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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

格好いい人・上

「お母さん、僕……この人が好きだな」
「そう、じゃあ、あなたの世話になるわ。いいかしら?」


 その言葉に周りの皆が驚いたような声をあげた。
 アストレイ……バスキア公は不満げな顔をして、ブルフレーニュのダナエティア姫は表情を変えず、エミリオ……オルドネス公は仕方ないなって感じで執権であるブレーメン公と顔を見合わせた。


「これからよろしく……と言っても何をすればいいのかわからないんだけどね」
「ああ……そうだね」


 その人、シヅネと名乗った女性が言った。
 何を言うべきか迷う。正直言ってこうなるとは思っていなかったから


「とりあえず……私のそばにいて塔の廃墟のことや君たちのことを教えてほしい」
「そのくらいなら喜んで。うちの子ともどもよろしくね。ほら、花鳥、挨拶しな」


 アトリというその子が私に頭を下げて、私はこの二人の塔の廃墟の住人の主となった。





 塔の廃墟とよばれる不思議な空間にガルフブルグとの門がつながってもう2年ほどになった。
 塔の廃墟から入ってくる様々な品物はガルフブルグに様々な変化をもたらした。


 馬車には発条バネが取り付けられて飛躍的に乗り心地が良くなった。
 様々な新しい料理が生み出された。
 目に悪魔が幕をかけた者に、また眼が見えるようになるガラス器具がもたらされた。
 二輪鉄馬は作る工房が増えて、徐々に市民にもいきわたりつつある。


 ごくわずかだが、鉄車を使う管理者アドミニストレーター使いもでてきている、と聞く。
 伝書鳩よりはるかに速く正確な通信手段もあるらしい。
 塔の廃墟からもたらされたものは他国にもわたっていって、それは私が挑む外交交渉の場の材料にもなってくれた。


 ガルフブルグ四大公家はそれぞれ役割をもち、我がルノアール家は外交と交易を担っている。
 かつては四大公家ではなく五大公家であり、それぞれに建国の当時の当主の能力に応じて異なる役割を有していた。
 当時からその役割には相互不干渉という不文律が設けられている。


 しかし、外交を担っていたリヨン家の当主が50年ほど前に国外の者と組んで反乱を起こしかけリヨン家は取り潰し。
 対外的な貿易を担っていた我が家が外交も兼任することとなった


 父は10年近く前に亡くなり、二年前に母が不意に病で倒れて私に当主の座が回ってきた
 いずれはルノアール家の当主として外交の場に立たなければならないのは分かっていた。
 だが、小さな交渉の場での場にいただけだったのに、突然国と国の交渉の場に立つことになった。


 ……上手く行くわけもない。
 あの時の、隣国の使者と相対した時の震えるような気持ちは今も覚えている
 相手の要求は理不尽で拒絶すべきものだったが、強く言い返せばその相手がそれより強く言い返してくる。
 彼らの主張が通らなかった時の失望を思うと敵とはいえど申し訳なさを感じてしまう。


 それに、押し過ぎてもいいのか。強硬に出すぎることはむしろ大きな危機を招くかもしれない。
 交易は数字により利害得失が明確に分かるからそれを基準に話せばよいだけだ。
 だが外交には形は無い、正解もない。


 自分がこの役割をうまくこなせていないことだけは分かっている。だがどうにもできない。
 いつしか失望の空気にも慣れてしまった。


 バスキア公アストレイも確か同じように兄が旗下の騎士に刺されて当主となったと聞いている。
 だが、彼は見事にバスキア公家の当主としてガルフブルグを守っている。
 私と彼とは何が違うのだろう……能力なのか。スロットの力か。
 いつも考える……しかし答えは出なかった。





 塔の廃墟との門がつながって、同時に何人かの塔の廃墟からの来訪者も現れた。
 オルドネス家が優先的に迎え入れていたが、バスキア公がそれを不公平だと言って、今はそのものに仕える相手を選ばせている。


 オルドネス家の旗下のフォルトナ家に仕えた者は望んで門の向こうの世界に戻った。
 ダナエ姫に仕えた者はヴァンパイアとの戦いで命を落とした。
 一人はオルドネス公エミリオの直属の騎士となっていると聞く。
 先日来たものはバスキア公アストレイに仕えた。


 一人目と二人目は、オルドネス公家に仕えることを拒んで探索者をしている。
 竜殺しの英雄にして不死の討伐者。そして、奴隷のためにバスキア公と対峙した彼等。
 一応、彼らが仕えていることになっているサヴォア家は我がルノアール家に旗下だけどまだ会ったことは無い。


 シヅネたちの前に来た、バスキア公に仕えた彼……アヤモリアスマという名だったと思うが、彼が私を見た時の眼は今も覚えている。
 仕えるに値せぬ者、とその眼が語っていた。


