僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。(書籍版・普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ)
切り札を出すための布石
門を抜けた。
出た所は、広々としたおそらくスィートルームだろうと思しき巨大な客室だった。片面には大きな窓があって、薄手のカーテン越しに外から太陽の光が差し込んできている。
部屋には洒落た形のソファやテーブルが並べられていて、壁に飾られた絵や木目調の床もあいまっていかにも高級な部屋だったんだろうって感じはする。
ただ、空気は淀んでいて少し埃っぽい。
そして部屋の中央に大きめのソファにヴァンパイアが座っていた……こういう快適さ的なものはヴァンパイアにも分かるものなんだろうか
「ほう……まさかこんな方法で来るとは思わなかったな」
まるで驚いた様子もなくヴァンパイアが立ち上がった。
窓から差し込む太陽の光を浴びているけど……前もそうだったんだけど、どうやらこのヴァンパイアは太陽の光が苦手とか、そういうのは無いらしい。
「4人だけか……まったく勇敢だな」
僕等の方をまじまじとみて仰々しく片手を上げると、豪華なカーペットを引いた床から赤い血煙が吹き上がった。
籐司朗さんもあれにやられたはず。一歩下がる。その煙が空中に浮かぶ門に絡みついた。水面のような門がノイズが掛かったようにゆがむ。そのまま引き裂かれるように門が消えた。
「だが愚かだ。この通り、これで退路は無い。援護もな」
門が消えたのを確認してヴァンパイアが表情を変えずにこっちを見る。
「人形にするのは難しくはないだろうが……それでは面白くない。降伏しろ。女は端女として私に仕えることを赦そう。君もなかなかに優秀なようだからな。忠誠を誓うなら生きていられるぞ。命は惜しいだろう?」
「私たちのお仕えする主はお一人だけです」
「あんたなんて大っ嫌い」
「妾にいい考えがあるぞ。今すぐこの場でその首を差し出すがよい」
門が消えたことに全く動揺する風もなく、ダナエ姫の周りに剣聖の戦列のサーベルがふわりと浮いた。
「妾自らお主の首を丁重に埋葬してやろう。毎日水くらいは備えてやる。どうじゃ?」
ダナエ姫の言葉にヴァンパイアが首を振って手をかざした。赤いブロードソードが空中から現れる。
「愚かもここに極まれりだ。知恵を絞ってここまで来たのは褒めてやるが、レブナントの群れをみれば後悔するかね?」
『風戸君……聞こえる?こっちは準備OK……そっちが見えるわ』
耳に付けたインカムから都笠さんの声が聞こえた。準備はこれで整った。
どうせここで決着をつけるんだ。
今は退路のことは考えるな。都笠さんの準備ができたなら、作戦通りに行けば勝ち目はある。
アーロンさんの教えを思い出す。戦いに挑むときは、負けることは絶対に考えるな。その気持ちは胸から追い出せ。それを考えた時点でお前は負ける。
前はヴァンパイアと対峙した時はその圧力にに身が竦んだ……でも、今日は不思議なほど落ち着いて居て、怖いという気持ちは感じなかった。なぜかは分からないけど。
「管理者、起動……防災設備制御、防火隔壁閉鎖」
重たい金属音が次々と響いてフロアがかすかに揺れた。
「……何をした?」
「あんたはしらないだろうが、こういう建物には壁を作る機能があってね。レブナントはもう来れないよ」
こっちの人数は少ない。上層階にどのくらいレブナントがいるかはわからないけど、邪魔が入られちゃこまる。
「やれやれ、レブナントがいなければ勝てると思っているのか?8人で私に傷一つつけられなかったことを忘れたかね?あの男が居ない今、君たちで私に傷をつけることはできんぞ」
それを無視して、セリエが呪文を唱える。僕とユーカに防御の光がまといついた。
ダナエ姫は剣聖の戦列をかければ防御もつくらしい。便利なスロット能力というか、さすが四大公家の一角の固有スロット能力ってことか。
ヴァンパイアが小ばかにしたようなしぐさで首を振る。
