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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

協力者とともに出発する。

 あの会議が終わってすぐダナエ姫とバスキア公はガルフブルグに引き上げたらしい。
 やきもきしつつ待っていたら、2日後に呼び出しがかかってラポルテ村に移動した。


 ラポルテ村の外れの草原には先日会ったフューザンさんと、バスキア公とダナエ姫、それの後ろに従うように何人かの人がいた。
 バスキア公の後ろには綾森さんと……あの園遊会でケンカを売りつけられたヴァンサンという貴族。
 綾森さんは軽く会釈してくれたけど、ヴァンサンは不機嫌そうな顔のまま僕を一睨みしただけだった
 ダナエ姫の後ろには一人の男の人。こちらは見覚えがない顔だ。


「お主の意思を尊重しよう、スミト」


 ダナエ姫が表情を変えないまま静かに言った。
 ただ、何と言うか、何か言いたいことを押し殺している感じはする。納得はしてないのは分かるけど、とりあえず認めてくれたのはありがたい。 


「妾の旗下からこの男を貸そう。こやつを使えばとりあえずソヴェンスキの領内には入れるじゃろう」


 ダナエ姫の後ろにいた男の人が軽く会釈してくれた。
 年は20歳くらいにもみえるし、40歳くらいにも見えるし、年齢が分かりにくい。
 失礼ながら……なんとも特徴のないって感じの顔だ。薄い微笑みを浮かべているけど、顔の堀が浅い。茶色の髪は肩くらいまでに伸びていて、服装も何処にでもいる商人風。
 上から下まで、中肉中背のどこにでもいるおっちゃん、というかんじだ。 


「妾の準騎士、コンテッサ・タンペルール・シュードエスト。こやつのスロット能力があれば国境を抜けて追うことはできるじゃろう。少なくとも街道で囲まれることはあるまい……頼むぞ」


 そういうと、コンテッサさんがダナエ姫に会釈して僕等を見定めるように一瞥する。
 見た目とは裏腹に視線は隙が無いというか鋭い。ダナエ姫の準騎士なんだから当然相当な切れ者なんだろうけど。


「これをお持ちください」


 フューザンさんが白く巻いた紙を渡してくれた。


「これは?」
「地図です。ソヴェンスキの」


 広げると、A3の大きな紙に街道と町の名前や細かなメモが書き込まれていた


「40年前……先々代の記録が叡智の辞典エンサイクロペディアに残っていました。
多少古いかもしれませんが、街道や市街の位置までは大幅に動いてはいないでしょう」
「……助かります」


「貴方に幸運があるように、スミト殿」


 フューザンさんが小さく笑う。入れ替わるようにバスキア公が二人を従えてこっちに来た。


「こっちからはヴァンサン……会ったことはあるよな。あとアスマ。お前も行け」


「………大公の御下命とあらば」
「分かりました」


 ヴァンサンはあからさまに嫌そうだけど。この人はどういうスロット能力を持っているんだろう。


「こいつの能力はちょっと場所を選ぶが……荒事になるなら使える能力だ」


 現実的には僕等だけじゃ国境を抜けることすらできなかっただろうから、手を貸してもらえるのはありがたい。
 ただ、先日のもめ方から何が変わったのか。


 ウルスさんとブリジットさんの二人は今回は同行しないらしい。
 綾森さんと何か話して、二人が綾森さんの前で跪いているのが見えた。綾森さんが二人の肩を抱いてなにか話している。


「スミト……必ずや生きて戻れ、よいな」


 ダナエ姫が声を掛けてきた。


「ええ、もちろんそのつもりです」


 何度も戦って、身に染みて分かった。
 命を捨てても、というのはある意味とても無責任だっていうこと。目的を果たして待っている人のところに生きて戻ってこそだ。
 ダナエ姫が頷いて、馬車の準備をしているコンテッサさんの方に歩き去って行った。


「スミト、必ず成功させろ。失敗は許されねぇぞ、分かってるな」
「ええ、勿論。それと許可してくれてありがとうございます」


 僕等が行くのは絶対に許さない、と言ってもおかしくないと思ったんだけど。
 あの時の様子を見るに、この人がダナエ姫を説き伏せてくれたんだと思う。 


「お前等は止めて聞くタマじゃないだろ?」
「……まあ、それは」


 行くなと言われたら……別の方法を考えたかもしれない
 誰かほかを派遣する、と言われてもとてもじゃないけど、じっとしてはいられない。


「だったら言い争う時間は無駄だ。時が経てば状況は悪くなるしな。つまりは合理的判断ってやつだ」 


 バスキア公がやれやれって感じで手を広げる。
 無理を通したようだけど……待っているだけと言うのは耐えられない。だから、これだけは譲れなかった。


「ありがとうございます」
「ああ、そうだ。スミト、行く前にひとつ言っておく」


「はい」
「……もしスズを取り返せないと思ったらお前がスズを殺せ」


 バスキア公が真剣な口調に変わった。


「あの国は人を取り込むことにかけては恐ろしい手管を持っている。どうしているかは知らないがな。俺の家の旗下の貴族がやられたことがある。表向きは全く分からなかったが……完全に操り人形にされてな。俺の兄が刺されたよ」


