僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

戦争の始まり

 数日して、ソヴェンスキの国境の近くに続々と兵士と騎士たちが集まってきた。
 それぞれカラフルな色の布に紋章を染めた旗を掲げていて、沢山のテントが立ち並びその間を兵士や従者の人が行きかっている。
 なんというかけた外れに規模が大きいキャンプ場のようだ。


 そして、バスキア公が開戦の演説をするらしいんだけど、なぜか僕と都笠さんも台の上に立たされた。
 台の前には整然と並ぶ騎士団がいる。多分軽く1000人以上入るだろう。
 そして、端の一角には雑多な装備の一団もいた。探索者っぽいな。 


「中々壮観ね」
「まあ確かに」


 都笠さんがすました顔で言う、
 台の下からの沢山の視線を感じて落ち着かない。
 早く始まらないかと思っていたけど、しばらくして周りにいた兵士たちが高く旗を掲げた。 


 それに合わせるように銀の外套をまとったバスキア公が台に颯爽と上がってくる。
 バスキア公が手を上げると、騎士たちが槍を掲げて声をあげた。


「静まれ、諸君」


 バスキア公が良く通る声で、ざわめきが波が収まるように消えて行った。
 千人単位の人がいるとは思えないほどの静けさが周りを包む。鳥の鳴き声が小さく響いた。


「知っての通り、ソヴェンスキの連中が今、我が国の国境を脅かしている」


 軍勢を前にバスキア公が堂々と話し始めた。


「不届きにも、奴らは我が国の英雄、龍殺しツカサスズをわがものにせんとして攫った。
だが、その卑劣な試みは、ここに居る龍殺しにしてオルドネス家旗下のカザマスミト、俺の旗下であるロンドヴァルド家のヴァンサン、そしてブルフレーニュ家旗下の者によって打ち砕かれた」


 バスキア公が反応を確かめるように黙った。
 騎士たちの間に起ったざわめきが波の様に広がっていって又静まり返った


「奴らは塔の廃墟を狙い、俺達の国を侵そうとしている。
騎士たちよ、王のため、国のため、民のために戦え!今こそ騎士の誇りを見せよ!」


 そう言うと騎士たちがそれに応じるように声をあげる。
 空気を震わせるような熱い声が押し寄せる波のようにぶつかってくる気がした。
 暫く反応を見て、バスキア公が手をあげる。騎士たちの歓声が収まって、また場が静まり返った。


「そして探索者諸君!」


 探索者の一団の方を見てバスキア公が大きく声を張り上げる。


「参戦に感謝する。君等の戦功には一切の別なく報いよう。我が名において誓う」


 バスキア公の声に応えるように、今度はその一角から歓声が上がった。


「侵略者どもに思い知らせよ!我らの力を!」


 バスキア公が言って、また騎士たちが一斉に歓声を上げた。





 促されるままに台を降りて、バスキア公とテントに引き上げた。
 空気を震わす歓声と熱気がまだ体の芯に残っている気がする。
 こんな僕でも気分が高まるな。しかし。


「士気……高いんですね」
「まあな、騎士たちにとっては久々の見せ場、手柄の立て所だからな」


 バスキア公が言う。


「そうなんですか?」
「俺たちの国はこっちから侵略はしねぇのさ。3代前の王の方針でな」


 意外な言葉が出てきた。都笠さんが驚いたような顔で僕を見る。 
 でも、確かに。言われてみると、ガルフブルグにいると戦争の空気というのはあまり感じない。
 まあ僕があまりあちこち行ってないっていうのもあるから一概には言えないんだけど。


「なんでです?」
「今の王の三代前の王、ブレゲ2世陛下はなんというか計算高い王だったのさ。
ある戦争でごくわずかな土地を切り取ったが、犠牲が大きかった。それに取った領地の民の統治にも苦労したらしい」


 豪華な外套を脱いでそれを従者の人に渡しながら、バスキア公が言う。


「で、スロット持ちも含めた兵士に多大な損害を出して狭い土地を取り合って挙句恨みを買うのなら、戦争は損得に合わないと判断して対外戦争を禁じたわけだ」


 なるほどね。
 実際の戦争はシミュレーションゲームのように占領したら簡単に統治出来たりはしないだろう。なんというか合理的な人だったらしいな。 


「ただし、その代わり寸土も俺たちの領土も民も渡すな、とも言った。
侵略は不毛だが、侵略されるのは悲惨だ。紳士的な侵略者なんて期待できねぇ。民を悲惨な目には合わせるなってな。
アイツらが仕掛けてくるなら、向こう十年は悪夢になるように、こんな舐めた真似を思いつかない様に徹底的に叩き潰す」


 バスキア公が力強く言って、周りの従士たちが頷く。


「それにソヴェンスキにだけは負けらねぇ。あの馬鹿どもはただしい教えを教えてやらなくてはとか思ってやがるからな
あいつらが俺たちの民を支配するときに何をするか想像つくだろ?」


 バスキア公が聞いてくるけど……それは確かに想像がつくな。
 マトモに捕虜として扱うとはとても思えない。


「あいつらに負けた国は、全員が不信心者ニヴェリエとして教会に閉じ込められて、教えとやらを受け入れるまで奴隷のように働かされ、戦いじゃ捨て駒にされる。負けるわけにはいかねぇ」


 自分に言い聞かせるようにバスキア公が言った。


「で、僕たちはどうしましょうか?」


「お前らは待機していろ」
「それだけ前振りしておいて、僕等は後方待機ですか」


 積極的に前線に出たいか、と言われると流石に気が進まないけど。
 後ろで見てろ、と言われるのもなにやら蚊帳の外に置かれている感じだ。


「お前らのスロット能力は大規模な戦争じゃ大して役に立たねえだろ。それに無理されてお前らの身柄を抑えられちゃ敵わねぇ」


 まあ確かにそうだ。
 都笠さんの銃はともかくとして、僕の管理者アドミニストレーターは戦争には全然向いていない。
 車とかドローンとかそういうものがもっと持ち込まれていれば別だけど。


「通信機とやらを使える奴らは、オルドネス公の協力で塔の廃墟から引っ張ってきた。
まあお前が必要だったら呼ぶから、今は大人しくしてろ。それにいいか、国を守るのは探索者じゃねぇ、おれたちの仕事だ」


 バスキア公が真剣な口調で言う。
 ……さっきは探索者持ち上げてたけど、でもこれが貴族の責任感なのかもしれない。





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