捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~
初めての来訪者5
神の世界を切り取る。実に面白い表現だとバーンシェルは思う。
けれど、実にくだらない表現だとバーンシェルは思う。
「此処は単純に人の世界だよ。それ以外には有り得ねえ」
「しかし……こんな精霊と神の力に溢れた場所など……」
「それ含めて人の世界だ。それとも、文明人を気取ると神との付き合い方を忘れるようになったか?」
「……どういう意味だ」
馬鹿にされている、と気付いてコロナはバーンシェルを睨みつける。
助けられた身で騒ぎを起こすつもりはないし、エルフは神よりは精霊信仰を主とする種族だ。
故に単純に真意を問うような……その程度ではあったがバーンシェルはそれを正面から嘲笑う。
明確な侮蔑を込めて、コロナを嘲笑う。
「そのままの意味だよ、エルフ。そこで「どういう意味」と聞き返してくる事が、何よりの答えだ」
「……私が突然の闖入者である事は理解している。この村の住人に好意に甘える身である事も理解しているし、気付かぬ不作法があったのであれば謝罪する」
「へえ?」
「その上で、伺いたい。貴殿は、私の何処が気に入らないのだ。直すよう努力する故、聞かせて頂きたい」
最大限の誠意を込めたコロナの言葉に、バーンシェルは鼻を鳴らす。
「強いて言えばエルフが気に入らねえ。ホワイトエルフの身でこんな所まで来るお前は多少は違うかと思ったが、中身は他の連中と同じだ。この見下し屋め、多少長く生きたら神羅万象の全てを悟ったとでも宣うつもりか?」
真正面から喧嘩を売るバーンシェルの返しに、コロナは思わず湯船から立ち上がる。
「な……っ! 侮辱にも程があるぞ! 大体、エルフ自体が気に入らないなどと……それでは単なる差別ではないか!」
「ボケが。世界樹の森に住む努力をただの一度もしなかった時点で、あたしのエルフへの評価は地に落ちてんだ。調停者気取りで停滞し続けて何万年たつ? いつになったら前に踏み出すんだ」
全く調子を崩さないバーンシェルの前へとコロナは立つ。
この小さい少女はエルフ全体を馬鹿にしていると、そう感じたのだ。
「そもそも見下し屋と言うが、貴殿のその物言いもまた見下す事ではないのか?」
「おう、見下してるぜ。あたしは立ち止まる事を良しとは思わねえ。お前等エルフは停滞する事を良しとし善であるとしている。その癖して、内部はドロドロで……まるで自分の尾を食う蛇だな。成長もしねえくせに、消えてなくなるつもりか?」
「……それ以上言うようであれば」
「はい、そこまでよ」
二人の頭に桶が命中し、短い悲鳴を二人はあげる。
その投げられた先を見れば、そこにはフェルフェトゥの姿がある。
「此処で決闘騒ぎなんて許さないわよ、コロナ。裸で放り出されたいのかしら?」
「……む、いや。すまない」
「貴方もよ。エルフが嫌いなのは知ってるけど、最初に言おうとした事からどんどんズレてるのに気づいてるわよね?」
「……まあな」
申し訳なさそうにするコロナとバーンシェルだったが……そのまま出て行こうとするフェルフェトゥの背中に、コロナは意を決して声をかける。
「ま、待っていただきたい。こちらの……えーと」
「シェルと呼んであげて」
「あ、はい。シェル殿の……シェル殿が最初に言おうとした事、とは?」
また喧嘩になってしまいそうなバーンシェルと話すよりはいいと判断したのか、そう問いかけるコロナにフェルフェトゥは小さい笑みを浮かべる。
「簡単な話よ。貴女は自分の基準を超えるものにしか目が向いていない。ただそれだけの話……言ってみれば、シェルは入れ込んでるのよ。本人が思ってるよりずっと……ね」
「それは、どういう……」
「神だの精霊だのという視点を除けって話ね。それらは私やシェルにとっては、「どうということはないもの」でしかないのよ」
その言葉に、コロナは困惑する。
神や精霊という視点を除く。そう言われても、この村は素晴らしい。
これ程神や精霊に愛された場所もなく、それは間違いなく誉め言葉であるはずだった。
一体何が間違っているというのか。
困惑するコロナに、フェルフェトゥは苦笑する。
「まあ、シェルの失言ではあるわよね。人間社会の一般常識に照らし合わせれば、貴方の言う通りなんだもの。間違いなく誉め言葉ではあるし、そこに貴女が何ら責任を感じるような言葉選びはないわ」
「で、では……?」
「ユータの努力に目がいかず、そこに付属したものだけを貴女は称賛している。それがシェルには気にいらないってだけ。エルフ云々ってのはシェルの個人的感情だから気にしなくていいわ。むしろ私が謝罪するわ、その子馬鹿なのよ。ごめんなさいね」
フェルフェトゥの言葉にバーンシェルは「おい……」と睨みつけるが、逆にフェルフェトゥに睨みつけられて視線を逸らす。
そして、コロナは……ようやくバーンシェルの言葉の意味を理解し始めていた。
