动荡泰朝道侠伝~魔法が迫害される中華風異世界に魔法使いとして転生しました

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

飛龍

 飛龍がくるりと上空を旋回する。そして大きく羽ばたいて舞い降りてきた。風が髪を揺らす。
 さっきの竜と胴体は同じくらいだけど、翼がある分すごく大きい。感じる威圧感も桁違いだ。長い首の先にはさっきの竜と同じようなワニのような顔がついている。
 ゲームでよく見るような飛龍ワイバーンがそのまま現実に飛び出して来たって感じだ。


「竜騎兵3人を二人で倒すとはな」


 乗っているのは、あきらかに上官って感じの房の付いた長めの制服を纏った男だった。長い刀身の剣をもって、背中には銃を担いでいる。
 かけていたゴーグルとマスクみたいなのを外すと、無精ひげにぼさぼさの長い金髪。それにがっちりした顔が現れた。
 普通にすれ違えばワイルドなアクション映画のスターって感じなんだろうけど、こちらを見る目がなんというか、虫でも見るかのような視線だ。


「……土人どもの呪い師ごときがやるじゃないか」


 鬼蘭がまた踊るようにステップを踏むと肌に刻まれた赤いタトゥがかすかに光った。
 鬼蘭の武術ウーシューというのは、独特の歩法で地面に触れることによって龍脈の力を吸い出す、というものらしい。
 肌のタトゥは呪符のかわりで、体に龍脈の力を纏わせることによって身体能力を大幅に引き上げるというもの、なんだそうだ。


 呪符の用意はしなくていいけど、代わりに短い間しか効果がないし、あたしのように自分の体の外に炎や風をだすことはできない。
 武術というにふさわしい、完全な近接型の技術だ。個人的には波動拳とか使えた方が便利だと思うんだけど。ないものはないのだそうで。


「ああ、うわさの漂泊道士はお前か……無駄足じゃなかったわけだ」


 男がそう言って剣の切っ先をこっちに向けた。
 ゲームとかでもあんまり見たことないけど、薙刀の刃を伸ばして柄を短くしたって感じの剣だ。


「逃げるつもりなら無駄だ。面倒くさいから降伏しろ。おとなしくな。女を痛めつけるのは趣味じゃない」
「西夷の連中なんぞに降伏なんてするか!しっぽ巻いて帰りやがれ」


 鬼蘭が叫ぶ。


「下らない呪いごときで俺をどうにか出来るつもりか?お前等は臭い香でも焚いて、亀の甲羅でも燃やしていろ」
「名乗りなさいよ、偉そうね、あんた」


 見下しオーラがあからさまに漂っていてなんか腹が立ってきた。


「土人の小娘ごときに名誉ある俺の名を教える必要があるか?そもそも、女が戦場に出てくるな」


「その辺で転がってる人は女の子にその呪いで倒されたんだけど。同じ目に合わせるわよ」
「親切で言ってやってるのに、バカは始末に負えないな。俺は戦場なら女でも容赦しないぞ」


 手綱を引くと、竜が威嚇するようにうなり声をあげた。


「地面をはう地竜リンドヴルムどもと俺を一緒にするなよ」


 飛龍が翼を畳んで体を沈めた。雰囲気が変わった。来る。





 風が吹き付けて、何かがぶつかる音がした。崩れかけた家に何かがぶつかる。赤い服の裾がかろうじて見えた?鬼蘭?
 さっきまで前にいたのにいまは真横にいる。巨体とは思えないほど恐ろしい速さ、まったく見えなかった。


 竜が吠えてしっぽが振られる。丸太のような黒い塊が飛んできた。
 考えるより早く体が動いて、とっさに後ろに飛ぶけど、どこかにぶつかったのか体に衝撃と痛みが走った。
 辛うじて倒れずにすんだけど、飛龍がこっちを向いて姿勢を低くしたのが見える。突っ込んでくる。かわせない。


升起城牆たて・じょうへき!」


 耳の奥を殴られるような轟音が響いて石の破片が飛んできた。イメージ通りに立った分厚い石の壁。それにひびが入って崩れる。
 その向こうには衝撃を振り払うように頭を振る飛龍の姿が見えた
 飛龍が胸を張るようにして息を吸う。空気が引き寄せられて髪が浮いた。火を吐く気だ


風牆反射さかまく・かぜよ・はねかえせ!」


 痛みをこらえて呪文を唱える
 風が渦を巻いて火の塊を捕える。でも火がそのまま散って跳ね返すことまではできなかった。
 距離が遠かったからか、威力が高かったからか、痛みでうまく使えなかったからか。その全部か。
 後手に回って符を使いきったらおしまいだ。攻めないと。


風索刀あらしよ・けんと


 詠唱が終わるより早く、飛龍が崩れかけた石壁を踏み越えるようにして飛んだ。巨体がそのまま落ちてくる。
 後ろにとんだ。重い龍が着地して地響きを立てて地面が揺れる。バランスが崩れてしりもちをつく。


 痛みで固まりそうになるけど、ゲームみたいにダウンしている間は無敵時間なんてことはない。倒れたらそのまま踏みつぶされる。
 昔授業でやった柔道の受け身みたいに後ろに一回りした。辛うじて立ち上がれる。日頃から体を動かしておいて本当に良かった。
 固い土に触れた額や頬が痛い。口の中に入った砂粒がざらついた感触を伝えてくる。竜の足が手から飛んだ符を踏みにじった。