「気が変わったら跪き給え……死ぬ前にな」
◆
ヴァンパイアのまわりから赤い血煙が湧き上がった。霧のようなあれが籐司朗さんをの右手を侵食した。
「ユーカ!」
「燃えちゃえ!」
計画は勿論みんなに話してある。なんとかこいつを計画通りに追いつめないといけない。
ユーカの炎が吹き上がって血煙が消し飛んだ。
炎の向こうのヴァンパイアが一瞬薄笑いを浮かべて、姿がにじむように崩れて消える。何が起こったか考えるより早く、赤い霧が沸き上がるようにしてヴァンパイアが目の前に現れた。
白い能面のような顔が突然間近に迫る。振り上げた剣を無造作に振り下ろしてきたけど。
剣はいつも通りスローに見える。籐司朗さんの斬撃に比べれば止まっているも同然だ。
がら空きの顎を銃床で殴りつけた。やわらかいものを殴ったような変な手ごたえが伝わってきて血しぶきのような赤いものが散る。返す刀で銃剣を胸に突き立てた。
銃剣が根元まで突き刺さる。傷口から噴き出すように、また血煙が湧きだした。
「あっち行ってろ!」
銃身を横にして槍の柄で押すように叩きつける。ヴァンパイアがよろめいて一歩下がった。
血煙が離れ際に体に絡んで、一瞬で防御の光が薄くなる。外見は薄い霧みたいだけど、見た目以上にあの煙は危ない。
「あの男ほどの圧力はないな!」
よろめいて下がったヴァンパイアの姿がまた崩れて、今度は真横に現れた。さっきの銃剣の傷も顎への打撃の傷も消えてしまっている。どういう構造しているんだ、こいつは。
振り下ろされた剣をもう一度払いのけたけど、体の周りを漂う血煙が触れる。防御の光が薄くなった。
剣技自体はどうってことないけど、間合いがとり難い上にこの血煙は危な過ぎる。
しかも、この距離だと近すぎてユーカやダナエ姫の援護をもらうことができない。どっちもかなり派手というか範囲を巻き込むタイプの攻撃だ。
「人間は不自由だな。君ごと私を焼くなりすればいいものを」
「黙れ!」
ダナエ姫やユーカの攻撃は僕を巻き込むことがわかってるってことか。
ダナエ姫がサーベルを構えて突進してきたけど、血煙が床から立ち上がって道をふさぐのが見えた。
「お兄ちゃん」
「スミト!なんとか距離をとるのじゃ」
間合いを取るってことをやりにくいうえに、僕に張り付いてくるってことは、僕が一番弱いように見えるのか、男だから一番最初に狙ってきているのか。
刺しても効果はない。横に薙ぎ払われた剣を姿勢を低くして躱して、胸に銃床で突きを叩き込む。ヴァンパイアがよろめいて一歩下がった。こっちもバックステップする。
「燃えちゃえ!!大っ嫌い!!」
ユーカの声が響いて床から炎が吹き上がる。ヴァンパイアが火に包まれた。
一息つく間もなく、赤い炎の中のヴァンパイアの姿がまた掻き消える。
「後ろじゃ!」
「ご主人様!」
振り返る暇はない。考えるより早く体が動いた。銃を槍のように構えたまま、銃床を真後ろに突く。
鈍い手ごたえが銃身から伝わった。反動でそのまま前に転がって、木目調のフローリングを蹴って飛び起きる。
短めの槍の石突きで真後ろを突く動作。アーロンさんとの槍術の訓練で何百回もやらされたけど、体が覚えていた。練習は案外裏切らないもんだ。
腹を抑えて後退したヴァンパイアの姿がまた崩れる。剣を突くように構えた姿が僕の前に現れた。
あくまで僕を狙ってくるのか。
「しつこいんだよ!」
踏み込みに合わせて肩口を殴るけど、お構いなしに剣を突いてきた。
ゆっくり迫ってくる切っ先を避けてもう一発殴り返そうとしたけど。それに合わせるようにもう片方の手を伸ばしてくる。
掴まれたら籐司朗さんの二の舞だ。銃を掴もうとしたその手を払いのける。
「どうやら君が指揮官らしいからな。君を下僕に変えればあの三人はおのずと私に従うだろう」
そういうとヴァンパイアがまた手を突き出してきた。手の動きに合わせるようにガスの塊のような血煙が迫ってくる。
剣は遅いから切り合いなら負ける気はしないけど……この血煙が面倒すぎる。動きは見えるけど、大きく広がる血煙を完全に躱すのは無理だ。
