの事情はバーンシェルにはどうでもいい。
 どっちにしろ、その父親はコロナに存在すら知られていないのだから。

「あー……つか、お前の剣も焼いちまったな。ま、いいか。どうせ呪い塗れになってただろうしよ」
「……」

 放心したように座り込んだコロナに、バーンシェルは「ま、元気出せよ」と気楽に肩を叩く。

「……どう元気を出せというのだ」
「世界を見回しゃ、お前より不幸でも元気に生きてる奴はいるぞ。そいつ等よりゃ、お前はまだ幸運だろ」
「そんな慰め方があるか……!」
「つってもなあ。お前は五体満足だし。なんなら、あの鎧作った連中に復讐でもしてみるか? そういう展開は嫌いじゃないぜ?」

 楽しそうに笑うバーンシェルに呆れたような目を向け……何もかもが馬鹿らしくなってコロナは大きく息を吐く。

「そんな事が出来るわけがないだろう。真意を問いたいところではあるが……悪手だろうな」
「まあな、だが気にすんなよ。えーと……」

 バーンシェルはリビングアーマーの溶けた辺りに蹲り掘り返すと、何かを掴み取る。

「お、あったあった」

 言いながらバーンシェルの掴み上げた手のひらサイズの黒い球を見て、コロナは「うっ」と声をあげて後退る。

「な、なんだその禍々しい珠は……いや、その気配……! 先程のリビングアーマーの!」
「おう。アタシの炎で呪いだけ集めて成型した。こういうのは得意なんだよ」
「そんなものをどうしようと……!」
「どうしたい?」

 バーンシェルの問いに、コロナは疑問符を浮かべる。
 だが……バーンシェルから……シェルという名の人間だと理解している少女から湧き出る気配に、思わず息を呑む。
 何か、抗いがたいような……とても神聖なような……そんな何かを感じたのだ。

「お前はどうしたいんだ、コロナ。これは大事な問いだ……義務感とか立場による反射とかじゃなくて、お前自身の魂で答えを導け」
「なに、を」
「たとえば、だ。こいつをエルフの国の何処かに埋め込めば、込められた呪いが大地に染み込む。傍目には悪夢じみた奇病が流行るように見えるだろうな。こいつをお前が持って念じれば、呪いを込めた奴に「返す」ことだって出来る。お前にあの鎧を寄越した奴に投げつければ、お前が「なる」はずだった結末にしてやることも出来る」 

 そう、バーンシェルの権能によって成型された呪いの珠ならば「そうする」事が出来る。
 呪いの詰め込まれたリビングアーマーから呪いだけを抜き出した、有り得ざる物質。
 神の手によって作られた、呪い返しの道具。
 それを見つめ……コロナは「要らない」と小さく、しかしはっきりと答える。

「そんなものは要らない。そして、そんなものは何処に在るべきでもない」
「正義感か?」

 つまらなそうに聞くバーンシェルに、コロナはゆっくりと立ち上がりながら答える。

「呪いに呪いを返せば、私も同じになる。そんなくだらないものになる気はない」
「赦す事が正解とは限らねえぜ? 良心の呵責なんてものは幻だ。罪を贖うのは、同じ重さの罰だけだ」
「許すつもりなどない。あの鎧が私を殺す為の呪いの鎧であったことは充分に理解した。ならば、私が生き続ける事が何よりの復讐となろう」
「ほー?」

 言いながら、バーンシェルは手の中の呪いの珠を焼く。
 神の力で浄化された呪いは何処にも還る事無く消え去り、何も残りはしない。

「国にでも帰る気か?」
「……いや、帰れば私は何らかの罪に問われよう。王より賜った鎧を無くしたのだからな」
「なら、あてもなく彷徨うか」
「それしかあるまいな。なに、名を変え冒険者として生きるという方法もある」

 自嘲するように言うコロナに、バーンシェルは「ふーん?」と呟いて。

「鋼の自制心ってやつか。よくそれだけ自分を殺せるもんだ」

 どれだけ綺麗事を言おうと、諦めた風を装おうと……見えるのだ。
 バーンシェルには。忘れ得ぬ炎のバーンシェルには。
 コロナの内側で燃え盛る炎が、見えている。

「だがまあ……嫌いじゃないぜ。そういう風に生きるのも人間だ。アタシは、お前を肯定しよう」

 その上で提案がある、と。
 バーンシェルは、コロナにそう告げた。

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