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僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

予期せぬ相手と再会する

 インカムにむかって話すけど返事が返ってこない。マイクからかすかに雑音が流れるだけだ……と思ったところで、甲高い音が一瞬だけ響いた。
 ハウリングかと思ったけど違う。あれはいい加減聞きなれた音、刃と刃がぶつかり合う、戦いの音だ。


「都笠さん!」


 もう一度呼びかけるけど返事がない。代わりにまた金属音が響いてインカムが沈黙した。
 サンシャインシティのオフィスビルを見るけど、遠すぎて向こうの様子は分からない。


「如何した?」


 ただならぬ気配を察したんだろう。ダナエ姫が聞いてくる


「都笠さんから返事がない、というより向こうで戦ってます」


 窓から下を見下ろす。
 目もくらむほどの高さから見えるのは絡み合うような首都高と道路。その向こうにはレブナントの群れがいる。ヴァンパイアが死んでも消えるわけじゃないらしい。
 サンシャイン60のビルは見えるし直線距離じゃ大した距離じゃないんだけど、絶望的なほどに遠い。


「レブナントか?」
「……分かりません」


 一番いいのはもう一度門を開けてもらうことなんだけど、とりあえずヴァンパイアのところに
行くことだけを考えて、オルミナさんとの通信は繋いでいないのが仇になった。
 インカムから聞こえる音がなくなった。もう一度呼びかけるけど返事は無い。
 静けさが余計が余計に不安を掻き立てる。


 こうなると、レブナントにぶつかる危険とか言っていられない。エレベーターで降りるのが最速だろうか。
 エレベーターに向かおうとしたけど。


「スミトさん……降りるだけならボクがやったげるヨ」


 不意に、ラティナさんが言った。





「どうやって?エレベーターより早いの?」


 そういうとラティナさんが頷いた。


「ウン……ただし……チョット怖いかもしれないケド、イイかな?」


 ラティナさんが真剣な顔で続ける。
 なんとなく何をするのか察しはついた。今は迷っている時間も惜しい。


「頼む」
「私もお供できませんでしょうか……ラティナ様」


「……うーん、ゴメンねセリエ、二人は無理だよ」


 ラティナさんがすまなそうな顔で言う。セリエが唇を噛んで俯いて、僕の手を取った。


「あの……ご主人様……【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」


 握った指にぎゅっと力が込められて、体を守ってくれる防御プロテクションの光が強くなった。
 墜落したら防御なんてとてもじゃないけど役には立たない。でも降りたところで何かトラブルになるなら、防御プロテクションがかかっているのはありがたい。 
 手を握り返すと、セリエがのこわばった表情が少し緩んだ。


「セリエちゃん、ごめんね、スミトさん借りるね」
「はい……ラティナ様。ご主人様、ご無事で」


 セリエが不安いっぱいと言う表情で頭を下げる。ユーカが心配そうに僕を見上げた。


「じゃあこっち着て、スミトさん。ボクにしっかりつかまっててね」


 ラティナさんがガラスが割れたスイートルームの窓際に向かって歩いていく。
 窓際までくると垂直に切り立った壁が見えて足がすくんだ。風が吹き上げてきて髪が揺れる……やっぱりこうなるのか。


「覚悟はイイ?」
「……うん」


「スミトさん、暴れちゃだめだヨ、【雪待流奧伝、術式薄花うすはな弋掛巣とびかけす】」


 ラティナさんに抱きついたまま、というかラティナさんに抱えられたままスイートルームの窓から飛び出した。





 声が出そうになるのを辛うじて飲み込んだ。耳元で風がなってコートの裾がはためく。
 一呼吸の間を置いて体が落ち始めた。台風のように空気が吹き付けてきて、物凄いスピードで体が落ちる。
 白壁と格子模様のような黒い窓のサンシャインシティホテルの格子のような窓が上にすっ飛んでいく。


