僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
暗転
ヴァンパイアの胸に巨大な穴が穿たれて、血煙が舞った。同時に後ろの板ガラスが砕けて風が吹き込んでくる。そして、わずかな間を置いて銃声が聞こえた。
僕等の策は都笠さんの狙撃。
籐司朗さんの斬撃のうち危険なものを見切って躱したところをみればこいつにはある程度の危険察知能力はある。
ただ、さすがに百メートル以上離れた別のビルからの狙撃は予想のはるか外だろう。僕等の役目は狙撃のおぜん立てとして、こいつを窓に追いつめて動きを止めること。
効果はどうだ?
ヴァンパイアが胸に開いた穴を見つめて、窓の外を見た。
「魔法……ではないな。あの距離から矢弾を放ったのか」
胸に大穴を開けた状態なのに、平然とした顔で言う。
「いや、感心したよ。人間の武器も進歩したものだ。スロット武器ではないようだが」
効いてないのか?ダナエ姫の小さな舌打ちが聞こえる。
「だが……この程度では私は……」
そういったところで、ヴァンパイアが口から赤黒い煙を吐き出した。
今までなら傷は血煙を吹きあげながら巻き戻しでもするかのようにふさがっていっていた。でも胸の大穴が開いたまま変化する様子はない
「これは……銀、だと」
これが切り札。
都笠さんの最大火力のバレットM82対物ライフル。それに込めたのは錬金術のスロット能力持ちに頼んで弾頭を銀に替えた12.7ミリ弾。
詳しいことは知らないけど、錬金術なるスロット能力はそう簡単に金属の組成を変えられるものじゃないらしい。
それに、銃弾の構造は複雑で全部を銀に変えたら単なる銀の重りになってしまうから弾頭のみを銀にしなければいけない。
そもそも錬金術自体、ドワーフが主に使うスロット能力で使える人が多くない能力らしい。おまけに時間もない。
無い無い尽くしの中で、オルドネス家やブルフレーニュ家の力で使い手を集めてもらい、出来たのはたったの2発。試し打ちに一発使って、残ったのは一発だけ。
それにノエルさんの退魔の剣を乗せて狙撃した。これが効かなかったら……完全に打つ手なしだった。
能面のように無表情だったヴァンパイアの顔がゆがむ。
「……貴様の命をよこせ」
手を伸ばすと床から血煙が吹き上がった。でもこの距離なら。
「ユーカ!」
「燃えちゃえ!」
赤い炎が壁が吹き上がって血煙を吹き飛ばす。
至近距離ならともかく、この間合いならあの血煙はユーカの炎で止められる。この距離を保てれば僕らの方が有利だ。
「【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」
セリエの詠唱が響いて、僕とラティナさんに防御の光がまといつく。
「ご主人様、油断はしないでください!」
圧倒的に優位になっても気を抜くな、というのはアーロンさんにもリチャードにもさんざん言われた。
一瞬の油断で脚を掬われるなんてことは戦いに限らずよくある。安心するのは相手を確実に打ち倒してからだ。
『もう一発行くわよ!』
都笠さんの声がインカムから響く。危険を感じたのか、わずかに身をよじったヴァンパイアの左手が爆発するように吹き飛んだ。血煙が舞い散って銃声がわずかに遅れて響く。
ヴァンパイアが窓の方を憎々し気ににらみつけた。
左手からは蒸気のように赤い血煙が吹き上がるけど再生する気配はない。ヴァンパイアが忌々し気に肘から先がなくなった腕を見る。
銀の弾はもうないけど、退魔の剣を乗せた通常の弾でも効果はあるらしい。そしてこの状態になると前に戦った時に様に無限に回復し続けるようなことはないようだ。
『次!注意して!』
インカムからまた声がして、ヴァンパイアが大きく壁際に飛びずさった。
ヴァンパイアが今いた場所を銃弾が貫く。床に穴が空いて、砕けたフローリングのパネルが舞い上がった。外れたか。
「この程度で勝ったつもりか、人間ども」