わずかでも触れるたびに防御が明滅して光が薄れる。セリエの詠唱が聞こえて、光がまた強くなった。今回のセリエは防御を最優先にするように言ってあるけど、
至近距離で切り合うのはあぶないけど、下がろうとしても霧のように姿が崩れてまた目の前に現れる。間合いを外せない。
3人で押せばなんとかなるかと思ったけど……想像以上にこいつのこの能力は性質が悪い。
血煙が不意に足元から噴き出して視界が薄赤く染まった。かけ直してもらったばかりの防御の光が消える。
「ご主人様!【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を】」
セリエの詠唱が聞こえるけど……間に合わない。
「では君の命を頂くぞ」
とっさに床を蹴って後ろに飛ぶ。ゆっくり伸びてきた血煙が際どいところでコートの裾をかすめた。どうにか足を踏ん張って次の攻撃に備える。
また霧に変わるか、と思った時……不意にヴァンパイアがよろめいた。
◆
なにかと思ったけど。釘のような銀色の長い針のような細い刃物がヴァンパイアの肩に刺さっていた。
「これは?」
開けっ放しになった部屋の入り口から閃光のように銀の光が飛んで来た。家具と僕らの間を縫うように空中を走り抜けて、光が誘導弾のようにヴァンパイアに向かう。
ヴァンパイアが剣を一振りしてそれを叩き落とした。銀色の針が床に散らばる。
「加勢すルよ!スミトさん!【雪待流中伝、術式茜!連ね火針!銀扇!】」
ラティナさんが部屋に飛び込んできた。
左右に手に持った棒手裏剣を次々と投げる。投じられた10本近い針が空中で扇のように大きく広がった。囲むように飛んだ針が次々とヴァンパイアに殺到する。
剣を振り回すけど流石に落としきれなかった。何本もの手裏剣が鎧を貫通してヴァンパイアに突き刺さる。
「ドウだ!」
「銀とは……小賢しい。だが、この程度の小針では私にはかすり傷にしかならんぞ」
この手裏剣は銀なのか。いつの間にこんなものを用意していたんだろう。
「備えは怠りナク!それがニンジャ!」
手裏剣は半分以上は落とされたけど、何本かは刺さっている。
刺さった釘のように長い棒手裏剣をヴァンパイアが抜いた。穴から血煙が吹きあがるけど、スロット武器で切ったときのように傷がすぐ消える感じじゃない。やっぱり銀は効果はあるらしい。
ただ……銀を嫌ってはいるようだけど、あれじゃ決定打にはなってない。でも距離が離れたなら今はそれが値千金。
「ユーカ、今じゃ」
「燃えちゃえ!」
絨毯からユーカの炎が次々と立ち上がる。炎を嫌うようにヴァンパイアが下がった。
「切り裂け、剣!」
「マダマダあるヨ!【連ね火針!蛟縄!】」
「【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル!彼のものを生贄に捧げる!】」
このチャンスは絶対に逃がせない。
吹き上がる火柱を裂いて白いサーベルが二本飛ぶ。タイミングを外すように、銀の手裏剣が蛇のようなじジグザクの軌道を描いて、ヴァンパイアに向けて襲い掛かった。
サーベルは躱すまでもないと言わんばかりに切られるがままだけど、手裏剣は下がりながら剣ではじく。でもそれが付け目。
「打ち砕け!魔弾の射手!」
引き金を引くと、ヴァンパイアに向けて黒い弾丸が飛んだ。剣で払うと同時に弾丸が鉄球のように巨大に膨れ上がる。
これはこいつにはまだ見せていない。耐久力に自信があるのか僕らのことを甘く見ているのか、ろくに避けもしないからこれは当たると思った。重いものが衝突するような音がして、鉄球を受けたヴァンパイアが窓まで吹き飛ぶ。
「私に膝をつかせるとは、なかなかやるではないか」
「そこで!大人しくしておれ!」
ダナエ姫がサーベルを突き出す。
三本の白いサーベルが空中を走ってヴァンパイアの胸と眉間と喉を正確に突き刺さした。刺し貫いたサーベルがそのままヴァンパイアを窓ガラスに縫い付ける。
「だが、この程度で私を倒せるとでも?無駄だぞ」
魔弾の射手を受けて折れて歪んだ右手がもとに戻っていく。普通なら即死物の急所を刺されたままヴァンパイアが余裕の笑みを浮かべた。
