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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

命を懸けるそれぞれの理由

 数日が過ぎた……といっても、ひたすら別宅レジデンスに隠れているだけだから特にやることがない。宿場町で少し外を見せてくれるだけだ。
 もう少しヴァンサンと良好な関係なら剣の稽古でもしたいところなんだけど、どうも避けられている。
 仕方ないから綾森さんと東京の話とかをして時間を潰した。


 ソヴェンスキに入って5日目。


「アスマ卿、そろそろ場所を確認をしてもらえるかい?そういう能力をお持ちと聞いたよ」


 綾森さんと二人で宿の部屋に出た時に、コンテッサさんが言った。
 綾森さんが頷いて椅子に座る。


「【管理システム・久延毘古くえひこにアクセス。追跡対象を289番・都笠鈴に設定。地表画像を展開し、対象の座標を表示してください】」


 綾森さんが唱えると、前に見たような地図が綾森さんを中心に広がった。
 宿の周りを表示していた地図の表示が一気に広がって遠くまでが分かるようになる。街道の行き先の一点に赤い矢印が表示されていた。ミニチュアのような街が表示されている。


「これは?」
「私のもう一つのスロット能力は座標補足ポインター。会ったことのある人の位置を調べられるんですよ。これは天頂の目ゼニスビジョンと相性がいいのと、スロットの消費が1だったんで、取ったんですが」


 ちょっと疲れたような口調で綾森さんが言う。地図を広げると負担が大きいらしい。


「……奴隷狩りや犯罪者の追跡に使うことはあったんですがね、まさかこんな風に使えるとは。何がどうなるか分からないものですね」


 地図上に矢印アイコンのように表示されているのが都笠さんの居場所ってことなのか


「ここは……エリステン・ルーヴァだね。ソヴェンスキじゃ国境に一番近い城塞都市だ……もっと遠くまで行っていると思ったけど」


 貰った地図と綾森さんが展開した地表図と見比べつつ、コンテッサさんがつぶやいた。


「まだここに居るってことは……連中はやっぱりお人よしの誰かさんが追いかけてくることを想定しているのかもね」


 コンテッサさんが僕等を一瞥して言う。
 気づかれないうちに奪還がベストシナリオだったんだけど、待ち伏せされてるならそういうわけにはいかないか。


「まあでも、考えてみなよ。国境に近いってことは、首尾よくやれれば逃げる手間は少なくて済むってわけさ。一泡吹かせるにはいい状況だろ?」


 コンテッサさんが空気を換えるようにちょっと明るい口調で言った。





 あと一日でエリステン・ルーヴァというところで。


「一つお前に聞いておきたい、カザマスミト」


 別宅レジデンスの広間の簡素な机でそろそろ食べ飽きてきたパンとチーズとハムのサンドイッチの夕食を終えた後、ヴァンサンが聞いてきた。


「なんでしょう?」
「ガルフブルグについてお前はどう思っている?」


「どう、というのは?」
「そのままの意味だ。お前にとって我がガルフブルグはどのような存在だ?」


 何とも抽象的な質問だけど。
 答えあぐねていると、ヴァンサンが話をつづけた。


「俺はガルフブルグ、そしてバスキア大公にお仕えする騎士だ。ガルフブルグと我が家名のために命をかける。それが騎士の務めだ。
この任務も、バスキア大公の御為。ひいては我が国のためになると思っている。お前等のためではない」


 真剣な顔でヴァンサンが言う。


「だが、だからこそ。お前やスズとやらがガルフブルグをどう思っているのかは俺にとっては重要だ。
俺が大事に思っているものをどうでもいいと思っている奴のために命をかけられるか?」
「それはアタシも聞いておきたいね」


 コンテッサさんが言葉を継いだ。


「ロンドヴェルド家の嫡男殿と塔の廃墟の住人アスマ卿、それにアタシ。しかもブルフレーニュ、バスキアの二大公家の合同作戦だ。これは異例中の異例なんだよ」
「大公の命とあらばこの命を懸けるのに躊躇いはない。だが俺が命を懸ける相手のことを知っておきたい。お前等が命を懸けるに値する相手かをな」


 普段の貴族然とした身分の壁を誇示するような口調じゃない。
 真剣に答えなければいけない質問だってことくらいは分かった 


「貴方たちほどではないですけど……少なくとも、この国に愛着はあります。
僕にとって大事な人がいる国、大事な人の故郷ですから」


 この世界に来て、沢山の人と会った。結構長くいて大事な人もできた。
 アーロンさん達、オルミナさん、一緒に戦った人もいる。
 それになにより、セリエやユーカの生まれ故郷だ。どうでもいいと言える存在なんかじゃない
 ヴァンサンがなにやら胡乱げな目で僕を見るけど。


