僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

対峙・下

 ミハエルが床に倒れた。都笠さんの体が投げ出される。
 見ると、手裏剣が膝につき刺さっていた。赤い血が灰色の石の床に広がっていく。
 致命傷になるようなものではないけど、ラティナさんの手裏剣は十字手裏剣のようなものじゃなくて、楔や串のような鋭利な刃物だ。膝に突き刺されば流石に走るのは無理だろう。


 都笠さんが動く気配はない、薬か魔法か、なにかで眠らされているのか。
 ミハエルが剣を剣を杖にして立ち上がって都笠さんの方に歩み寄ろうとしたけど。


「させるかよぉ!」


 ノエルさんの槍が飛んで、ミハエルがそれを受けた。
 槍が音を立てて床に転がって、ミハエルがバランスを崩してまた倒れ込む。


 にらみ合っていたヴェロニカがわずかに顔をゆがめて舌打ちした。
 双剣を上段に構える。切り込んでくるかと備えようとした瞬間、鳩尾に衝撃が走って体がうしろに吹き飛ばされた。足を踏ん張って辛うじて転ぶのだけはこらえる。
 ……蹴られたんだ。体制を整えようとした時、ヴェロニカが身をひるがえして走り出した。走りながら剣を構える。


「【顕現せよ剣。正しき裁きをこの地に】」


 ヴェロニカの刀身が白い光を発した。あれは見たことがある。
 リチャードや、籐司朗さんが使っていた、武装強化ウェポンレインフォース。手に入らないなら壊してしまえ、という目を思い出す。
 間に合うか。銃を構えて走る背中に狙いをつける。


「【貫け!魔弾の……デア・フライ】」


 引き金を引くより早く、不意にヴェロニカがこっちを振りむいた
 振り向きざまに剣を横薙ぎに振る。剣から白い斬撃の光が飛んできた。横に飛んで躱す。後ろの柱に深い横一文字の傷が刻まれた。
 ……体勢を崩された。もう一度銃を構えようとしたけど。それより早くヴェロニカが剣を振った。双剣から都笠さんに向けてもう一本の光の刃が飛ぶ。


「都笠さん!!」
「【卑怯者の……クソ野郎と不信心者は!この先通るべからずだ!】」


 ノエルさんの振り絞るような詠唱が同時に聞こえた。
 白刃を遮るように、紋章入りの壁のようなものが空中に浮かぶ。光の刃が壁に当たって消えた。今のは……ノエルさんのスロット能力か?


壁盾ウォールシールド……」
「思った通りに……させるかよ、ボケ女」


 遠目にノエルさんが血を吐くのが見えた。盾が消える。
 そして流石に迷ったのか、ヴェロニカの足が止まった。この距離なら絶対に躱せない。逃がしはしない。


「【貫け!魔弾の射手デア・フライシュッツ】!」


 黒い弾丸が飛ぶ。完全にとらえた。そう思った瞬間、なにかが射線に立ち塞がった。





 パッと血が飛び散った。ヴェロニカの鎧と白い肌を血が染める。
 何が起きたのか一瞬分からなかったけど……ミハエルが銃弾を受けた……ヴェロニカをかばったのか。自分の体を盾にしたんだ。
 ミハエルの体がぐらりと傾ぐ。防御プロテクション無しで魔弾の射手を受けた。しかも胸に。どう見ても致命傷。


「見事な献身……かならずや正義はお前を見ているぞ」


 ヴェロニカが表情を変えないまま言って、ミハエルの首を切り飛ばした。血が吹き上がる。
 ヴェロニカがその陰に隠れるようにしてガラスのドアに向かって走るのが見えた。


「逃がスカ!」
「【貫け!魔弾の射手デア・フライシュッツ】!」


 魔弾の射手の弾丸がヴェロニカをかすめてガラスに穴をあける。
 ラティナさんの手裏剣が走るヴェロニカを追いきれずに壁にぶつかった。
 ガラスのドアを双剣で切り裂いてそのままヴェロニカが通りに飛び出す。もう一度狙いを突けようとしたけど、道路を横切って鉄の柵を飛び越え、あっという間に路地の陰に消えていった。





