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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

信じられない光景

 敵の気配はもうなくなった。


 都笠さんは防衛庁で車両を一台、と言っていたけど、さすがにそれは危ないということで辞めになった。
 リチャードとレインさんはしばらくしたら目を醒ましたけど、戦闘は無理って感じだったし、今のところは魔獣の姿は無いものの遠くから声は聞こえてくる。
 デュラハンやワイバーンが出たりするようなこともあるわけだし、戻る途中で接敵して全滅なんて笑い話にもならない。


 大きめのミニバンを動かして帰ることにした。アデルさんはバイクだ。エンジン音に恐れをなしたのかどうなのか、魔獣との戦いは起きなかった。


 ソヴェンスキの兵士の内、アデルさんが生け捕りにした奴だけは連れ帰った。
 都笠さんの狙撃を受けた二人と僕が倒した一人は致命傷じゃなかったはずだけど、全員こと切れていた。


 アデルさんが言うには自決したってことらしい。結果的には生け捕りに出来てよかった。証人がいないと、こいつらのやったことの証拠が残らないから、水掛け論になりかねない。
 遺体は多少気が引けたけどそのままにして引き上げた。
 信濃町の天幕の下の詰め所の明かりが見えた時はほっとした


「大丈夫、リチャード、レインさん?」
「ああ……すまねぇな、スミト」


 魔法で動きを止められていたらしい。まだ影響が残ってるようで、口調がなんというか覚束ない感じだ。
 ギルドの係員の人と詰め所に居たジェレミー公の従士の人がベッドに寝かせてくれている。回復魔法とかで治療を受ければ問題ないかな。


 アデルさんはソヴェンスキの兵士を厳重に拘束してそのまま何人かで何処かに行ってしまった。
 ジェレミー公に引き渡すんだろう。この先は政治的な話になるんだろうな、僕等にはとりあえず関係ない。


 リチャードとレインさんが回復するのを待って新宿に戻った。
 もう夜1時もまわっていて、天幕下の酒場は小さな明かりが灯されてるだけで誰も居なかった。
 まあ、いても流石に酒盛りってわけにはいかなかっただろうけど。リチャード達はすぐに宿に引っ込んでしまった。


「感謝する、スズ、セリエ、ユーカ、それにスミト」


 アーロンさんが最敬礼って感じで深く頭を下げてくれた


「いえ、僕等は前の借りを返しただけですよ」


 アーロンさん達があの時援護に来てくれなかったら。
 僕や都笠さんは殺されることは多分無かっただろうけど、セリエとユーカはどうなっていたか分からない。
 今ここに皆で居られるのもアーロンさん達のおかげだ


「この借りはいずれ返すよ」
「そしたらまたその借りをあたしたちが返さないといけないじゃないですか」


 都笠さんがおどけたような口調で言う。アーロンさんが笑って頭を掻いた


「そうだな、いつまでも終わらんな」
「だから、これで貸し借りなしですよ」


「しかし……竜殺しとか言われてても、まだまだ駆け出しの坊やとどこかで思ってたが……もうそうは言えないな」


 アーロンさんが僕の肩を叩く


「ありがとうございます」
「明日は飲もう。勿論俺たちのおごりだ」


 そう言ってアーロンさんも宿の方に歩き去っていった。
 スタバビルの3階にはまだ明かりが灯っている。
 ジェレミー公やオルドネス公が対策会議でもしているのかもしれない





 数日後。
 ソヴェンスキの兵士たちが隊列を整えて天幕下にいた。


「どういうことなんですかね」
「どうやら全員撤退と言うことになったようです」


 側にいた、ジェレミー公の従士の人が答えてくれた。


 どういう交渉があったのか分からないけど……ソヴェンスキの兵士はここから手を引く、ということで収まったらしい。


 勿論あの夜に起きたことはとっくの昔に知れ渡っている。
 僕は別に吹聴したわけじゃないんだけど、まあ噂は勝手に広がるもんだし、ジェレミー公やアデルさんたちも黙っている理由は全くないだろう。
 探索者たちが殺気立った感じで隊列をみている。兵士たちは平然としているけど、不信心者ニヴェリエの子供たちは怯えた感じでまわりを窺っていた。