「……なるほど、この村の建物はユータ殿が造っていて。その努力に目を向けない私が気にいらなかったというわけか」
「そういうことね。何か貴女が間違えたとするなら「ユータ殿の頑張りがこの状態を生み出したのだな」と言わなかったってくらいかしら。でもそんなもの、思うも思わないも個人の自由よ。評価されない努力なんてものは、いくらでもあるのだから」
実際、雄太のやっていることは素人作業に過ぎない。
努力と研鑽を重ねて腕が上がってはいるが、プロからしてみれば「ド素人の仕事」でしかないのだ。
プロの結果が基準となっている人間に「アマチュアの努力を評価しろ」と言ったところで鼻で笑われるだけだ。
より高い結果を求めるのは、人間の当然の心理であるからだ。それは絶対に覆ることはない。
「だから、貴女が何も反省する事はないの。何一つ間違ってはいないわ。だって、正しいもの」
「いや、しかし……」
「気を遣う必要もないわよ。心にもない言葉は上滑りするだけ。空しいわ?」
文明人の基準とはそういうものだ。
たとえばこの場に雄太の作った家と職人の作った立派な家があれば、誰だって職人の作った家を選ぶ。
雄太自身だって職人の作った家を選ぶだろう。
「……しかし、それでも。この場にこれ程の数の建物を作り上げたユータ殿の努力に目を向けなかったのは事実だ。それは私の誤りだろう」
「真面目なのね。もっと上手いやり方があったとか私の方が上手く作れるとか言ってもいいのよ?」
「いや、言わない。私には出来ない。それで完結してしまう」
断言するコロナに、フェルフェトゥは短く「そう」とだけ答える。
真面目で愚直な人間だ。エルフは神にあまり頼る事は無いが、彼女に加護を与えたいと考えるだろう善神もいくらか思いつく。
しかし邪神は捻くれている。だから、フェルフェトゥはコロナにあまり興味はない。
バーンシェルもまたそうであったから、「どうでもいいコロナ」という人間の……エルフの基準を重視しなかった。
ただそれだけの諍いなのだ。
「ま、あまり長湯しないようにね。のぼせるわよ」
「ああ、気遣い感謝する……む、シェル殿は?」
姿を消したバーンシェルを探してコロナは周囲を見回すが、神霊化したバーンシェルが脱衣場に向かっている姿が見えるはずもない。
「気にしないで。マイペースなのよ」
「そうか……」
そして、フェルフェトゥは今度こそ温泉から出ていく。
当然だが、その心中は……「ユータの為じゃなければ、こんなフォローしないわよ。めんどくさいわね」と。そんなところである。
けれど、実にくだらない表現だとバーンシェルは思う。
「此処は単純に人の世界だよ。それ以外には有り得ねえ」
「しかし……こんな精霊と神の力に溢れた場所など……」
「それ含めて人の世界だ。それとも、文明人を気取ると神との付き合い方を忘れるようになったか?」
「……どういう意味だ」
馬鹿にされている、と気付いてコロナはバーンシェルを睨みつける。
助けられた身で騒ぎを起こすつもりはないし、エルフは神よりは精霊信仰を主とする種族だ。
故に単純に真意を問うような……その程度ではあったがバーンシェルはそれを正面から嘲笑う。
明確な侮蔑を込めて、コロナを嘲笑う。
「そのままの意味だよ、エルフ。そこで「どういう意味」と聞き返してくる事が、何よりの答えだ」
「……私が突然の闖入者である事は理解している。この村の住人に好意に甘える身である事も理解しているし、気付かぬ不作法があったのであれば謝罪する」
「へえ?」
「その上で、伺いたい。貴殿は、私の何処が気に入らないのだ。直すよう努力する故、聞かせて頂きたい」
最大限の誠意を込めたコロナの言葉に、バーンシェルは鼻を鳴らす。
「強いて言えばエルフが気に入らねえ。ホワイトエルフの身でこんな所まで来るお前は多少は違うかと思ったが、中身は他の連中と同じだ。この見下し屋め、多少長く生きたら神羅万象の全てを悟ったとでも宣うつもりか?」
真正面から喧嘩を売るバーンシェルの返しに、コロナは思わず湯船から立ち上がる。
「な……っ! 侮辱にも程があるぞ! 大体、エルフ自体が気に入らないなどと……それでは単なる差別ではないか!」
「ボケが。世界樹の森に住む努力をただの一度もしなかった時点で、あたしのエルフへの評価は地に落ちてんだ。調停者気取りで停滞し続けて何万年たつ? いつになったら前に踏み出すんだ」
全く調子を崩さないバーンシェルの前へとコロナは立つ。
この小さい少女はエルフ全体を馬鹿にしていると、そう感じたのだ。
「そもそも見下し屋と言うが、貴殿のその物言いもまた見下す事ではないのか?」
「おう、見下してるぜ。あたしは立ち止まる事を良しとは思わねえ。お前等エルフは停滞する事を良しとし善であるとしている。その癖して、内部はドロドロで……まるで自分の尾を食う蛇だな。成長もしねえくせに、消えてなくなるつもりか?」
