僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
レジェンドノベルス2周年記念SS・セリエとユーカの誕生日
「ねえ、お兄ちゃん」
ユーカがおずおずと声を掛けてきたのはその日の晩御飯時だった。
◆
今日は五反田の方まで狩りに行ってきた。
国道一号線を歩いていたところでデカい牛とヤギを足したような魔獣、セリエが教えてくれたところによるとレッドシープなる魔獣の群れと遭遇したんだけど。
遠距離攻撃を持っていない魔獣らしい。
突撃しかしてこなかったから、距離を開けたところから都笠さんのM2と僕の魔法を撃っているだけで簡単にケリがついてしまった。
ただ、セリエに言わせると近寄らせるとタフで厄介な魔獣らしい。
結局一方的に倒してコアクリスタルも稼げたのと、M2の弾をかなり撃ってしまったからもう一度大きな群れに当たると危ない、という都笠さんも意見もあって今日は早めに撤収した。
換金の手続きだのしているうちに何となく時間がたって、ちょっと早い夕ご飯にしたんだけど。
「どうしたの?ユーカ」
「今日はね……あのね」
「お嬢様のお誕生日なのです」
セリエが言う……そうだったのか。
「セリエもそうなんだよ」
「そうなの?」
「いえ、正確には私は旦那様に拾われた日です。
本当の誕生日は分からないのでその日にさせていただいたのですが……たまたまお嬢様のお誕生日と一緒だったのです」
「なるほど」
セリエが着真面目に訂正してくれた。
でもそう言うことは前持って言ってほしいぞ。もう夕食時じゃプレゼントも食事も準備できない。
「だからね……皆でお祝いしたいなって……いい?」
なんか申し訳なさそうな口調でユーカが聞いてくるけど。
「いいじゃない」
当たり前でしょって口調で、ビールを飲みながら都笠さんが言う。
「せっかくだから豪華にパーっとやりましょ。今日は結構稼げたしね」
「じゃあ僕と都笠さんで準備するよ。明日、パーティしよう」
◆
ということで、翌日はオフにした。
僕等が準備するから後で来てと言ってあるから、セリエとユーカは今は宿で休んでいる。
昼間のうちにセンター街近くの、まだ普通の東京にいる頃に会社の人たちと行ったレストラン跡地に行ってみた。
この辺はどの店もドアは開け放たれている。中にあるものも殆ど探索者が持ち出せるものは持ち出したあとだろう。
「管理者、起動。電源復旧」
薄暗い店内の天井からつるされた古風なシャンデリアのような明かりに、赤っぽい電気の光が灯った。
建物の中とは思えない高いドーム状の天井とレンガ風の壁のレトロな感じのお店だ。
見覚えがあるな。懐かしい。
店内の酒や調度品は殆ど持ち去られていたけど、固定型の長机とラウンジソファは置きっぱなしになっていた。
これを使えばいいか。
散らかっていたけど、都笠さんと二人で簡単に掃除してテーブルに白いクロスを敷くとそれなりに格好がついて見えるようになった。
「で、風戸君、厨房も動かせるわけ?」
「できるよ」
仕切りの向こうにある厨房には一通りの機材が残っていた。
ガスコンロとかは固定されているものも多いし、業務用冷蔵庫とかはサイズが大きくて持ち運びが難しい。
それに管理者が使えなければこの辺は単なる鉄の箱だ。
電子レンジとかは使える人がいれば便利だろうな。サイズも小さいから持ち運べるだろうし。
いずれは使える人も増えるんだろうか。
「管理者、起動。厨房器具制御」
唱えてガスコンロの栓をひねると青い火が燃えた。水道のレバーを押すと水が流れる。
問題なしだな。
都笠さんが感心したように口笛を吹いた
「凄いけどさ、いつ見ても謎よね……水とかガスはどこから来てるわけ?」
「僕に聞いても分かるわけないでしょ」
「まあ、そりゃそうね。便利だからいっか」
都笠さんが苦笑いして、持ってきた布の袋から材料を取り出していく。
昨日、天幕下の食堂に頼んで譲ってもらった食材だ。