霧に変わろうしたんだろう、一瞬体の輪郭が崩れる。でも、胸の傷のところで何かが閊えるかのように変化が止まった。
霧になって飛ぶなんてことはもう出来なさそうだ。余裕を崩さなかったヴァンパイアの顔にはっきりした焦りが浮かんだ。
「どうやらノエルの言い伝えは正確であったようじゃの」
ダナエ姫の周りを取り巻いていたサーベルが次々と消えた。代わりに白く輝く一本の大刀が現れる。籐司朗さんの大刀だ。
「ソウテンイン、お主の太刀であの者を黄泉に送ろう」
「燃えちゃえ!」
床から次々と火柱が吹き上がった。
一瞬遅れて籐司朗さんの大刀が白い奇跡を残して飛ぶ。炎に包まれるヴァンパイアを逆袈裟に切り裂いた。
よろめいたヴァンパイアが壁に寄りかかって手を広げる。
「【人間よ、我が首輪を受けよ!人形となって我に仕えよ】」
ヴァンパイアが詠唱すると、ぼんやりとした人魂のような白い光がつぎつぎと空中に浮かんだ。呻くような悲鳴のような音を立てつつ、わずか数秒で10体ほどのレブナントが姿を現す。
「行け、従僕どもよ」
命令にこたえるように、レブナントが剣を構えて進み出てくる。
レブナントの壁の向こうでヴァンパイアがドアの方に身をひるがえした。逃げる気か。
「小賢しいわ!」
ダナエ姫が手を突き出すと、大刀が一閃した。横薙ぎに払われた大刀が草でも刈り取るようにレブナントの胴をまとめて切り払う。
両断されたレブナントが崩れて消えた。
「逃がすモノか!【雪待流奧伝、術式鉄錆!万代楔】!」
ラティナさんが投げた黒い手裏剣が正確にヴァンパイアを貫いた。手裏剣からひものようなものが伸びて床に突き刺さる。
地面に繋ぎ止められて、つんのめるようにヴァンパイアの足が止まった。
「この程度の児戯に!」
血煙が吹き上がって黒い紐が掻き消える。でもこの一瞬で十分。
「【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル!彼のものを生贄に捧げる!】」
「【大っ嫌い!アンタなんて大っ嫌い!お爺ちゃんの仇!死んじゃえ】!」
ユーカがフランベルジュを突き出すと、切っ先から火炎放射器のように炎が伸びた。
炎の帯が家具やパーティションを一瞬で飲み込んでヴァンパイアをとらえる。火球が膨らむように現れて火柱が天井を突いた。肌を焼くような熱気がここまで吹き付けてくる。
「人間ふぜいがぁ!」
声と同時にブロードソードで切り裂いたように炎の柱がかき消される。ヴァンパイアの姿が見えた。
ユーカの攻撃拡張の炎を受けて白い顔も鎧もマントも焼けただれていて、余裕な面影はもうない。
胸の傷はさっきより少し小さくなったような気もするけど、もう関係ない。銃眼にヴァンパイアをとらえる。これで止め。
「許さんぞ!」
「死ね!焼き尽くせ!魔弾の射手!」
引き金を引く。赤い光弾がまっすぐにヴァンパイアに突き刺さって大爆発が起きた。
◆
轟音が響いて、スイートルームの壁がドアごと吹き飛んだ。ヴァンパイアの体が爆発で吹き飛ばされる。壁やドアの破片がばらばらと飛び散った。
「確実に殺すのじゃ、スミト」
「わかってます」
胸の傷が最初よりは小さくなっていたのを見れば、ダメージは通るようになったけど回復能力が完全に失われたわけじゃない。
立ち込める煙を払ってドアがあったところに空いた穴を抜けると廊下の白い壁に寄りかかるようにヴァンパイアが倒れていた。
僕等を憎々し気に見上げてくるけど、もう霧をだす力もないらしい。
レブナントが消える時のように体が赤い破片のようにゆっくりと崩れていく。ただ、いつもの魔獣を倒した時の様な黒い渦は出てきていなかった。
「くっくっく」
低い声でヴァンパイアが笑った。この状況で笑えるとは何を考えているんだろう。
「何がおかしい?」
「君の顔は覚えたぞ、スミトとやら……それにラティナ、ダナエと言ったか」
ボロボロの顔に不敵な笑いを浮かべながらヴァンパイアが言う。