 ホールに静寂が戻った。
 ヴェロニカを逃がしたのは残念だけど……あれほどの剣士を一人で取り押さえられたかといえば自信はない。今は都笠さんがとりあえず連れ去られなかっただけで良しとしよう
 都笠さんは傷はないけど、静かに寝息を立てている、魔法かなにかの薬でも使われたのか。


 床にはミハエルの遺体が倒れ伏している。
 首がない、なんか人形のようなシュールな姿だけど、広がる血が人間の体であることを示していた。
 明らかに敵ではあったんだけど、わずかでも行動を共にした人間があっけなく死んでしまうのはなんというかやるせない感じがする。


 しかし……ミハエルを切ったのは、証拠を残さないためなんだろうか。
 全く表情を変えずに仲間を切るってのは……人形のような視線も相まって、本当にあいつが人間だったのか疑わしく感じてしまう。
 ……と感傷に浸っている場合じゃなかった。


「大丈夫ですか、ノエルさん?」
「まあ何とか、と言いたいところだが……すまねぇ、死んじゃいねえが、ポーションか治癒ヒーリングが欲しい所だ。一刻も早く」


 肩口と首筋からの血は止まっているみたいだけど、白いマントがべっとりと赤く染まっている。傷の深さがなんとなくわかった。
 疲れた感じの声で顔色も悪い。この傷を負っても30階から階段を下りて追ってきてくれたのか。


「ラヴルードさんは……?」


 聞きたくはない質問だけど……ノエルさんが黙って首を振った。
 サンシャインのショッピングモールを先導してくれた姿を思い出した。僕と殆ど年も変わらなかったはずなのに。
 ちょっと不安気にエレベーターに乗った姿を覚えている。あれから1時間も経っていないのに……もうあの人と話すことは永遠にできない。


「デモさ……流石スミトさん、合わせてくれて助かったヨ。アウンのコキュウだね」


 ちょっと重くなった雰囲気を変えるように、ラティナさんが明るい感じで口を開いた。


「そういえば……あれはなんだったの?」


 突然吹き抜けの上から手裏剣が降ってきた。ラティナさんが投げたのは分かるけど、いつ投げたのかは分からない。


「手裏剣を叩きツケタ時にネ、後ろ手に上に投げタンだよ。連ね火針、叢雨むらさめ。フイウチ用に練習しテたけど、ヤクに立ったね」


 ラティナさんがしてやったりって顔で技名を教えてくれる。


「じゃあ、あの手裏剣を叩きつけたのも?」
「勿論、目を引くためダヨ。敵を惑わすコトこそニンジュツのゴクイなり。」


 ラティナさんが満足げに言う。
 技名をわざわざ叫んだりと中二病っぽいところもあるけど、結構用意周到と言うか、いろいろ考えてるらしい。


「じゃあ行きましょう」
「すまねぇな」


 ノエルさんの大柄な体を肩を貸して立ち上がらせた。ずっしり重い体がのしかかってくる。歩けないほどではないらしく、肩を貸したらどうにか歩けるようだ。
 ジェラールさん達はアルタの方にいるはずだ。外に出て歩けばすぐ合流できるだろう。幸いにもレブナントの姿は目の前の通りにいないみたいだし。


「そういえば……あいつらは何だったんですかね」


 ヴェロニカには逃げられたし、ミハエルは殺されてしまった。
 思い出すけど、身元が分かるようなことは何も言わなかった。それにミハエルの鎧もごくありふれた探索者のもので特に変わったところは無い。流石に今は死体の懐をあさりたく無いし。


「ボクは分からないナ……ゲームの武器みたいだったヨネ」


 ラティナさんが首を傾げる。


「そう……あの剣はどっかで見たことあるんだよな」


 ノエルさんが小さくつぶやいた





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