厳密にいえば違うものなのかもしれないけど、タマネギに人参、ジャガイモ。あとは鶏肉とリンゴ。
あと、見慣れたホールトマトの缶や有名メーカーのカレールゥの箱やコンソメキューブの箱が出てきた。
「カレー?」
「ええ、ユーカも喜ぶでしょ」
「ところで、カレーは海自名物じゃないの?」
「実は陸自や空自にもレシピはあるのよ」
そうなのか。なんとなく自衛隊のカレーは海自ってイメージだったけど。
「で、風戸君は何か作るの?」
「勿論。でも僕のはすぐできるから」
何がいいのか色々考えた。
セリエやユーカが喜ぶもので誕生日の定番と言えばケーキとか甘いものなんだろうけど。
ただ、レシピ本を見てみたけど……ケーキを焼くのは僕には無理だと言う事は即わかった。
一応自炊していたけど、目分量の適当料理だったから、検温とか分量をしっかりと、なんてできる気がしない。
なので、文明の利器に頼ることにした。
「じゃあ手伝って、風戸君」
「いいよ」
言われるままに鶏肉に塩胡椒をしてバターとヨーグルトをまぶす。
都笠さんは野菜を切り始めた。タマネギやニンジンが手際よく刻まれていく。初めて見たけど、結構料理は上手いんだな。
刻んだ野菜をフライパンで炒めはじめると、パチパチとタマネギと油が反応する音がした。
「鶏の準備が出来たらオーブンで焼いておいて」
「了解」
オーブンで鶏を焼いているうちに都笠さんが鍋にお湯を沸かしていく。
オーブンで火を通した鶏と炒めたタマネギ、ニンジン、ジャガイモとホールトマトを入れて煮込む。
暫く待って、カレールゥのキューブを入れると厨房にカレーの食欲をそそる香りが満ちた。
弱火でコトコトと煮込まれる小さな音がなんとなく心地いい。
「で、これは海軍カレー?」
「厚木の空自の友達に教えてもらったカレーよ。うろ覚えだし色々材料が足りないから不完全だけどね」
そう言って都笠さんがカレーの味見をして頷いた。
「わあ……良い匂ーい!カレーだね!」
「本当ですね」
フロアの方からセリエたちの声が聞こえてきた。
もう少し後から来ると思ったけど、早いな。セリエが厨房に顔をのぞかせる。
「ご主人様、スズ様、何かお手伝いは……」
「いいよ、座ってな、セリエ」
「でも……」
「誕生日の主役はね、お誕生日席でご馳走が出てくるのを待てばいいのよ」
都笠さんが言うとセリエが戻っていった
「本当はもう少しゆっくり寝かせたいんだけどね」
都笠さんが言いながらバターを溶かしこんでいく。もう一度味見して都笠さんが頷いた
「完成。じゃあ行きましょ」
◆
「お待たせ、セリエ、ユーカ。これが日本の自衛隊名物カレーよ。召し上がれ」
都笠さんが机にカレーを入れた器と大きめの皿に盛ったライスを並べた。金属の長細いランプのような昔のご馳走風のポットだ。
オレンジっぽいカレーの表面には白い筋で円が描かれていて、専門店のカレーっぽい雰囲気になっている。
ライスは米が準備できなかったので、パックのご飯で代用した。
せっかくだから音楽ももちろんかけている。
明るめのポップスが天井辺りに取り付けられたスピーカーから流れていた。
少しでも雰囲気を出そう、という都笠さんの提案で机の上には花も飾ってある。
「誕生日おめでとう、セリエ、ユーカ」
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
待ちきれないって感じでユーカがご飯にたっぷりカレーをかけてスプーンで口に運ぶ。
その顔がぱっとほころんだ。カレーの美味しさはやはり万国共通なのか。
セリエもすました感じで食べているけど……目元が緩んでいるので喜んでいるらしい。
これは最近何となくわかるようになってきた。
僕も一口食べてみた。
ほどよくとろみがついたカレーがご飯に絡む。
トマトのものらしきほのかな酸味がして、その後からカレーっぽい辛さが感じられた。
