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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

世界を変えるために必要なもの

 テンションが上がったので夜風に当たることにした。水場があるからか、ひんやり冷たい空気が流れている。
 ユーカと都笠さんは東屋に戻って食事の続きをしているっぽい。セリエがいつも通り側に立っていてくれた。


「災難でしたね。風戸さん」


 不意に声を掛けられた。誰かと思ったけど、綾森さんだ。いつの間にか戻ってきていたらしい。


「見てたんですか?」
「ええ。まあ、気にすることは無いですよ。私たちのようなものは成り上がりに見られますからね、僻みはつきものです」


 グラスを掲げてくれたから軽く触れあわせる。久々の日本流の乾杯だ。
 ガルフブルグのワインはフランスのよりちょっと濃くて、苦みとか果実味が強い。昔の地球のワインもこんな感じだったんだろうか。


「こういうこと、ありましたか?」


 僕みたいなフリーに近いポジションでも、こんな風に妙な方向から敵意を向けられたりする。
 バスキア公の直属の準騎士なら綾森さんはもっと大変そうだ。


「まあね。面倒ですけど、組織の中ではこういう縄張り争いは避けられません」


 こともなげな口調で綾森さんが言う。
 小さい会社にいた僕には、社内での縄張り争いなんてものはあまり経験がないんだけど。綾森さんは経験があるんだろうか。


「そう言えば……いきなり準騎士になってしかも領地までもらったんですね」


 出世するにしてもいくら何でも早すぎる気がするけど。


「私のスロット能力は偵察にも便利ですがね。他にも役に立つんですよ」


 ちょっと得意げに笑った綾森さんが、答えを促すように僕を見た。
 確かにあれは便利そうだけど……他に、とはどういう意味だろう。


「地図……でしょうか?」


 セリエが小さくつぶやいた。


「御明察。流石ですね、セリエさん」


 綾森さんが小さく拍手をする。


「旦那様も戦場にあっては偵察と地形の把握に努めておられましたから」


 セリエが言う。セリエが言う旦那様はユーカのお父さんだ。


「あれを見れば地図を作れるんですよ」


 言われてみると。
 今は地図はインターネットで世界中みれるけど、そうなるまでは正確な地図は重要な軍事機密にだったって聞いたことがある。
 しかも、あれなら面倒な測量も人手もいらない。


「バスキア公はこの能力の便利さを理解してくれた。だから此処まで速く出世できたってはありますね……あの方はとても賢い。どうせ戴くなら優秀な上司の方がいいですよね」


 あの能力は自分で地図を見るだけじゃなくて人にも見せることができる。
 しかも、自国の地図だけじゃなく、他国に入って地図や街の街路図も簡単に作れるだろう。
 そう考えると相当に便利な能力だな。





 少し二人で話そうということになって、まわりには誰も居なくなった。
 といってもセリエはちょっと離れたところでこっちを見ている。ウルスさんとブリジットさんも同じ感じで少し離れたところから僕等を見ていた。


「そう言えば、聞きましたよ。豪華な屋敷に可愛いメイドってのは嘘だったんですよね」
「ああ……聞いてしまったんですね」


 綾森さんが苦笑いする。


「まあいずれは可愛い専属メイドでも侍らせたいと思ってますよ。今はちょっと手持ちがね」


 しれっとそう言っているけど。この辺は本音なのかどうなのかよくわからないな。


「サラリーマンって言ってましたけど、もとは何してたんです?」
九角くずみ商事にいました。まあどこにでもいる企業戦士ってやつです」


 僕でも聞いたことがある、どころか誰でも知ってるレベルの有名企業だ。
 見た目30半ばって感じだけど……あまりにも世界が違うから詳しくは分からないけど、完全なエリートサラリーマンじゃないのだろうか。


「勿体なくないですか?」


 こういうことをいうと微妙に悲しい気分になるけど、僕が勤めていた会社とは待遇とかいろんな意味で格が違う。少なくとも軽々と放り捨てれるものじゃないと思う。
 綾森さんが少し困ったような顔をして俯いた。