 そして自分でもそう思う。


 だから、二人が私に仕えてくれたのはまさに驚き以外の物ではなく、皆が驚いたのも無理からぬことだった。
 ただ、なぜ私に仕えてくれたかは分からない。バスキア公、ブルフレーニュのダナエ姫。彼らの方が仰ぐに足る主だろうに。





 彼女たちが私の旗下に加わってくれてしばらく時間が過ぎた。
 話してみてすぐわかった。シヅネもアトリも実に面白い。
 ガルフブルグとは全く違う世界の生き方や考え方は私にとってはこれ以上なく刺激的なものだった。


 そしてそれ以上に個人的な話し相手になってくれたのがとても私にとってとても重要なことだった。
 誰かに話すということは、心の奥の重りを軽くしてくれる。
 夕食の後に二人かアトリも交えて3人で話すのもいつしか当たり前になっていた。


 アトリは魔法の練習で消耗したのかすぐに寝てしまって、今はシヅネと二人だけだ。
 こういう時はより込み入った話もできる
 今日は我が家と四大公家の役割の話から、外交に関する話になっていった。


「何?当主になってすぐに外交交渉の責任者になったわけ?そりゃ無茶よね」
「私はルノアール家の当主だ……仕方ないことだ」


「普通は責任が軽い所から段々慣らしていくものよ。無茶やるわね」


 いつもの口調でシヅネが言う。
 こういう話を旗下の貴族にはするわけにはいかない。もちろん召使たちに言う事も出来ない。
 旗下の貴族たちや側近たちとは話せないようなことも話せるのは、彼女に何の背景も利害関係もないから、というのもあるが。
 でもそれ以上に、彼女のはっきりと言いたいことを伝えてくれる性格の方が大きいきがする。


「たとえ敵国でも彼らには彼らの立場がある。どうしてもそれも考えてしまうんだよ」
「うーん、でもね……それは気にしすぎだと思うわ。というか、あなたは優しすぎるわね、オーギュスト様」
「なにがだい?」


 彼女が少し考え込む。言おうか言うまいか逡巡したって感じで口を開いた。


「なんていうかね……断っても別に相手は傷ついたりなんてしないわよ。
交渉するときはね、デカイこと言ってあわよくば相手のがその要求を呑めば最高、呑まなくても仕方ないから次の要求を突きつけるんだから。
だからさ、あなたがその誰かほかの国のこと思いやって配慮しても、そいつらはあなたに感謝なんかしないわ。間抜けなカモとしか思ってないわよ」


「なぜわかるんだい?」


 彼女は向こうの世界で踊り子をしていたという。
 何度か披露してもらったけど、確かに素晴らしかった。ガルフブルグのダンスとは全く違うものだったが、一流の剣士の剣舞のように美しかった。
 塔の廃墟では踊り子以外に交渉を生業にしてたのだろうか。


「それはね……あたしがそうだったからよ。今月は厳しいの、シャンパン一本入れてくれないってね?
入れてくれれば万々歳。ダメだったら仕方ないねって感じで。そうなんだ、残念だな、とか言って罪悪感を植え付けたりとかね……まあそんな感じで」


 何やら気まずそうに彼女が続ける。


「あたしも人に説教できるほどご立派な人生送ってないからね……そういう連中のやることは分かるのよねーまあこの話はあんまり突っ込まないでほしいわ」


「ところでシャンパンとは何だい?」
「ああ、そこ聞くの?お酒よ、お酒。まあそのことはいいじゃない」


 なにやら聞いてほしくなさそうな話題なのは伝わってきた。
 これ以上効くのは礼を失するというものだろう。


「まあ、あたしたちの国にもね三方一両損なんて言葉もあったからさ、強く出ればいいってもんじゃないんだけど」


 そう言って彼女がテーブルの上の皿に置かれた焼き菓子を一つ口に入れる。


「ともかく、一片ズバッと言いたいことを言って、断ってみるのもいいと思うわ。
そうすりゃ大したことじゃなってわかるし、相手がそんなに気にしてないってのもわかるわよ」
「そういうものかい?」


「第一さ、交渉相手は敵なんでしょ?敵に嫌われて何の問題があるわけ?」


 あっけらかんと彼女が言う……まさにその通りだとは思う……だが。
 そこまで単純なものではないし、言うほど簡単なことでもない。 


「しかし……君が羨ましいよ」


「なぜ?」
「音楽の才に恵まれて自由な道を選び、その道を歩めている……とても私には望めない生き方だ」


 正直言って外交なんてものは私には向いていないと思う。
 私も音楽をやって生きて行く道を選んでみたかった。こう見えてもリュートの腕はちょっとしたものだ。
 お忍びで訪れたサンヴェルナールの夕焼け亭の楽師なき音楽堂カテドラルの音は素晴らしかった。


「あのねぇ……」
「なんだい?」


「ちょっとそれは聞き捨てならないわ」


 不意に声を荒げた彼女が私を見ていた





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