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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

つまるところ、今は先に進むしかない

 あっけにとられたって顔でレオニダードが僕の顔を見た。
 僕の写真とかが出回っているはずもないけど、塔の廃墟で会ったことがある人なら分かってしまう。
 ただ……確かこいつは旅団長だって話だった。そんな大物がなんでこんなところに?


 セリエも気づいたのか、僕の手を離して後ろに控えるように立ち位置を変えた。
 相手との距離は4歩ほど。銃を抜くくらいの隙はある。
 騒がれる前に殺せるか……旅団長なんて地位にいる騎士だ。司教憲兵アフィツィエルに匹敵する相手であるなら一撃で倒すのは難しい。
 しかも後ろには20人以上の兵士がいる。


「そうか……君たちは」


 レオニダードが小さくつぶやいて、何とも言えない笑みを浮かべた。
 自嘲のような、寂しげなような、不思議な笑み。


「どうかされましたか、隊長」


 空気の変化に気づいたのか、後ろにいる兵士の1人がレオニダードに問いかけた。
 レオニダードがもう一度僕を見る。


「……いや、なんでもない。君。失礼したな。行くぞ」


 レオニダードが僕に軽く会釈した。そのまま僕等とすれ違う。兵士たちが隊列を組んでその後を追っていった。
 足音が遠ざかっていった。路地に静寂が戻る。しばらく何事もないか耳を澄ましていたけど、誰かが来る様子も何もない。
 緊張が解けて、全身から冷汗が流れた。地面にへたり込みそうになったのを辛うじてこらえる。


『どうした、スミト。なにかあったのか?』


 インカムからのヴァンサンの声が聞こえた。


「……いや、大丈夫。何事もない」


 大丈夫でも何事もなかったわけでもないんだけど。今これを言っても仕方ない。
 でも、なぜ何も言わなかったんだろう。明らかに僕のことを忘れていた感じではなかった。
 思惑があるのか。どうなのか
 ……でももう進む以外に道は無い。





 綾森さんの指示通りに進むと広めの路地に出た。
 車4台分くらいの広さで、規則的に細い街路樹が植えられている。人通りは広い道の割にはまばらだ。


『あと……30秒ほどで現れます。馬車1台と騎兵が何人かですね』
「ありがとうございます」


 兵士がいるってことは、どうあっても戦闘は避けられないか。


『我々はここで………』『スミト卿、生きて戻るんだよ』


 綾森さんの後に、コンテッサさんの声が割り込んできた。


発現マテリアライズ」 


 路地で銃を抜いて長めの貫頭衣の裾に隠した。
 狭い路地には今は人影はないけど、高くそそり立つ両方の建物が圧迫感を伝えてくる。
 一つ深呼吸をした。セリエとユーカが僕を見ている。今の指揮官は僕だ。


「セリエ、僕に防御プロテクションをかけて。あとは周りに警戒を」
「はい、ご主人様」


「ユーカ、戦闘になったら炎で妨害して、少しでも兵士たちを遠ざけてね」
「うん、任せて。お兄ちゃん」


 息が詰まるようなわずかな時間が過ぎて、通りの向こうから隊列が見えてきた。道を行きかう人たちが慌てて道を譲って頭を下げる。 
 槍を構えた騎兵が1台の馬車を守るように進んできた。
 パレードの時に使われるような、屋根のないタイプだ。騎兵は……全部で8人か。


「セリエ、見える?」
「はい……」


 セリエが目を細めて頷いた。


「間違いありません、スズ様と……あの女です。それとあと1人います」
「よし。セリエ。僕の魔法の射程に入ったら合図を。ユーカ……炎で馬を止めて」


 人形師ドールワークを解くための第一の方法は術者を殺すこと。
 馬の脚を止めて魔弾の射手でヴェロニカを撃ち殺す。
 しかるのち、騎兵を制圧してヴァンサンに救助してもらう。これがベストのシナリオだ。


 ユーカがフランベルジュを握って目を閉じる。
 馬の蹄が石畳を叩く音が近づいてきた。息を止めてその瞬間を待つ。


「今です」





「燃えちゃえ!」


 ユーカの声と同時に、小さな火の粉が空中に閃いた。わずかな炎だったけど効果は絶大、馬がいなないて棹立ちになる。


「何事だ!」
「馬を落ち着かせろ!」


 騎兵が声を上げた。
 馬の鳴き声と蹄の音、兵士たちの声が通りに響く。周りにいた人たちが突然のことに驚いたように悲鳴を上げて四散した。
 周りに人がいなくなってくれれば好都合だ。路地から踏み出して銃を構えた。


 馬車の上で立ち上がっている細身の影……間違いなくヴェロニカだ。銃眼にとらえた。
 普段は人に魔法を撃つときは躊躇するけど……あいつについては全くそんなものは無い。
 ヴェロニカがこっちを見て目があった。驚いたような顔をするけど、もう遅い。