「いずれ君達の子孫にこの借りを返すとしよう……必ず、どこに逃げてもだ。精々語り継ぐがいい」
薄笑いを浮かべながらヴァンパイアが言って、背筋が寒くなった。
そういえば、こいつの言う事を信じるなら、一度倒されても復活というか再度実体化したらしい。
銀の弾も含めてかなりのダメージを与えたと思うけど、このまま消えても完全に殺したことにはならないんだろうか。
「完全に倒す方法はないんですか?」
「妾は知らぬ……首を落とすくらいしか思いつかぬな」
ダナエ姫が言う。
そういえばノエルさんの討伐記録も、あくまで倒しただけであって完全に殺したわけじゃない。だからこそこいつはここに居るわけで。
「首でもなんでも落とすがいい……無駄だがね」
うろ覚えの知識でヴァンパイアの弱点を思い出してみる。銀の武器の攻撃も有効だったし、なにか使えるかもしれない。
この状況になっても太陽の光は平気っぽいけど……あとは十字架、ニンニク、あとはたしか川や海を越えられない、というのもあっただろうか。
廊下の片隅に爆発で倒れているライトが見えた。長いスタンド部分は木で出来ている。そういえば木の杭を突きさす、というのもヴァンパイアの弱点にあった気がする。
片方を銃剣で切って槍のようにとがらせる……無駄かもな、と思いつつ一応銃剣と交差させて十字架を作ってみた。
「何をしておるのじゃ、お主は?」
「スミトさん……それは多分イミ無いと思うヨ」
訝し気、というよりあきれたような口調でダナエ姫が言う。
一応試してみたけど……十字架は効果はないか。木の杭を逆手に構え直した。
「で、何のつもりだね?」
あくまで余裕な顔を崩さないままにヴァンパイアが僕を見上げる。
「僕等の世界に伝わるお前等の殺し方だ」
逆手に持った木の杭をヴァンパイアの胸に突き立てた
◆
木の杭が胸に突き刺さった瞬間、同時にヴァンパイアの口から絞り出されるような悲鳴が響いた。
耳をつんざくような甲高い悲鳴がフロア全体に響く。セリエとユーカが身をすくめて耳を抑えた。
何かが砕けるような音がして、波打ったかのように空気が震える。そして、不意にいつも魔獣を倒したときに見る黒い渦が現れた。
ヴァンパイアの体が崩れて、その破片が渦に吸い込まれていく。残った右手で木の杭を抜こうとするけど、そうするより早く、その手が渦に吸い込まれて消えた。
「ばかな………消える、この私が………」
さっきとは全然違う速さで、侵食するように体が消えていく。
白い顔には打って変わってはっきりとした絶望の表情が浮かんでいた。
「にんげん……が・・…・」
黒い渦の中にヴァンパイアの体も床に転がった剣や鎧まで吸い込まれていく。呻くように最後の声を発したところでその顔まで渦に消えた。
すべてを吸い込んだ渦がいつも通り消えて、木の杭がごろんと床に転がる。そして、後には漆黒のコアクリスタルが残された。
◆
黒い渦が消えて、フロアに静寂が戻った。
窓から吹き込んでくる風の音と、遠くから小さな爆発音が聞こえてくる。ジェラールさん達の戦う音だろう。
風がひんやりと冷たくて、戦いの余韻の熱を冷ましてくれる感じがした。
「これで死んだんですかね」
「はい……恐らく」
一寸間を置いてセリエが答えてくれる。
「コアクリスタルは魔獣の命の結晶であり、これが残るということは魔獣の死を意味します……といっても普通の魔獣は復活したりはしないので……確実とは言えませんが」
ちょっと自信無げな口調だ。
「しかし、お主、なぜこのようなことを知っておるのじゃ、スミト。お主の世界には魔獣はおらぬのと聞いておるぞ?」
ダナエ姫が木の杭を足で転がしながら、訝し気に聞いてくる。
「……いろいろと言い伝えがあったんですよ」
地球にモンスターはいないけど、いろんな伝説はあるしそれを元に映画とか本とかが描かれているから断片的な知識は僕も持っている。
「昔はお主等の世界にも魔獣がおって、それを討伐しつくした、ということか?」
「うーん……どうでしょう。多分それはないと思いますけど、わかりません」