「風戸君、君もあと5年ほどサラリーマンをしていれば分かったと思うのですけどね」


 少し間を置いて、静かに綾森さんが口を開いた。


「……私じゃなくてもいいんですよ、あの仕事はね。
私がいなくなって……おそらく親に連絡が行き、捜索願が出たでしょう。私は独身でしたからね。代わりの誰か、私の部下が当座の後釜になる。私のことはしばらくは休職扱いにしてくれるかな」


 そう言って綾森さんが空を見上げる。


「……半年後には彼が正式に私の地位に座り、会社は何事もなく回るでしょう……そして私のことは忘れられる」


 冷めた口調で綾森さんが続けた。


「誤解しないでほしいんですが、組織としてはそれが正しいんですよ。一人が欠けたら機能停止する組織は健全ではない」


 そう言って、綾森さんがワインを一口飲む。


「でもどうせ生きるなら、九角商事の社員ではなく自分自身を評価されたかった。自分しかできないことをして、誰かに必要とされ、私の名を歴史に刻みたい、とまあそう思ったわけです」
「……奴隷の解放とか目指してるんですか?」


 さっきのバスキア公の話を思いだすと、相当の人数の奴隷を買い取って、そのまま手放したってことなんだろうけど。
 綾森さんが少し考え込んだ。


「そうですね。この世界から奴隷を無くせば……リンカーン大統領のように歴史に名が残りますね。それも悪くない」


 綾森さんが静かにつぶやく。それが目的ってわけでもないのかな。


「……風戸さんは奴隷をみたことがありますか?スロット持ちでない者たちを」
「いえ」


 パレアにはあまりスロット持ち以外の奴隷はみかけない。
 そういう奴隷は主に単純労働の労働力らしいっていうのと、パレアでは奴隷にも税金がかかるので中々持つのはハードルが高いのだ。


 地方に行けばまた違うらしいけど。探索者稼業ばかりやっていてパレアと東京にしかいないし、そもそも新幹線で地方に観光に行ける世界じゃない
 何処かに遠出しようとしたら旅支度を整えてそれなりに長い時間移動することになる


「なら見ない方がいいですね」


 同じようなことをアーロンさんにも言われた気がする。
 ただ、さっきの人達の扱われ方を見るだけである程度察しはつくんだけど


「酷いんですか?」
「私のような人間でも柄にもなく正義感を刺激されるほどには」


 少し離れたところにたたずむウルスさんとブリジットさんに視線をやって綾森さんが続ける。
 二人はなんとも不安げな顔でこっちを見ていた。昔のセリエを思い出す顔だ。


「とくに安く買われた奴隷の扱いは悲惨です。さっきのように奴隷狩りで集められた連中は元手が只だから安く売られ、粗雑に扱われる。それにスロット持ちの女奴隷がどう扱われるか……知っているでしょう?」


 綾森さんが言う。
 勿論言われるまでもなくよく知っている。
 セリエは今は安定してるというか前のように怯えた風にならなくなっているけど、最初の頃は酷かった。


「どうにかもう少し、と思ったんですがね、さすがに金が続かなかったんですよ。護衛を兼任できる能力持ちだとあの二人を買うのが精一杯でした」


 そう言って綾森さんが肩をすくめた。


「バスキア公に仕えて、少なくとも私はある程度の人の人生を変えることができた……多分少しはいい方向にね。まだ歴史に名を刻むってほどではないですが……きっと彼らは私のことを忘れないでしょう」


 誇らしげな口調で綾森さんが言う。


「私からも聞きたいんですが、風戸さんはなんであの二人を助けたんです?」


 あの時のことを思い出した。もうずいぶん昔な気がする。


「……僕は……ただ、何かしないとって思ったんです。なにもしないことをしたくなかった」


 アーロンさんは世界を変えたのはお前の意思と行動だと言ってくれたけど。でもあの時はそこまで難しいことを考えてはいなかった。
 ただ何もせずに目を逸らすのは嫌だった。