ただ、辛いと言ってもとんがった辛さではない。酸味とバターのものらしき甘みと混ざって不思議な味わいだ。
「お肉と野菜がゴロゴロだね」
ユーカがカレーをほおばりながら言う。
じっくり火を通した鶏肉は柔らかくて、それ自体に味付けしたからルゥの味とうまくマッチしている。
野菜も肉もはあえて大きくカットしたんだろうな。
レトルトカレーはセリエたちも食べたことが有るけど、レトルトはどうしても具は小さめだ。
こういうほうが食べ応えがあっていい。
「まだあるから、どんどん食べてね。セリエもね」
都笠さんが言ってユーカが嬉しそうに、セリエがちょっと恥ずかしそうに笑う。
しばらくは談笑しつつ和やかな誕生日の食事になった。
◆
「美味しかったぁ」
「久しぶりだけど、なかなか上手く出来たわ」
テーブルの上のカレーは綺麗になくなった。
都笠さんがカレーの残りをスプーンですくいながら満足げに言う。
セリエがハンカチでユーカの唇を軽くふいた。
「それで……風戸君は何を出すの?」
「まあ見ててね」
厨房に戻って状態を確かめるけど、うまく行った。
「じゃあデザートは僕から」
「あ!アイスクリーム!?」
都笠さんが嬉しそうに言う。
ケーキを焼くのはどう考えても無理だったのでアイスクリーマーを管理者で動かしてアイスクリームを作った。
ひんやりとした白いアイスクリームを皿に盛ってナッツを散らす。
「冷たいうちにどうぞ」
「デザートとは気が利くわね、風戸君。流石だわ」
ユーカが小さなスプーンで恐る恐るって感じでアイスクリームを掬って一口食べる。
冷たさが染みたのか、少し体をすぼませた。
「冷たーい。でも甘ーい!美味しーい」
「不思議な感じですね。柔らかい雪のような……なんといえばいいんでしょうか」
実は初めて使ったから結構心配だったんだけど、美味しいバニラアイスが出来上がった。
スパイスの刺激がまだ口の中に残っているからアイスクリームの冷たさと甘さがより強く感じられる気がする。
しかし、材料を入れて放っておくだけでこんなものができるとは……文明の利器ってやつは本当に素晴らしい。
◆
食事が終わる頃にはもう日は落ちていた。
食後にワインを飲みつつ余韻に浸る。
管理者がまだ効いているからお店の中は明るいけど、窓の外から見える風景は真っ暗だ。
スクランブル交差点の方から賑わいの声が聞こえてくる。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
「喜んでくれて良かったわ」
「三年前はね……少しだけお祝いできたんだよ。でも去年も一昨年もね……何もできなかったんだ」
ユーカが皿に残った溶けたアイスクリームを名残惜しそうに掬いながら言う。
「……ずっとこのままだと思ってた」
そう言ってユーカが僕を見た。
「お兄ちゃんたちの誕生日もお祝いしたいな」
「ありがとう」
そういうとユーカが嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。来年もその次の年もお祝いしてくれる?」
「その時も……お側にお仕えしていたいです」
「勿論よね、風戸君」
都笠さんがワインを飲みながら聞いてくる。
「……そうだね」
そう言うと、かすかに頬を染めたセリエが遠慮がちに身を寄せてきた。
今後僕等がどうなるか分からないけど。誰も欠けることなく来年もお祝いできるといいなと思う。
◆
ちなみに、後日。
カレーの匂いがその辺を通りがかった探索者に気付かれていたらしく、皆に頼み込まれて都笠さんは大なべ一杯にカレーを作らされていた。
レトルト食品は塔の廃墟というか東京で回収されているけど。
ほとんど全部がガルフブルグの商人に買い取られて行っていて、探索者の口にはまず入らないから、皆は大いに喜んでいた。
カレールゥの使い方と基本的な作り方も教えていたから、今はレトルト一辺倒だけど、いずれはカレールゥを使ったガルフブルグ独自のカレーが生まれるかもしれない。
