僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

戦いの終わり

 サンシャインの外に出てみると、レブナントはあらかた駆逐されていた。
 通りの向こうにいるレブナントも統制を失ったかのように佇んでいるだけだ。ヴァンパイアというか作り手が死んでも消えるわけじゃないんだろうけど、コントロールは失ってしまうってことだろうか。


「ジェラール卿、スミト殿です!」


 ヴァラハドさんが真っ先にこっちに気付いてくれる。ジェラールさんが僕と目を合わせると満足げな感じで頷いたのが遠目でも見えた。


「讃えよ!」


 号令と同時に全員が武器を構えて足を大きく踏み鳴らす。ようやく安心感が湧いてきて少し気が抜けた。
 ジェラールさんやヴァラハドさんが歩み寄ってくる。


「素晴らしい働きです、スミト卿」
「見事に勤めを果たしたこと、ここからでもわかったぞ。レブナントの動きがはっきり変わったからな」


 ジェラールさんとヴァラハドさんが言うけど、その後すぐ怪訝な顔になった。


「しかし、なぜおまえがノエル卿と共にいる?ダナエティア姫は?」
「すみません、事情は後で話します。まずはノエルさんに回復を。あと、セリエ達を下ろしてあげないと」


 ヴァラハドさんがノエルさんの傷に気づいたらしい。厳つい顔に浮かんだ笑顔がすぐ消えた。
 近衛の方に向けて誰かを呼ぶと、一人の20歳くらいの男性の近衛が駆け寄ってきて、すぐにノエルさんの傷に手を触れて小さく詠唱する。
 セリエの治癒と同じような白い光が傷口を包んで血が止まり、ノエルさんとその男の人が大きくため息をついた。





 結局、サンシャインの1階のレブナントをすべて倒してエレベーターを使った。
 ただ、かなりの数がバスキア公の近衛によって倒されていて、1階に残っていたレブナントはまばらだったからさほどの苦労はなかったのは幸いだったけど。


 まだ上の階にはレブナントの姿が見える。あれも倒さないといけないだろう。操り手が居なくなったとは言えど、放置するわけにはいかない。
 かつての日本人の魂を元にしているわけだからなんとなく躊躇するところもあるけど、でもこのままにしておいても救うことができるわけじゃない。


 上に残っている三人はエレベーターの操作が出来ないから迎えに行くしかない。
 万が一に備えて、護衛には近衛の一人のアドリアさんなる人がついてくれた。40歳くらいの筋骨隆々って感じの大柄なアドリアさんと一緒だとちょっと狭く感じるエレベーターの籠が高速で上って行って、階数を示す数字が増えていく。


 あまりにも短い間に目まぐるしくいろんなことが起き過ぎて、正直言って頭がこんがらがってくる感じだ。
 この上にセリエ達がいるはずだけど、本当にいるのか不安になってしまう。
 色々と考えているうちに、電子音が鳴ってエレベーターがゆっくりとスピードを落とした。アドリアさんが短めのメイスを構える。僕も銃剣を構えた。


 軽いモーターの音がして、エレベーターのドアが開く。
 緊張の一瞬だったけど、ドアの向こうのダナエ姫と目が合った。サーベルを構えていたけど、僕等の顔を見てわずかに表情が緩む。アドリアさんも安堵したように息を吐いた。


 ダナエ姫の後ろにはセリエ達が立っていた。セリエが一礼してユーカが抱き着いてくる。
 何事も起こるはずはないと思っていたけど……ついさっき人が死ぬのを見たから、生きている姿を見ると心の底から安心した。
 ユーカを抱きしめると、ユーカが嬉しそうに体を擦り寄せてくる。


「遅いぞ、スミト。妾達のことを忘れておるかと思ったわ」


 ダナエ姫がおどけたような口調で言うけど……ちょっと深刻な雰囲気を察してくれたのか、それ以上は何も言わなかった





 数日後、前にワイバーンを倒したときのように渋谷のスクランブル交差点で宴が開かれた。
 オルドネス家の主催で塔の廃墟のすべての探索者が集っている。スクランブル交差点の天幕はさながら本当の渋谷のように人でごった返していた。


 今回、直接ヴァパイアを倒したのは突撃部隊の僕等だったけど、探索者の多くが高田馬場の防衛線や目白の警戒にあたってくれた。
 高田馬場の防衛線が破られていたら池袋への強襲はできなかっただろうし。ということで、全員の労をねぎらうということらしい。


 ただ、前回と違って今日は僕等はQfrontビルの中の広間の会食場に招かれている。ガラス越しににぎやかな笑い声がかすかに聞こえた。
 すでにブレーメンさんの挨拶と乾杯が終わって宴は始まっている。ただ、こちらも楽しい宴、という風になればよかったんだけど、微妙に空気が重い。


「なんかちょっと気まずいわよね」


 都笠さんも同じように感じていたらしい。グラスのワインをちびちびと飲みながら言う。
 都笠さんは薬で眠らされていただけで怪我とかもなく、特に問題なく回復した。


 言われて改めて会食場を見回す。
 4人組の楽団が弦楽器を奏でていて優雅な音が広いホールに流れていて、中央に置かれたテーブルからはいろんな料理の香ばしい香りが漂ってくる。
 セリエに似たメイド服姿の女の人が料理を取り分けてくれるから、自分で料理を取りに行く必要もなくて楽なんだけど。