「それに、もしどうでもいいって思っていたら、ヴァンパイアと戦ったりなんてしませんよ」


 あいつをあのままにしていたら大変なことになっていたことくらいは分かる。
 勿論、籐司朗さんの仇討でもあったけど。でもそれが無くても、戦ってほしいと言われたら戦っただろう。
 納得してくれたか分からないけど……押し黙ったまま聞いていたヴァンサンが口を開いた。


「では次だ」


 ……まだあるのか。でも、命がけの作戦になるかもしれない。
 腹を割って蟠りを捨てておくのは大事なことだし、僕の我儘に付き合ってくれているんだから応えるべきだろう。


「なぜおまえは立身を望まない?お前ならオルドネス家でもバスキア大公でも準騎士になり栄達は思いのままのはずだ。
なぜそれを拒み、しかも栄達を望まぬのにこんな危険な罠に自ら身を投じる?」


 ……この話は前にも籐司朗さんとした気がするな。
 準騎士として仕官しない僕等は奇異にみられているんだっけ。


「はっきり言うがな、お前の立場を望むものは数知れずいるぞ」
「僕は……そりゃもちろん立身出世してとかに全然興味が無いわけじゃないですよ」


 昔はそんなことも思っていた。


「でも今は。自分の手の届く範囲の人を守って幸せにできればって思ってるんです。この銃の届く範囲で」


 貴族のお姫様、メリッサさんとの結婚話も出たけど。
 正直言って、貴族の家で立派なテーブルで食事して、いろんな人に傅かれて領土の差配をするなんて自分はあんまり想像できない。


 それにアーロンさんは言った。世界を変えるというのは、戦争に勝つとか竜を殺すことじゃない。
 行動と意思で当たり前の流れを変えて、何かを動かすこと。それが世界を変えることだ。
 そのために、立身とか権力とかが必要なものもあると思う。でも絶対に必要ってわけじゃない。


「ただ、そんな風に言えるのは、僕が背負っているというか、守るものがとても小さいからですよ。だから、貴族の家とかそういうのを背負っている人はすごいと思います。綾森さんも」


 権力を得るってことはそこに責任が生じる。
 ……勿論、金と権威にただ溺れてしまうようなのもいるんだろうけど。好き勝手にできるほど甘くないのはなんとなくバスキア公達と話していると分かる。 


 ヴァンサンは貴族の家の嫡男として家の名誉とか行く末を背負っている。それに比べれば僕は気楽な方だと思うし、真似もできない
 ヴァンサンがやっぱり理解できないって顔をした。


「ならば……なぜこのような危険を冒すのだ」
「仲間だから。都笠さんは。さっきも言った通り、大事なものは僕の手で守る。取り返す……それに、きっと逆の立場でも都笠さんは同じことをするだろうから」


 ヴァンサンが黙って僕を見て頷いた。


「なるほどな……ただの奇矯な流れ者かと思っていたが、いろいろと考えているのだな」
「それは……いくら何でも失礼じゃないですかね」


「だが、おそらくガルフブルグの貴族のほぼすべてが思っているぞ。立身に興味が無い奇妙なもの、もしく4大公家にも靡かぬ鼻持ちならない思い上がり者、とな」
「まあ、私は準騎士になったらなったで成り上りと妬まれてますからね。どっちにしてもたいして変わりませんよ。気にしすぎない事です」


 綾森さんがこともなげに言う。どっちにしても酷い言われようだ。


「万が一の時は……」


 ヴァンサンが話し始めて、少し考え込んで言葉を切る。
 僕等を見て意を決したように息を吐いた。


「お前もスズも殺すように言われている……お前らがソヴェンスキに渡ることを見逃すことはできない」


 ヴァンサンが言う。
 隣でお茶を飲んでいるコンテッサさんがやれやれって感じで首を振った。


「シュードエスト公もそうだろう?」
「若いね……アンタはまったくもう……」


 コンテッサさんが言葉を濁したけど……無言の肯定って感じだな。
 なるほどね……僕等が行くのを許可した理由が分かった。僕等が折れないのはどうしようもないなら、もしもの時は僕も都笠さんも纏めて殺すことも想定内ってことか


 ただ、酷い話だ、とは不思議と思わなかった。むしろ当然の対応なような気もする。
 それより、こういう機会を作ってくれたことの方が僕にとっては大事だ。ただ待つだけなのも、都笠さんが敵に回るのをむざむざ見ているのも耐えられなかった。
 でも。


「なんでわざわざ言ったのさ」
「騎士たるもの隠し事はすべきではない。お前の心の内を聞いた以上、言うのが公正というものだ」


 ヴァンサンがきっぱりと言う。


「お前の想いは受け取った。無事に取り戻して逃げれるように最善を尽くそう、良いなスミト」
「アタシだって、もちろん姫様だってアンタたちを殺すなんてことはしたくないさ。其処は勘違いしないでほしいね」


 コンテッサさんが付け加えた。

「僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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