ユーカがおずおずと声を掛けてきたのはその日の晩御飯時だった。
◆
今日は五反田の方まで狩りに行ってきた。
国道一号線を歩いていたところでデカい牛とヤギを足したような魔獣、セリエが教えてくれたところによるとレッドシープなる魔獣の群れと遭遇したんだけど。
遠距離攻撃を持っていない魔獣らしい。
突撃しかしてこなかったから、距離を開けたところから都笠さんのM2と僕の魔法を撃っているだけで簡単にケリがついてしまった。
ただ、セリエに言わせると近寄らせるとタフで厄介な魔獣らしい。
結局一方的に倒してコアクリスタルも稼げたのと、M2の弾をかなり撃ってしまったからもう一度大きな群れに当たると危ない、という都笠さんも意見もあって今日は早めに撤収した。
換金の手続きだのしているうちに何となく時間がたって、ちょっと早い夕ご飯にしたんだけど。
「どうしたの?ユーカ」
「今日はね……あのね」
「お嬢様のお誕生日なのです」
セリエが言う……そうだったのか。
「セリエもそうなんだよ」
「そうなの?」
「いえ、正確には私は旦那様に拾われた日です。
本当の誕生日は分からないのでその日にさせていただいたのですが……たまたまお嬢様のお誕生日と一緒だったのです」
「なるほど」
セリエが着真面目に訂正してくれた。
でもそう言うことは前持って言ってほしいぞ。もう夕食時じゃプレゼントも食事も準備できない。
「だからね……皆でお祝いしたいなって……いい?」
なんか申し訳なさそうな口調でユーカが聞いてくるけど。
「いいじゃない」
当たり前でしょって口調で、ビールを飲みながら都笠さんが言う。
「せっかくだから豪華にパーっとやりましょ。今日は結構稼げたしね」
「じゃあ僕と都笠さんで準備するよ。明日、パーティしよう」
◆
ということで、翌日はオフにした。
僕等が準備するから後で来てと言ってあるから、セリエとユーカは今は宿で休んでいる。
昼間のうちにセンター街近くの、まだ普通の東京にいる頃に会社の人たちと行ったレストラン跡地に行ってみた。
この辺はどの店もドアは開け放たれている。中にあるものも殆ど探索者が持ち出せるものは持ち出したあとだろう。
「管理者、起動。電源復旧」
薄暗い店内の天井からつるされた古風なシャンデリアのような明かりに、赤っぽい電気の光が灯った。
建物の中とは思えない高いドーム状の天井とレンガ風の壁のレトロな感じのお店だ。
見覚えがあるな。懐かしい。
店内の酒や調度品は殆ど持ち去られていたけど、固定型の長机とラウンジソファは置きっぱなしになっていた。
これを使えばいいか。
散らかっていたけど、都笠さんと二人で簡単に掃除してテーブルに白いクロスを敷くとそれなりに格好がついて見えるようになった。
「で、風戸君、厨房も動かせるわけ?」
「できるよ」
仕切りの向こうにある厨房には一通りの機材が残っていた。
ガスコンロとかは固定されているものも多いし、業務用冷蔵庫とかはサイズが大きくて持ち運びが難しい。
それに管理者が使えなければこの辺は単なる鉄の箱だ。
電子レンジとかは使える人がいれば便利だろうな。サイズも小さいから持ち運べるだろうし。
いずれは使える人も増えるんだろうか。
「管理者、起動。厨房器具制御」
唱えてガスコンロの栓をひねると青い火が燃えた。水道のレバーを押すと水が流れる。
問題なしだな。
都笠さんが感心したように口笛を吹いた
「凄いけどさ、いつ見ても謎よね……水とかガスはどこから来てるわけ?」
「僕に聞いても分かるわけないでしょ」
「まあ、そりゃそうね。便利だからいっか」
都笠さんが苦笑いして、持ってきた布の袋から材料を取り出していく。
昨日、天幕下の食堂に頼んで譲ってもらった食材だ。
厳密にいえば違うものなのかもしれないけど、タマネギに人参、ジャガイモ。あとは鶏肉とリンゴ。
