僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

決行の時

 翌日、予定通りにエリステン・ルーヴァについた。
 といっても、門をくぐるところを見たわけでもなくて、着いた宿の部屋から見ただけなのだけど。
 窓から見るエリステン・ルーヴァの町は建物や石畳まで白で統一されていて、中央には大きめの砦のような城がある。
 都笠さんはあそこにいるらしい。


 街中には宗教の紋章を染めた小旗が翻っている。
 ガルフブルグに比べると清潔な街だと思うけど……そこかしこで不信心者ニヴェリエらしき人たちがゴミを拾ったりしていた。
 塔の廃墟だと子供しかいなかったけど、ここでは大人とかも見かける。


 城壁近くの行商宿に宿をとって、機会を窺うけど。都笠さんが動く気配はない。
 綾森さんはほぼ一日中天頂の眼ゼニスヴィジョンを展開して見張ってくれている。
 僕とヴァンサンはただ待つしかない。


 噂話でもと思ったけど、行商に行っているコンテッサさんもあまり情報はとれなかった。
 着いてから二日ほどだけど、時間が長く感じる。


 このまま何の動きもなかったら、と思ったけど。
 3日目の昼。綾森さんが不意に言った。


「動いた」


◆ 


 宿の部屋に天頂の眼ゼニスヴィジョンで展開されている地図。
 その都笠さんの位置を示す矢印のアイコンが動いた。


「僕等は追ってこないと思って別の町に移すんでしょうか」
「まあ可能性はあるね……アタシたちが追ってくる可能性は考えていても、ここに居ることは分かってないはずだ」


 コンテッサさんが少し考えてつぶやく。
 確かに……分かっていたらとっくにこの宿は包囲されているだろう。其の一点を考えても、奴らは僕等の動向をつかんではいない。


「だが、誘いの可能性もあるね……」
「四の五言っている場合か?城の外に出てきたのだぞ。またとない機会だろうが」


 ヴァンサンが言う。まあ確かにそうだし、そもそも選択の余地がないか。どっちにしても行くしかない。
 ただ、誘いであったとしても。此処まで正確に相手の状況を把握しているとは思うまい。これが僕等の最大の、そして唯一の優位だ。


「よし、じゃあこの服に着替えな」


 コンテッサさんが白い貫頭衣とズボンをくれる。
 ごわっとした生地で、あの宗教の紋章が刺繍されていた。窓から眺めるソヴェンスキの人は大体こんな感じの服を着ている。


「いけ好かない白装束さ……けど、ガルフブルグのままってわけにはいかない。できればセリエ、この布で耳も隠しな。ソヴェンスキでは獣人はあんまりいないからね」


 セリエが頷いて貫頭衣を頭からかぶると、頭にくるくるとターバンのように布を巻く。


「スミト卿、これを水に溶いて髪にかけるんだ。髪染めだよ」


 コンテッサさんが渡してくれた袋には白っぽい粉が入っていた。


「アンタの黒髪はソヴェンスキではちょっと目立つ……ばかばかしいと思っても、やれることはすべてやるんだ。一つでも、毛ほどの可能性でも危険は減らす」


 言われた通りに部屋の水差しの水に粉を入れるとドロッとした感じに変化する。
 シャンプーで髪を洗うように塗り込むと、すぐに髪が白っぽく染まった。結構便利だな。
 水に顔を映してみると違和感はあるけど……髪の色一つで結構印象が変わる。


「水で洗ったらすぐに落ちるからね。注意しな」
「はい」


「手筈通りに、私が座標捕捉ポインターで君達をガイドします」
「アンタらが接触出来たら、アタシとアスマ卿はすぐに街を出る、いいね?」


「俺は待機してお前等の合図を待つ」


 ヴァンサンも白い衣装を身にまとった。


「スミト卿、アンタらは……そうだね、子連れの夫婦って感じで歩きな」


 コンテッサさんが言う。


「いいかい、普段通りに動くんだ。こういうのに慣れてないアンタ方は意識するなっていうのも難しいかもしれないけどね。
変に隠そうとするとボロが出る。焦らず、急がず……此処をパレアだと思いな、いいね」


 普段通りに、か。戦闘の訓練は散々積んだけど、こういうのは初めてだ。
 ただ、出来るかどうかわからないけど、やるしかない。


「必ずまた会いましょう。風戸さん」
「ええ、必ず」


 拳を軽く綾森さんと合わせた


「なんだ、それは?」
「僕等の世界での戦いの前の挨拶って感じですかね」


 ちょっと違う気もするけど、まあいいか。


「なるほどな」


 そう言ってヴァンサンとコンテッサさんも拳を突き出してきた 


「生きて、またガルフブルグで」
「そうだな」
「もちろんさね」


 それぞれ拳を軽く触れあわせる。 


「行こう、セリエ。ユーカ。頼むよ」
「はい、ご主人様」
「行こう、お兄ちゃん」





 街に出た。
 宿から出るのは初めてなんだけど、白く敷き詰められた石畳と、これまた白く塗られた背の高い建物。
 なにやら整然としていて、妙な静けさと言うか緊張感を感じる街だな。通りを行きかう人たちも無駄口を話したりせず、粛々と歩いているって感じだ。
 揃いの白装束も相まって、なんというか不気味な画一性を感じてしまうな


『位置は把握しています』


 耳に付けたインカムから綾森さんの声が聞こえる。
 見知らぬ街で今から何が起きるのか全く予想がつかないけど。声が聞こえるだけで一人じゃないと感じられて心強い。


 セリエと並んで、ユーカを挟むようにして三人で歩く。夫婦のように見えるだろうか。
 道を歩いている全員が自分たちを見ているように感じる。思わず早足になりそうになるけど……つないだセリエの手に力がこもった。
 布を巻いて獣耳を隠したセリエが僕を見つめる。少し気分が落ち着いた。 


『その路地をまっすぐです』


 綾森さんの声が聞こえる。言われた通りに道を行く。
 統一された感じはなんとなくパレアの旧市街を思わせてくれて、歩いていると気分が楽になった。


 都市計画はガルフブルグよりきちんとしているような気がする。わりと路地の交差が直角で規則的。
 無計画と言う感じで建物が並んでいて、場所によってはちょっとした迷路のようになっているパレアとは違う感じだ。
 こういうことを観察できるのも、まあ少しは落ち着いたってことかもしれない


 すれ違う人の中に兵士らしき連中が混ざり始めた。


『状況はどうですか?』
「兵士たちがいます……警戒されているかも」


 単なるパトロールなのか、それとも僕等がいることを想定して誘い込む意図があるのか。
 白い皮鎧の集団とすれ違うたびに誰何されないか、ひやひやするけど……そこまで緊張感のある感じじゃない。
 ……待ち伏せってわけではないのかもな。だとしたら好都合ではある。


 指示に従って歩いていると、少し広めの路地に入った。


『もう少しです』


 通りの向こうからまた兵士たちの一隊が歩いてきた。今度はさっきより多い20人ほど。
 いい加減、もう落ち着いてきた。端によって道を譲る。
 先頭を歩いている隊長格らしき人が軽く会釈してくれて、ほんの一瞬、目が合った。


「……お前は」


 その隊長が固まって僕の顔を見つめる。こっちも思わず見返した。
 何処かで見たことが有る……と一瞬考えて、思い当たった。


 あの、塔の廃墟に来ていた隊長……たしかレオニダード。





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