「……それ以上言うようであれば」
「はい、そこまでよ」
二人の頭に桶が命中し、短い悲鳴を二人はあげる。
その投げられた先を見れば、そこにはフェルフェトゥの姿がある。
「此処で決闘騒ぎなんて許さないわよ、コロナ。裸で放り出されたいのかしら?」
「……む、いや。すまない」
「貴方もよ。エルフが嫌いなのは知ってるけど、最初に言おうとした事からどんどんズレてるのに気づいてるわよね?」
「……まあな」
申し訳なさそうにするコロナとバーンシェルだったが……そのまま出て行こうとするフェルフェトゥの背中に、コロナは意を決して声をかける。
「ま、待っていただきたい。こちらの……えーと」
「シェルと呼んであげて」
「あ、はい。シェル殿の……シェル殿が最初に言おうとした事、とは?」
また喧嘩になってしまいそうなバーンシェルと話すよりはいいと判断したのか、そう問いかけるコロナにフェルフェトゥは小さい笑みを浮かべる。
「簡単な話よ。貴女は自分の基準を超えるものにしか目が向いていない。ただそれだけの話……言ってみれば、シェルは入れ込んでるのよ。本人が思ってるよりずっと……ね」
「それは、どういう……」
「神だの精霊だのという視点を除けって話ね。それらは私やシェルにとっては、「どうということはないもの」でしかないのよ」
その言葉に、コロナは困惑する。
神や精霊という視点を除く。そう言われても、この村は素晴らしい。
これ程神や精霊に愛された場所もなく、それは間違いなく誉め言葉であるはずだった。
一体何が間違っているというのか。
困惑するコロナに、フェルフェトゥは苦笑する。
「まあ、シェルの失言ではあるわよね。人間社会の一般常識に照らし合わせれば、貴方の言う通りなんだもの。間違いなく誉め言葉ではあるし、そこに貴女が何ら責任を感じるような言葉選びはないわ」
「で、では……?」
「ユータの努力に目がいかず、そこに付属したものだけを貴女は称賛している。それがシェルには気にいらないってだけ。エルフ云々ってのはシェルの個人的感情だから気にしなくていいわ。むしろ私が謝罪するわ、その子馬鹿なのよ。ごめんなさいね」
フェルフェトゥの言葉にバーンシェルは「おい……」と睨みつけるが、逆にフェルフェトゥに睨みつけられて視線を逸らす。
そして、コロナは……ようやくバーンシェルの言葉の意味を理解し始めていた。
「……なるほど、この村の建物はユータ殿が造っていて。その努力に目を向けない私が気にいらなかったというわけか」
「そういうことね。何か貴女が間違えたとするなら「ユータ殿の頑張りがこの状態を生み出したのだな」と言わなかったってくらいかしら。でもそんなもの、思うも思わないも個人の自由よ。評価されない努力なんてものは、いくらでもあるのだから」
実際、雄太のやっていることは素人作業に過ぎない。
努力と研鑽を重ねて腕が上がってはいるが、プロからしてみれば「ド素人の仕事」でしかないのだ。
プロの結果が基準となっている人間に「アマチュアの努力を評価しろ」と言ったところで鼻で笑われるだけだ。
より高い結果を求めるのは、人間の当然の心理であるからだ。それは絶対に覆ることはない。
「だから、貴女が何も反省する事はないの。何一つ間違ってはいないわ。だって、正しいもの」
「いや、しかし……」
「気を遣う必要もないわよ。心にもない言葉は上滑りするだけ。空しいわ?」
文明人の基準とはそういうものだ。
たとえばこの場に雄太の作った家と職人の作った立派な家があれば、誰だって職人の作った家を選ぶ。
雄太自身だって職人の作った家を選ぶだろう。
「……しかし、それでも。この場にこれ程の数の建物を作り上げたユータ殿の努力に目を向けなかったのは事実だ。それは私の誤りだろう」
「真面目なのね。もっと上手いやり方があったとか私の方が上手く作れるとか言ってもいいのよ?」
「いや、言わない。私には出来ない。それで完結してしまう」
断言するコロナに、フェルフェトゥは短く「そう」とだけ答える。
真面目で愚直な人間だ。エルフは神にあまり頼る事は無いが、彼女に加護を与えたいと考えるだろう善神もいくらか思いつく。
しかし邪神は捻くれている。だから、フェルフェトゥはコロナにあまり興味はない。
バーンシェルもまたそうであったから、「どうでもいいコロナ」という人間の……エルフの基準を重視しなかった。
ただそれだけの諍いなのだ。
「ま、あまり長湯しないようにね。のぼせるわよ」
「ああ、気遣い感謝する……む、シェル殿は?」
姿を消したバーンシェルを探してコロナは周囲を見回すが、神霊化したバーンシェルが脱衣場に向かっている姿が見えるはずもない。
「気にしないで。マイペースなのよ」
「そうか……」
そして、フェルフェトゥは今度こそ温泉から出ていく。
当然だが、その心中は……「ユータの為じゃなければ、こんなフォローしないわよ。めんどくさいわね」と。そんなところである。
コメント