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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

あの時に起きたことを知る。

 彼らがやってきた日の翌日、ギルドとオルドネス公の名前で布告があった。
 ガルフブルグの王様とソヴェンスキの間で約定が結ばれて塔の廃墟の探索を共同で行うことになった、ということらしい。
 ただ、ギルドメンバーへの内密に、あらゆる情報の提供を禁止する旨の通告が出されている。


「当然だろうな」
「あいつらに教える義理はねぇもんな」


 と、これはアーロンさんとリチャードの弁。
 塔の廃墟の探索ではその過程でそれなりの犠牲者も出ているからご親切に情報開示をする必要はないってことだろう。


「ソヴェンスキのアレは正規兵ですよね」


「ああ……というか、あいつらの国には探索者はいないんだよ」
「探索者ギルドがない唯一の国じゃねぇかな」


 手に負えないレベルの魔獣が出た時は正規軍が出てくるらしいけど、広い国のすべての魔獣討伐を正規軍でやることはできない。だから魔獣の討伐はガルフブルグでは基本的には探索者の仕事になっている。
 そして、魔獣を狩った時に出るコアクリスタルが安定した収入源になっているから、探索者の生活は概ね安定している。


 探索者がいない国ってだけで、ガルフブルグとは全然違う形態なんだろうということは分かる。
 国にしても王国とかではなく、宗教国家ってことらしいし。


「正直言うと得体が知れない連中だ。俺は好かないね」


 これはリチャードの感想だけど、アーロンさんも否定はしなかった。
 なんでも過去の傭兵時代にソヴェンスキとは戦ったことがあるらしい。何か因縁があるのかもしれない。





 ソヴェンスキの兵士たちが渋谷に現れてから2週間ほどが過ぎた。


 彼らはスクランブル交差点からほど近い探索者の宿になっていた建物をまるごと借り受けるようにして拠点を作っている
 人数は多くないけど、揃いの白い鎧と軍隊的な一糸乱れぬ集団行動でとにかく目立っている。


 ただガルフブルグの探索者と協力したりするときはあるらしい。一緒に魔獣と戦ったりということはあるんだろう。
 実際の所、天幕下の酒場でも、探索を終えたソヴェンスキと兵士とガルフブルグの探索者が同じテーブルで食事しているのも見るようになった。
 ギルドのお達しはあるとはいえど、一緒に戦うってのはなんだかんだで連帯感を生むのは僕も知っている。


「やっぱり腕はたつんですかね」
「そうだろうな……」


 アーロンさんがいつも通りバーボンを飲みながら言う。なんだかんだ言いつつ、強い戦力は頼れるのは確かだ。腐っても正規兵って感じだな。
 都笠さんは何か考え事をしているのか上の空って感じだ。


 酒場に入ってきたソヴェンスキの兵士の一人、多分隊長格っぽいちょっと鎧が豪華な男がこっちに向かって歩いてきた。
 後ろには豪華な鎧に対して地味と言うか粗末な貫頭衣を着た13歳くらいの男の子が付き従っている。
 なにやら疲れたような表情が気になる。従者とかそんなんだろうか。


「よろしいでしょうか、竜殺し殿」


 僕等のテーブルの側で直立不動の姿勢で立って声を掛けてきた。


「名高きあなたとお会いできるとは光栄です。同卓の栄誉に預かれれば……」


 ヴェロニカのことを思い出すと何を白々しいことを言っているんだ、と言う感じではあるけど。さすがに帰れとは言えない
 そいつが話している途中で不意に、都笠さんが席を立った


「どうしたの?」
「ちょっと向こうに仲いい人がいるからさ、少し席を外すわ。ごめんね」


 硬い表情で言って軽くアーロンさん達に一礼するとそのまま都笠さんが歩き去っていった。
 リチャードとレインさんが不思議そうな顔をして、ユーカが心配そうにその背中を見る。
 なんとなく都笠さんの行く先をみていると、不意にガシャンと言う何かが壊れるような音がした。





「おい、何するんだ」
「勝手なことをしないでいただきたい」


 音の方向を見ると。
 机を囲んで、探索者とソヴェンスキの兵士がにらみ合っていた。白い貫頭衣を着た女の子が困ったように顔を伏せている。


「その子がおなかを空かせてるだろうが」


 地面には割れたカップが転がっていて、周りにはスープらしい液体が広がっている。


「貴方たちにはお分かりないでしょうが、彼女はニヴェリエです。耐えるのも試練です」
「なんだよ、それは」


 ソヴェンスキの兵士が女の子を一瞥する。


「確かに彼女は今空腹にさいなまれています。しかし試練に耐えることにより我らが神オルデクシア・ストラストに近づくことができる」


 大げさな身振りを交えながらそいつが話を続ける。


「辛く見えても、彼女にとっての正しき道を歩むためのもの。そうだな?ミラナ」
「はい……道士様モナーフ


 小さく貫頭衣の女の子が答えた。


「止めなさい。このような場で」


 僕の卓に来ていた男が咎めるように声を掛ける。そのソヴェンスキの兵士がこっちを見た


「おや。竜殺し殿。これは見苦しい所をお見せしました。ミラナ。行きますよ」
「はい、道士様モナーフ


 隊長っぽいのが頭を下げて、貫頭衣の少年を手で促して歩き去る。その後ろに従うように、二人が酒場から出ていった。





 ソヴェンスキの兵士が出て行って、ピリピリしていた空気が和らいだ。
 こっちを見ていた探索者たちも自分たちのテーブルに帰って、酒場に賑わいが戻る。


「どうしたんです?」


 時々見かける探索者の二人組だ。
 片方は30代くらい、大柄な体に使い込まれた皮鎧を着た、如何にも歴戦の戦士って感じの人だ。坊主に近い頭が何とも目立っている。
 もう片方は銀色の短めの髪とやんちゃそうな顔立ちをした、15歳を少し超えたくらいの少年。まだ新人戦士って感じだ
 かなり珍しい組み合わせだから印象に残っている。たしか何処かの傭兵団の部隊長と新人って話だったかな。 


