捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~

天野ハザマ

初めての来訪者8

 そうして雄太に連れられやってきた暫定牧場で、コロナは目を丸くする。
 そこに居たのは二羽の魔獣のニワトリと、数匹の……やはり魔獣のヒヨコ達であったからだ。

「こ、これは……魔獣を飼いならしている、のか?」
「飼いならしているっていうか……ジョニーとキャシーの場合は俺が契約してるっぽいけど」
「コケッ」
「コケケッ」

 両側からニワトリに突かれる雄太を見て、コロナは「ううむ……」と唸る。
 
「なるほど、親の魔獣との契約によって子の魔獣を制御する、か。可能性が論議されたことはあったが……」

 しかし子持ちの魔獣は通常よりも気が荒く、契約に応じない。
 故に不可能と言われていたのだが、ここに実例が出来てしまっている。
 しかも、この大きさだと騎獣にもなる。ワイバーンと契約し竜騎士になった例などはあるが、基本的に魔獣との契約は相性……あるいは力尽くだ。
 前者では中々契約できず、後者では自分より劣る魔獣しか契約できない。
 故に、「使える」魔獣遣いの数は自ずと限られるわけだが、このニワトリであれば移動手段としても充分に役に立つ。このヴァルヘイムでは強い武器と成り得るだろう。

「……ユータ殿は魔獣遣いの才能があるな」
「そうなのかな……え? 精霊術士? いや、そんな事言われても……」

 突然そんな事を言い出した雄太の視線の先に精霊の気配があるのを感じて、コロナは「あー……」と遠慮がちに声をかける。

「そこにいらっしゃるのは、セージュ様……か? それとも別の精霊様か?」
「へ? あー……見えてないんだな」
「ああ。なんとなくお出でになっていらっしゃるのは分かるのだが……」

 コロナがそう言うと、セージュがコロナの目にも見える形で現れる。

「ずーっと居るですよ?」
「そ、そうでしたか……未熟で申し訳ありません」
「全くなのです。そもそも私が契約して祝福してるユータは、どう考えても精霊術士になるべきなのです。あんな邪もがっ」
「じゃ?」
「ははは、セージュ。ジョニー達を邪魔って言ったらダメだろ」
「もがー!」

 慌ててセージュの口を塞いだ雄太だが、それを見ていたコロナは首を傾げ……やがて、真顔になっていく。

「ん……んん!? 待て、待て待て! ユータ殿、何故貴殿はセージュ様に……精霊に触れられるのだ!?」
「あっ」
「もがー……」

 呆れたように肩をすくめるセージュに「お前に言われたくないぞ」と返しながら、雄太は視線を泳がせる。

「えーと……まあ、その。触れるんだよ、セージュに……」
「それ、は……もしかして『精霊郷の住人』ということなのか……?」
「へ? いや、そんな所に住んでた覚えはないけど」

 神殺しだとか、その手の物騒な異名はフェルフェトゥから聞いてはいるが、精霊郷がどうのというのは聞いたことが無い。
 雄太が答えを求めるようにセージュを見ると、セージュは首を横に振る。

「そんな場所、私は知らないですよ?」
「あ、いえ。失礼いたしましたセージュ様。精霊郷の住人というのはエルフに伝わる話でして、精霊様の姿を見る事が出来る者がいるのであれば、あるいは触れ得る者もいるのではないかという仮説に基づいた……伝説、のようなものなのです」
「ユータ、この村の名前。精霊郷にするです?」
「それはちょっと……」

「なんでですか!」と雄太の髪を引っ張るセージュをそのまま放置して、雄太は頬を掻く。
 魔獣遣い、精霊郷の住人。
 なんだか色々と言われてしまう日だが、悪い気はしないので少し照れてしまう。

「まあ、その辺はさておいて。このニワトリ達に協力して貰えれば村の防備もなんとかなるかな……ってさ」
「ふむ」

 なんとか無理矢理気を取り直したコロナは、ジョニーやキャシーと呼ばれたニワトリ……そしてヒヨコ達をゆっくりと見回す。
 ニワトリから感じる魔力は強く、実力も当然それに比例しているだろう。
 多少のモンスター程度であれば一突きで殺せそうな気すらしてくる。

「……強力な魔獣のようだ。ユータ殿はこれ程の魔獣を一体何処で……?」
「世界樹の森で偶然」
「なるほど、世界樹の守護者達か……」

 思わず頭痛がしそうになるのを、コロナはなんとか抑え込む。
 規格外だ。あまりにも規格外が過ぎる。
 よりにもよって、過去にエルフ達が契約を諦めた最強の魔獣達の一角だ。
 伝説が本当であれば、比較的弱いと思われる個体でもホワイトエルフの攻撃魔法を正面から受け止めてブラックエルフの渾身の突撃を弾き飛ばすという。
 そんなものと契約しているのであれば「なんとかなる」というレベルではない。

「……そうだな。なんとかなるだろう。むしろ手加減が必要になってくると思うが……」
「そうなのか?」
「コケ?」

 首を傾げ合っている雄太とニワトリを見て、コロナは乾いた笑いを漏らす。
 まるで雄太は才能の塊だ、とコロナは思う。
 この場所で生きていく為の努力が出来て、加護を手に入れる程に何らかの神々に気に入られてもいる。
 それも含め才能だろうと思うが、そういう言葉で片づけてはいけないのかもしれないとも思う。

「……ユータ殿は、このヴァルヘイムでの生活に向いているのかもしれないな」
「そう、かな」
「ああ。私はそう思う。頼りになる仲間に恵まれているのもまた、その一つと言えるだろう」

 そう言われて、雄太は納得したように笑顔を見せる。

「ああ、ああ! なるほど! それなら確かに! 俺は凄い仲間に恵まれてる。それは間違いないよ」
「……だろうな」

 自分よりも仲間が褒められる事が嬉しいのだろうか。
 今までで一番良い反応を見せる雄太に、コロナは小さく笑みを向ける。
 随分と苦労したようでもあるが……恐らくはこの地で癒されたのだろう。
 人の心すら乾く、このヴァルヘイムで……だ。

「少し、羨ましいな」

 そう呟くと、コロナは肩から力を抜く。
 もし、こんな場所で暮らせたら。そんな事を考えてしまう程には、雄太が幸せに見えた。
 しかしそれは、雄太の努力の上に成り立っているものであることは理解できている。
 そしてこの辺境の地で暮らすには、コロナには抱えている責務が多すぎる。
 それは決して、簡単に捨てていいようなものではなかった。
 だからそれは、単なるIF……もしも、の想像だ。
 けれど、それは……たぶん、幸せな想像だった。

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