でもこれで効かないのは予想どおり。
「いや、これは布石さ」
切り札はこのあと。
『ベストポジション!』
都笠さんの声がインカムから響く。同時にヴァンパイアの胸が内側から爆発するように吹き飛んだ。
出た所は、広々としたおそらくスィートルームだろうと思しき巨大な客室だった。片面には大きな窓があって、薄手のカーテン越しに外から太陽の光が差し込んできている。
部屋には洒落た形のソファやテーブルが並べられていて、壁に飾られた絵や木目調の床もあいまっていかにも高級な部屋だったんだろうって感じはする。
ただ、空気は淀んでいて少し埃っぽい。
そして部屋の中央に大きめのソファにヴァンパイアが座っていた……こういう快適さ的なものはヴァンパイアにも分かるものなんだろうか
「ほう……まさかこんな方法で来るとは思わなかったな」
まるで驚いた様子もなくヴァンパイアが立ち上がった。
窓から差し込む太陽の光を浴びているけど……前もそうだったんだけど、どうやらこのヴァンパイアは太陽の光が苦手とか、そういうのは無いらしい。
「4人だけか……まったく勇敢だな」
僕等の方をまじまじとみて仰々しく片手を上げると、豪華なカーペットを引いた床から赤い血煙が吹き上がった。
籐司朗さんもあれにやられたはず。一歩下がる。その煙が空中に浮かぶ門に絡みついた。水面のような門がノイズが掛かったようにゆがむ。そのまま引き裂かれるように門が消えた。
「だが愚かだ。この通り、これで退路は無い。援護もな」
門が消えたのを確認してヴァンパイアが表情を変えずにこっちを見る。
「人形にするのは難しくはないだろうが……それでは面白くない。降伏しろ。女は端女として私に仕えることを赦そう。君もなかなかに優秀なようだからな。忠誠を誓うなら生きていられるぞ。命は惜しいだろう?」
「私たちのお仕えする主はお一人だけです」
「あんたなんて大っ嫌い」
「妾にいい考えがあるぞ。今すぐこの場でその首を差し出すがよい」
門が消えたことに全く動揺する風もなく、ダナエ姫の周りに剣聖の戦列のサーベルがふわりと浮いた。
「妾自らお主の首を丁重に埋葬してやろう。毎日水くらいは備えてやる。どうじゃ?」
ダナエ姫の言葉にヴァンパイアが首を振って手をかざした。赤いブロードソードが空中から現れる。
「愚かもここに極まれりだ。知恵を絞ってここまで来たのは褒めてやるが、レブナントの群れをみれば後悔するかね?」
『風戸君……聞こえる?こっちは準備OK……そっちが見えるわ』
耳に付けたインカムから都笠さんの声が聞こえた。準備はこれで整った。
どうせここで決着をつけるんだ。
今は退路のことは考えるな。都笠さんの準備ができたなら、作戦通りに行けば勝ち目はある。
アーロンさんの教えを思い出す。戦いに挑むときは、負けることは絶対に考えるな。その気持ちは胸から追い出せ。それを考えた時点でお前は負ける。
前はヴァンパイアと対峙した時はその圧力にに身が竦んだ……でも、今日は不思議なほど落ち着いて居て、怖いという気持ちは感じなかった。なぜかは分からないけど。
「管理者、起動……防災設備制御、防火隔壁閉鎖」
重たい金属音が次々と響いてフロアがかすかに揺れた。
「……何をした?」
「あんたはしらないだろうが、こういう建物には壁を作る機能があってね。レブナントはもう来れないよ」
こっちの人数は少ない。上層階にどのくらいレブナントがいるかはわからないけど、邪魔が入られちゃこまる。
「やれやれ、レブナントがいなければ勝てると思っているのか?8人で私に傷一つつけられなかったことを忘れたかね?あの男が居ない今、君たちで私に傷をつけることはできんぞ」
それを無視して、セリエが呪文を唱える。僕とユーカに防御の光がまといついた。
ダナエ姫は剣聖の戦列をかければ防御もつくらしい。便利なスロット能力というか、さすが四大公家の一角の固有スロット能力ってことか。
ヴァンパイアが小ばかにしたようなしぐさで首を振る。
「気が変わったら跪き給え……死ぬ前にな」
◆