「【雪待流中伝、術式若竹わかたけ対馬女駆つばめがけ!】」


 頬が張り付くほどの横からラティナさんの声が聞こえてラティナさんが何かを投げたのが分かった。というか、こんな時にも律儀に技名を詠唱するのか。


 まっすぐな落下に不意にブレーキがかかった。体が上に跳ねる。
 ラティナさんの手にはワイヤーが握られていた。そういえば腰に鉤付きワイヤーを持っていた気がするけど、さっきワイヤーフックを何処かにひっかけたのか


 落ちる方向が変わって、ワイヤーアクションというかブランコのアトラクションのように体が真横に飛ぶように滑空する。
 下を見るとサンシャインシティホテルとサンシャイン60の間の広場。広々とした茶色っぽいモザイク模様のタイルの地面と点在する緑の植え込みが猛スピードで迫ってくる。思わず目をつぶった。





「もうダイジョウブだよ、スミトさん」


 来るかもと思っていた衝撃がいつまでたってもやってこなくて、ラティナさんに言われてようやく動きが止まっているのに気づいた。
 足がバルコニーの茶色のタイル張りの床につく。
 信じられないことだけど、生きている。見上げると高くそびえるサンシャインシティホテルが見えた。あそこから降りてきた、というか落ちてきたのか。エレベーターで降りるよりは圧倒的に早かったけど、よく無事だったもんだ。


「スミトさん!」


 ラティナさんの呼びかけで我に返った。そうだ、ここで呆けている場合じゃない。
 目の前のサンシャイン60が壁のように立っている。ドアを開けて、案内板に従って階段を駆け下りると、すぐについ30分ほど前に来たエレベーターホールについた。


 がらんとしたサンシャイン60のエレベーターホール。
 ガラスばりの片方の壁から光が差し込んできていて、電気はついていないけどそこそこに明るい。
 ただ、カフェとエレベーターの階数の看板が並んでいるだけで、人の気配はなかった。来たのは良いけど……どうしたものか。
 都笠さんが何階に行ったかは分かる……今からでも向かうべきなのか。


「スミトさん」


 静かにラティナさんが警告を発した。
 遠くから聞こえる魔法の爆発音に混ざって規則的な硬い物がぶつかりあう音がする……足音だ。ラティナさんを促して柱の陰に隠れる。


 音の方を見ると、上と下へ向かう交差するエスカレーターがあった。音は上から聞こえてくる……誰かが降りてくる。 
 都笠さん達だったら何の問題もない。無線が通じなかったから心配したよ、と言えばいいだけなんだけど。


 聞こえてくる足音は一つだけ。重たげな音だ。
 都笠さんがノエルさんやラヴルードさんと別れてくるなんてことはないだろう。ただ、全く分からない。この状況で上から降りてくる、しかも一人で。あの3人じゃなければ一体誰なんだ。


 止まっているエスカレーターに人影が見えた。側にいるラティナさんが唾を飲むかすかな音がする。
 物陰から覗き見ると、足音と共に降りてきたのは一人の男だった
 ……見覚えがある顔。一瞬思い出すのに時間がかかったけど……目白に行くときに一緒に行った、ミハエルさんだった





 ミハエルさんがエスカレーターを降りてくる。何かを担いでいるけど、薄暗くて何かまでは分からない。
 エスカレーターから降りて、警戒するように周りを伺っている。そのままこっちに歩いてきた。こっち、というか僕らの後ろにある出口に向かってきたんだろう。
 どうするか考えをまとめるより早く、足音が止まった。


「誰か……いるな」


 僕等の方に向かって声が飛んできた。気づかれたか?