いわゆる伝説で語られたりゲームとか映画で出てくるヴァンパイアをは違うところもたくさんあったけど。でも、共通していることも多かった。
まさかと思うけど、昔は地球にもゲートを開けてこういう魔獣が現れてた、なんとことがあるんだろうか。
「成程の……まあよい。完全に殺せたのなら重畳よ。見事であったぞ」
そういってダナエ姫がコアクリスタルを拾いあげる。
「さて、これはどう致そうか。ソウテンインの墓前に供えるか……それともお主が申す通り海にでも捨てるかの?」
黒水晶のようなコアクリスタルを手にしたダナエ姫が言う。
ワイバーンのとかとはまた違うけど、光を吸い込むような漆黒のコアクリスタルは見た目についていうなら、あのヴァンパイアとは裏腹にとても綺麗だ。
見ている分にはきれいだけど。完全に殺したと言われても、この手のモンスターはしつこく蘇ってくるのがホラー映画の定番だし、個人的には海に沈めておきたい気分だ。
「では戻るとしようか」
ダナエ姫が言う。確かに此処にいてももう意味はない。
ただ、行くことは考えていたけど、下り方は考えてなかった。
インカムは都笠さんとはつながっているだけで、オルミナさんとは連絡が取れない。一度ラティナさんに下りてもらって、門をつないでもらうのが一番楽なんだけど。
そんなことするよりエレベーターで降りた方がいいかもしれないけど。レブナントがまだ消えていないなら、降りたところにレブナントの大群と鉢合わせ、の可能性も有る。
できればもう戦いは避けたい。
「聞こえる、都笠さん?一度僕らが先に下りるよ。ちょっと待っててくれる?」
そういえば、狙撃が途中から止んでいる。
なんせ今回は使っている弾が12.7ミリ弾だ。流れ弾にぶち当たったら防御がかかっていても即死しかねないし。用心したのかもしれないけど。
「都笠さん?」
インカムにむかってもう一度声を掛ける。
耳に付けたマイクから返事は返ってこなくて、代わりに足を踏み鳴らすようなくぐもった音と金属音が聞こえてきた。
僕等の策は都笠さんの狙撃。
籐司朗さんの斬撃のうち危険なものを見切って躱したところをみればこいつにはある程度の危険察知能力はある。
ただ、さすがに百メートル以上離れた別のビルからの狙撃は予想のはるか外だろう。僕等の役目は狙撃のおぜん立てとして、こいつを窓に追いつめて動きを止めること。
効果はどうだ?
ヴァンパイアが胸に開いた穴を見つめて、窓の外を見た。
「魔法……ではないな。あの距離から矢弾を放ったのか」
胸に大穴を開けた状態なのに、平然とした顔で言う。
「いや、感心したよ。人間の武器も進歩したものだ。スロット武器ではないようだが」
効いてないのか?ダナエ姫の小さな舌打ちが聞こえる。
「だが……この程度では私は……」
そういったところで、ヴァンパイアが口から赤黒い煙を吐き出した。
今までなら傷は血煙を吹きあげながら巻き戻しでもするかのようにふさがっていっていた。でも胸の大穴が開いたまま変化する様子はない
「これは……銀、だと」
これが切り札。
都笠さんの最大火力のバレットM82対物ライフル。それに込めたのは錬金術のスロット能力持ちに頼んで弾頭を銀に替えた12.7ミリ弾。
詳しいことは知らないけど、錬金術なるスロット能力はそう簡単に金属の組成を変えられるものじゃないらしい。
それに、銃弾の構造は複雑で全部を銀に変えたら単なる銀の重りになってしまうから弾頭のみを銀にしなければいけない。
そもそも錬金術自体、ドワーフが主に使うスロット能力で使える人が多くない能力らしい。おまけに時間もない。
無い無い尽くしの中で、オルドネス家やブルフレーニュ家の力で使い手を集めてもらい、出来たのはたったの2発。試し打ちに一発使って、残ったのは一発だけ。
それにノエルさんの退魔の剣を乗せて狙撃した。これが効かなかったら……完全に打つ手なしだった。
能面のように無表情だったヴァンパイアの顔がゆがむ。