 淡々とした口調でバスキア公が続ける。そんなことが有ったのか。


「生きているならもしかしたらまた会えるかもしれない……なんてことは思うな。もし完全に連れ去られれば、次に会うときはお前の敵になる。おそらく司教憲兵アフィツィエルとしてな。
あいつをあいつのままにしておきたければお前の手で殺せ」


 そう言って、バスキア公が僕の肩に手を置いた。


「だが、二人とも生きて帰ってこい。それを望んでいる」





「では早速行こうかの、スミト卿」


 コンテッサさんが気軽な口調で声を掛けてきた。
 大きめの馬車3台には荷物が色々と積まれている。旅の行商人って感じだな。


「これに乗っていくんですか?」
「いやいや、違うさ。あんたたちはここだ。【遠くからお客様のお越しだよ、さあ扉を開けておくれ。寛いでくれよ】」


 そういうと、突然空中に銀色の水面のようなものが浮かんだ。
 オルミナさんの鍵の支配者キーマスターの門に似ているけど。


「さあさあ、入った入った」


 コンテッサさんが促す。
 門に手を触れると、鍵の支配者の時と同じように一瞬視界が暗くなって、目の前の景色が変わった。
 奇妙な空間だ。ドーム状の天井があって、天井には空と雲の絵が描かれてている。天窓のように、あちこちから光が差し込んできていた。
 ちょっとした体育館くらいの広さの空間の中央には小さな石造りの家が建っていた。


 小屋の周りには厩と井戸まである。
 それにカーポートのような倉庫があって、そこには色んな荷物が整然と積み上げられていた。


 家の中は居間と何部屋かの寝室があって掃除が行き届いている。
 なんというか、街道沿いの宿屋をそのまま持ってきたって感じだ。


「アタシのスロット能力は別宅レジデンス。その家のものは好きに使っていいからね、ここでゆっくりしてな」


 後ろからコンテッサさんが入ってきて声を掛けてくれる。
 亜空間を作り出す、多分兵器工廠アーセナルのような魔法の箱マジックボックスの派生能力っぽいな。


「アンタらはここで待機だ。たまに外に出してあげるけどね」
「この俺がこんな粗末なところに詰め込まれるとは」


 ヴァンサンが不満げに言うけど、コンテッサさんがじろりと一にらみすると黙った。
 貴族の序列はよくわからないけど、コンテッサさんはダナエ姫直属の準騎士らしい。
 並みの貴族より四大公家の順騎士のほうが待遇が良い、というのは前にリチャードが言っていたけど。そんな感じなのかもな


「コンテッサさんは?」
「アタシは馬車で移動さ……目立たないためにはね、周りと同じようにするのが大事でね。皆が荷物を運ぶならアタシも運ぶ
軽装なら軽装でいく。装わなくてはいけないけど、装い過ぎても行けない、それが熟練の匙加減さね」


 そう言ってコンテッサさんが出ていってしまった。





 この空間に取り残されて多分半日ほど経ったころ、コンテッサさんが姿を現した。
 外に出ていい、ということなので出てみたら、小さな宿屋の一室に出た。
 広い亜空間から出てみたら狭い宿の一室というのもなんか変な感じだけど。


 外を見てみると小さな宿場町のようで、窓の下には何件かの宿屋とか酒場のようなものの明かりと、人の話し声が聞こえた。


「ここは?」
「カニューシナ・ドゥヴァ。ソヴェンスキの街道沿いの宿場さね」


 いつの間にか後ろに現れていたコンテッサさんが応えてくれた。
 あの中にいると何が起きているのか分からないけど、もう入国できたのか。


 パレアを出て旅行するのはガルフブルグに来て初めてだから、こういうのがなければキャンプ気分で旅を楽しむなんてこともできるのかもしれないけど。
 現状ではそれどころじゃない


「すまないが、部屋の外には出ちゃいけないよ。アタシの一人旅ってことになってるからね」
「ここまで大丈夫でしたか?」


 そう聞くと、問題ないさ、と言わんばかりにコンテッサさんが頷いた。


「ロクでもない国だけど、封緘シールの効きがいいからね。魔獣を警戒しなくて済む。街道筋の宿が多いから野宿もしなくていい。ただ……」
「どっちかというと旅人の監視じゃないですかね」


 なんとなくそんな気がする。
 通りを見下ろしても、兵士らしき揃いの白い鎧姿が何人も見えた。


「さすがは龍殺しの英雄だね。慧眼だ。おそらくそうだろうね」


 旅人のための設備を整えている、というのもあるのかもしれないけど。どっちかというと旅人を往来を監視しているっていう気がする。
 東京の住人としては隠しカメラの心配をしてしまうけど、流石にそれはないか。
 壁に掛けられた仰々しい紋章はソヴェンスキのものなのか、それともこの国の宗教の者なのなんだろうか。


「僕等のことは大丈夫ですかね」
「安心しなよ。ここに隠れている限り絶対に感知はされない。もう20年にもなるけどね、不手際は一度もないさ」


 コンテッサさんが自慢げに言う


「さ、じゃあ戻ってくれるかい?」


 しばらくはこの調子が続きそうだな



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