あと、見慣れたホールトマトの缶や有名メーカーのカレールゥの箱やコンソメキューブの箱が出てきた。
「カレー?」
「ええ、ユーカも喜ぶでしょ」
「ところで、カレーは海自名物じゃないの?」
「実は陸自や空自にもレシピはあるのよ」
そうなのか。なんとなく自衛隊のカレーは海自ってイメージだったけど。
「で、風戸君は何か作るの?」
「勿論。でも僕のはすぐできるから」
何がいいのか色々考えた。
セリエやユーカが喜ぶもので誕生日の定番と言えばケーキとか甘いものなんだろうけど。
ただ、レシピ本を見てみたけど……ケーキを焼くのは僕には無理だと言う事は即わかった。
一応自炊していたけど、目分量の適当料理だったから、検温とか分量をしっかりと、なんてできる気がしない。
なので、文明の利器に頼ることにした。
「じゃあ手伝って、風戸君」
「いいよ」
言われるままに鶏肉に塩胡椒をしてバターとヨーグルトをまぶす。
都笠さんは野菜を切り始めた。タマネギやニンジンが手際よく刻まれていく。初めて見たけど、結構料理は上手いんだな。
刻んだ野菜をフライパンで炒めはじめると、パチパチとタマネギと油が反応する音がした。
「鶏の準備が出来たらオーブンで焼いておいて」
「了解」
オーブンで鶏を焼いているうちに都笠さんが鍋にお湯を沸かしていく。
オーブンで火を通した鶏と炒めたタマネギ、ニンジン、ジャガイモとホールトマトを入れて煮込む。
暫く待って、カレールゥのキューブを入れると厨房にカレーの食欲をそそる香りが満ちた。
弱火でコトコトと煮込まれる小さな音がなんとなく心地いい。
「で、これは海軍カレー?」
「厚木の空自の友達に教えてもらったカレーよ。うろ覚えだし色々材料が足りないから不完全だけどね」
そう言って都笠さんがカレーの味見をして頷いた。
「わあ……良い匂ーい!カレーだね!」
「本当ですね」
フロアの方からセリエたちの声が聞こえてきた。
もう少し後から来ると思ったけど、早いな。セリエが厨房に顔をのぞかせる。
「ご主人様、スズ様、何かお手伝いは……」
「いいよ、座ってな、セリエ」
「でも……」
「誕生日の主役はね、お誕生日席でご馳走が出てくるのを待てばいいのよ」
都笠さんが言うとセリエが戻っていった
「本当はもう少しゆっくり寝かせたいんだけどね」
都笠さんが言いながらバターを溶かしこんでいく。もう一度味見して都笠さんが頷いた
「完成。じゃあ行きましょ」
◆
「お待たせ、セリエ、ユーカ。これが日本の自衛隊名物カレーよ。召し上がれ」
都笠さんが机にカレーを入れた器と大きめの皿に盛ったライスを並べた。金属の長細いランプのような昔のご馳走風のポットだ。
オレンジっぽいカレーの表面には白い筋で円が描かれていて、専門店のカレーっぽい雰囲気になっている。
ライスは米が準備できなかったので、パックのご飯で代用した。
せっかくだから音楽ももちろんかけている。
明るめのポップスが天井辺りに取り付けられたスピーカーから流れていた。
少しでも雰囲気を出そう、という都笠さんの提案で机の上には花も飾ってある。
「誕生日おめでとう、セリエ、ユーカ」
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
待ちきれないって感じでユーカがご飯にたっぷりカレーをかけてスプーンで口に運ぶ。
その顔がぱっとほころんだ。カレーの美味しさはやはり万国共通なのか。
セリエもすました感じで食べているけど……目元が緩んでいるので喜んでいるらしい。
これは最近何となくわかるようになってきた。
僕も一口食べてみた。
ほどよくとろみがついたカレーがご飯に絡む。
トマトのものらしきほのかな酸味がして、その後からカレーっぽい辛さが感じられた。
ただ、辛いと言ってもとんがった辛さではない。酸味とバターのものらしき甘みと混ざって不思議な味わいだ。
「お肉と野菜がゴロゴロだね」
ユーカがカレーをほおばりながら言う。