「……貴様の命をよこせ」
手を伸ばすと床から血煙が吹き上がった。でもこの距離なら。
「ユーカ!」
「燃えちゃえ!」
赤い炎が壁が吹き上がって血煙を吹き飛ばす。
至近距離ならともかく、この間合いならあの血煙はユーカの炎で止められる。この距離を保てれば僕らの方が有利だ。
「【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を退けるものなり。斯く成せ】」
セリエの詠唱が響いて、僕とラティナさんに防御の光がまといつく。
「ご主人様、油断はしないでください!」
圧倒的に優位になっても気を抜くな、というのはアーロンさんにもリチャードにもさんざん言われた。
一瞬の油断で脚を掬われるなんてことは戦いに限らずよくある。安心するのは相手を確実に打ち倒してからだ。
『もう一発行くわよ!』
都笠さんの声がインカムから響く。危険を感じたのか、わずかに身をよじったヴァンパイアの左手が爆発するように吹き飛んだ。血煙が舞い散って銃声がわずかに遅れて響く。
ヴァンパイアが窓の方を憎々し気ににらみつけた。
左手からは蒸気のように赤い血煙が吹き上がるけど再生する気配はない。ヴァンパイアが忌々し気に肘から先がなくなった腕を見る。
銀の弾はもうないけど、退魔の剣を乗せた通常の弾でも効果はあるらしい。そしてこの状態になると前に戦った時に様に無限に回復し続けるようなことはないようだ。
『次!注意して!』
インカムからまた声がして、ヴァンパイアが大きく壁際に飛びずさった。
ヴァンパイアが今いた場所を銃弾が貫く。床に穴が空いて、砕けたフローリングのパネルが舞い上がった。外れたか。
「この程度で勝ったつもりか、人間ども」
霧に変わろうしたんだろう、一瞬体の輪郭が崩れる。でも、胸の傷のところで何かが閊えるかのように変化が止まった。
霧になって飛ぶなんてことはもう出来なさそうだ。余裕を崩さなかったヴァンパイアの顔にはっきりした焦りが浮かんだ。
「どうやらノエルの言い伝えは正確であったようじゃの」
ダナエ姫の周りを取り巻いていたサーベルが次々と消えた。代わりに白く輝く一本の大刀が現れる。籐司朗さんの大刀だ。
「ソウテンイン、お主の太刀であの者を黄泉に送ろう」
「燃えちゃえ!」
床から次々と火柱が吹き上がった。
一瞬遅れて籐司朗さんの大刀が白い奇跡を残して飛ぶ。炎に包まれるヴァンパイアを逆袈裟に切り裂いた。
よろめいたヴァンパイアが壁に寄りかかって手を広げる。
「【人間よ、我が首輪を受けよ!人形となって我に仕えよ】」
ヴァンパイアが詠唱すると、ぼんやりとした人魂のような白い光がつぎつぎと空中に浮かんだ。呻くような悲鳴のような音を立てつつ、わずか数秒で10体ほどのレブナントが姿を現す。
「行け、従僕どもよ」
命令にこたえるように、レブナントが剣を構えて進み出てくる。
レブナントの壁の向こうでヴァンパイアがドアの方に身をひるがえした。逃げる気か。
「小賢しいわ!」
ダナエ姫が手を突き出すと、大刀が一閃した。横薙ぎに払われた大刀が草でも刈り取るようにレブナントの胴をまとめて切り払う。
両断されたレブナントが崩れて消えた。
「逃がすモノか!【雪待流奧伝、術式鉄錆!万代楔】!」
ラティナさんが投げた黒い手裏剣が正確にヴァンパイアを貫いた。手裏剣からひものようなものが伸びて床に突き刺さる。
地面に繋ぎ止められて、つんのめるようにヴァンパイアの足が止まった。
「この程度の児戯に!」
血煙が吹き上がって黒い紐が掻き消える。でもこの一瞬で十分。
「【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル!彼のものを生贄に捧げる!】」
「【大っ嫌い!アンタなんて大っ嫌い!お爺ちゃんの仇!死んじゃえ】!」
ユーカがフランベルジュを突き出すと、切っ先から火炎放射器のように炎が伸びた。