「姿を現せ。何者だ」


 前に聞いた、畏まった感じの声とはイメージがかなり違う。威圧するような声だ。
 僕も気配を隠す訓練は一応したけど、それでもあっさり気づかれた。顔を見合わせると、ラティナさんが指で先に出るように促してくる。


 状況が分からない以上、その場に合わせて行動するしかない。一つ深呼吸して気持ちを落ち着ける。
 柱の陰から出ると、僕を見たミハエルさんが信じられないという顔をして一歩後ずさった。


「なぜ……?」
「そちらこそ、ここでなにしてるんですか?」


 ミハエルさんがもう一歩下がる。片方の方には何かを担いで、片手には前にも持っていたスロット武器の少し変わった形のサーベルを持っていた。
 相手の動揺した顔を見ると少し気持ちが落ち着く。


 下がった拍子に、肩に担いだ何かにかけられた布がわずかにずれた。
 荷物のように担いでいるのは……布で半分くらい隠れているけど、都笠さんだ。見慣れた赤い革鎧とすらりとした足。ぐったりと脱力していて動く気配がない。
 ミハエルさんの動揺した表情はすぐ消えて前に見たにこやかな顔に戻った。


「おお、竜殺し殿にラティナ様……なぜこちらに?ヴァンパイアは?」


 ラティナさんが音もなく僕から少し離れたところに歩み出ていた。角度を取ってゆく手を遮るように立つ。


「倒せましたよ、どうにかね……ミハエルさんこそ、なぜここに?ノエルさんはどうしたんです?都笠さんは」
「ああ、それはですね」


 一瞬だけ口ごもって、ミハエルさんが表情を崩さないままに話を続けた。


「レブナントが大量に襲ってきたらしく、援護に出たのです。
ノエル殿とラヴルート殿は残念ながら……都笠様は怪我をされているので一刻も早く本営にお連れせねばと思いまして」
「そうですか。じゃあ僕が連れて行きますよ。ありがとうございます」
「いえ、お疲れでしょう、竜殺しどの。私が」


 ミハエルが愛想笑いを浮かべるけど。


「いいから……都笠さんを下ろして、五歩さがれ」


 あからさまな嘘でも、あまりにスラスラとよどみなく話されるとなんとなく本当かと思わされそうになる。
 でも、あり得ない。レブナントが襲って来たにせよ、サンシャインにこの人一人で行くなんてことはないだろう。ジェラールさん達が控えているんだし。
 そもそも、こいつは池袋からくるときには居なかった。いったいどこから来たんだ?


「聞こえないか?都笠さんを下ろせ」


 ミハエルさんが目を閉じて俯いて、また顔を上げる。その顔からにこやかな表情が消えていた。





 ミハエルさんの雰囲気が一変した。
 鋭い視線が射抜くように僕等を見る。ガルダやジェラールさんと対峙した時のような、風が吹きつけるような強烈な敵意が吹きつけてきた。
 でも。


「僕等はついさっきまでヴァンパイアを戦ってた……そんなんで脅してるつもりか?」


 威圧してるつもりなんだろうけど、いい加減こんなので竦み上がるなんてことはない。ヴァンパイアにくらべればマシな相手だ。 
 それにミハエルは都笠さんを肩にかついでいる。スロット武器を持っていはいるけど、何をするにせよ僕の方が絶対に速い。
 ただ、失敗したら都笠さんがどうなるか分からない。ミスは許されない。


「言ってオクけどサ……2対1だし、多分ボク達の方が速いヨ」


 ラティナさんが手裏剣を構えた。
 銃剣の切っ先をミハエルに向ける。呼吸を落ち着けて、敵から目を切らない。アーロンさんの教えだ。


 ミハエルが都笠さんを抱えたまま一歩下がった……下ろす様子はない。
 銃を構えて、銃眼の向こうにミハエルをとらえる。都笠さんの体を盾にするような態勢をとっているのが小賢しいけど、狙い撃ちできないほどじゃない。
 ラティナさんが射線を確保するように位置を変える。ミハエルが僕とラティナさんを交互に見た。


「これが最後だ、下ろさないなら……」
「何をしているですか、ミハエル」


 撃つ、と続けようとした時。不意に、警告を遮るように、静かなホールに声がした。





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