捨てられおっさんと邪神様の異世界開拓生活~スローライフと村造り、時々ぎっくり腰~

天野ハザマ

屋根はどうする?

 作業というものは、慣れると速くなるものだ。特にそれは単純作業ほど顕著であり、夕方までには一通り壁用の石を積み終わってしまっていた。

「へえ、意外と形になるものね」
「だろー?」

 満足そうに笑う雄太に、フェルフェトゥも笑って。

「で、天井はどうするのかしら?」
「……それが問題なんだ」

 上がっていた雄太のテンションを、フェルフェトゥの一言が突き落とす。
 
 そう、確かに壁用の石は積んだ。
 やけに筋トレマニアのシャベルの切れ味が良いせいで、可能な限り高さを同じに揃えることも出来た。
 出来た、のだが。問題はフェルフェトゥの言う通り、天井なのだ。

 たとえば、小さな石を組み合わせて接合材でくっつけたとしよう。
 しかしそんなもの、強度はどのくらいなのか?
 何かの衝撃が加わった時に、すぐにバラバラになってしまわないだろうか?

 では、一つの巨大な石を持ってくるのはどうか。
 いやいや、それはそれで問題がある。
 運搬はフェルフェトゥに土下座して転送して貰うとしても、そんな大きさの石を載せて壁は耐えられるのかどうか。

「やっぱり、こう縦に長い石を幾つか持ってきて重ねるのがいいと思うんだけど……」

 問題は隙間だ。どんなに頑張っても、どんなに筋トレマニアのシャベルの切れ味が良くても正確に真っすぐ切れるわけではない。
 となると、隙間が出来てしまうのは避けられない。それは雨を防ぐ上では致命的だ。

「やってみればいいじゃないの。それから悩めば?」
「……まあ、なあ……」

 結局のところ、やってみなければどうにもならない。
 トライアンドエラーという言葉があるが、建築の知識が雄太にない以上は何だって手探りでやるしかない。
 幸いにも、石を切り出す道具はこの手にあるのだ。

「まあ、やってみるか。最悪、別の石と接合材で塞げばいいしな」
「その意気よ。ところで、それより私気になるところがあるのだけれども」
「ん?」

 フェルフェトゥは、地面に石を使って描かれていた設計図を見下ろす。

「トイレって、必要なのかしら?」
「え? 必要だろ? だって食うもの食ったらトイレ……に……」

 行くものだ、と言いかけて雄太はふと気付く。

「あれ? そういえば俺、トイレに行った記憶ないぞ……?」
「でしょうね」

 そう、異世界に来てから雄太はトイレに一度も行っていない。
 そもそもトイレはまだ無いが、とにかくそういう欲求自体がないのだ。

「え? なんで?」
「私の祝福のおかげに決まってるじゃない」
「……なんで?」
「要はそういうのって、身体から不要なものを輩出する儀式なのでしょう?」

 そうなのだろうか。雄太はそこまで人間の排泄事情に詳しくはない。
 だが、言われるとそんな気もする。

「私の祝福を受けている以上、そういうものとは無縁だわ。貴方の中で全ては消費、あるいは変換されて貴方の力になるわ。その片鱗は、もう出てるでしょう?」
「え……と。トイレに行かないところとか?」
「バカね。神器のことよ。扱いやすくなってるんじゃないの?」

 言われてみると、確かにそうかもしれないと雄太は思う。
 井戸を掘っていた時よりも石を切り出していた時の方がシャベルの切れ味が良い気がするし、長く動けるようになっている気もする。
 それはてっきり、雄太自身が強くなっているせいだと思っていたのだが……。

「勿論、ユータ自身も強くなってるわよ。貴方の中で無駄なものが無くなって、全てが巡るようになってきているのよ。それは貴方が私と似たような性質を持ち始めた証でもあるわ」
「フェルフェトゥと……」
「そうよ。貴方の身体は井戸の水、それを使った食事……温泉もね。色んなもので最適化を図り続けてもいるわ。貴方のぎっくり腰とかいうスキルをどうにか改善できないかという狙いもあるけど、まあ……そこは期待しないでちょうだい」

 さりげに悲しい事実を示された気もするが、シャベルが扱いやすくなった理由は理解できた。

「そっか……俺、強くなってきてるってことか」
「別にそんな事は言ってないけど、間違ってはいないわね」

 身体から無駄が無くなるというのと強くなるというのは、矛盾はしない。
 強くなる為に鍛えるのと比べれば効果は微々たるものだろうが、やがてを考えれば必要な手順でもあるからだ。

「なんかやる気出てきたぞ……!」
「そう? 男ってのはいつの時代も強さに拘るのねえ」
「そりゃ、弱いよりは強い方がいいだろ」
「そうかもしれないけど。アリの中で一番強くてもドラゴンには勝てないのよ?」

 ドラゴンに焼き殺されるアリを想像しながらも、雄太は「やっぱりドラゴンっているんだなあ」などと考えてしまう。

「それより、貴方のすべきことは?」
「む……そりゃ、屋根をどうにかすることだろ」
「そうね? じゃあ、行ってらっしゃい」

 山へと歩いていく雄太を見送って手を振ると、フェルフェトゥは雄太の造っている未完成の家を見上げる。
 素人工事としては……まあ、ド素人のお遊びもいいところだが、それなりの形になっている。
 雄太の言っていた屋根をこれにくっつければ、かろうじて家と呼べるものになるに違いない。
 
「拠点はこれで完成する。なら、いよいよ始まりといったところね……」

 そんなフェルフェトゥの呟きを聞く者はなく。
 翌朝には、またしても限界突破して倒れた雄太と引き換えに家らしきものは完成したのだった。

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