「えらく甘い処分よねー」


 都笠さんが不満げに言う。確かに撤退だけで済ませるってのも甘いという気もするけど


「個人的には良く引き下がったなって思うよ」
「……うーん、かもねぇ」


 今までのあの連中の言動を見るに、非を認めて撤退とかちょっと信じがたい。
 適当なことを行って正義だの何だのと譲らないとかいう展開をもあり得たと思う。


「まあ賠償金とか払わせたとか、そういうのじゃないかな」


 そんな話をしているうちに、ジェレミー公とオルドネス公がスタバビルの方から歩いてきた。
 それにソヴェンスキの隊長、たしかレオニダード、とか言ったかな。並んで歩いてくる。


 隊列の前にレオニダードが立った。探索者たちのざわつきが少し収まって視線が集まる。
 何をするのかと思ったら、レオニダードが深く頭を下げた。


「この結果について、まずは謝罪いたします」


 またしょうもない正義だのなんだのと言う演説でも聞かされるのかと思ったけど……
 探索者たちや従士たちも同じなのか、何やら顔を見合わせて何かささやき合う。


「ソヴェンスキの騎士としてこのようなことになったことは……」
「黙り給え、オルムスク卿」


 突然、声がかかってゲートに人影が浮かぶ。
 現れたのは……忘れもしないヴェロニカだった。





「それはお前の権限ではない」


 池袋であった簡素な鎧姿とは違う、白で統一した革鎧に青と金で刺繍が入った外套を羽織っている。
 同じような衣装に身を包んだのがあと二人。全員が司教憲兵アフィツエルだろうか
 レオニダードが一瞬ヴェロニカを睨むように見て、深く頭を下げた


「失礼しました」


 鷹揚にヴェロニカが頷く。確かあの人は旅団長だかそんな話だったと思うけど。
 それより司教憲兵アフィツエルの方が格上なのか。


「この度は我が方の兵士が命令に従わず、ガルフブルグの探索者と不幸な交戦を行うことになりました。
我々としては不本意ながら、両国の協定により塔の廃墟より撤退します」


 ちょっとまて、不幸な交戦ってそんなわけないだろ、準備万端で僕等を罠に嵌めようとしたし。僕等のことは抜きにしても探索者に犠牲者が出ている。
 それをこんな風に落着させるってことなのか?
 そもそも不本意ながらってどういう言い草だ。


 探索者が顔を見合わせてささやき合っている。
 オルドネス公は無表情だけど、ブレーメンさんは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。ジェレミー公はもっとあからさまに不満げな顔だ。
 しばらくしてざわめきが収まった。


「スミト様、スズ様、ご迷惑をおかけしたようです。お許し下さい」


 ヴェロニカがこっちを見て言う。
 険しい顔をした都笠さんが何か吐き捨てるように言って顔を逸らした


「とこでろで、お二方……お気持ちはお変わり合いませんか?」
「なにが?」


「正しい道を歩もうとする思いはありませんか?」


 相変わらず張り付いたような作り笑いを浮かべながらヴェロニカが言うけど。


「この状況で気が変わったなんていう馬鹿がいると思うか。消えろよ」
「そうですか、では、都笠様……」


 ヴェロニカが都笠さんの方を改めて見た。


「【ともに生きましょう、今こそ神の言葉を聞くときです】」


 ヴェロニカが僕等を見て言った。


「【正しい道に私がお導きします】」


 静かだけど不思議な圧を感じる口調でヴェロニカが言う。
 言っていることは今までのあいつらと変わらないけど。


「もういい飽きたけど、お前等の正しい道とかそういうのは……」


 言いかけたところで、都笠さんがふらりと前に進み出た





「どうかした?」
「風戸君……あたし行かなきゃ」


「は?」
「あたしは気づいたの。正しい道を歩むことの大事さに」


 都笠さんが普段とは全く違う顔で僕等を見た。
 熱に浮かされたというかぼうっとした表情で、いつもの目つきとは全然違う。


「よく決断くださいました」


 ヴェロニカが薄笑いを浮かべて都笠さんの手を取った。
 手をとられるまま、都笠さんが門の方に歩いていく……一瞬何が起きたのか分からなくなったけど、呆けてる場合じゃない。