 広い会食場は、ブレーメンさんやオルドネス公、ラティナさん、ジェレミー公達のオルドネス家のグループ。ジェラールさん達のバスキア公家の近衛のグループ。
 それと僕等とオルミナさん、ギルドの代表のフェイリンさん、ダナエ姫のグループの三つにあからさまに分かれていた。
 4大公家のうち3家の重鎮クラスの人が一堂に会しているというのもあって、なにやら微妙な緊張感が漂っている。
 ちなみに、ノエルさんは傷が治りきっていなくてまだ休んでいる。御馳走を食べ損ねて残念そうだった。気の毒だけど仕方ないか。  


「ねえ、一応挨拶してきた方がいいんじゃない?」


 そう言って都笠さんがオルドネス公のグループの方を指さす。
 セリエ達の方に目をやると、ダナエ姫はフェイリンさんと、ユーカはオルミナさんと何か話していた。
 背の高いオルミナさんを見上げてユーカがなにか嬉しそうに喋りかけている。武勇伝でも語っているんだろうか。セリエが後ろでそれを見守っていた
 オルミナさんは今日も前に見たようなドレスにベールを羽織っている。新宿で一杯奢る約束についてはさっききっちりと念を押された。


「……そうだね、行こうか」


 今なら席を外してもよさそうだ。
 それに4大公家の軋轢はあるのかもしれないけど、僕等が挨拶周りをするのは構わないだろう。





 まず、オルドネス公のグループに近づいた。
 オルドネス公とラティナさんと仲良さげに話している。普段だといい顔をしなさそうなブレーメンさんだけど、今日は咎める感じではないっぽい。
 僕等に気づいたオルドネス公がこっちに近づいていた。ラティナさんが軽く手を振ってくれる。


「お兄さん、ありがとう」
「見事だった。さすがは龍殺しだな」


 ブレーメンさんが言う。
 いつも通りのしかめっ面だけど、今日は目元とかが緩んでいた。酒のせいもあるけど、上機嫌な感じだ。


「お兄さんが止めを刺してくれたんだろう?おかげで僕等オルドネス家の面目も保たれた。ヴァンパイアも倒せた。万々歳さ」


 オルドネス公の言葉にブレーメンさんが頷く。機嫌がいいのはそういうことか。
 この状況でも誰が止めを刺したかとかにこだわるんだから、貴族のメンツと言うか4大公家の力関係は僕ら部外者が思うよりも複雑なんだろうと思う。
 止めを刺したのが僕なのは完全な偶然なんだけど、そういうことなら良かったかもしれない。
 ブレーメンさんとは編成の時は色々ともめたというか、感情的な言葉も言われたけど。まあ今はそれを言うのはやめておこう。


「お兄さんたちの宴だよ、楽しんでね」


 オルドネス公がにっこり笑って言うけど。漂う緊張感を緩和してほしいもんだ。


「自ら先陣を切りヴァンパイアを討ち倒すとは……さすがだ、カザマスミト」


 入れ替わるようにアデルさんが声を掛けてきてくれた。


「竜殺しに加えて不死の討伐者とはな……」


 ドラゴンを倒したときのように、上位の不死属性の魔獣、ヴァンパイアやリッチー、アンデッドナイトとかを倒すと、不死の討伐者、なる称号がもらえるらしい。
 まあ貰ってもゲームのように頭の上に称号が表示されるわけでもないから、あんまり実感はないんだけど。


 ただ、竜殺しの称号とセットで僕のことを知っている人はかなり多い。ガルフブルグでは、こういう称号をもらえるってのは僕が想像するよりかなり名誉なことなのは間違いない。
 それに、一応立場的にはサヴォア家の準騎士扱いの僕がこういう称号を持っているのは、家の復興には有利に働くらしい。そういう意味では肩書が増えるのはいいことかもしれない。


 アデルさんは今日はいつものジェレミー公の従士の男装っぽい衣装ではなくて、綺麗な装飾が入ったキャミソールワンピのような上着に活動的なスリムなパンツルックで普段と違う感じだ。
 ほぼどこでも羽織っている衛人君の革のジャケットは今日は流石に着ていない。


「なんか今までと雰囲気が違いますね」


 服が変わると結構印象が変わるな。宝塚風の男性的な感じと女性的な感じが同居してるって感じだ。
 そういうと、ちょっと不機嫌そうにアデルさんが顔を逸らした。


「ふん……今は差をつけられてしまったが……私はお前には負けはせん。いいな。覚えておけ」


 アデルさんがいつも通りの刺々しい口調で言って、プイっとまたオルドネス公の方に戻って行った。
 相変わらずライバル視されているな。準騎士のポジション争いをしているわけじゃないんだけど。


「風戸君……」


 歩み去るアデルさんの背中を見ていたら都笠さんが声を掛けてきた。


「どうかした?」
「一応言っておくけど……浮気はダメよ?」


 ニヤニヤ笑いながら都笠さんが僕の肩を叩く……振り返ると、ユーカが不満げな顔で僕を見ていた。





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