じっくり火を通した鶏肉は柔らかくて、それ自体に味付けしたからルゥの味とうまくマッチしている。
野菜も肉もはあえて大きくカットしたんだろうな。
レトルトカレーはセリエたちも食べたことが有るけど、レトルトはどうしても具は小さめだ。
こういうほうが食べ応えがあっていい。
「まだあるから、どんどん食べてね。セリエもね」
都笠さんが言ってユーカが嬉しそうに、セリエがちょっと恥ずかしそうに笑う。
しばらくは談笑しつつ和やかな誕生日の食事になった。
◆
「美味しかったぁ」
「久しぶりだけど、なかなか上手く出来たわ」
テーブルの上のカレーは綺麗になくなった。
都笠さんがカレーの残りをスプーンですくいながら満足げに言う。
セリエがハンカチでユーカの唇を軽くふいた。
「それで……風戸君は何を出すの?」
「まあ見ててね」
厨房に戻って状態を確かめるけど、うまく行った。
「じゃあデザートは僕から」
「あ!アイスクリーム!?」
都笠さんが嬉しそうに言う。
ケーキを焼くのはどう考えても無理だったのでアイスクリーマーを管理者で動かしてアイスクリームを作った。
ひんやりとした白いアイスクリームを皿に盛ってナッツを散らす。
「冷たいうちにどうぞ」
「デザートとは気が利くわね、風戸君。流石だわ」
ユーカが小さなスプーンで恐る恐るって感じでアイスクリームを掬って一口食べる。
冷たさが染みたのか、少し体をすぼませた。
「冷たーい。でも甘ーい!美味しーい」
「不思議な感じですね。柔らかい雪のような……なんといえばいいんでしょうか」
実は初めて使ったから結構心配だったんだけど、美味しいバニラアイスが出来上がった。
スパイスの刺激がまだ口の中に残っているからアイスクリームの冷たさと甘さがより強く感じられる気がする。
しかし、材料を入れて放っておくだけでこんなものができるとは……文明の利器ってやつは本当に素晴らしい。
◆
食事が終わる頃にはもう日は落ちていた。
食後にワインを飲みつつ余韻に浸る。
管理者がまだ効いているからお店の中は明るいけど、窓の外から見える風景は真っ暗だ。
スクランブル交差点の方から賑わいの声が聞こえてくる。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
「喜んでくれて良かったわ」
「三年前はね……少しだけお祝いできたんだよ。でも去年も一昨年もね……何もできなかったんだ」
ユーカが皿に残った溶けたアイスクリームを名残惜しそうに掬いながら言う。
「……ずっとこのままだと思ってた」
そう言ってユーカが僕を見た。
「お兄ちゃんたちの誕生日もお祝いしたいな」
「ありがとう」
そういうとユーカが嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。来年もその次の年もお祝いしてくれる?」
「その時も……お側にお仕えしていたいです」
「勿論よね、風戸君」
都笠さんがワインを飲みながら聞いてくる。
「……そうだね」
そう言うと、かすかに頬を染めたセリエが遠慮がちに身を寄せてきた。
今後僕等がどうなるか分からないけど。誰も欠けることなく来年もお祝いできるといいなと思う。
◆
ちなみに、後日。
カレーの匂いがその辺を通りがかった探索者に気付かれていたらしく、皆に頼み込まれて都笠さんは大なべ一杯にカレーを作らされていた。
レトルト食品は塔の廃墟というか東京で回収されているけど。
ほとんど全部がガルフブルグの商人に買い取られて行っていて、探索者の口にはまず入らないから、皆は大いに喜んでいた。
カレールゥの使い方と基本的な作り方も教えていたから、今はレトルト一辺倒だけど、いずれはカレールゥを使ったガルフブルグ独自のカレーが生まれるかもしれない。
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