炎の帯が家具やパーティションを一瞬で飲み込んでヴァンパイアをとらえる。火球が膨らむように現れて火柱が天井を突いた。肌を焼くような熱気がここまで吹き付けてくる。
「人間ふぜいがぁ!」
声と同時にブロードソードで切り裂いたように炎の柱がかき消される。ヴァンパイアの姿が見えた。
ユーカの攻撃拡張の炎を受けて白い顔も鎧もマントも焼けただれていて、余裕な面影はもうない。
胸の傷はさっきより少し小さくなったような気もするけど、もう関係ない。銃眼にヴァンパイアをとらえる。これで止め。
「許さんぞ!」
「死ね!焼き尽くせ!魔弾の射手!」
引き金を引く。赤い光弾がまっすぐにヴァンパイアに突き刺さって大爆発が起きた。
◆
轟音が響いて、スイートルームの壁がドアごと吹き飛んだ。ヴァンパイアの体が爆発で吹き飛ばされる。壁やドアの破片がばらばらと飛び散った。
「確実に殺すのじゃ、スミト」
「わかってます」
胸の傷が最初よりは小さくなっていたのを見れば、ダメージは通るようになったけど回復能力が完全に失われたわけじゃない。
立ち込める煙を払ってドアがあったところに空いた穴を抜けると廊下の白い壁に寄りかかるようにヴァンパイアが倒れていた。
僕等を憎々し気に見上げてくるけど、もう霧をだす力もないらしい。
レブナントが消える時のように体が赤い破片のようにゆっくりと崩れていく。ただ、いつもの魔獣を倒した時の様な黒い渦は出てきていなかった。
「くっくっく」
低い声でヴァンパイアが笑った。この状況で笑えるとは何を考えているんだろう。
「何がおかしい?」
「君の顔は覚えたぞ、スミトとやら……それにラティナ、ダナエと言ったか」
ボロボロの顔に不敵な笑いを浮かべながらヴァンパイアが言う。
「いずれ君達の子孫にこの借りを返すとしよう……必ず、どこに逃げてもだ。精々語り継ぐがいい」
薄笑いを浮かべながらヴァンパイアが言って、背筋が寒くなった。
そういえば、こいつの言う事を信じるなら、一度倒されても復活というか再度実体化したらしい。
銀の弾も含めてかなりのダメージを与えたと思うけど、このまま消えても完全に殺したことにはならないんだろうか。
「完全に倒す方法はないんですか?」
「妾は知らぬ……首を落とすくらいしか思いつかぬな」
ダナエ姫が言う。
そういえばノエルさんの討伐記録も、あくまで倒しただけであって完全に殺したわけじゃない。だからこそこいつはここに居るわけで。
「首でもなんでも落とすがいい……無駄だがね」
うろ覚えの知識でヴァンパイアの弱点を思い出してみる。銀の武器の攻撃も有効だったし、なにか使えるかもしれない。
この状況になっても太陽の光は平気っぽいけど……あとは十字架、ニンニク、あとはたしか川や海を越えられない、というのもあっただろうか。
廊下の片隅に爆発で倒れているライトが見えた。長いスタンド部分は木で出来ている。そういえば木の杭を突きさす、というのもヴァンパイアの弱点にあった気がする。
片方を銃剣で切って槍のようにとがらせる……無駄かもな、と思いつつ一応銃剣と交差させて十字架を作ってみた。
「何をしておるのじゃ、お主は?」
「スミトさん……それは多分イミ無いと思うヨ」
訝し気、というよりあきれたような口調でダナエ姫が言う。
一応試してみたけど……十字架は効果はないか。木の杭を逆手に構え直した。
「で、何のつもりだね?」
あくまで余裕な顔を崩さないままにヴァンパイアが僕を見上げる。
「僕等の世界に伝わるお前等の殺し方だ」
逆手に持った木の杭をヴァンパイアの胸に突き立てた
◆
木の杭が胸に突き刺さった瞬間、同時にヴァンパイアの口から絞り出されるような悲鳴が響いた。
耳をつんざくような甲高い悲鳴がフロア全体に響く。セリエとユーカが身をすくめて耳を抑えた。
何かが砕けるような音がして、波打ったかのように空気が震える。そして、不意にいつも魔獣を倒したときに見る黒い渦が現れた。