「【貫け!魔弾の射手デア・フライシュッツ】!」


 狙い違わず。黒い弾丸がヴェロニカをとらえた。





 ヴェロニカの体が飛んで馬車から転げ落ちた。


 馬を立て直した騎兵の1人がこっちに突っ込んでくる。槍を振り上げるけど……スロット武器じゃないな。遅い。
 槍が振り下ろされるより早く横に避けて、すれ違いざまに足を切り払う。兵士が悲鳴を上げて馬から転がり落ちた。
 銃を回して射撃姿勢をとる。 


「【貫け!魔弾の射手デア・フライシュッツ】!」


 騎兵の1人の肩を銃弾が射抜いた。悲鳴を上げて男が石畳の上に倒れる。まあ死んではいないないだろう


「動くな。動いたら撃つ」


 銃口を向けると兵士たちが一歩下がった。


「全員そのまま下がれ」


 そう言うと、また兵士たちが下がった。今のところは理想的な展開だ。
 この兵士たちだけなら僕等で勝てるかもしれないけど、長引かせるのは意味がないし戦闘が目的でもない。


 馬車の上には白装束を着た都笠さんが呆けたような顔で座っているのが見えた。このまま都笠さんの身柄を抑える。
 銃で兵士たちを威嚇しつつもう一歩踏み出すと、また兵士たちが一歩下がった。
 馬車まであと5メートルほど。 


「ご主人様!」


 このまま、と思った時。セリエの警告が後ろから聞こえた。
 馬車にのっていた都笠さんがゆらりと立ち上がって。こっちにハンドガンを向けていた。





 銃声が街路に轟いた。足が止まる。


「まさか本当に来るとは思いませんでした……素晴らしい」


 馬車から落ちて倒れていたヴェロニカが立ち上がって額を抑えるようなしぐさをする。手にはすでにあの双剣が握られていた。
 ヴェロニカが手を広げる。力を取り戻したように兵士たちが僕等の周りを囲むように動いた。


 魔弾の射手は頭を直撃したはずだけど……傷一つない。
 防御プロテクションでもかけていたんだろうか。並みの防御プロテクションなら打ち破るくらいの威力はあるんだけど。


「正直言って、来るとしても2割もあり得ないと思っていたのですが」


 騎兵の1人が笛のようなものを吹く。あちこちから足音と声が聞こえてきた。


「もう一度……これが最後の忠告です、スミト様」


 ヴェロニカがにっこり笑って、都笠さんの馬車と並ぶように立った。
 馬車にいたもう一人が飛び降りてくる。ヴェロニカと揃いの白い皮鎧にマント……こいつも司教憲兵アフィツィエルなのか。


「正しい教えにお目覚め下さい。貴方様がここに来られたのも、私を倒せなかったのも、すべて正しき神の御心なのです
そして、スズ様も我々の教えを理解してくださっています。さあ、スズ様」


 促すようにヴェロニカが言った。都笠さんが馬車から降りて銃口が無造作にこっちを向く。
 何度も敵に剣を向けられたことはある。でも味方に、都笠さんに向けられる銃は……心の底に氷を押しあてられた気分になる。


『スミト、どうする、答えろ』


 ヴァンサンが呼びかけてくる……出来れば説得できる方がいい。
 人形師ドールワークの影響下にあって、あいつの操り人形になっている都笠さんを強硬手段で奪い取るとなれば……予期しないトラブルが起きる可能性もある。


 バスキア公やフューザンさんが言っていたことを思い出した。
 もし完全にあいつらの洗脳が終わっていればどうしようもない。薬でも魔法でもないから対抗策はない
 でも、まだ人形師ドールワークのままならば。魔法解除ディスペルマジックや本人の意志で効果に対して抵抗をすることができる。


「お姉ちゃん!戻ってきて。どこにも行かないって行ったよね。約束したよね。お姉ちゃん!」


 ユーカが叫ぶ。でも都笠さんの表情は動かない
 人形師ドールワークは人の心を縛るもの。強い言葉で相手の心を大きく揺らせ。
 こうなってしまった時、どう呼びかけるべきかはこの旅の間ずっと考えてきた。


「勘違いしないで欲しいんだけど……僕がここに来たのは、そいつを嗤うためだ。聞いているか、都笠鈴」


 ヴェロニカが怪訝な顔で僕を見た。


「殺すと誓った相手に操られて。決着をつけるとか言ってたのは口だけか
ラヴルードさんは恥ずかしく思うだろうね。何のためにこんなのを守ったのかって」


 強い口調を意識して都笠さんの眼を見て言う。 


「まったく、命の捨て損だ。僕が死んだら、君のその無様な姿をきっちり報告しておくよ」
『スミト、どうする?行っていいのか?』


 耳に嵌めたインカムからヴァンサンの声が聞こえる。
 ……これでダメなら、もう一か八かの力押ししかない


 都笠さんが静かに僕等を見た。







「僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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