ヴァンパイアのまわりから赤い血煙が湧き上がった。霧のようなあれが籐司朗さんをの右手を侵食した。
「ユーカ!」
「燃えちゃえ!」
計画は勿論みんなに話してある。なんとかこいつを計画通りに追いつめないといけない。
ユーカの炎が吹き上がって血煙が消し飛んだ。
炎の向こうのヴァンパイアが一瞬薄笑いを浮かべて、姿がにじむように崩れて消える。何が起こったか考えるより早く、赤い霧が沸き上がるようにしてヴァンパイアが目の前に現れた。
白い能面のような顔が突然間近に迫る。振り上げた剣を無造作に振り下ろしてきたけど。
剣はいつも通りスローに見える。籐司朗さんの斬撃に比べれば止まっているも同然だ。
がら空きの顎を銃床で殴りつけた。やわらかいものを殴ったような変な手ごたえが伝わってきて血しぶきのような赤いものが散る。返す刀で銃剣を胸に突き立てた。
銃剣が根元まで突き刺さる。傷口から噴き出すように、また血煙が湧きだした。
「あっち行ってろ!」
銃身を横にして槍の柄で押すように叩きつける。ヴァンパイアがよろめいて一歩下がった。
血煙が離れ際に体に絡んで、一瞬で防御の光が薄くなる。外見は薄い霧みたいだけど、見た目以上にあの煙は危ない。
「あの男ほどの圧力はないな!」
よろめいて下がったヴァンパイアの姿がまた崩れて、今度は真横に現れた。さっきの銃剣の傷も顎への打撃の傷も消えてしまっている。どういう構造しているんだ、こいつは。
振り下ろされた剣をもう一度払いのけたけど、体の周りを漂う血煙が触れる。防御の光が薄くなった。
剣技自体はどうってことないけど、間合いがとり難い上にこの血煙は危な過ぎる。
しかも、この距離だと近すぎてユーカやダナエ姫の援護をもらうことができない。どっちもかなり派手というか範囲を巻き込むタイプの攻撃だ。
「人間は不自由だな。君ごと私を焼くなりすればいいものを」
「黙れ!」
ダナエ姫やユーカの攻撃は僕を巻き込むことがわかってるってことか。
ダナエ姫がサーベルを構えて突進してきたけど、血煙が床から立ち上がって道をふさぐのが見えた。
「お兄ちゃん」
「スミト!なんとか距離をとるのじゃ」
間合いを取るってことをやりにくいうえに、僕に張り付いてくるってことは、僕が一番弱いように見えるのか、男だから一番最初に狙ってきているのか。
刺しても効果はない。横に薙ぎ払われた剣を姿勢を低くして躱して、胸に銃床で突きを叩き込む。ヴァンパイアがよろめいて一歩下がった。こっちもバックステップする。
「燃えちゃえ!!大っ嫌い!!」
ユーカの声が響いて床から炎が吹き上がる。ヴァンパイアが火に包まれた。
一息つく間もなく、赤い炎の中のヴァンパイアの姿がまた掻き消える。
「後ろじゃ!」
「ご主人様!」
振り返る暇はない。考えるより早く体が動いた。銃を槍のように構えたまま、銃床を真後ろに突く。
鈍い手ごたえが銃身から伝わった。反動でそのまま前に転がって、木目調のフローリングを蹴って飛び起きる。
短めの槍の石突きで真後ろを突く動作。アーロンさんとの槍術の訓練で何百回もやらされたけど、体が覚えていた。練習は案外裏切らないもんだ。
腹を抑えて後退したヴァンパイアの姿がまた崩れる。剣を突くように構えた姿が僕の前に現れた。
あくまで僕を狙ってくるのか。
「しつこいんだよ!」
踏み込みに合わせて肩口を殴るけど、お構いなしに剣を突いてきた。
ゆっくり迫ってくる切っ先を避けてもう一発殴り返そうとしたけど。それに合わせるようにもう片方の手を伸ばしてくる。
掴まれたら籐司朗さんの二の舞だ。銃を掴もうとしたその手を払いのける。
「どうやら君が指揮官らしいからな。君を下僕に変えればあの三人はおのずと私に従うだろう」
そういうとヴァンパイアがまた手を突き出してきた。手の動きに合わせるようにガスの塊のような血煙が迫ってくる。
剣は遅いから切り合いなら負ける気はしないけど……この血煙が面倒すぎる。動きは見えるけど、大きく広がる血煙を完全に躱すのは無理だ。
わずかでも触れるたびに防御が明滅して光が薄れる。セリエの詠唱が聞こえて、光がまた強くなった。今回のセリエは防御を最優先にするように言ってあるけど、