ヴァンパイアの体が崩れて、その破片が渦に吸い込まれていく。残った右手で木の杭を抜こうとするけど、そうするより早く、その手が渦に吸い込まれて消えた。
「ばかな………消える、この私が………」
さっきとは全然違う速さで、侵食するように体が消えていく。
白い顔には打って変わってはっきりとした絶望の表情が浮かんでいた。
「にんげん……が・・…・」
黒い渦の中にヴァンパイアの体も床に転がった剣や鎧まで吸い込まれていく。呻くように最後の声を発したところでその顔まで渦に消えた。
すべてを吸い込んだ渦がいつも通り消えて、木の杭がごろんと床に転がる。そして、後には漆黒のコアクリスタルが残された。
◆
黒い渦が消えて、フロアに静寂が戻った。
窓から吹き込んでくる風の音と、遠くから小さな爆発音が聞こえてくる。ジェラールさん達の戦う音だろう。
風がひんやりと冷たくて、戦いの余韻の熱を冷ましてくれる感じがした。
「これで死んだんですかね」
「はい……恐らく」
一寸間を置いてセリエが答えてくれる。
「コアクリスタルは魔獣の命の結晶であり、これが残るということは魔獣の死を意味します……といっても普通の魔獣は復活したりはしないので……確実とは言えませんが」
ちょっと自信無げな口調だ。
「しかし、お主、なぜこのようなことを知っておるのじゃ、スミト。お主の世界には魔獣はおらぬのと聞いておるぞ?」
ダナエ姫が木の杭を足で転がしながら、訝し気に聞いてくる。
「……いろいろと言い伝えがあったんですよ」
地球にモンスターはいないけど、いろんな伝説はあるしそれを元に映画とか本とかが描かれているから断片的な知識は僕も持っている。
「昔はお主等の世界にも魔獣がおって、それを討伐しつくした、ということか?」
「うーん……どうでしょう。多分それはないと思いますけど、わかりません」
いわゆる伝説で語られたりゲームとか映画で出てくるヴァンパイアをは違うところもたくさんあったけど。でも、共通していることも多かった。
まさかと思うけど、昔は地球にもゲートを開けてこういう魔獣が現れてた、なんとことがあるんだろうか。
「成程の……まあよい。完全に殺せたのなら重畳よ。見事であったぞ」
そういってダナエ姫がコアクリスタルを拾いあげる。
「さて、これはどう致そうか。ソウテンインの墓前に供えるか……それともお主が申す通り海にでも捨てるかの?」
黒水晶のようなコアクリスタルを手にしたダナエ姫が言う。
ワイバーンのとかとはまた違うけど、光を吸い込むような漆黒のコアクリスタルは見た目についていうなら、あのヴァンパイアとは裏腹にとても綺麗だ。
見ている分にはきれいだけど。完全に殺したと言われても、この手のモンスターはしつこく蘇ってくるのがホラー映画の定番だし、個人的には海に沈めておきたい気分だ。
「では戻るとしようか」
ダナエ姫が言う。確かに此処にいてももう意味はない。
ただ、行くことは考えていたけど、下り方は考えてなかった。
インカムは都笠さんとはつながっているだけで、オルミナさんとは連絡が取れない。一度ラティナさんに下りてもらって、門をつないでもらうのが一番楽なんだけど。
そんなことするよりエレベーターで降りた方がいいかもしれないけど。レブナントがまだ消えていないなら、降りたところにレブナントの大群と鉢合わせ、の可能性も有る。
できればもう戦いは避けたい。
「聞こえる、都笠さん?一度僕らが先に下りるよ。ちょっと待っててくれる?」
そういえば、狙撃が途中から止んでいる。
なんせ今回は使っている弾が12.7ミリ弾だ。流れ弾にぶち当たったら防御がかかっていても即死しかねないし。用心したのかもしれないけど。
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インカムにむかってもう一度声を掛ける。
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