「ああ……竜殺し殿。いやね、今日はメグロの方に行ったんですよ。そこであいつらと一緒に巨大蜂ホーネットの群れと戦ったんです」
「で、お互い生き残ったから食事でもと思ったんですよ」


「あいつらがあの子に何も食べさせてなくて……スープくらいあげようと思ったら、叩き落とされて」


 若い方、確かフラグマ君って名前だった気がする。彼が腹立たしそうに言った。
 あの子と年が近いから思う所があるんだろう。


「足元もおぼつかないくらいなんですよ。腹の音もなってて」
「それなのに自分たちは平気で食べやがってよ。まったく、胸糞悪いぜ」


 隊長さんの方が吐き捨てるように言って、フラグマ君は歩み去る二人の背中を睨んでいた。
 ニヴェリエとか言ってたけど、いったいどういう意味なんだろう。





 ひと悶着合ったけど夕食が終わった。


 都笠さんがちょっと離れたテーブルに座って独りでワインを飲みながらチーズをかじっている。知ってる人に会いに行くとか言ってたけどそんなこともなく、ただ席を外しただけだった。
 もう9時を回って、天幕下の酒場にも人の姿は少なくなってきている。ランプも半分くらいは消されて、閉店間際って感じだ。


「少しいいかな?」
「今更畏まって、風戸君。どうしたの」


「……何かあったのかな、と思ってさ」


 都笠さんは割とマイペースを崩さないタイプだけど。池袋の戦いのあと時々考え込んでいたり、いら立っていたりしていて気になっていた。 
 塔の廃墟に奴らがやってきてから、ちょっと普通じゃない顔で彼らを見ていることもある。セリエやユーカだけじゃなく、流石に鈍い僕でも気づくくらいには。


「すごい怖い顔であいつらを睨んでることがあるよ。気づいてない?」


 都笠さんが頭を掻いて、やれやれって感じで首を振った。


「あー……そっか……意外にあたしも顔に出るのね」


「あのね、お姉ちゃん、あたしたち……心配なの。どうしたの?」
「差し出がましい話で僭越なのは承知しています、でも……あの」


 セリエ達がオロオロしたような顔で都笠さんに言おうとしているけど、うまく言葉にならなかった。都笠さんが苦笑いする。


「ありがとう。嬉しいわ。セリエ、ユーカ」


 都笠さんがカップを僕の前に置いた。


「飲まない?風戸君」


 僕が返事をするより早く都笠さんがデキャンタからワインを注いでくれた。





 カップの縁一杯までワインが満たされた。わずかに零れたワインがカップを伝う。


「あの……私達はご遠慮しましょうか?」
「……いいわ、気にしないで」


 都笠さんが少し考えて言った。セリエとユーカが神妙な顔で椅子に腰かける。


「あの時ね……」


 こぼれそうなグラスをゆっくり手元に引き寄せていたら、都笠さんが話し始めた。


「あの時……4発目を撃とうとした時、後ろで突然ノエルさんの悲鳴が聞こえたのよ」


 何かを思い出すような口調だ。
 あの時ってどのときかと思ったけど、すぐ思い当たった。サンシャインシティの狙撃の時か。


「振り向いたら、ミハエルとラヴルードさんが切り合っていて、ノエルさんは床に倒れてた。血まみれでね。で、あの女がこっちに走ってきた」


 あの女、と言うのはヴェロニカだな。


「あいつは銃弾を避けた……厳密にいえば見てから避けたわけじゃなくて、左右にステップを刻んで当てにくいようにしてたんだろうね。スロット武器の性能もあるんだろうけど」


 スロット武器の速さだけならヴェロニカは僕のより性能が高いっぽい。
 僕でも一応銃弾は目で追える。あいつなら見てから避けることも出来るかもしれない。


「喉元に剣を突き付けられて……あいつはラヴルードさんに武器を捨てるように言った。
あの人一人なら、少なくともミハエルには勝てていたと思うわ……ひょっとしたらあの女にも」


 都笠さんが陶器のカップを握り締めて、わずかに軋み音が聞こえた。
 セリエとユーカが息を詰めて都笠さんの言葉を聞いている。


「言えなかったのよ、あたしは………捨てるな、って言えなかった……あたしにかまわず戦ってって言えなかった」


 ワインのカップを握ったまま都笠さんが絞り出すような口調で続ける。


「……………怖かった。死にたくなかった……あの人は武器を捨てたわ」


 自嘲するように都笠さんが笑った。


「あの人が武器を捨てた時の……あの女の薄笑いが……今も目に焼き付いてる」


 そう言って都笠さんがワインをあおって、デキャンタからワインを継ぎ足した。葡萄の香りがふんわり漂う。
 僕等だから遠慮してくれているのか、深刻そうだから放っておいてくれているのか、周りには誰もお客はいないけど、ウェイトレスの人も何も言わずに放っておいてくれている。


「……バスキア公の旗下でもないあたしのために、なんでそうしたのかしらね」


 あの訓練の時の意図がようやくわかった。そして妙にいら立っていたわけも。
 あれはヴェロニカを想定した撃ち方だとは思ったけど……そんなことがあったのか。


「あたしはね、風戸君。あいつと決着を付けなきゃいけない。あの借りを返さないといけない……必ず」


 都笠さんが凄みのある口調で言って、空になったカップを置く。


「聞いてくれてありがとね。少し気が楽になったわ」


 そう言って都笠さんが席を立った。











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