「風戸さん、今はフリーなんですよね」
「一応、サヴォア家の準騎士ですよ」


「私と一緒にバスキア公に仕えませんか?」


 綾森さんが真剣な口調で言う。


「今の風戸さんの変えられる世界はその槍の届く世界だけです。でも権力を握ればもっと多くの人の世界を変えられる。セリエやユーカのような不幸な人を減らせます」


 冗談とかじゃないらしい。大真面目な顔だ。


「でも……組織の属したら自分の思いを貫けなくなる、とか思いませんでした?」


 組織の中にいる強さは勿論わかっている。でも、こっちにきてからそれに振り回されたくないと思って生きてきた。
 綾森さんはどう思っているんだろう。


「無論それは分かっているますよ。でもバスキア公に仕えることはそれ以上に価値がある。何事もトレードオフです」


 淡々とした口調で言う。なんというかこの辺は大人と言うか、元エリートリーマンの割り切りなんだろうか。
 何かを欲しければ何かを失う。それは何処でも変わらないのだろうけど。


「個人の力はたかが知れています。酷い話だ、こんなことはやめろ、ときれいごとを言っても世界は変わったりはしません。そして世界を変えるためには力が必要だと私は思いますね」


 世界は勝手に良くはならない。自分で変えるしかない、か。
 そのためには力、というか権力が必要ってことなんだろう。それは多分正しい。だけど。





 色々とあったけど、月の位置が高くなることに園遊会は終わった。11時くらいだろうか。


 ユーカは御馳走をたくさん食べてご満悦だけど、少し眠そうだ
 別に食べるのに不自由はさせてないと思うけど、これだけ豪華なものを食べる機会はなかなかない。


「セリエ、しっかり食べれた?」
「あの……はい、頂きました、ありがとうございます」


 ちょっと恥ずかしそうにうつむきながら答えてくれる。気にせず食べればいいのに。
 ユーカや僕の世話を焼いてくれてあんまり食べてないことが多いだけど。今日はそういうことは無かったらしい。


 それぞれの貴族がバスキア公に挨拶して帰って行く。
 こちらに気づいたヴァンサンが僕の方に歩み寄ってきた。


「勘違いするなよ。俺のスロット能力は剣のみにあらず」


 低い声でヴァンサンが言う。


「次は。必ず。勝つ」


 一言ずつ強調するように言って、くるりとマントをひるがえして歩み去っていった。
 なんか失礼な人だなって気もするし、若いなって感じでもあるし。
 でもなんというか、負けず嫌い丸出しなところは生意気な親戚の子どもを見ている感じだ。不思議とあんまり嫌な感じはなかった。


 というか、他になにかスロット能力を持っているんだろうな。
 スロット武器の戦闘でも自信あったみたいだし、負けたのは本人的には不満なのか。ただ、僕のスロットも管理者アドミニストレーターが占める部分は大きいのだけど。


「じゃあ僕たちも。今日はありがとうございました」
「ありがとうございます」


 都笠さんが一緒に頭を下げる。
 僕等が一番最後だ。さっきまでは賑やかだった広い庭はガランとして、ランプや食器を片付ける召使らしき人達が行き来していた。


「どうだ、スミト。俺の旗下に入る気にはならねぇか?」


 バスキア公が僕の顔を覗き込むようにして聞いてきた。返事をするより早く残念そうに綾森さんを見る。


「アスマ、お前でも説得は出来なかったか」
「申し訳ありません、我が主」


「そうか。じゃあ、スミト、それにスズ……警告しておく」


 仕方ないなって顔をしたけど、打って変わって真剣な口調でバスキア公が言った。思わず背筋が伸びる。


「ソヴェンスキの連中は間違いなくお前らを狙ってくる。あいつらは手段を選ばねぇ。自分たちが正しいと信じ込んでやがるからな」


 バスキア公が苦々しい口調で言う。


「ガルフブルグ四大公家の準騎士に手を出すバカは流石にそうはいねぇ……俺に仕えるのが一番安全だ。お前にとっても、お前の奴隷にとってもな」


 そう言ってやれやれって感じでバスキア公が首を振った


「……と言いたいところだが。まあ無理強いはしねぇよ。お前らにはそれは無意味らしいからな」
「ありがとうございます」


 ガルフブルグのために利用価値がある、というのが一番なのかもしれないけど。それでも心配してくれていることは伝わってきた。


「気を付けろよ」
「風戸君、それに都笠さん、ご無事で。また同郷同士、一杯やりましょう」





 園遊会の数日後。塔の廃墟というか渋谷に戻った。
 僕等はガルフブルグに居ても基本的にはあまりやることがないし、塔の廃墟では探索の先導役という仕事が有る。
 この間の訓練の時にアーロンさん達が定宿にいなかったのはこっちに来ていたかららしい。
 今日は久しぶりにアーロンさん達とちょっと遅い朝ご飯を一緒に食べているんだけど。