 痛みで泣いている暇なんてない。龍がまたブレスの予備動作をする。


升起城牆たて・じょうへき!」


 もう一度立った石の壁が炎を遮った。一息つく暇もなく、横っ飛びするように飛龍が移動するのが見える。デカいけど短い距離限定かもしれないけど動きが早い。
 あわてて飛びのいた直後に、今あたしがいた場所を炎が焼いた。


 詠唱から発動にかかる時間は2秒ほど、そのたった2秒が戦いの中では恐ろしく長い。
 魔法使いに前衛の戦士が必要っていうのはゲームじゃ定番の設定だけど、自分がその立場になるとその必要性がわかる。
 詠唱の間は正に値千金だ。漫画みたいに詠唱破棄ができないか練習したい。


 もう一度、炎の帯がすぐそばを飛んで髪と布が焦げるにおいがした。
 死ぬかもという恐怖さえ今は感じない。もし感じていたら、今頃とっくに死んでいるだろうけど。


 心臓が早鐘のように打って息が上がる。頭の上の太陽と地面の熱さをやけにはっきり感じる。
 飛び回って足も限界に近いのが分かった。体中が痛い。
 遠くの方からまだ銃声が聞こえる。羚羊たちの援護は期待できない。鬼蘭がどうなったのか気になるけど、今はそれどころじゃない


 気を抜けば……多分楽になれる。でも。
 でもここで死ぬわけにはいかない。
 死んでしまったら、父さんも母さんも、そのことを知らないままあたしを待つだろう。それだけは駄目だ。


「どうしたお嬢ちゃん、魔女の呪いは打ち止めか?降伏するならまだ受け付けてるぞ。跪け」


 男が余裕綽々って感じで言う。ジャケットの内ポケットを探るけど、符はもうなくて、布の小さな袋が触れただけだった。
 なんでさっきみたいに突っ込んでこないのか……多分あたしがあとどれだけ術を使えるかわからないんだ。符がないと同術が使えないということをあいつは知らない。
 こっちがまともに与えたダメージは、ワイバーンが石壁に突っ込んだときのダメージくらいだ。あれの二の舞を警戒しているんだろうか


「まあ、精々逃げ回れ」


 龍があたしを見下ろして、またブレスを吐くために息を吸った。





 息を吸う動作に合わせて、懐にしまっておいた袋の口を開いた。
 袋の口から小さめの紙がぱらぱらと舞う。まともな符は打ち止め。これがラストチャンス。
 白い紙ふぶきが龍が息を吸う動作に合わせて吸い寄せらせるように飛んだ。


「なんだ?」


 男が紙吹雪を払うように剣を振った。竜が火を吐く動作をやめて首をめぐらせる。


 この間、符を書く過程でいろんな実験をした。大きめの紙に符を書いたり、小さめの紙に符を書いたりして、どれだけはやく龍脈の力が溜まって使用可能になるのか試した。
 感覚は大事だけど、同じくらい検証と研究も大事だと思う。スポーツでも理論は大事だったし。


 その過程で作った小さな符。小さい分だけチャージできる力は小さいけど、チャージまでは速い。
 そして、それぞれの力は小さいけど、大量にばらまけばそれなりの威力になるのは実験済み。


火焰氣息ひよ・おこれ・といきのごとく!」


 詠唱と同時に、紙吹雪が火を噴いた
 小さい符がそれぞれ爆発するように赤い火を放つ。花火とかストロボのように赤い光が閃いて、竜の悲鳴が上がった。


 どうなったかと思ったけど、飛龍が羽ばたいて灰色の煙幕のような煙が散った。
 竜の体のあちこちにやけどの跡がある。男もマントや鎧のあちこちに焦げ目ができていた。
 龍を倒すのは無理でも、乗り手ならなんとかなるか、と思ったけど。符がばらけたからか、戦闘不能までは追い込めなかった。


「貴様、やってくれたな!」


 男が叫ぶと同時に竜が身をかがめた。突っ込んでくる。もう符は何も残ってない
 よけないと、と頭は思う。でも体がもういうことを聞かない。
 身をすくめたその時、竜が悲鳴を上げて体を起こした





 竜の頬を貫くように槍が生えていた。


老士せんせい!」


 あちこちに傷を負った羚羊が風のようにかけてきた。
 槍に巻きついた飾り紐が引かれて、槍が抜けて羚羊の手元に戻る。傷口から赤い血が噴き出した


「無事か!」


 ディアさんがあたしと龍の間に立ちふさがるようにして剣を構えた。


 ワイバーンが咆哮を上げて翼を広げた。
 大きく羽ばたくと、土ぼこりが上がって風が波のように吹き付ける。巨体が軽々と上空に舞い上がった。
 新手が二人現れて数で不利と見たのか。判断が速い。飛び去るかと思ったけど、龍が真上でホバリングした。


「道士なんてものは土人の呪い師かと思っていたが……大した勇気と決断力だ。女と侮ったことをわびておく。すまないな」


 緊張が解けて、恐怖とか疲れとか痛みとかが噴き出してきた。


「俺はロレンツ。エスヴァレット王国軍、泰国遠征龍騎兵隊、飛龍騎兵第二席、ロレンツ・ヴァルリードだ。名を聞かせろ、道士よ」
「柳原……柳原伊澄」


 乱れる息を整えてかろうじて返事を絞り出した


「再戦を楽しみにしているぞ、ヤナハラ!戦場でまた会おう!」


 飛龍が大きく羽ばたいて高く舞い上がる。
 飛び去って、ようやく生き残ったという実感がわいてきた









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