至近距離で切り合うのはあぶないけど、下がろうとしても霧のように姿が崩れてまた目の前に現れる。間合いを外せない。
3人で押せばなんとかなるかと思ったけど……想像以上にこいつのこの能力は性質が悪い。
血煙が不意に足元から噴き出して視界が薄赤く染まった。かけ直してもらったばかりの防御の光が消える。
「ご主人様!【彼の者の身にまとう鎧は金剛の如く、仇なす刃を】」
セリエの詠唱が聞こえるけど……間に合わない。
「では君の命を頂くぞ」
とっさに床を蹴って後ろに飛ぶ。ゆっくり伸びてきた血煙が際どいところでコートの裾をかすめた。どうにか足を踏ん張って次の攻撃に備える。
また霧に変わるか、と思った時……不意にヴァンパイアがよろめいた。
◆
なにかと思ったけど。釘のような銀色の長い針のような細い刃物がヴァンパイアの肩に刺さっていた。
「これは?」
開けっ放しになった部屋の入り口から閃光のように銀の光が飛んで来た。家具と僕らの間を縫うように空中を走り抜けて、光が誘導弾のようにヴァンパイアに向かう。
ヴァンパイアが剣を一振りしてそれを叩き落とした。銀色の針が床に散らばる。
「加勢すルよ!スミトさん!【雪待流中伝、術式茜!連ね火針!銀扇!】」
ラティナさんが部屋に飛び込んできた。
左右に手に持った棒手裏剣を次々と投げる。投じられた10本近い針が空中で扇のように大きく広がった。囲むように飛んだ針が次々とヴァンパイアに殺到する。
剣を振り回すけど流石に落としきれなかった。何本もの手裏剣が鎧を貫通してヴァンパイアに突き刺さる。
「ドウだ!」
「銀とは……小賢しい。だが、この程度の小針では私にはかすり傷にしかならんぞ」
この手裏剣は銀なのか。いつの間にこんなものを用意していたんだろう。
「備えは怠りナク!それがニンジャ!」
手裏剣は半分以上は落とされたけど、何本かは刺さっている。
刺さった釘のように長い棒手裏剣をヴァンパイアが抜いた。穴から血煙が吹きあがるけど、スロット武器で切ったときのように傷がすぐ消える感じじゃない。やっぱり銀は効果はあるらしい。
ただ……銀を嫌ってはいるようだけど、あれじゃ決定打にはなってない。でも距離が離れたなら今はそれが値千金。
「ユーカ、今じゃ」
「燃えちゃえ!」
絨毯からユーカの炎が次々と立ち上がる。炎を嫌うようにヴァンパイアが下がった。
「切り裂け、剣!」
「マダマダあるヨ!【連ね火針!蛟縄!】」
「【新たな魔弾と引き換えに!ザミュエル!彼のものを生贄に捧げる!】」
このチャンスは絶対に逃がせない。
吹き上がる火柱を裂いて白いサーベルが二本飛ぶ。タイミングを外すように、銀の手裏剣が蛇のようなじジグザクの軌道を描いて、ヴァンパイアに向けて襲い掛かった。
サーベルは躱すまでもないと言わんばかりに切られるがままだけど、手裏剣は下がりながら剣ではじく。でもそれが付け目。
「打ち砕け!魔弾の射手!」
引き金を引くと、ヴァンパイアに向けて黒い弾丸が飛んだ。剣で払うと同時に弾丸が鉄球のように巨大に膨れ上がる。
これはこいつにはまだ見せていない。耐久力に自信があるのか僕らのことを甘く見ているのか、ろくに避けもしないからこれは当たると思った。重いものが衝突するような音がして、鉄球を受けたヴァンパイアが窓まで吹き飛ぶ。
「私に膝をつかせるとは、なかなかやるではないか」
「そこで!大人しくしておれ!」
ダナエ姫がサーベルを突き出す。
三本の白いサーベルが空中を走ってヴァンパイアの胸と眉間と喉を正確に突き刺さした。刺し貫いたサーベルがそのままヴァンパイアを窓ガラスに縫い付ける。
「だが、この程度で私を倒せるとでも?無駄だぞ」
魔弾の射手を受けて折れて歪んだ右手がもとに戻っていく。普通なら即死物の急所を刺されたままヴァンパイアが余裕の笑みを浮かべた。
でもこれで効かないのは予想どおり。
「いや、これは布石さ」
切り札はこのあと。
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