 ただ、今日は朝からなにやら雰囲気がピリピリしている。
 門の前のスペースを取り巻くように、普段は天幕下ではあまり見かけないギルドの係官や、ジェレミー公の従士たちがたむろして、なにかを話していた
 それに、普段だと概ね暇そうに門の前で通行証を改めている役人の人も、いつもの机から離れている。


「なにかあるのかしらね」


 都笠さんがお茶を飲みながら言う。


「ありそうだな」
「ああ……なんか物々しいぜ」


 アーロンさんが従士たちをを眺めつつ言う。
 アーロンさんは朝だというのに水で割ったバーボンを飲んでいる。今日は探索に出る気はないらしい。
 リチャードも普段の軽い感じは無くて真剣な口調だ。


 明らかに普段と空気が違う。
 緊張した顔で並んでいる従士たちの中にはジェレミー公とフェイリンさんもいる。二人とも硬い表情で門を見ていた。


 他の探索者たちも異様な雰囲気を察しているんだろう。
 普段は今から探索に出るものが英気を養ったり、今日は休みの者が朝から酒盛りしてたりと賑やかな場所だけど、押し殺したようなささやき声が聞こえるだけだ。
 皆が固唾をのんで見守っているなか、二人の人が門から出てきた。





 白い簡素なワンピースのような服を着た男性と女性。というか、男の子と女の子ってくらいの年だ。ユーカくらいだろう。
 二人が手にしていた白い巻いた布をさっと映画のレッドカーペットのように敷く。
 二人の後からつぎつぎと同じような服を着た人が出てきて、敷かれた布の横で祈りを捧げるように両ひざをついた。


「なんだありゃぁ?」


 誰かが訝し気に言う。
 続いて門から次々と白い鎧に身を固めた兵士たちが現れた。ガルフブルグでは見たことがない鎧だ。きびきびした動きで、それぞれが敷物の左右に列を作る。


 その後から優雅に一人の男が姿を現した。いかにも階級が高そうな、白いマントに白い鎧。
 灰色の髪を後ろで纏めていて、化粧したような白い肌の整った顔には張り付いたような笑みを浮かべていた。
 忘れもしない、あのヴェロニカのような笑み。


「皆さん、初めまして。私はレオニダード・オルムスク」


 そう言って、ステージの上の役者のように周りを見回した。


「不肖の身ながら、ソヴェンスキ第三旅団の旅団長を務めております」


 そういうと、周りがどよめいた。


「偉大なるガルフブルグ王、ガレフ3世と、寛大なるルノアール公と契約に基づき、この党の廃墟に私たちの拠点をもうけさせていただきます」


 彼らの拠点だって?
 もう一度、ひときわ大きなどよめきの声が上がった。


「ちょっと待てよ」
「聞いてねぇぞ、ソヴェンスキだと?」
「どうなってる」


 ソヴェンスキ。
 探索者というより完全に正規兵だ。装備がそろっている。列を作っている奴らを顔を改めてみるけど、ヴェロニカは居なかった。


「危険な探索に挑む皆さんに敬意を表します。我々ソヴェンスキも微力ながらお手伝いできれば、と思います」


 レオニダードが手で合図すると、全員が一糸乱れぬ動作で頭を下げた。


 どよめきが少し収まって、探索者たちがそれぞれ顔を見合わせて何か話している。
 リチャードもアーロンさんも警戒感丸出しの表情だ。 


 あのことを知っている僕としては、探索の協力者なんてことはとても思えない。
 そして、都笠さんもあまり見ないくらいの憎々し気な目で彼らを見ているのが少し気になった。



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