「お姉ちゃん!」
「スズ様!」


「待て!」


 そういうと都笠さんの手を取ったままのヴェロニカがこっちを振り向いた。


「何をした!」
「なにもしてはいません……スズ様は自分の意志で我々とともに正しい道を歩まれることを決められました。素晴らしいことです」


 張り付いたような笑みを崩さないままにヴェロニカが言う。
 ヴェロニカが都笠さんとの間に割って入るように立って、もう二人の司教憲兵アフィツエルが入れ替わるように都笠さんの手を取った。


「お姉ちゃん!待って!」


 ユーカが必死で呼びかけるけど……聞こえていないかのように反応を示さない
 司教憲兵アフィツィエルの二人が肩を抱くようにして、都笠さんが門の向こうに消えた


「貴様、いったい何をした、何のつもりだ!」


 あまりの急展開だったけど、我に返ったようにジェレミー公が声を上げた。従士たちが次々とスロット武器を抜く。


「我々は塔の廃墟から平和的に撤退します。ルノアール公と定めた約定通り。其方は何も手出しはしない、平穏に撤退を許す、そうでしたよね」


 ヴェロニカが余裕な顔で間を置いた。


「探索者の一人がその者の意思で我々に同行するだけですよ、なんの問題もありません。我々は約定を違えていません」


 そう言ってヴェロニカが僕を見た。


「改めて申し上げますが。スミト様、一緒にいかがですか?」


 色んな言葉が頭の中を渦巻いているけど、何を言うべきか言葉が出てこない。


「……都笠さんに何をした」
「何もしていません。正しい道に……」


「ふざけるな……」


 いつの間にかソヴェンスキの連中は全員が消えていた。門の前に立つヴェロニカだけが僕等を見下ろしてくる。
 そのヴェロニカの表情がわずかに変わった。


「返せ!!」
「お嬢様!いけません!」


 後ろからユーカの叫び声がした。続いてセリエの制止の声。
 振り向くとユーカがフランベルジュを抜いていた。





「返せ!お姉ちゃんを!返せ!」


 止めるより早く、フランベルジュから炎が帯のように飛んだ。
 門の前に火が着弾して赤い柱が吹き上がる。壁のような炎が視界を遮った。
 一瞬どうなったのかわからなかったけど、ヴェロニカの白い鎧が炎の柱の横にいた。避けられた。


 あの双剣を抜いているのが見える。
 炎の壁を切り裂いて、風のようにヴェロニカが踏み込んできた。させない。


発現マテリアライズ!」


 間一髪、ユーカとの間に割り込んだ。
 振り下ろされた双剣を銃身で受け止める。火花が散って淡い白光を放つ刃が目の前に迫った


 押し返そうとした瞬間、銃身にかかる圧力が引いた。二の太刀が来る。
 この距離での切り合いは不利。膝を蹴り上げた。
 読まれたかのようにヴェロニカが後ろに飛ぶ。銃を回して射撃姿勢を取った。


「動くな!この距離なら外さない!」
「……奴隷の為に身を挺する。その人格はやはり惜しい。ともに歩んでいただけないのは残念です」


 ヴェロニカが言ってオルドネス公の方を見た。


「ここで武器を抜くことの意味はお判りかと思いますが……エミリオ・オルドネス公。まさか戦争をお望みですか……如何です?」


 ジェレミー公の歯ぎしりが聞こえて、流石にオルドネス公の顔がこわばった。


「ですが、オルドネス公。この非礼は不問としましょう。わが神は寛容です」


 そう言ってヴェロニカがまたこっちを向いた。
 作り笑顔じゃない、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。


「ではごきげんよう」


 そういうと、ヴェロニカが門の向こうに消えた











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